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戦争をしてはいけない──丹羽宇一郎『戦争の大問題』をめぐって(4) [本]

 著者は安全保障と軍備はことなるという。
 軍備拡張が即安全保障ではないのだ。
 安全保障の基本は「敵対しそうな国は懐柔に努め、中立的な国はなるべく好意的中立に、味方はしっかり引きつける」ことである。
 とりわけ、東アジアでは「いかにして中国と敵対せず、友好な関係を築き、味方に引き入れるか」が課題になってくるという。
 中国と政治的、経済的、文化的交流を深め、軍事的緊張関係をときほぐすことがだいじになってくる。
 北朝鮮の脅威を下げるのはむずかしい。それでも日本はアメリカとの同盟関係を維持しながら、中国、韓国、ロシアと友好的な関係を築き、それにもとづいて、北朝鮮の脅威に対応するなら、その危険度は薄まるはずだ、と著者はいう。
 かといって、自衛隊は弱くてもいいというわけではない。むしろ強くあってこそ、相手につけいる隙を与えないのだ。
「相手に効果的に力を誇示してこそ、抑止力は効果を発揮する」のであって、「自衛隊が本当に強ければ日本に攻め込もうとする国はなくなる」と、著者はいう。
 だが、抑止力、防衛力は次善の策であって、「最も大事なことは、敵をつくらない安全保障政策だ」。
 防衛予算は企業会計にたとえればリスクマネジメントのコストであって、むやみに増やす必要はない。軍関連に予算を集中しすぎて、産業力が衰退し、結果として軍も敗れたというのが、戦時中の苦い経験だ。だいじなのはバランスだ、と著者はいう。
 日本の自衛隊はけっして弱体ではない。海上自衛隊の潜水艦能力と対潜能力、ミサイル防衛能力は米海軍に匹敵する。
 航空自衛隊の戦闘機の性能とパイロットの技倆は中国空軍と同レベル、空中早期警戒機と電子戦の装備では、日本のほうがややすぐれている。
 さらに日本は最後の防衛戦を担う陸上部隊として、かなり優秀な陸上自衛隊をもっている。
 最近はサイバーアタックやIT兵器が戦争の形態を変えようとしているといわれる。そのいっぽうで、ふつうの市民がテロリストになり、自爆テロを敢行する時代になっている。兵器の優位は、かならずしも人びとの安全を保証するわけではない。新たな対応が必要だろう。
 日本を守るのは自衛隊である。アメリカが日本を守るというのは幻想であり、アメリカ軍が日本に駐留していることの言い訳にすぎない、と著者はいう。
 たとえば、日米安保条約第6条にはこう明記されている。

〈日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。〉

 米軍が日本に駐留するのは、日本を守るためだけではないことがわかる。むしろ日本の防衛は自衛隊にまかせて、「極東における国際の平和及び安全」を維持することが、米軍の主力目的といえるだろう。
 米軍に日本防衛の義務はない。
「もともとはアメリカ軍が日本で自由に基地を置けることを目的とした条約が、一足飛びにアメリカ軍に日本の防衛義務を負わせる条約へ改定されると考えるのは楽観的に過ぎるのではないか」と、著者はいう。
 アメリカでは米軍が日本に駐留するのは、日本の軍国主義化(と核武装)を防ぐためで、安保条約は一種の「ビンのふた」だという意見もあるくらいだ。
 また在日米軍は自衛隊に守られているから安全だというアメリカの軍人もいる。これはブラックジョークみたいなものだが、加えて、日本は在日米軍の駐留経費を7割以上負担している。
「駐留米軍は日本を守るためよりも、アメリカにとっての極東アジアの戦略上、とくに西太平洋の制海権を確保するために不可欠の基地として日本を見ている」と、著者はいう。
 安保条約がなければ、日本は中国に侵略されるというような議論は、浅はかでばかげている。
 著者にみるところ、むしろ実態はこうだ。

〈もし日本が尖閣を巡って中国と戦火を交えるようなことになったら、ほとんどのアメリカ人はなぜ日本の無人島の領有争いで起きた戦争のために、アメリカ軍が中国と戦わなくてはならないのかと考えるだろう。日本人も他国の領土争いには無関心だ。アメリカ人が尖閣問題に興味を持つことは期待し難い。〉

