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商品世界論の構想 [商品世界論ノート]

[90歳の父が高砂市民病院に入院し、手術を受けたため、しばらくいなかの高砂(兵庫県)に帰っていました。読む本もないまま、つれづれにこんな一文をつづってみました。混乱したまま書いたので、文意がはっきりしないかもしれませんが、何はともあれ、ぼんやりと考えていることをまとめてみたものです。]

 朝、起きて、インターネットを開くと、いきなり広告が目に飛びこんでくる。それはパソコンの新製品を紹介するものであったり、車の宣伝であったり、聴くだけで英語がうまくなる商品の案内であったり、洋服の売れ筋の案内だったりする。新聞を開けば、これまた広告の山である。新刊書が出ているかと思えば、国内、海外各地の格安旅行のリスト、演劇やコンサートのチケット売り出しと、まことににぎやか。テレビだって負けていない。リモコンのスイッチを入れたとたんに、工夫をこらした楽しげなコマーシャルが次々と流れてくる。町にでたらでたで、コンビニやスーパーには、おどろくほどの量と種類の商品が、選択に迷うくらい、これでもかというくらいに並んでいる。
 世の中は商品に満ちあふれている。われわれは商品世界に生きているといってもいいくらいだ。しかし、そう口にのぼせた端から、この商品にあふれた商品世界とはいったい何なのかという疑問がわいてくる。
 そもそも商品は売られ、買われた瞬間から、商品ではなくなるといってよいだろう。とはいっても、きわめてまれなことながら、買った冷凍食品に農薬が混入していたり、化粧品で肌に障害がでたり、購入した電化製品がすぐに故障したりすることもあるから、そのときは商品の商品としての正当性が問われることになる。だから、生産者から消費者の手に移った瞬間から、商品は商品ではなくなるといっても、商品はその価値に社会的責任をもたなければならないとされている。
 それにしても不思議である。なぜ商品は消費者の手に渡ったときから商品ではなくなるのか。それは商品が、あっという間か、長持ちするかはともかくとして、たいていは消費されてしまうからである。もちろん最近はリサイクルという便利な仕組みがあって、完全に使用しつくされず、まだ使用可能な製品であれば、それを修復して商品として売りだすことも可能である。でも、野菜やパンのような食品ではそういうわけにはいかないだろう。なかには投機目的の美術品や金融商品のように、消費されることなく、ふたたび市場に出すことを前提にしているものもある。でも、たいていの商品は、買われたときに市場から消えていくものがほとんどだ。
 商品ははかなくも市場においてしか存在しない。ところで、ここで「市場」という言い方をしたが、市場とは何かというと、じつははっきりしない。かなり特殊な用語である。ふつうに用いられるのは「株式市場」とか「野菜市場」とかで、株式の場合は「しじょう」と読み、野菜の場合は「いちば」と読む。もちろん、歴史的には株式市場のほうが近代に属し、野菜市場は近世から発達した。市(いち)は古くからあった。市はもともと毎日ではなく、10日に一度とか月に二度といったように間隔をおいて開かれていた。ここでもちよられた品物が交換される。こうした市にもちよられた品物が商品の原型と考えていいだろう。
 株式市場や野菜市場の市場とちがって、経済用語として用いられる「市場(しじょう)」は、商品売買がおこなわれる場所全般を指す抽象語だといえる。だから、市場とは、われわれが日常の商品(時に高額品や金融商品)を買う店やスーパー、百貨店、モール、量販店、銀行証券会社、不動産会社、それに各地から集められた野菜や魚の相場を決める市場、株を取引する株式市場、外国と通貨を決済する為替市場など全体を抽象的に指す概念である。だから、市場一般というものは存在しない。あるのは商品が売り買いされる、さまざまな場所であり、それは成長したり、衰退したり、あるいは新規なものが登場したりして、どんどんと変化していく場所だといってよい。
 商品は市場で売買されるモノやサービスであり、商品が売買される場所が市場である。ここでいうモノとは、直接に使用される財であり、売買によって所有権が移転される生産物を指している。それには短期消費財や長期(耐久)消費財、あるいは半永久的な固定財が含まれる。いっぽう、サービスとは間接に使用される財であり、労働や便宜、知識などを対象とし、売買によって所有権が移転しない財を指す。一般に、売買された商品は、直接的(いわばモノとしての)ないし間接的な(いわば効果としての)財に転化するといえるだろう。
 市場で売買される商品は、生産と消費のあいだに存在している。
 これを図示すれば、

