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原初的負債──グレーバー『負債論』を読む(3) [本]

 経済学の一般的理解によると、「貨幣とは交換を促進させるべく選ばれたひとつの商品であり、じぶん以外の商品の価値を測定するために使用されるにすぎない」。
 ところが、実際は貨幣がなければ商品も存在しないのだ、と著者は主張する。さらに、政府なくして貨幣なしともいえるのではないか、とも。
 貨幣信用論も登場する。貨幣とはそこに表示されている額面を支払う約束であって、いわば借用証書にほかならない。この借用証書がぐるぐると流通することで、それは貨幣として受け取られるというのだ。そして、この借用証書を最終的に保証するのが国家ということになる。
 国家が税として受け入れるものは、それがなんであっても貨幣として扱われる。国家は次第に統一された尺度をもつ貨幣をみずから発行するようになり、それを国民のあいだで流通させたあとで、税として返すよう求める。
 著者はここで貨幣の起源として、たとえば軍隊を想定している。国家は常備軍を維持するために、兵士に硬貨を配付し、それで食料品をはじめとする物資を調達させる。そして、国民にたいし、税を硬貨で払うよう求める。すると、この硬貨は流通しはじめ、市場が生まれるのだ。国家と市場はつきものだ。「国家なき社会は市場ももたない傾向がある」と、著者はいう。
 さらに、植民地はしばしば収奪の場と化す。フランスはマダガスカルでマダガスカル・フランを発行し、プランテーションをつくり、住民をはたらかせては、税の支払いを求めた。貨幣はいやおうなく市場をつくりだす。人びとは、いまでもその市場にしばられている。
 1971年にリチャード・ニクソンがドルを貴金属から切り離し、変動通貨制が登場して以来、貨幣は法定不換紙幣となった。いまでは貨幣を国家=信用理論でとらえる見方がますます幅をきかせるようになっている。
 国家の発行する紙幣のもとで、国民は市場で経済活動をいとなみ、国家に税金を支払う。税金を払うのは、国家に治安と行政サービスを求めるためだというのが一般的な理解である。しかし、そもそも人はなぜ国に税金を払わなければならないのだろうか。
 著者は「原初的負債論」という考え方を紹介する。
 いってみれば、人は生まれたときから、社会や両親、家族に負債を負っているというわけだ。だから、人は生きていくなかで、その負債を返していかなければならない。貨幣はまずもって、ささげものである。
 実際、著者は「どの地域であっても貨幣は神々への捧げものに最もふさわしい物品から発生しているようにみえる」と記している。日本語でも、貨幣の幣(ぬさ)は、神へのささげものにほかならなかった。
 子安貝などのような原始通貨が物の売買に使用されることはめったにない。著者によれば、「それらは事物の入手にではなく、主として人びとのあいだの関係の調整のため、とりわけ結婚の取り決めや、殺人や傷害から生じるいさかいの調停のために使用される」。
 原始通貨は長くつづく関係への確認、あるいはこれからも負債を返しつづけるという象徴のようなものとなる。そういえば、結納の品も両家の末長い関係をつなぐ象徴にちがいない。
 著者は負債の根拠を次のように考えている。
「つまるところ、わたしたちは自己存在すべてを他者によっている」。われわれがここにあるのは、すべてだれかのおかげなのだ。だとすれば、社会に借りを返すという意識がどこかに生じてきても不思議ではない。
 だが、そもそも優越する者、すなわち神や王に負債を返す必要はないはずだ。古代世界では、自由市民が国に税を払うことはふつうなかった、と著者も書いている。税を課せられたのは市民以外である。
 だから受けた恩義にたいし、借りを返すというなかから、貨幣が発生するわけではないのだ。
 ここで著者はシュメールやバビロニアのあった古代メソポタミアに思いをはせる。
 古代メソポタミアの流域は豊かで、多くの穀物がとれ、おびただしい家畜が飼われ、羊毛や皮革がつくられていた。しかし、石や木、金属は不足し、輸入しなければならなかった。そこで、神殿の役人は、商人たちを国外に派遣し、メソポタミアの産物を売らせて、足りない資材を買わせた。
 そのための前貸しとして渡されたのが、貨幣である。貸し付けは利子をともなって返済されなければならなかった。やがて、貸し付けは商人だけではなく農民にもおよぶようになる。農民はしばしばその負債に堪えきれず、歴代の王は権力の座につくとき債務取り消しの特赦(徳政)を発令したという。
 ここでふたたび著者は原始的負債の論議に戻って、人が生まれたときから社会に負債を負っているという主張のいかがわしさに論及している。実際、社会という概念はいいかげんであって、いかようにも解釈できる。だが、人は社会から負債を返すよう求められる。
 紀元前500年から400年ごろに成立したとされるインドのヴェーダでは、負債にたいする考え方はもっと明快だった、と著者はいう。
 人が負債を負っているのは第一に宇宙の力にたいしてであり、第二に文化を与えてくれた人びとにたいしてであり、第三に育ててくれた両親や祖父母にたいしてであり、第四に周囲の人びとの寛容にたいしてである。それらにたいして、わたしはお返しをしなければならない。だが、それは金銭によってではない。わたしは自身が先達となり、祖先となり、人道を守り、祭儀をおこなうことによって、負債を返すのである。
 であるなら、原始的負債から貨幣が発生するわけではない。
 だが、ここに国=社会が登場してくると、負債をめぐる論議は一転する。
 19世紀の社会学者、オーギュスト・コントは、人は社会への債務者として生まれると論じ、人は社会に奉仕することで、社会への返済義務をはたさなければならないと述べた。コントのいう社会とは、市場社会をさすわけではない。それは国家そのものだといってもよい。
 著者はこう書いている。

〈市場と国家は正反対のものであり、それらのあいだにこそ人間の唯一の可能性があると、わたしたちはたえまなく教えられてきた。しかしこれはあやまった二分法である。国家は市場を創造する。どちらもたがいになくしては存続しえないし、少なくとも今日知られているようなかたちでは存続しえないのである。〉
 貨幣と市場は国家によって生みだされ、そこで生活をいとなむ人びとは、国家に借りを返すよう求められる。それが税の原点だと考えられる。

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