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ミル『経済学原理』 (まとめ) [経済学]


   1 はじめに

 ジョン・ステュアート・ミル(1806−1873)はロンドンに生まれ、3歳から父親で有名な評論家のジェームズから厳しく教育されて育った。3歳で、まずギリシャ語、8歳でラテン語、12歳で論理学、13歳からリカードの経済学を学んだという。ものすごい英才教育。しかし、本人はこれが負担だったようで、青年期にはノイローゼをわずらっている。
 17歳になった1823年に、父親の勤めていた東インド会社に入社し、次第に高い地位につくが、1858年に東インド会社が廃止されるとともに、退職した。
 東インド会社時代も著作をつづけていた。当時から名士だったといえるだろう。
 退職後はロンドンのウェストミンスター区から選挙に立候補して、保守党議員を破って、1865年から68年まで無所属の国会議員を務めている。人妻だったハリエット・テイラーとの親しい交際は、モラルにうるさいヴィクトリア朝時代の一大事件となった。ミルはのちにハリエットと結婚するが、彼女は早く亡くなる。ミルが女性の解放を唱えたのは彼女の影響が大きかったといわれる。そして、ミル自身も、ハリエットの墓のあるアヴィニョンに滞在中、感染症のため67歳で急逝する。
 自由主義者のミルは、功利主義を擁護した。功利主義といえば、最大多数の最大幸福という標語が知られている。代表的な著作に『論理学体系』(1843)、『経済学原理』(1848)、『自由論』(1859)、『功利主義』(1861)、『代議制統治論』(1861)、『女性の解放』(1869)、『自伝』(1873)などがある。
 ここで取りあげる『経済学原理』は1848年に出版され、1871年まで7回改訂されている。いまミルの『経済学原理』を読む人はあまりいないだろうが、この本は、マルクスの『資本論』と対照的に、経済学のテキストとして、当時大いにもてはやされたという。大英帝国全盛時代のこのテキストを読むことを通じて、われわれは19世紀後半に、商品世界の広がりがどのようにとらえられていたかを知ることができるだろう。
 ミルはマルクス(1818-83)とほぼ同時代人である。年齢としては、マルクスより、ひとまわり上。マルクスはほとんどミルを評価していない。リカードを読めばじゅうぶんだといっている。後世のシュンペーターも、マーシャルは評価しても、ミルは読まなくてもいいといわんばかりである。いまは見捨てられた存在といってよい。
 ここでは、ミルの経済学だけを取りあげるが、同時代に生きたミルとマルクスを比較することで、われわれは19世紀後半という時代を、複眼的にとらえることができるかもしれない。
 すべての人が幸福になれるわけではない、いまはともかく辛抱して、将来の進歩に期待するというのが、ミルの基本的な考え方だったようにみえる。それにたいして、もう辛抱できない、自分たちの世界をつくろうというのがマルクスの考えだったといえるだろうか。でも、これはあまりに浅薄なとらえ方かもしれない。先入観は禁物である。
 岩波文庫で5分冊となる本書のテーマは、5篇に分かれている。

(1)生産
(2)分配
(3)交換
(4)社会の進歩が生産と分配におよぼす影響
(5)政府のおよぼす影響

 けっこうな大冊なので、読むのに骨が折れそうである。でも、あまり厳密に考えないで、さっと眺めるというのが、学者ではないぼくの流儀だ。
 序論のなかで、ミルは、人が経済学に興味をもつのは、富に関心をいだいているからだと、実に率直に述べている。そして、まず富についての通念を批判する。
 それは、富とはカネだという考え方である。かつて、重商主義の時代においては、他国と競争し、外国貿易でより多く財貨を輸出して、カネを稼ぐことが奨励されていた。それは国内のビジネスでも同じで、より多くのカネを得ることが、経済の最終目的とされていたのである。
 たしかにカネがあれば、どんな品物でも購入できる。莫大な貨幣をもつということは、それだけ社会的な力を有するということでもある。しかし、よく考えてみれば、「貨幣は、貨幣としては、何ら欲望を満たすものではない」。それは便利な購買手段にすぎない、とミルは断言する。だから、貨幣(カネ)だけが富ではない。貨幣によって買うことのできる商品こそが富だというのが、ミルの理解のようだ。

富を定義して次のようにいうことができるであろう。富とは、交換価値を有するあらゆる有用または快適なものであると。あるいは、富とは労働または犠牲なしに欲するままの量において得られるもの[たとえば空気など]以外のあらゆる有用または快適なるものであると。