  生産→商品→消費

ということになるだろう。
 しかし、生産と消費のあいだに位置する有用物は、かならずしも商品になるとはかぎらない。なぜなら、みずから消費するためにみずから生産する場合は、市場における商品とはならないからである。
 この図からは、もうひとつだいじなことが指摘できる。それは市場に現われる商品からは、生産過程も消費過程も直接みることができないということである。たとえば、いま目にするのが、スーパーで売られているフィリピン産のバナナであるとしても、われわれはそれがどのように栽培され、どのように運ばれてきたかを知っているわけではなく、またそのバナナがどのように食べられているのかも、じつはよく知らない。セロファンに包まれて目の前に売られているバナナの来歴や行く末は、商品という姿のなかにはっきりと見えているわけではないのである。
 さらに言えば、商品はいくら見ばえよく商品として並べられていても、それだけでは商品としての要件を満たさない。商品が商品になるためには、もうひとつの流れが必要になってくる。
 それは、

  消費⇒商品⇒生産

という別の流れである。
 前者が商品という財の流れだとすれば、後者は貨幣という財の流れである。
商品と貨幣は逆の方向に流れている。
 この流れのせめぎあいを、その中心である商品の側から眺めてみると、

  供給[→]商品[←]需要

という関係が成り立つ。
 そのため、アダム・スミスは、商品には使用価値と交換価値の二重性があると論じた。この場合、供給とは商品を生産することであり、需要とは商品を消費することだといってよい。
ところで商品が生産され消費され、また消費され生産されて、たえまなく新たな循環を繰り返すのは、人間が生きているかぎり、次々と新たな財を求め、財を費やすからにちがいない。しかし、それだけではない。生産する側の個人や家族、企業が、こんどは消費する側の個人や家族、企業に回るからである。もちろん、個人や家族、企業は同一の商品を生産し、同時に消費するわけではない。そんなことをすれば、そもそも商品が成り立たなくなってしまう。ここで消費されるのは、みずからの作りだした商品ではなく、別の主体の作りだした商品である。言い換えれば、個人や家族、企業は、他の主体が消費するための商品を作りだす。こうして商品世界においては、生産者と消費者は分裂していると同時に結合している。
 ここで、商品の成立する要件を考えてみると、だれでもがわりあい簡単につくれて、自由に楽しめるものがあるとすれば、それは商品にはなりにくい。たとえば庭に咲いている花を切って、花瓶にさしても、花瓶の花はそれ自体、商品とはいえないだろう。
 消費者、したがって需要サイドからみれば、商品とは、いまみずからが簡単につくりだせず、所有しているわけではないが、手に入れたいと切望する何かである。その商品を切望する理由は、それによってみずからの生活世界が改善されたり拡張されたりして豊かになると考えるからである。それがなければ飢えて死んでしまうという限界状態もあるかもしれない。しかし、そもそも人間の欲望はとどまるところを知らない。
 いっぽう、生産者、すなわち供給サイドは、消費者の欲望に応じて、次々と商品を生みだしていかねばならない。問題は商品には寿命があるということである。商品は期間の長短はあるにせよ、消費されることによって消滅していく。しかし、ここでいう「寿命」とは、商品それ自体の寿命のことである。新たな商品が、古い商品を駆逐してしまうのは、よくあることだ。そこで、生産者は、すぐに陳腐化してしまうという恐れをいだきつつ、次々と新たな商品を開発しようとする。
 以上についてまとめるなら、商品はそれだけで商品として存在するわけではなく、循環的な構造に支えられた関係性において存在するということである。本稿は、関係性としての商品を支える循環構造を明らかにすることをめざしている。しかし、それだけにとどまらず、商品世界の歴史をもとらえることによって、その起源や発展、あるいは成長や衰退をとらえ、さらには現状と将来についても言及したい。さらには、商品世界をめぐる思想や学説にも簡単にふれることができれば、もっけの幸いである。



資本主義のはじまりと終わり──ハーヴェイ『〈資本論〉入門』を読む(12) [商品世界論ノート]

