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通貨、利子率、商業恐慌──ミル『経済学原理』を読む(10) [経済学]

 国際貿易論の補足として、ミルは通貨の変動が為替にもたらす影響について論じている。
 金銀の生産費は変化しうるし、金銀の需要も変化しうる。金属通貨の急激な増加は、物価騰貴をもたらす。それによって、輸入が輸出を超過することになり、為替が不利になって、貿易がふたたび均衡を取り戻すまで、金属貨幣が流出することになる。しかし、それは一時的なことだ。
 金属貨幣の代わりに、銀行券が大量に発行される場合も、急激な物価騰貴が生じ、金銀が大量に流出する。だが、この場合も、どこかで最終的には均衡が回復され、為替は平価に戻る。
 それでは、紙幣は発行すべきではないのだろうか。そうではない。紙幣の発行は、生産的資本の増加へとつながり、労働の賃金と資本の利潤をもたらす、とミルはいう。

〈したがって、紙幣をもって金属貨幣に代える制度は、いやしくも安全を害しない限度までは、いつもこれを実行すべきである。事実上ならびに一般国民の信念上、紙幣の兌換制を維持するのに必要とされるものよりも多量の金属通貨を保有すべきではない。〉

 金銀通貨は貿易の決済や、紙幣の安定性を保つために必要となるが、不必要にそれを増やす必要はなく、できるかぎり金銀通貨の代用として紙幣(銀行券)を利用すればよい、とミルは考えていた。
 とはいえ、銀行券が兌換紙幣であるかぎり、紙幣が金銀通貨に取って代わることはない。銀行券はいずれ金銀通貨に兌換されてしまうからである。だが、紙幣が不換紙幣である場合は、こうした問題はなくなる。一切の鋳貨(ただし小口の硬貨は別)が流通界から消滅したあとも、不換紙幣が貨幣として利用されるようになるだろう、とミルはいう。ただし、紙幣量の増加が物価高をもたらすことはいうまでもない。
 紙幣通貨のもとでは、金銀貨幣にもとづく真実の為替相場とは別に、減価した紙幣にもとづく名目の為替相場が生まれる。そして、そのもとで貿易がおこなわれ、最終的には金銀の移動によって決済がなされる。だが、信用の異常な拡張は、物価騰貴をもたらし、その結果、金が流出し、信用の収縮と物価の反落が生じ、経済的破局につながる要因にもなりうる、とミルは論じる。
 次に論じられるのは、利子率についてである。
 この問題にふれる前に、貨幣が貨幣を生み、利子は貨幣から生じるという考え方をミルが批判していることを指摘しておくべきだろう。
 こう論じている。

〈貸付けにおいても、他のすべての貨幣取引の場合と同じように、私は、譲渡される貨幣は単に媒介物にすぎず、真に移転されるところのもの、取引の真実の対象は諸商品であるとみなしてきた。これは、大体において正当である。というのは、通常の成り行きにおいて貨幣を借り入れる目的は、商品に対する購買力を獲得することだからである。〉