 これがミルによる富の定義である。あくまでも生産に重点が置かれている。
 しかし、富は歴史的にも地理的にも、場所によってちがいがあるという。
 狩猟生活では、獣皮の着物、粗末な小屋、その他いくつかの器や飾り物、武器となる弓矢や刀が、数少ない富であった。
 遊牧・牧畜生活の段階になると、有用な動物が馴化され、人びとは牛乳や乳製品、食肉によってくらすようになり、狩猟時代よりはるかに多くの富が蓄積されるようになる。
 この時代から農業状態への移行はけっして容易ではないが、人口と家畜の増加が土地の耕作をうながした。遊牧民と農民との争いがはじまるようになる。国家が誕生するのも、この時代である。
 古代ヨーロッパにおいては、植民と交易、遠征によって都市国家が繁栄する。やがてローマ帝国が広大な領地を築き、農奴制が生まれるが、ローマ帝国の崩壊後も、それが中世に引き継がれることになる。
 やがて農奴は解放され、生命および財産の安全が保証されるようになり、自由な農民が登場する。技術はたえず進歩し、社会の経済発展が確実なものになると、封建ヨーロッパは成熟して、商工業ヨーロッパへと移行する、とミルは記している。
 こうして近代においては、富が豊富に供給され、多くの食料が獲得され、人口も増大し、広大な植民地が形成されるようになったという。
 しかし、同じ近代工業社会といっても、その形態は国によってずいぶんことなる。富裕な国もあれば、貧しい国もある。農業のやり方、商業のやり方もそれぞれだ。
 さらに、アメリカにはいまだに狩猟社会が残っているし、アラビアや北アジアには遊牧社会があり、アジアの国々は以前と変わらないし、ロシアは封建ヨーロッパのままだし、加えて世界各地にはまだ未開民族がくらしている、とミルはつけ加える。諸国民の経済状態のちがいが、自然環境によってではなく、人間行動が原因で生じているのだとすれば、そのちがいがなぜ生じるのかを研究することが経済学の役割だ、とミルは論じている。
 そこで、生産と分配の法則、さらにそこから生じるいくつかの帰結を論じようというところから、本書はスタートすることになる。

   2 生産をめぐって

 生産には、まず労働と自然物が必要になる、とミルは書いている。
 自然物は労働を加えることによって、はじめて人間の欲求を満たすものとなる。その労働は単なる物理的な力にとどまらず、発見や加工など、さまざまな工夫をともなうことはいうまでもない。そして、人間の労働によってかたちづくられた生産物は、時に直接の自然物とは似ても似つかぬものとなって、社会にとりいれられることになる。
 ここで、注目すべき点は、生産物がつくられるさいに、ミルが労働だけを賛美するのではなく、自然力の偉大さを強調していることである。エコロジーの先駆者といわれるゆえんである。
 労働は自然を支配するかのようにみえる。しかし、じつは労働は自然物の内在的な力を引きだしているだけで、自然そのものを生みだしているわけではない、とミルはいう。労働に代えて、風力や水力、あるいは機械を利用する場合にも、そこには自然エネルギーが大いにかかわっている。
 つまり、すべての生産物は、自然の産物であるとともに、それにも増して労働の産物だということになる。そのどちらが優先しているという問題ではない。
 ただし、自然の恵みは場所によって、ちがいがある。土地にしても、水にしても、気候にしても、海や河川にしても、はたまた鉱物資源にしても、どれだけ人間に好都合なものが配置されているかは、場所ごとにことなる。こうした自然的要因が経済社会に大きな影響をもたらすことはいうまでもない。
 次に労働について考えてみよう。
 ミルはパンづくりを例にとる。
 最終的な消費物となるパンをつくるには、パン職人の労働が必要である。しかし、それだけだろうか。
 よく考えてみると、パンには小麦粉という材料がなくてはならず、さらに小麦粉ができるためには小麦が欠かせない。
 きわめて簡単に図示すると、

  パン←小麦粉←小麦

 ということになるだろう(もちろん、ほかにも材料が必要だが)。
 材料を製品に転化するための←にあたる部分の努力を、労働と理解することができる。
 しかし、この←は、実際には一直線ではなく、放射状に広がっているとみるべきである。たとえば、ひとつの農家のつくる100トンの小麦が、10の製粉所で小麦粉に加工され、100のパン屋に売られるというように。
 さらに、この製造過程には、補完的な部分も必要になるだろう。
 そもそも小麦をつくるには、農家自体の労働以前に、農場の建物や囲い、スキやクワなどの道具、溝の整備なども欠かせない。そのための材料もまた、どこかで生みだされねばならない。製粉所やパン屋にしたところで、素手で製品をつくるわけではなく、たいてい何かの道具を要するだろう。
 加えて「穀物を市場へ、また市場から製粉業者のもとへ運び、小麦粉を製粉業者のところからパン屋のもとへ運び、パンをパン屋から最終消費地へ運ぶ労働」、つまり輸送のための労働も必要となってくる。
 こうして、ひとことでパンといっても、そこには全工程でみて、最終的な商品がつくられるまで、ものすごい種類と量の労働が投入されていることがわかる、とミルはいう。
 そして、中間財・最終財、あるいは耐久財・消費財を問わず、生産物がとどこおりなくつくられるためには、労働を媒介として商品が連鎖する、商品世界のネットワークが形成されていなければならない。このネットワークは命令によってつくられたわけではなく、自然に生まれてきたものだ。人がそれぞれの場で働くことによって、つながっている社会のあり方を考えることが、ミルにとっても、経済学の目標だったのかもしれない。
 ここで、ミルは労働について、さらに詳しく観察し、その種類を以下のように8つに分類している。

