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グレーバー『負債論』を読む(1) [本]

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 著者のデヴィッド・グレーバーは、ロンドン大学の一環、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の人類学教授で、経済人類学と社会人類学を専攻し、アナキストの活動家として知られる。「われわれは99パーセントだ」というスローガンをつくり、ウォールストリート占拠運動の指導者として一躍有名になった。反グローバリズムを唱え、サミットにも反対している。
 訳者あとがきに、「例外なく時間に遅れる困った奴である」と紹介されているように、訳者のひとり、高祖岩三郎とは友人であるらしい。そのグレーバーの代表作が、この『負債論』である。
 本体6000円と値段も高く、830ページ以上あるので、長らく買うのをためらっていたが、とうとう買ってしまった。勝手な感想をいえば、ページの行間をもう少しつめ、訳者あとがきを短くし、原注と参考文献の組み方を変えれば700ページ程度に収まるとみた。そうすれば本体価格も5000円程度(もっとも発行部数とも関連するが)に安くできるのではないか。致命的なのは索引がないことである。索引づくりは編集者にとって苦行にはちがいないのだが、索引のない本は読者に不親切だといわざるをえない。
 こういう感想が口をつくのは、編集者時代の習性がまだ残っているためで、われながら苦笑するほかない。
 でも、おもしろそうな本だ。おもしろそうというのは、まだ少ししか読んでいないからである。このところ、諸事情があって、本をゆっくり読む時間がとれない。ほんとうは全部ひととおり読み終えてから感想を記すべきなのだが、その余裕がない。それに、何もかもすぐに忘れてしまう。備忘録として読書ノートをつづることにした。
 最初に1980年代以降、銀行とIMFが世界経済、とりわけ第三世界の経済を大混乱におとしいれてきたことが記されている。そのやり方はえげつないと評してもいいほどのものだ。だが、その手口より、著者が問題にするのは、人がいつのまにか信じこんでいる、お金にまつわる強迫的な道徳意識についてである。
「借りたお金は返さなければならない」。そのためには、多少、人死にがでても仕方がない。しかし、それはほんとうに正しいのかと疑問を発するところから、著者の探求ははじまっている。

〈消費者負債はわたしたちの経済の活力源である。近代のあらゆる国民国家は赤字支出の上に成り立っている。負債は国際政治の中心的課題にまでなっている。だが、そもそも負債とはなんなのかを理解している人間、または負債についてどう考えたらよいかわかっている人間はどこにもいないようにみえる。〉

 これが『負債論』の問いである。
 負債とはなにかがわかっていないにもかかわらず、「負債は返さなければならない」という倫理が人びとをしばりつけている。
 植民地にたいする宗主国の債務の押しつけは、いまも第三世界を圧迫しつづけている。そのくせ、万年債務国であるアメリカ「帝国」は、世界じゅうから「貢納」を求めて、そのうえにあぐらをかいている、と著者はいう(わが国の国債だって、そうかもしれない)。
 金を借りても平気な国と、金を借りて苦しむ国とのちがいはどこにあるのだろうか。
 さらに、金を貸して権威をふるう階級と、金を借りて黙々とはたらく階級がいる。その関係は代々、永久につづくのだろうか。
 中世のキリスト教世界では、金貸しは罪深い存在とされてきた。
 それはヒンドゥー教の世界でも、仏教の世界でも同じである。
 たとえば『日本霊異記』には、強欲な広虫女(ひろむしめ)なる金貸し女が死んで、醜い怪物になる物語が残されている。
 しかし、こうした物語の背景には、高利貸から金を借りるなという教訓めいた説教もひそんでいる。
 負債の特徴は、それが貨幣によって計量され、返済を義務づけられ、強制されることにある。著者はその歴史を古代メソポタミアからたどろうとしている。
 著者が負債の歴史を研究しようと思い立ったのは、2008年の金融危機を経験してからだという。それは「念の入った詐欺」以外のなにものでもなかった。そして、そのさい救済されたのは、一般市民ではなく、金融企業、すなわち銀行だった。
 なぜ、こうした事態が生じたのか。
 著者はアナキストらしく、債務の帳消しと金融支配体制の解体を求める。
 だが、同時により根源的な大きな問いを投げかける。
「人間とはなにか、人間社会とはなにか、またどのようなものでありうるのか」と。
 本書では、さまざまな神話に疑問が呈される。はたして物々交換なるものは存在したのか。国家と市場は、はたしてそれぞれ独立した存在だったのか。人間は、はたして交換を運命づけられているのか。貨幣はどのように発生したのか。
 こうした問いを秘めながら、「過去5000年間の負債と信用についての実在の歴史」をたどろうというのである。
 まだ、ほんのとば口だが、おもしろそうだ。
 断続的になってしまうかもしれないが、ゆっくり読んでいきたい。


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