 ハーヴェイの解説を通じて読む『資本論』第1巻は、いちおう今回で最終回ということになる。
 マルクスは資本の研究で画期的な業績をもたらした。しかし、マルクスにはもうひとつ、革命家としての顔があり、時折、かれの政治的な思わくが、分析の方向性をゆがめていると感じないわけにはいかない。もっとも、それはぼく自身が社会主義に懐疑的であることと関係しているのかもしれない。
 マルクスのえがく人間が画一的なのも気になる。かれはドイツからの亡命者としてロンドンで長く暮らした。現実の資本家や商店主、労働者をそれほど知っていたわけではなく、みずからも職につかず、書斎と図書館にこもって、ひたすら研究をつづけていた。
 その後の歴史にマルクスが与えた影響は大きい。だが、社会主義が成功を収めたとはとても思えないのだ。むしろ、それは壮大な失敗に終わったとみるべきだろう。その歴史をわれわれはふり返ってみる必要がある。
 にもかかわらず、現在『資本論』がふたたび脚光を浴びているのは、現代資本主義のもたらしている差別や貧困、現代文明の危機、グローバル資本主義への反発、国内外で頻発する対立や衝突、さらには人類絶滅への予兆が、われわれにそこはかとない不安感をかきたてているからではないだろうか。
 そのマルクスは、資本主義の将来をどのようにえがいていたのだろう。
 ハーヴェイはこう要約している。

〈[資本の]競争は常に独占をつくり出し、競争が激化すればするほど、集中への傾向は加速していく。……一方の極で[資本の側では]富の巨大な集積がつくり出され、他方の極の労働者階級にとってはますます多くの貧困、労働苦、堕落が生じる……〉

 マルクスの世界観によれば、資本家と労働者は絶対的な敵対関係にある。しかし、資本家と労働者は契約にもとづいて、相互に依存しあっているとみることもできるのではないか。その関係は、親和的とも敵対的とも決めつけられない。また、支配と服従の枠にも収まりきらない複雑な関係性を有しているのではないだろうか。
 労働者は労働過程において、労働を強制されているかもしれない。だが、いっぽうで労働に喜びを見いだしている場合もある。資本家は金儲けにちまなこになっているかもしれない。だが、いっぽうで社会に役立つ仕事をしたいと思っている資本家も多いはずである。
 そのあたりをすべて捨象して、マルクスは資本の体現者を資本家ととらえ、労働の体現者を労働者ととらえる。資本家は勝ち誇る支配者であり、労働者は苦痛にうちひしがれる被支配者である。
 そうした支配者は革命によって、打ち倒されねばならない。そして、その結果、資本は社会的に所有され、管理されることになる。
 それはひとつの考え方として、われわれは資本家と労働者の関係を、実際の歴史のなかから、いまいちど、たどりなおしてみるべきである。
 資本主義のはじまりを、マルクスはどのようなものとしてとらえていたのか。『資本論』第1巻の最終章、「本源的蓄積」において、マルクスは、資本家が最初にいかにして資産を築いたのか、そして、労働者階級はどのようにして形成されたのかを追求している。
 封建制から資本主義への移行は、けっして平和的なものではなかった。「現実の歴史では、征服、奴隷化、強奪、殺人が、要するに暴力が最も大きな役割を果たした」と、マルクスはいう。
 さらに、その過程で生じたできごとを、マルクスは次のようにえがく。

〈資本関係を創出する過程は、労働者を自分自身の労働の諸条件の所有から分離する過程、すなわち一方では社会の生活手段と生産手段を資本に転化させ、他方では直接的生産者を賃労働者に転化させる過程以外の何ものでもない。それゆえ、いわゆる本源的蓄積は、生産者と生産手段との歴史的分離過程以外の何ものでもない。〉

 マルクスは、資本が生産者から生産手段を奪い取り、かれらを賃労働者に変えてしまうことによって資本主義が発生したと論じている。資本の「本源的蓄積」とは「収奪の歴史」以外の何ものでもない。
 資本主義の発生過程は、貨幣が伝統的共同体を解体していく過程でもある。マルクスによれば、イギリスでは牧羊地をつくるため、15世紀末から16世紀にかけ、共有地(コモンズ)の囲い込みがはじまった。その後、1688年に名誉革命が発生すると、国王と貴族に加えて、高利貸までもが国有地を横領し、農民のプロレタリア化がさらに進行した。
 相次ぐ土地の私有化によって、多くの農民は土地から追放され、最終的に賃労働のシステムに組みこまれていった。
 いっぽう貴族が所有する農地では、土地管理人が借地農となって、地主である貴族に地代を払いながら、「農業革命」を遂行していく。借地農は農業労働者を雇用し、食料品を生産し、それを国内市場で販売するようになる。
 そのかん、輸出海港や農村地帯において、マニュファクチュアが発生した。マンチェスターやリーズ、バーミンガムなどは、かつてはちいさな村落にすぎなかった。そこに大きな工業地帯が発生する。
 奴隷貿易と植民地が資本主義の発展を支えていた。「ヨーロッパの外部で直接に強奪や奴隷化や殺人によって略奪された財宝が本国に流れ込んで、そこで資本に転化した」と、マルクスはいう。
 マルクスは資本がいかに暴力のなかから生まれてくるかを、これでもかというような表現でえがく。それはアダム・スミスの牧歌的世界とはまったくことなる、血みどろの歴史である。
 資本の本源的蓄積とは、つまるところ「略奪による蓄積」にほかならなかった。そうした略奪による蓄積は、グローバル化する現代世界においても引きつづきおこなわれている、とハーヴェイはいう。
 だが、それにも終わりはくる、とマルクスはいう。