(1) 食糧をつくるための労働
 現在の労働を維持するためには、前もって労働者を養うための労働が必要になってくる。こうした労働をミルは「先行的労働」と呼ぶ。先行的労働がもたらすのは食糧などの必需品である。
(2)原料や材料をつくるための労働
 労働は食糧などの生産だけに向けられるわけではない。製品を生みだすには原料や材料が必要である。ミルは石炭や金属などの鉱物、木材などの建築資材、亜麻や綿花、羊毛、獣皮などの衣服素材を例に挙げている。そうした原料は、もちろん労働によってつくられる。
(3)道具や機械をつくるための労働
 人間は労働するにあたって、かならずといっていいほど道具や機械を利用する。しかも、燃料や材料がいわば使い切りであるのにたいして、道具などは繰り返し使用することができる。労働になくてはならない道具や機械をつくりだすのも、また労働である。
(4)労働を守るための労働
 ここでミルが想定しているのは、工場や倉庫、穀倉など、産業用・農業用の施設である。商品を製造するには生産設備や施設が必要で、その設備や施設をつくるには、多くの労働を要する。ミルはこれに加えて、軍人や警察官、裁判官の労働も、社会の治安を守り、産業を保護するために使われていると述べている。
(5)輸送や分配のための労働
 ここでの労働は、陸上・水上の運輸業者の労働、船舶や機関車などの運輸機関にかかわる労働、さらには水路維持や道路建設のための労働を指している。こうした労働は「生産された物を消費すべき人々へ近づけることに使用される」とミルはいう。もちろん、商人の存在も欠かせない。生産者と商人が同一の場合もなくはないが、ふつうは生産者から独立して、行商や小売商、卸売商、大商人などの階層が発達する。ミルはかれらのことを「配給業者階級」と名づけており、その役割は「生産者階級」のはたらきを補助して、生産者と消費者を結ぶことにあるとしている。
(6)人間のための労働
 これは人間を対象とする労働で、人間を育てるために、教育をおこなったり、病気を治療したりする労働を指している。教師や医師など、教育・医療関係者がこうした労働に従事しているわけだが、ミルはこうした労働は「社会がその生産的作業を完成する手段である労働の一部、換言すれば社会が生産物のために必要としたものの一部とみるべきものである」というような言い方をしている。商品世界を維持するには、働く人びとをケアするための教育や医療などの労働が欠かせないというのである。
(7)発明、発見のための労働
 近代はとりわけ発明・発見の時代であり、それにもとづく技術が近代の産業を支えていることはいうまでもない。発明・発見は精神労働とみられがちだが、肉体労働でもある、とミルは指摘する。逆に左官の下働きでも、それは単なる肉体労働ではなく精神労働でもあるというのがミルの考え方である。いずれにせよ、ニュートンの『原理』、ワットの蒸気機関、はたまた装飾家の仕事、学者の思弁、電磁電信機、航海術にいたる、あらゆる発明・発見は、一種の労働であって、こうした知的探索こそが、「高度に生産的な部分」なのだと、ミルは考えていた。
(8)農業、工業、商業のための労働
 ここでは産業が農工商の3つの部門に分類される。第1次、第2次、第3次産業といってもよいだろう。それぞれの産業における労働は、独自ではあるけれど、ばらばらではなく、他の部門と密接に結びついている。ひとつの部門が繁栄すれば、他の部門も繁栄し、またその逆もありうるという。ミルは、その例として、カロライナの綿花栽培業者や、オーストラリアの飼羊業者が、紡績業者や織物業者と共同の利害関係をもっていることを挙げている。
 ミルによる、こうした労働の分類は、かならずしもうまく整理されているわけではない。にもかかわらず、ミルは労働を分類することによって、近代の商品世界が、人びとの労働のつながりによって形成されていることを示そうとしていた。
 さらにミルは、生産的労働と不生産的労働という、アダム・スミス以来の伝統的な労働の分類についても言及する。
 はじめに、不生産的労働という言い回しは、非難や侮辱ではなく、単なる分類上の用語にすぎないと注意をうながしている。ミルによれば、不生産的労働とは、物質的生産を目的としない労働のことである。
 ここでもミルは労働が物質を生産するという考え方を批判している。労働は物質をつくりだすわけではなく、労働が生みだすのは効用にすぎないという。
 そのうえで、ミルは、生産的労働とは、富(生産物、商品)を生みだす労働だといってよい、と述べている。ミルによれば、富とは効用を有する物質的生産物のことである。商人や輸送業者の仕事も、広い意味では生産的労働の範囲にはいる。
 これにたいし、物質的富を創造しない労働は、どんなに有用であっても不生産的労働ということになる。
 ミルの挙げる例はおもわず吹きだしてしまうものだが、たとえば魂の救済にあたる宣教師の労働が不生産的だというのは、たしかにそのとおりかもしれない。僧侶がやたら多くて、生産に従事する人口が少なければ、たとえ僧侶の実入りが多くても、社会全体はかえって貧しくなるというあたりは、いかにもミルらしい。
 そして、この関係は消費についてもいうことができて、消費のなかにも生産の助けにならない消費があるという。ミルがその例として、シャンパンやワインを挙げているのは、ぼくにいわせれば少し抵抗がある。
 すると、労働にも、「生産的消費に対して物を供給するための労働と、不生産的消費に対して物を供給するための労働」とがあるということになる。これは生産的労働と不生産的労働との区別とは、また少しことなる区別である。
 少しややこしい。
 倫理的な問題ではないといいながら、やはり「不生産的」という形容詞は、やや分が悪いようだ。生産的労働と不生産的労働の区別がはたして必要なのかは、やや疑問である。
 とはいえ、ミルはここで助け船をだして、こんなふうに述べている。