 だから、日本は日本なりの安全保障政策を考えなくてはならない。
 現時点で、日本の安全保障のヘッドクォーターは国家安全保障会議(日本版NSC)のようにみえる。
 安全保障政策は、一義的には総理の判断にかかっている。問題は、安全保障政策を担う総理に「戦争をしてはならない」という、戦後歴代の内閣が引き継いできた戒めが受け継がれているかどうかだ、と著者は考えている。
 戦争は割に合わない。唯一、戦争に正当性があるとすれば、他国から不当に攻撃を受けた場合の正当防衛だ。そうなる可能性は低いのに、いたずらに緊張を高める方策をとるべきではない、と著者はいう。Jアラートなどは、その最たるものだろう。
 日本はいつまでも領土にこだわって中国や韓国との関係を不安定にしておくべきではない、と著者はいう。領土は領土として、両国と積極的に交流を重ね、国と国の友好関係を強固にすべきだなのだ。
 また北朝鮮に対しても、中国、ロシア、韓国、アメリカと共同歩調をとり、北朝鮮と話しあい、北朝鮮が自暴自棄にならぬようにしなければならない。
 南シナ海問題についても、日本はアメリカと中国、双方の動きを冷静に見るべきだ、と著者はいう。

〈南シナ海問題を中国が力を背景に理不尽に海洋に進出し、アメリカがアジア諸国の「航行の自由」を守るために立ち上がったという、単純な善悪の図式にしてはいけない。〉

 一方に肩入れするのではなく、両者の立場を考慮する柔軟な判断力が必要だ、と著者は論じる。
 いま求められるのは、何よりも戦争を回避することだ。

〈グローバル経済の進んだ先進国では、戦争は何ら国益とはならないのだ。……戦争には与える力もつくる力もない。あるのは破壊だけである。〉

 著者は現代史を学ぶことの重要性を強調する。日本が過去アジアを侵略したことや、戦前の日本の指導者に戦争責任があったことも知らねばならない。それはけっして自虐史観ではない。
 戦争の実態を教えるべきだ。
 戦争は国民を犠牲にする。日本は二度と戦争をしてはいけない。

〈戦争をしてはいけない。これを日本のみならず、世界各国の共通の歴史認識としていくことが、我々が現代史を学ぶ意味とすべきだ。〉

 著者は民主主義の重要性を強調する。民主主義のレベルが政治家のレベルを決める。
「極論すれば、戦争を起こさないための最も重要な『抑止力』とは政治家の質だ」という。
 人は往々にして、正しいことを言う人にではなく、強気で勇ましいことを言う人についていく。そのため、民意は時に誤りを犯す。
 日本には大衆を扇動して権力を保持するポリティシャンはいらない。哲学や信念、高い倫理観、道徳心を備えたステーツマンが必要なのだ。
 そのステーツマンは、日本における最大の国益が、国民を戦禍に巻き込まないことだということを自覚していなければならない。
 このあたり、安倍政権にとっては、痛烈な批判だろう。
 国の力はトップの器で決まる。エリートなき国は滅びる、と著者はいう。
「国民から選ばれ、国の舵取りをする政治家は、ステーツマンであるとともにエリートでなければならない」
 エリートとは特権意識をもつ鼻持ちならない輩をいうのではなく、人びとの尊敬と信頼を集める人間性をもつ人のことだ。
「人としての心を磨くことはエリート教育の基本である」
 そのエリートは一夜にして誕生するわけではない。海外生活を含むさまざまな経験と勉強、心の鍛錬によって、はじめてつくられるのだ。
 こうしたエリートを育てることこそ教育の大きな役割だ、と著者はいう。
 これからの日本に求められるのは、日本が中国や韓国をはじめとするアジア各国と交流を深め、協調関係を築くことによって、世界に模範を示すことだという。相手が北朝鮮であっても、力と力ではなく、話し合いの道筋をつけていかねばならない。

〈日本がアジアで成功してこそ、世界は日本を注目し、尊敬し信頼する。/これが21世紀の日本が採るべき唯一の選択肢である。〉

 戦争をしてはいけない。
 時代が戦争に流れていこうとするなか、この忠告をわれわれの基本としなければならない。

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