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『10万年の世界経済史』を読む(1) [本]

『10万年の世界経済史』(グレゴリー・クラーク著、久保恵美子訳)を読む(1)
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日本語版のタイトルは誤解を招く。まるで「10万年」にわたる「世界」の「経済」の「歴史」が描かれているかのように思えるからだ。
著者のクラークはカリフォルニア大学教授で計量経済史を専門としているが、かなりの論争家で皮肉屋でもある。原著のタイトルは A Farewell to Alms 、いうまでもなくヘミングウェーの『武器よさらば』をもじっていて、直訳すれば『援助(慈善)よさらば』というような意味になる。
その含意は序文にも示されているように、世界銀行や国際通貨基金などによる貧しい国への援助は、ほとんど役に立たないということだ。こうした機関は、なぜそうした国々が貧しいか、ちっともわかっていないというのである。
著者の専門が1200年から1870年にかけての英国経済にあることを念頭におけば、「世界経済史」というタイトルが、いかに誤解を招きやすいかがわかるだろう。古典経済学の系列でいえば、スミス、リカード、マルサス、マルクスが独自の視点で読み込まれている。とりわけマルサスの罠、マルクスの罪が、本書をつらぬくもうひとつのテーマといえるかもしれない。
くり返し言うが、「10万年」の「世界経済史」が述べられているわけではない。産業革命以前と以後の「貧しさ」と「豊かさ」が、論理的に対比されており、それでもなぜ世界にいまも貧しい国が存在するのかについて、論じた本なのである。そこで「援助よさらば」という原題が効いてくることになる。
ところどころ、よく理解できないところがある。しかし、第1章の「概論」を読めば、本書のあらましは理解できる。
産業革命以前、人の生活は「マルサスの罠」によって支配されていたというのが、著者の主張である。マルサス(1766-1834)はいうまでもなく『人口論』を書いた英国の経済学者で、人口は幾何級数的に増加するのに食糧は算術数的にしか増加しないという主張で知られる。著者によれば、マルサスは「技術的進歩をつうじて実現した短期的な所得の増大が、人口の増大によって必ず相殺されたこと」を定式化したのだという。
〈マルサスのモデルの論理は、産業化以前の世界の経験的事実に一致している。産業革命よりもずっと前の時代に、ひと握りのエリートがぜいたくな暮らしをしていたとしても、1800年当時の庶民の生活水準は、旧石器時代や新石器時代のそれを上回るものではなかった〉
少し強引さが感じられる。どこかに統計学の罠がひそんでいるのかもしれないが、それは問わないことにする。いずれにせよ「10万年」のうち、西暦1800年以前の「世界経済史」は、ほぼこの結論で、ひとくくりされている。
この「マルサスの罠」を初めて打ち破ったのが「産業革命」だった、と著者はいう。産業革命はふつう1760年ごろ英国で始まったとされるが、不規則な上下変動は1200年ごろからずっとつづいていた。そして、その間の社会の安定と、人口増大率の低さ(その割に優秀な富裕層の出生率が高かったこと)が、英国の産業革命をもたらしたというのだ。なかなかユニークな見方である。
さらに著者は、産業革命で大きな所得を得たのは、資本家や地主ではなく、労働者だったというのだ。それを見誤って、資本家が労働者を搾取しているととらえたマルクスは大きな罪を犯したことになる。
ところが、産業革命をへて一部の地域が豊かになるいっぽうで、多くの地域がより貧しくなっていったのはどうしてか。これに対する著者の考え方は、要するに貧しい地域の労働者は先進国の労働者ほど一生懸命働いていないからだというあたりに落ち着く。「……安定的で平和な農耕社会を長く経験していない社会は、先進的な国々の制度や技術をすぐには導入できない。なぜなら、生産資本主義の必要条件に対して、まだ文化的に慣れていないからだ」。つまり、貧しい国が貧しいのは、「規律正しく、良心的で、仕事熱心な労働者」がいないからだというのである。だから、経済援助はむだだという理屈になる。
概論の最後に著者は憂鬱な結論に達している。
「経済史からわかる驚くべき事実……は、物質的な豊かさや、子供の死亡率の低下、成人の平均余命の延長、不平等の改善などが実現したにもかかわらず、現代人は狩猟採集時代の祖先に比べて、少しも幸福になっていないことである」
それでも「マルサスの罠」が支配している時代に、自然淘汰のプロセスに勝ち抜く努力を怠った者は、敗れ去ったにちがいないのだから、人間はいつまでたっても満足することを知らない奇妙な存在だということになるわけだ。
 こうした著者の考え方には賛否両論があるだろう。ぼくは、ところどころ奇妙な理屈がはめこまれているような気がしてならないのだが、いっぽうでなるほどと思う部分もある。だから、早急に結論を出すのはやめて、これからもう少しこの本と付き合ってみることにする。


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pinvill

同じ書籍の書評を書いたのでリンクさせていただきました。またいずれ参考にさせていただきたく、よろしくお願いします。
by pinvill (2009-11-23 23:03) 

だいだらぼっち

ありがとうございます。読者数の少ないわがブログ、よろしければ今後もご愛読ください
by だいだらぼっち (2009-11-25 08:06) 

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