しかしながら、豊かな国においてその年々の生産物の大部分が不生産的消費の需要を満たしているのを見て悲しむのは、大きな間違いというべきである。……大きな余剰があって、それをこのような目的に使用しうるということ、およびそれがこのように使用されるということは、まことに喜ぶべき事柄にほかならぬ。

 もっとも、余剰が不均等に分配され、一部の富裕層だけが不生産的な消費を享受しているとしたら、それは問題だ、とミルは指摘している。
 このあたりに、ミルの社会意識を感じ取ることができる。

   3 資本について

 ミルは生産をおこなうには、労働と自然力だけではなく資本が必要になってくると書いている。これはミルが資本主義の擁護者というわけではない。資本主義であろうがなかろうが、生産には資本が必要だというのである。
 資本とは何か。資本は即貨幣ではない。貨幣はそれだけで資本であるわけではなく、何かと交換されて生産に用いられて、はじめて資本となる、とミルはいう。建物や機械、原材料をそろえる資金、それに労働者を雇う資金も資本といってよい。
 つまり、資本とは、これから事業をはじめるにあたって、「新規の生産を営むための基金」だ、とミルは書いている。ただし、生産は「生産のための生産」を目的とするわけではないから、資本とは「新規のビジネスを営むための基金」と解釈したほうがよいだろう。
 資本家はその資本によって、さまざまな手配をし、目標である商品をつくりだして、ビジネスをはじめる。ミルは資本家が不生産的支出にではなく、生産的支出に資本を投じることに大いなる意義を見いだしている。
 次にミルは資産と資本を区別する。資産は資本の前提になり、資産の額は資本の額より大きい。
 資本とは商品をつくりだすための基金だから、いわばフローであり、これにたいし資産はいわばストックと考えられている。
 いずれにせよ、資本は豊富な資産のなかから生みだされる。そして、近代の特徴は、資本が生産基金として回転しつづけ、労働者を雇用するとともに、新たな商品を次々とつくりだして、みずからの存続をはかることにあるといってよいだろう。
 人類社会は、近代にいたるまで、商品に埋もれて生活する時代を経験してこなかった。
 資産家と資本家は重なることが多いが、ほんらいは異なるものだとミルはいう。工場を営んでいる資産家は、資本家だが、遊んで暮らしている資産家は資本家ではない。
 ところが、資産家が自分の財産を、農業家や工業家に貸して何らかの事業を営ませ、それによって利子を得たとすれば、その資産家は資本家になる。要するにここでは、商品の生産に結びつく基金が資本ととらえられているのである。
 次にミルは資本に関するいくつかの根本命題を挙げている。
 それを列挙してみる。

(1)資本なくして雇用はない。資本によって雇われる労働者は足りないときも余っているときもあるが、一般に資本の増加は雇用の増加、ないし賃金の増加に結びつく。
(2)資本は略取によってではなく貯蓄によって生まれる。消費を超える生産分の増加、すなわち利潤が資本を増やす源である。
(3)資本は商品をつくりだすために消費されるのであって、貨幣として退蔵されたものや蕩尽されたものは資本ではなくなる。だが、資本によってつくられた商品の価値は、利潤とともに償還され、それが資本の回転を保証していく。資本の増加は、社会や個人を豊かにしていくことにつながる。
(4)資本は保存によって維持されるのではなく、絶えざる再生産によって維持される。言い換えれば、生産過程に投入されなくなった資本は、いずれ消えてなくなってしまう。建築物であれ機械であれ、「各種の資本の大部分は、その性質上長き保存に耐えない」。いっぽう、天災や人災によって生じた災禍が、人口が減らないかぎり、すみやかに回復されるのは、資本が再生産能力をもつからである。
(5)資本は商品にたいする需要を見込んで労働者を雇用するのであって、それが見込めなければ、単に労働者を雇用することはない。しかし、労働者を雇用するのは、あくまでも資本であって、商品を購入する消費者ではない。したがって、資産家は奢侈品などへのムダな出費をやめて、資本を形成し、それによって労働者を雇用すべきである。労働者を救うのは国家の救貧法ではない。産業が発展し、労働者が雇用され、その賃金が上がってこそ、労働者の生活は豊かになる。

