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経済社会にたいする政府の責任──ミル『経済学原理』を読む(14) [経済学]

 前回につづき──といっても、だいぶ間があいてしまったのだが──第5篇の「政府の影響について」を読んでいる。
 まず国債について。
 政府の歳入を租税ではなく国債でまかなうのは、はたして正当なのだろうか。
 いうまでもなく国債の発行は常態化すべきではなく、戦争など特別の事態にかぎられるというのが、ミルの考えである。
 それが特別の事態にかぎられるのは、国債には弊害があるからである。
 最悪のケースとして考えられるのは、国債の発行によって、民間の生産資本の一部が国に吸収され、その結果、労働者の雇用機会が奪われることである。このような事態はできるだけ避けなければならない。
 とはいえ、国債の購入が外国資本、ないし余剰資本によってなされる場合は、労働者の雇用、ないし賃金に悪影響を与えることはないだろう、とミルはいう。その場合は、国債は資本の剰余分を吸収することになり、利子率を上昇させることもない。
 しかし、ナポレオン戦争中、実際に利子率が上昇したのをみれば、イギリスではいわゆるクラウディングアウトが生じていた。生産資本が不足していたのだ。つまり、それは労働者の犠牲によって戦争が戦われたことを意味する、とミルはいう。
 その場合でも、国債の発行が正当化されるとすれば、その理由は戦費を課税によって調達することにたいして、国民の嫌悪感が強いというだけである。
 国債が剰余資本によってまかなわれる場合は、人びとの生活水準の低下を招くことはない。むしろ、それが兵士の給与にあてられることによって、労働者階級の所得を上げることもあるだろう。
 だが、それはいつまでもつづくわけではない。というのも国債は、国民の将来の収入を抵当として、国家によって借り入れられたものであり、それはいつか返済されなければならないからだ、とミルは論じる。
 国債が将来の世代に負担を残すことはまちがいない。しかし、それが現在の世代を超えて利益をもたらすものであるならば、将来の世代がその一部を負担するのもやむをえないだろう、ともミルはいう。
 とはいえ、国債はむろん償還されなければならない。それは国家の責任でもある。だとすれば、それはどのようにしてなされるべきだろうか。
 一挙に償還する方法と、徐々に償還する方法とが考えられるだろう。
 国債を一挙に償還するのはほぼ不可能である。というのは、その場合は、一度切りとしても財産課税や、国有財産の処分をおこない、国債の償却にあてなければならない。それはかなり荒っぽいやり方となるだろう。
 それでは徐々に償還する場合には、どのような手立てが考えられるだろう。
 国債償還のために歳入の剰余をもつことが、不必要な租税を賦課するより望ましいのはたしかである。
 しかし、国家が剰余収入をもつのがつねに正しいというわけではない。こうした剰余収入が永続的な性格をもつものならば、むしろ対象となる税を段階的になくすことを検討したほうが、納税者にたいする圧迫を減らすことになる。
 それよりも自然に税収が増えるような方策を探ることで、国債償還の道筋をつけることがだいじだ、とミルは考えていたようにみえる。
 国債はどの国にとっても大問題である。いずれにしても、ナポレオン戦争で発行した巨額国債の処理にイギリス政府は無責任ではいられなかった。安易な増税に走らず、懸命に取り組んでいたことを指摘しておいてもよいだろう。

 ここでミルは政府の社会的役割について再確認している。
 最初に求められるのが、国民の身体および財産の保護である。それなくしては、社会秩序は維持できないだろう。だが、同時にミルは、ここで国民の身体と財産が、政府の恣意的な暴力によって左右されないようにすることが近代社会の原則だとしている。
 また政府による課税は、それによって国民の繁栄の源泉を奪いとってしまうほど重いものであってはならない。拙劣な課税、恣意的な課税は避けるべきであるというのも納得できる。
 法律・司法制度が整備されていない場合は、おうおうにして身体および財産は保護されないことが多い。法律が公正に適用されないのであれば、その国には不道徳と暴力がはびこることになる、とミルは指摘する。
 その意味で、国家が正しい法を制定し、それを正しく運用することがだいじになってくるのである。
 さすがにミルも『経済学原理』では、法について全般的に考察することは避けている。ここでは検討されているのは、相続法と会社法にかぎられているのだが、それを紹介しておくことにしよう。経済社会の公平性を保つには、国家と法の役割が欠かせないことが強調されている。
 まず、相続についてだが、ミルは相続の原則を次のように考えていた。
 相続は自由な遺贈によってなされるべきこと、誰であっても中位の自立生活に必要な額以上のものを相続によって受け取るのは許されないこと。さらに無遺言死亡の場合、財産は国家に帰属する。ただし、そのさい国家は子孫にたいして相応の生活援助をしなければならない(子孫のいない場合、財産は国家の所有となる)。
 ここで述べられているのは、相続は親から子孫にたいしてなされるものであって、親の意思が尊重されなければならないということである。さらに、相続の目的は、子孫が中位の自立生活を維持するのを助けることであって、子孫が働かないでも暮らせるほど贅沢な資産を残すことではない。最後に子孫がいない場合は、財産は国家に帰属することが明記されている。
 しかし、イギリスの現実がそうでなかったことも、ミル自身、承知していた。イギリスでは無遺言死亡の場合は、財産は長子にのみ相続されるのが一般的であり、フランスではすべての子どもに財産を平等に分割することが定められていた。こうした慣習は経済的というより政治的なものだった。
 この相続方法にしたがえば、イギリスでは大世襲財産をもつ土地貴族が存続し、大革命後のフランスでは貴族の復活を防ぐことが主要目的となる。だが、ミルにいわせれば、どちらの方式も弊害が大きいという。