 ここでも、ミルは貨幣が基本的には流通媒介物であるという立場を崩していない。
 ところで、以前ミルは、資本の報酬である利潤は、保険料と監督賃金、および利子に分けられると説明していた。とりわけ利子は、資本家の制欲にもとづいて貸し付けられた資本にたいする代償であって、利子率は貸付けにたいする需要と供給によって定まると述べていた。
 貸付けを求めているのは、事業家や商人だけではなく、政府や地主なども含まれる。これにたいし、貸し手となるのは、直接事業にたずさわらない資産家や貸付業者、銀行などである。これらが貸付資本にたいする需要と供給を構成する。とはいえ、資金の供給はほぼ銀行によって掌握されているから、基本的な利子率は銀行によって定められるだろう、とミルはいう。
 ただし、利子率は常に変動する。それは貸付資本にたいする需要と供給が常に変化するからである。一般に、投機が盛んな時期には利子率は低く、逆に反動期には利子率は極端に高くなる。
 こうした周期は商業恐慌から商業恐慌にかけて生じる、とミルはいう。実際、ミルの時代、恐慌は1825年、1837年、1847年、1857年、1873年と、周期的に発生している。恐慌後の不況も深刻なものがあった。
 景気が利子率を左右することはいうまでもない。しかし、それに加えて、新たな金鉱の発見、株式会社制度の発展、戦争、鉄道事業の計画なども、利子率に影響をもたらす、とミルは述べている。
 ところで、貨幣は資本のためにだけ求められるわけではない。債務の支払いのために用いられることもある。商業恐慌がはじまる前兆には、こうした現象がよくみられる、とミルはいう。
 パニックを終息させるには、銀行券の発行高を増やすほかない。それによって購買力が回復し、資本が修復されるのだ。
 そのとき、利子率は資本とだけではなく貨幣と関係してくる。銀行券の大量発行は通貨の減価をもたらす。貨幣の数量は、それ自体、利子率に影響するわけではない。問題は貨幣の変動が、利子率に影響することである。
 一般に通貨の減価は、利子率の上昇をもたらす。物価の上昇が、資本による資金需要を増大させ、それによって利子率が上昇するとみられるからである。ところが、いっぽうで銀行券の大量発行は、貸付金市場を膨張させ、利子率を引き下げる作用をもつ。
 つまり、利子率は資金の需要と供給によって決定されるとはいえ、それは通媒介物である貨幣の増減による「種々なる一時的攪乱」の影響を受ける、とミルはいうのである。その攪乱をもたらすものが、政府や銀行による金融操作にほかならなかった。
 次にミルは通貨の調節について論じる。
 当時、相次ぐ商業恐慌の弊害を避けるには、銀行券の発行高を調節するほかないという議論が盛んになっていた。
 イングランド銀行による銀行券の大量発行が、物価騰貴を招き、それが商業恐慌につながるという意見があった。これにたいし、もういっぽうの側は、銀行券発行の規律が保たれているかぎり、銀行券は何ら物価を引き上げるものではないと反論した。それによると、銀行券の発行が増加するのは、需要が増加するからであって、したがって、銀行券の発行を人為的に調整したところで、商業恐慌を避けることはできないというのである。
 ミルの立場はどちらかというと後者である。銀行が銀行券の発行を増やすのは、景気がよくなって、資金需要が高まるとき以外にない。だが、それは一時的なものである。銀行がみずからの意思にもとづいて、流通媒介物を増加させうるわけではない、とミルはいう。
 ところが、商品にたいする節度のない投機が発生して、銀行がその動きに荷担する場合は、銀行券が必要以上に発行されることがある。それによって、物価は騰貴する。そのとき投機者の動きがさらに活発になり、「投機をしなかった人たちまでも、従来よりもはるかに強く銀行から受ける前貸しに依存するようになる」。その結果、投機的価格の崩落が生じ、商業恐慌が発生するのである。
 こうした急激な商業恐慌を避けるために、1844年に通貨条例(銀行条例)がだされた。これによって、イングランド銀行が中央銀行として銀行券の発券を独占することとなった。すなわち、イングランド銀行が信用の膨張と収縮を調節する機関として登場したのである。
 イングランド銀行は、はたして信用の投機的拡大を早い時期に抑えることができるだろうか、とミルは問うている。銀行からの預金引きだしや、銀行の融資が止められないとすれば、信用の膨張を防ぐのは無理である。
 1840年代後半、イギリスでは鉄道投機によって景気が過熱し、穀物輸入によって金が流出していた。そこでイングランド銀行は1847年に金利を徐々に引き上げ、景気の引き締めをはかった。そのため、穀物輸入業者のなかには破綻するものもでてきた。イギリスではイングランド銀行を非難する声があがった。
 これにたいし、ミルは「新しい制度が旧制度に対して真実の進歩であることは否定し得ない」と認めたうえで、次のように指摘する。銀行の信用拡張は、景気拡大期にはかえって有害なものとなりうるが、恐慌時にはすこぶる有益なものである。恐慌のさいには、銀行券の増発が、恐慌の激しさを緩和することはまちがいない。
 ミルは「不当な投機とその反動の結果として生ずる商業信用上の間隙を埋めること」が銀行の大きな役割だとしていた。したがって、とりわけイングランド銀行が、恐慌を予防する手段として金融を引き締め、恐慌から抜けだすために金融を緩和する措置をとるのは、とうぜんと考えていた。
 しかし、貿易の決済にともなう金の流出を無理やり止めることはできない。ただし、準備金の枯渇と支払いの停止との恐れがないように、あらかじめ対策を講じておくことは必要だ。流出した金の大部分は、いずれ輸出商品にたいする支払いとして戻ってくるだろう、とミルはいう。
 ミルが信用の要としての銀行の役割が大きいこと、さらには景気変動に備えて銀行が規律を維持する必要があることに注意をうながしていたことはたしかである。だが、このあたりの論点を整理するのは、なかなかむずかしい。

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