 これを読むと、ミルは経済を動かすのは資本であり、資本が持続し、蓄積されることによって、労働者の雇用も増え、生活世界に提供される商品も豊富になり、社会全体が豊かになっていくと考えていたことがわかる。貴族や資本家が奢侈な生活にふけるのは愚の骨頂だと思っていた。かといって、資本のための資本を礼賛していたわけではない。資本の意義は、労働者の生活を向上させ、より豊富に商品を生みだすところにあるとみていた。しかし、資本によって、社会が無限に豊かになるとも考えていなかったのである。
 ここで、ミルは資本を流動資本と固定資本に分類している。
 原料や賃金など、「生産においてただ一度の使用によって、その役目の全部を果たしてしまう」のが流動資本である。
 これにたいし、建物や機械、その他の生産用具など、生産過程において「多かれ少なかれ永続的な性格」と「耐久的形態」を備えているものが固定資本である。とはいえ、固定資本も消耗するから、日ごろの手入れや一定期間での更新が必要になってくる。
 商品は、流動資本と固定資本を組み合わせることによって生産される。そして商品の販売によって実現される価値は、流動資本の全額と固定資本の損耗分、それに利潤を加えた金額を満たすものでなければならないという。
 固定資本の増加が、流動資本を犠牲にしておこなわれる場合、具体的には機械の導入によって、労働者の雇用が抑制され、場合によっては労働者が解雇されるケースがあることをミルも認めている。
 しかし、それはしばしばあることではないという。
「なぜかといえば、固定資本の増加の割合が流動資本のそれよりも大きいというような国は、おそらくないからである」
 さらに「およそ改良というものは、それが社会の総生産物および流動資本を一時は減少させることがあるとしても、結局は両者を増大させる傾向をもつものである」と述べている。
 こうして、ミルは「機械の発明は労働者に結局利益を与える」という楽観的な結論に達する。マルクスの悲観とは対照的である。