 長子相続制の欠点は、長子以外の努力が報われないことにある。長子相続が守られるなら、大所有地の細分化が防げるという意見もある。しかし、ほんらい財産は才覚とはたらきによってつくるものだ、とミルはいう。
「より健全な社会状態というのは、少数の人によって巨大な財産が所有され、それがすべての人の羨望の的となっているような社会状態ではなくて、すべての人が獲得したいと思うある程度の大きさの資産を、最大多数の人々が所有し、かつそれに満足している社会状態である」と、ミルは論じる。
 またかりに大きな地所を保全することが必要だとしても、地所を分割せず共同で保有することも可能なのだから、長子相続制はやはり差別的なものだ。さらに、ミルは大土地所有者が一般に無思慮な浪費に走りやすいことも指摘している。
 さらに、世襲財産制は貴族の土地を固定化し、土地の売買をしにくくしている。そのため、より価値のある目的(たとえば産業的用途)のために土地を利用することができにくくなっている、とミルは当時イギリスでおこなわれていた長子相続制を批判するのである。
 だからといって、フランスのように相続財産を均分すればよいというものでもない。それは平等が公平とはかぎらないからである。親は子どものそれぞれの現状や家の将来を見極めて、適切な財産の移譲をおこなう遺贈の自由をもっているはずだ。
 相続法と相続税は、社会の将来を決めるうえでの重要な規範であって、国家のあり方とも密接にからんでいることを、ミルは指摘したわけである。
 次は会社法についてである。
 ミルは資本が少数の富裕な個人の手に独占される状態は好ましくないと考えていた。社会がごく少数の資本家と大多数の労働者に分かれている状態がいつまでもつづくべきではないとも思っていた。
 そこで、ミルは会社制度の発展に将来を託そうとした。一定の公開性という条件さえ満たせば、国の特別の認可を得なくても、だれでも会社(株式会社ないし合名会社)を設立できるようにすべきだ、とミルは論じた。
 しかし、1855年までイギリスでは国王の認可がなければ、会社を設立することができなかった。当時の株式会社といえば、だれもが思い浮かべるのが、東インド会社やイングランド銀行だった。
 東インド会社やイングランド銀行は、有限責任の特許会社である。会社は国王により特許を与えられるいっぽう、株主は会社の負債に対し出資額を超えて責任を負うことを免除されている。
 株主が有限責任とされるのは、もし無限責任を負わされるならば、会社に出資する人はまずいなくなり、そもそも会社が成立しなくなってしまう可能性が強かったからである。その代わり、会社が運営されるにあたっては、その状況が公開され、株主に報告されねばならない。それは会社の事業が冒険に走ることがないようにするためである。
 ミルは株式会社の自由な設立にあたって、国王の特許ではなく、経営内容の公開性を求めたのであり、そうした会社が増えることによって、いわば資本が万人のものとなることを目指したといえるだろう。
 これに付随して、ミルは大陸型の合資会社についてもふれている。
 合資会社では経営者が無限責任を負うのにたいし、その他の出資者は有限責任しか負わない。ただし利潤に関してはあらかじめの協定に応じて、その他の出資者も分け前にあずかる。このような会社はイギリスでは認められていなかった。
 合資会社のメリットは、経営者が自己資本よりもはるかに大きい額の資本を確保し、しかもみずからの経営権を手放さないですむことである。フランスなどでつくられたこうした会社は、すぐれた経営者がいれば、時として株式会社よりうまく運営しうることをミルも認めている。
 したがって、イギリスでも株式会社にとどまらず、合資会社の方式を認めてもよいというのがミルの立場だったといえるだろう。
 そして、会社の設立状況に関していえば、当時いちばんすぐれているのはアメリカのニューイングランドであり、ここでは世界のどこよりも多く会社が設立されている、とミルは指摘している。ここでは市が道路や橋梁、学校などを運営する公社をもち、銀行や工場は株式会社であり、慈善団体も法人組織であり、捕鯨船も乗組員の共同所有で、乗組員は航海の成功に応じて、報酬を受け取るようになっているという。アメリカは活気に満ちていたのだ。
 だが、これからは個人の資本家ではなく、会社こそが経済の基本単位になるとしても、会社が失敗することはないのだろうか。
 最後にミルが支払い不能に関する法律についてもふれるのは、たぶんに会社の失敗ないし破産を念頭においてのことだと思われる。
 古代の法は、支払いができなくなった債務者を苛酷に取り扱った。債務者は報復を受け、債権者の奴隷とされることもあった。
 しかし、近代にいたると人道主義的な緩和がなされ、債務不履行にたいして法律が寛大な態度をとることが多くなった、とミルはいう。破産になっても、たいていは債務者の財産を捕捉し、それを債権者たちのあいだで公平に分配するというかたちで決着がなされる。もちろん、そのさいにも投獄という処置をともなうこともある。
 しかし、ここでミルは債務問題についてはそれで終わりにすべきではなく、「法律のなすべきことは、不当な行為を予防することである」と論じる。
 それは人から預かった財産を、危険な投機、不注意かつ無謀な経営、個人的道楽などで、勝手に使用させないためである。こうしたやり方から生じた支払い不能の後始末を出資者に転嫁して、それで終わりとするのはまちがっている、とミルはいう。
 そうした事態を未然に防ぐためには、債務者が──つまり会社が──営業状態の全貌をオープンにすることがだいじであり、もし何かのトラブルが生じたときは、その理由が不正なものではないことを証明することが求められる。商業上の不正取引を防止するための法律の仕組みをミルは求めていた。
 公平な経済社会をつくるうえで、国家の果たすべき責任は重大である。この点で、ミルはスミスの夜警国家論を超えて、あるべき経済社会の推進と運営にしっかりした責任をもつ政府の確立をめざしていたといえるだろう。