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奴隷制をめぐって──グレーバー『負債論』を読む(6) [本]

 著者は、経済学がすべての経済的経験を交換に還元してしまっていることを批判する。そのため経済学は「殺菌された見方しかできなくなって」いる。
 たとえば、かつてアイルランドでは、賠償は貴金属や牛で支払われていただけではない。ほかに、無賃で働かされる女性もいた。それはクマルと呼ばれていた。
 無賃で働かされる女性は、事実上の女奴隷だった。女奴隷、すなわちクマルは貨幣でもあり商品でもあった。著者はクマルのことを、負債懲役人あるいは債権奴隷とも呼んでいる。
 経済には暴力がつきものだった。
 ここで、商品世界の経済以外に目を転じてみよう。
 北アメリカのイロコイ族のウォンパム(貝殻数珠)や、アフリカの布、ソロモン諸島の羽根などは原始貨幣だとされている。だが、それは、なにかの売り買いに用いられるわけではない。それは人と人との関係を取り結ぶために用いられる。だから、現在の貨幣とはまるで趣がちがう。
 そうした原始貨幣を著者は「社交通貨」(改訳)と名づけ、原始貨幣が使用されている経済を「人間(じんかん)経済」と名づける。商業経済は比較的新しく登場したもので、人間経済の時代は商業経済(商品世界)の時代より、はるかに長い。
「人間経済」では、貨幣はたとえば結婚をとりもつために使われる(結納品のようなものだ)。それを贈られた側は、娘を花嫁として差しだす。花嫁代償として支払われる貨幣は、真鍮棒であったり、クジラの歯であったり、タカラガイであったり、牛であったりとさまざまである。
 ここでは、あたかも花嫁が商品として売りにだされているようにみえる。だが、そうではない。これらの貨幣は「どうやっても支払い不可能である負債」が存在することを示す証拠として贈られるのだ。その返礼は、折につけ果たされねばならない。
 社交通貨は、血の代償として支払われることもある。カネを払っても、人の命の賠償がすむわけではない。ただ、貨幣を渡すことによって、相手にわびをいれ、負債のあることを認め、今後もその解消に努めることを表明するのである。それは大きな借りがあることの証拠のようなものだ。
 人間経済では、貨幣は「二者のあいだの関係のネットワーク」にほかならない。だれもが、なにかの負債を負っている。したがって、社会とは「負債そのものである」と、著者はいう。
 ここで、著者はレレ族の血債について論じる。
 アフリカのベルギー領コンゴに住んでいたレレ族は、トウモロコシやマニオクの栽培と狩猟で暮らしていた。ほかに、ラフィア布と呼ばれる布をつくっていた。
「布は周辺の人びとの贅沢品と交換されたし、地域内部では、一種の通貨として機能していた」。しかし、この布で食料や道具が買えたわけではない。布はあくまでも贈り物として、人間関係にはなくてはならないものだった。布は治療師への報酬や、年長者をわずらわせたお礼として手渡された。結婚には、布だけではふじゅうぶんで、カムウッド棒という稀少な木材が必要だった。
 男たちはつねに血債におびやかされている。出産で女が亡くなるのは不貞によるもので、赤ん坊が亡くなるのも、だれかのせいである。そのときは、血債を支払わねばならない。血債は若い女によって支払われるから、男たちはつねに人質(ポーン)を確保しておく必要があった。いのちを救われた場合も同じである。いのちを救ってくれた男に、たとえば自分の姉妹を人質として差しださねばならなかった。
 これは男による女の支配にほかならない。だが、女が人質になりたくない場合は村妻となる方法があった。村全体で保護する妻のことである。彼女は優遇され、若者組の男たちと性的関係をもった。「彼女は村落全体と結婚していることになっていた」
 しかし、血債が部族間の抗争を生み落とすこともある。だが、戦闘を避けるために、貨幣(たとえば100枚のラフィア布と5本のカムウッド棒)による解決がはかられたとしよう。そのとき、人の値打ちは、貨幣によって測られているわけだ。それがうまくいくかどうかはわからない。
 ここで、著者はこう述べている。

〈[人間経済においては]貨幣はほとんど常に、第一に人間を装飾するために使われる物品からあらわれている。飾り玉、貝殻、羽根、犬や鯨の歯、そして金や銀は、こうした使用法でよく知られている。これらのものは、人びとを飾りより美しくみせる以外にはなんの役にも立たない。……例外(たとえば牛)も存在するが、概して、政府それに次いで市場が介入したときはじめて、麦やチーズ、タバコや塩が、通貨としてあらわれたのである〉