   4 生産性をめぐって

 労働、資本、自然が生産要因であることを論じたあと、ミルは生産性がどのように決まるのかについて考察をめぐらせていく。
 生産性を考えるうえで、最初に想定されるのは、自然の特典である。土地の肥沃度や気候、それに資源の豊富さ、地理的な位置などが、生産の促進に大きな影響をもたらす。
 次が労働のエネルギーである。ミルは怠惰を嫌い、人は「当面の仕事に熱心に秩序立って専念するという性質」を養うべきだとした。
 技能と知識も欠かせない。技能と知識が、道具や機械の発明と使用につながり、人間の活動効率を高めるからである。
 ミルは普通教育によって、民衆の知性や徳性が高まることを期待していた。それによって、人びとはたがいに信頼し、理解し、助けあえるようになるのであって、共同作業をおこなうさいには、こうした相互信頼が欠かせないと考えていた。
 さらにミルが重視するのは、社会の安寧である。社会において、人びとは安心して生活できねばならない。そのためには「政府による保護」と「政府に対する保護」が必要になってくる。人間社会において、生命、財産の安全と言論の自由は、守られなければならない最低条件であり、それを脅かす暴虐な政府は否定されねばならないということである。
 そのうえで、ミルは協業について論じる。
 協業とは労働の結合であり、協業が労働の生産性を増大させることはまちがいない。単純な協業は目に見えるが、複雑な協業は目に見えない。しかし、協業のネットワークはからみあうことで、最終的な生産物(商品)をつくりあげる、とミルはいう。
 中間的な生産の場は、ネットワークの結節点であり、そこで作りだされた生産物は市場を通して次のネットワークへと流れていく。
 そのネットワークは、農村の労働と都市の労働、ないし国内の労働と国外の労働を結びつける装置でもある。
 近代の特徴のひとつは、職業や職種の多様化だといってよいだろう。
 多様化といえば、工場内の分業が知られるが、これも協業のひとつの側面だといってよい。アダム・スミスが例に挙げたピン工場での分業をみるまでもなく、分業が労働効率を高めていくのは事実である。
 スミスは、その理由として分業が熟練の度合いを高め、時間の無駄を省くことを挙げたが、加えてミルは、分業が能力に応じた労働者の配置を可能にすることも見逃せないとしている。
 そして、市場の規模が大きくなると、断然、大規模生産が有利になってくる。大規模生産の場合は、多くの機械が必要になってくるし、それに応じて労働者を配置しなければならなくなる。
 雇用する労働者の数が増えると、それを監督する者がいなくてはならないし、仕入れ係や販売係、会計係なども任命しなくてはならない。
 大工場をつくるのは、商品の大量生産と大量販売を可能にするためである。そうしたシステムは、労働の生産性を高めていく。そして、小規模生産の事業所が何もしないのなら、大規模生産をおこなう大資本が、小資本を徐々に駆逐していくのは必定だ、とミルはいう。
 ミルの時代から、大資本をつくるには、小額の出資を集めて株式会社をつくるという方式が考えられるようになっていた。鉄道、郵船、銀行、保険などもそうした株式会社の分野だった。しかし、政府が頑固に特許会社を守りつづけている部門も残っていた。
 ミルによれば、株式会社の欠点は、労働者が仕事をさぼりやすいことと、金銭のムダな出費が多いことだ。しかし、有能な指導者がいて、会社内に適切なルールが確立されれば、その欠点は克服され、協同の精神が発揮されるだろうという。
 その結果、「もっとも能率が高くかつもっとも経済的な」株式会社が、個人経営会社を経済競争面で圧倒していくにちがいないとみていた。
 ただし、大資本による大生産制度が有効なのは、人口の多い繁栄している社会にかぎられるという。
 ミルは独占とカルテルの弊害も認識している。しかし、ガス会社や水道会社、鉄道会社などの場合は、経済効率を考えれば、これを公営事業とし、政府がそれを直接経営せずに「公共のためにもっともよい条件で営みうる会社または組合に全部移管すべきである」と考えていた。
 とはいえ、農業の場合は、工業とちがって、大農制がすぐれているとは、かならずしもいえない。その理由として、ミルは小農がそれなりの技術と知識をもち、しかも驚くほど勤勉であることを挙げている。
 これにたいし、大農の土地は、労働賃金を節約しなければならないため、それほど高度に耕作されることがない。
 どうやらミルは「穀物および糧秣については大農場の方がよいけれども、多大の労働と注意とを必要とする種類の耕作は、断然小規模耕作の方がよい」という方向に傾いていたようである。
 小さい地所や小農場においても、農業上の改良をおこないうること、そして農業の生産性を増加し、余剰食料を生みだし、それによって商工業部門にたずさわる非農業人口を養えるようにするところに、ミルは経済発展の方向性をみいだしていた。
 いずれにせよ、政治が社会の安寧を維持し、そのなかで人びとが、それぞれの場所において、生産性を高めるために日々工夫し、少しでも豊かな将来をめざしていくというのが、ミルの『経済学原理』の基本スタンスだったように思える。
 第1篇の生産論を閉じるにあたって、ミルはこんなふうに問題を提起する。

〈……[近代においては]勤労の生産物は通例増加の傾向をたどってきたのであった。けだし生産者たちが消費手段を増やそうと欲するからであり、また消費者の数も増加してゆくから、それに刺激されて、増加の傾向をたどってきたのである。このような生産増加の法則をつきとめること、生産増加の条件をつきとめること、生産増加に実際上限度があるかどうか、あるとすればそれは何か、ということをつきとめること──経済学においてこれほど重要なことはない。〉

 ミルは経済が発展し、生産が増加するかどうかは、生産の3要素、すなわち労働、資本、土地がどれだけ大きくなっていくかにかかっていると述べていた。
 そこでまず、労働の増加についてである。労働が増加するには、人口が増えなくてはならない。人類の増加力はほんらい無限だ、とミルはいう。
 しかし、人口の増加が妨げられるとすれば、生殖力の欠乏ではなく、別に要因がある。それは戦争と疾病、それに窮乏、飢餓である。
 窮乏にたいする恐れは、人口を抑制する原因となりうる。ヨーロッパでは19世紀前半から、食料と仕事が未曾有の増加を示したのにもかかわらず、人口増加の割合がそれまでより減少した。それは労働者階級が生活を守るため、家族数の増加を抑制したためだ、とミルはみる。
 いっぽう、資本はすべて貯蓄の産物であると書いている。人は将来の福利のために、現在の福利を犠牲にすることによって、貯蓄をなすことができる。
 そのため、浪費や奢侈、無分別や不摂生を避けるという心性が育たない場所では、貯蓄はなされず、資本は形成されないという。ミルはそうした例として、インディアンや中国人の場合を挙げている。ずいぶん人種的偏見に満ちたとらえ方だが、当時はそう考えられていたのだろう。
 ミルによれば、中国人は勤勉であるにもかかわらず、分別が足らない。中国人は資本を蓄積せず、生産技術に改良を加えることを怠っているために、社会全体が停止状態におちいり、(イエズス会神父の観察を借りれば)「その日暮らしに満足し、辛苦の生活をも幸福と考えている」。
 中国において、資本の増加が止まっているのは、中国人が「たいていのヨーロッパ国民よりも現在にくらべて将来をはるかに低く評価しているということを物語る」と、ミルはいう。
 これにたいし、ヨーロッパの国々の特徴は、自由職業の人びとや商工業階級の人びとのあいだで、すこぶる貯蓄精神が盛んなことだ。そして、ヨーロッパにおいては、貯蓄によって形成された資本の大部分が、事業に投下されることによって、国の富が急速に増加しているという。
 ミルは土地についても述べる。
 土地からの生産物の増加は、土地の広さがかぎられることによって妨げられる。とはいえ、地表の大部分は耕作され尽くしたとはいいがたい。
 すると、問題は土地の生産性ということになる。
 ここで、ミルはいわゆる収穫逓減の法則をもちだしている。さらに劣等地や土地の位置といった問題も挙げている。そうした土地から収穫を得るには、より多くの労働や資本が必要となるだろう。
 しかし、土地の改良は可能だし、それがなされれば、わざわざ劣等地を開発する必要もなくなり、収穫逓減の法則を一時停止させることができる。さらに農業上の知識や技術、発明がなされれば、農法を改良し、効率のよい(つまり労働と費用を減少させる)農産物生産が可能になるだろう。輪作や堆肥、新作物の導入、役畜の使用方法の改善(いまなら機械の発明)、輸送の改善など、いくらでも改良の余地はある。
 ここから、ミルは次のような結論に達する。

〈すべて分量に限りがある自然諸要因は、その究極の生産力に限りがあるのみならず、その生産力の極限に達しないよほど前から、すでに需要の増加分を満たすのに条件がますます困難となる。しかし、この法則は、人間が自然を制御する力が増加すれば、ことに人間の知識が増大して、その結果自然諸要因の性質や力を支配する力が増大すれば、停止せられ、あるいは一時抑制されるものである。〉

 もう一度、くり返していうと、ミルによれば、生産を決定づけるものは、労働(人口)と資本と土地(食料・資源)である。
 この3つがうまく結びつかなければ、豊かな生産物は生まれず、社会は貧しいままにとどまってしまう。
 たとえ、労働がなされていても、その成果が蓄えられず、社会が停滞したままで、人口だけが増大していくなら、資本不足と土地不足により、その社会はますます貧しくなっていくだろう。
 人間の生活が豊かになるためには、衣食住が満たされ、新たな生活用品が生みだされ、生活環境が整えられねばならない。それには、勤勉と蓄積が増進される社会体制が必要になってくる。
 勤勉と蓄積は資本を増加させ、それが知識や技術の増大とあいまって、生産性の拡大をもたらすとともに、新たな生活商品を生みだしていく。
 労働と資本と土地は相関関係にある。

〈時代のいかんを問わず、使用された労働に比べてその勤労の生産物が増加しているか、また国民の平均的生活状態が向上しつつあるか低下しつつあるか、ということは、人口が改良よりすみやかに増加しつつあるか、それとも改良が人口よりすみやかに進行しつつあるか、ということによって定まるものである。〉

 もし、一国の生活水準が低下しているとして、その低下を防ごうとすれば、外国から食料を輸入するか、または海外に移民するしか方法がない、とミルはいう。しかし、食料を輸入するにも、それには綿製品であれ金属製品であれ、なんらかの見返り商品が必要であり、移民や植民もはたしてどこまで現実的に可能な地域があるのかと考えれば、なかなか容易なことではない。
 いずれにせよ、いかなる社会もその時代の限界と壁にぶつかるのであって、それを突破するには、社会体制の改革と生産性の向上が求められる。そのなかでも資本がとりわけ大きな役割をはたすだろう、とミルは考えていた。
 ミルの考え方は漸進的かつ楽天的である。

   4 分配論の前提

 ここから第2篇「分配」にはいる。
 ミルははじめに、富の分配は人為的制度であり、社会の法律と慣習によって定まる、と書いている。
 現在の社会は私有財産制にもとづいている。しかし、19世紀半ばのミルの時代には、すでに私有財産制の全廃を唱える共産主義や、その制限を訴える社会主義の考え方が盛んになっていた。
 共産主義は、財産の共有と生産物の平等な分配をめざす。ひとつの村落共同体を想定すれば、こうしたシステムは可能だとミルは考える。
 こうした社会ができれば人は働かないという批判をミルはしりぞける。共産主義集団においては人びとの公共心が高まり、世論に導かれて公共のために尽くすという姿勢があらわれるかもしれないからだ。
 だが、問題は労働の割り振りである。ある人には紡績の仕事を、別の人には煉瓦積みをというような割り振りを、だれがどう決めるのか。時に、仕事を変えることも考えられるが、実際にはなかなかむずかしいだろう。共産主義はいまのところ観念上の存在にとどまっている、とミルはいう。
 だからといって、私有財産制は万全の制度ではない。それが征服と暴力によって生まれたことをミルは知っている。また私有財産制が不公平を拡大し、すべての人が完全に平等な条件でスタートすることをさまたげているのも事実である。
 私有財産制の原則は、努力すれば、そのぶん報酬が与えられるが対応するというものだが、それとてもまず公平が保たれて、はじめていえることだ。
 これにたいし、共産主義の問題は、はたして、この制度のもとで、人間の自由と自主性、いいかえれば完全な独立と行動の自由が保証されるかということだ、ミルはいう。