 人のいのちはお金には代えられない。それは別のいのちによってしか支払うことができない。
 貨幣で支払えないとすれば、どうするか。ナイジェリアのティブ族は共同体のネットワークからはずれた女奴隷を買って引き渡すことで、問題の解決をはかろうとした。
 ティブ族の経済は3層から成りたっている。日常的な経済は女たちが管轄し、オクラや木の実、魚などを贈与しあっている。男たちはトゥグドゥと呼ばれる布と、輸入される真鍮棒を扱い、それを政治的な駆け引きや呪術の儀式、秘密結社の参加費などに用いている。それらは雌牛や異邦の妻を購入するためにも使用される。そして、最後に男たちによる女性への後見制度(男による女の支配)があった。
 ティブ族の男たちをおびやかしていたのが「人肉負債」である。「強心臓」になるには、ツァヴを増強させなければならず、そのためには人の肉を食べる必要があるとされていた。ティブ族がじっさいに食人族だったわけではない。だが、強心臓の男は、秘密結社にはいって、人を食ったのだと思われていた。人を食った者は、力とカリスマをもつ怪物となり、大きな富を得るが、常に負債に追いかけられ、ついには自滅へといたる。これが人肉負債の結末である。
 この伝説には、人間経済から貨幣経済に移行する過程が表象されている。
 ところで、アフリカといえば、近世の奴隷制度を思い浮かべるだろう。
 アフリカの奴隷売買はどのようにして発生したのだろうか。
 1750年代、ティブ族は奴隷売買に巻きこまれるのを避けるため、奥地へと移住し、銅棒を一般通貨としないようにしていた。だが、すでにナイジェリアでは、イギリスでつくられた銅棒が日常的な通貨として利用されるようになっていた。
 ナイジェリアのクロス川河口にあるカラバルでは、何万人ものアフリカ人が鎖につながれ、大西洋の向こう側に輸送されていた。奴隷貿易の時代に輸送された奴隷の数はおよそ150万人といわれる。かれらは債務のために身柄を押さえられていた。
 ヨーロッパの商人はナイジェリアに、大量の布地や鉄製品、銅製品、飾り玉、鉄砲などを持ちこんでいた。それらにたいする支払いは、銅棒によってなされる。だが、商人たちはアフリカの取引相手に商品を委託する前に、担保として人質を要求した。これはアフリカの風習を悪用したものだ。
 人質狩りが横行する。「襲撃がひんぱんに生じ、単独で旅をする者だれもが、徘徊する盗賊団に誘拐され、カラバルに売られる危険性に直面していた」。さらに、因果は回って、次は、誘拐者たちが狩りだされ、奴隷として売られていく番だった。その後、秘密結社が債務を取り立て、債権者が武装集団をひきつれ、債務者の村を襲撃し、人や物、家畜などを奪うこともあった。
「しばしば債務者は、じぶんの子どもや従僕を、次々に人質に出すよう余儀なくされ、しまいにはじぶん自身をさしだすよう強いられた」。こうして人質と奴隷との区別は次第になくなっていく。
 こうして、人質を確保し、人間の生命を守るはずの「人間経済」が、こんどは逆方向に作動しはじめ、人間存在を破壊する手段と化していった。
 奴隷売買はアフリカだけでの現象ではない。それは東南アジアでもおきている。タイでは貧しい兄弟が、兄弟のひとりの結婚費用を、スポンサーに工面してもらう代わりに自分や家族を抵当にいれるという風習があった。かれらはスポンサーにこきつかわれても、がまんしなければならなかった。
 それは17世紀から18世紀にかけてのバリ島でも同じだった。退嬰的でアヘン中毒のバリの貴族たちは、臣民を奴隷として外国人に売り払うことで富を築いた。闘鶏で債務を負った多くの農民が、妻や子どもたちもろともジャワに売られていった。
 お金は人には代えられないというのが、「人間経済」の特徴だった。だが、貨幣経済になって、人をものとして扱うには、継続的で組織だった暴力の介在が欠かせなくなった、と著者はいう。
 アフリカで起きたことは、たとえてみれば次のようなことだ。

〈突然、わたしたちの社会に、無敵の軍事技術によって武装したとてつもなく豊かで理解不能なモラルの体系をもった宇宙人があらわれ、人間の労働者をつれてくれば1人あたり100万ドル支払うと、にべもなく告知する。こうした状況を利用して儲けにありつこうとする悪辣な者は少なくとも一握りは常にいるものだ──そしてほんの一握りで事足りるのである。〉

 その手口は、まず負債を払えというところからはじまる。戦争と征服と奴隷制の遺産は消え去っていない。われわれはいまも負債社会のなかにいる、と著者は論じている。

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