〈共産制には個性のための避難所が残されるか、与論が暴君的桎梏(しっこく)とならないかどうか、各人が社会全体に絶対的に隷属し、社会全体によって監督される結果、すべての人の思想と感情と行動とが凡庸たる均一的なものになされてしまいはしないか──これらのことが問題である。〉

 サンシモンとフーリエの「社会主義」はどうだろう。
 サンシモンは、選挙によって社会の指揮者集団を選び、その指揮者が人びとに、能力や才能に応じて仕事を与え、その業績に応じて、報酬を払うという方式を構想した。とうぜん、指揮者集団は、絶対的な権威をもたなければならない。
 これにたいし、労働者が組合をつくり、その組合がリーダーを選び、リーダーの指導のもとで、労働者が協同作業をするというのが、フーリエの社会主義である。仕事ができる人もできない人も、社会の成員には、最低限の生活保障が与えられる。そして、労働者は等級に応じて報酬を受け取る。住宅に関しても、同じ一棟の建物に住む権利が認められている。
 フーリエは労働を魅力あるものに変えようとしていた。ミルはフーリエの実験がうまくいき、私有財産制にもとづく産業組織とことなる制度が生まれることに期待を寄せている。しかし、それはまだ実験段階にとどまっているとみていた。
 当面、ミルは私有財産制にもとづく制度を改良し、そこに人びとが参与できる方向を目指そうとしている。
 私有財産制のもとでは、人は贈与または公正な契約によって得たものを、自由に処分してよい権利を有する、とミルはいう。労働者は資本家との契約によって賃金を獲得する権利を有するが、だからといって、新たな契約を結ばないまま、資本家の私有財産を侵害する権利はもたない。
 私有財産制の根本は、個人の所有権にあり、これは贈与の権利をも含む。だが、親族は自動的に相続権を有するのではなく、贈与はあくまでも親の権利だという。
 とはいえ、遺贈権は制限されなければならない。それによって、個人が労せずして、最高限度より以上の富を得ることがないようにし、それ以上の遺産は、公の用途にささげられなければならない、とミルはいう。しばしば財産の不公平を伴う私有財産制は、どこかで是正されねばならないものだった。
 また土地の所有権は、土地所有者が土地改良家である場合にのみ成り立つ、とミルはいう。そして、大地主である貴族の長子相続制を批判して、こんなふうに述べている。

〈何びとも、土地を作ったものはまだいないのである。土地は、本来、全人類の相続財産である。その土地を人に私有させるのは、まったく人類全般の便宜に出でることである。土地の私有がもしも便宜を与えないならば、その私有は不正である。〉

 大貴族には批判的だった。社会の一般的利益(たとえば鉄道や道路)にとって必要な場合は、国家が一定の賠償を支払えば、地主の土地所有権を自由に処理できるというのが、ミルの考え方である。
 さらに、以下の所有権は認められない、とミルはいう。ひとつは他の人間を財産として所有する権利である(奴隷制は禁止されねばならない)。もうひとつは公職にたいする所有権である(公職の世襲は認められない)。その他の公的に認められない排他的特権も排除されなければならない。
 私有財産には一定の制限が設けられなければならない。そして、社会的に認められた私有財産制のもとで、土地および労働の生産物が3階級(地主、資本家、労働者)のあいだに、どのように分配されていくかを研究するのが経済学だ、とミルは述べている。
 しかし、ミルは同時に、この3階級がきちんと分かれているのは、イングランド、スコットランド、ベルギー、オランダくらいのもので、あとは同じ人がふたつ、ないし三つを兼用していることが多いとも述べている。資本家と労働者を兼ねる職人もいれば、地主と労働者を兼ねる小農もいる。そして、奴隷制のもとでは、自立した労働者はおらず、資本家がすべてを兼ねている。またアジアにおいては、国家が土地の所有権を握っているとも記している。
 ただし、工業が発達してくると、労働者を雇用する資本家と、資本家に雇用される労働者とが、はっきりと区別されるようになる。「一般に資本家は、指揮監督の労働よりほかの労働には携わらない」
 そこからミルは分配論を展開していくことになる。経済学の前提となるのは、あくまでも競争である。だが、現実には慣習の力が見過ごせない。そのため、慣習の問題を抜きにして、競争だけで経済のあり方を語るのは危険だという考え方をあらかじめ示している。

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