〈[資本によってつくりだされた]この階級は絶えずその数を増していき、資本主義的生産過程の機構そのものによって訓練され結合され組織されていく。資本独占は、それとともに、そしてそのもとで繁栄したこの生産様式に対する桎梏になる。生産手段の集中と労働の社会化は、その資本主義的な外皮とは調和できなくなる地点に到達する。そこでこの外皮は爆破される。資本主義的私的所有の弔鐘が鳴る。収奪者が収奪される。〉

 暴力によってはじまった資本主義は、暴力(革命)によって終わりを迎えるというのが、マルクスの未来予想図である。
 はたして、そうだろうか。
 最後に、恐慌へと帰結する資本主義の危機を、マルクスがどのようにとらえていたのかを、ハーヴェイはまとめている。
 資本主義にはさまざまな危険因子が含まれている。
 たとえば、何らかの理由で、お金の支払いがとどこおるときもあるだろう。人を雇用しなければいけないのに、人が雇えない場合、原材料などが確保できない場合、労働者が雇い主の言うことをきかなくなった場合もピンチを招く。さらに、いちばんたいへんなのが、つくった商品がまるで売れなくなった場合である。資源が枯渇することもありうる。
 いっぽう、労働者にとって死活問題となるのは、技術的・組織的イノベーションによって、職を失う場合である。もちろん、勤めていた企業が倒産したときも、失業の危機に見舞われる。
 さらに資本主義につきものなのが、有効需要の不足である。それは過少消費恐慌を招く原因となる。ケインズのいう「流動性の罠」、すなわち貨幣の退蔵が、景気の悪化を招くおそれもある。
 資本は新たな需要をつくるため、つねに新商品を生みだし、新市場を開発してきた。新たな設備投資もおこたらなかった。市場を活性化するために、信用制度を拡張し、クレジットカード住宅ローンなどの導入もおこなってきた。
 資本が存続するためには、資本は常に拡張しつづけねばならない。
「資本主義が拡張しつづけるかぎり、資本蓄積のグローバルなダイナミズムを方向づけ統制する一種の中枢神経系統としての信用制度の役割はますます顕著なものになる」と、ハーヴェイは記している。そして、これに国家の役割が加わる。「国家権力と金融権力とのある種の融合が不可避なものとして立ち現われてくる」。こうして中央銀行は国家によってコントロールされる金融センターになっていく。
 しかし、こうした信用制度の拡充も、けっきょくは「略奪による蓄積」を補完するシステムにほかならない、とハーヴェイは論じる。
 資本主義はいったいどこまで行くつもりなのだろうか。資本主義が何かに追い立てられるように拡張をつづけるのは、いったん停止すれば、その先にはたちまち恐慌の深淵が広がっているからである。
 資本主義に代わる、もっと自由で平等な、お金に振り回されないですむ、もっと人間的な社会秩序は考えられないのだろうか。
 マルクスはこうした資本主義にたいし、「去って、社会的生産のより高い段階に席を譲れ」と叫んだ。しかし、その政治プロジェクトは大きな災厄を招いて挫折したあと、いまも未完のまま放置されている。

資本蓄積論──ハーヴェイ『〈資本論〉入門』を読む(11) [商品世界論ノート]

 労働力によるか、技術力によるかはともかく、資本がめざすのは、剰余価値を獲得することである。
 ここでマルクスは「集団的労働者」という概念をもちだす。集団的労働者とは、ひとつの資本(企業や会社といってもよい)のもとで、一連の商品をつくりだす労働者全体のことをさす。そこには、工場内だけではなく、宣伝やクレーム処理など、さまざまな部署に配置された労働者、さらには外注や下請けの労働者も含まれている。
 とはいえ、資本主義のもとで重要なのは、価値を生みだす商品だけなのであって、その意味で「生産的であるのはただ、資本家のために剰余価値を生産する労働者だけである」。資本にとっては、商品をつくりださない労働は、すべて不生産的なのである。
 マルクスによれば、剰余価値の大きさは、労働日(労働時間)の長さ、労働の強度、労働の生産性によって決まる。
 ここで、話はすこしややこしくなる。
「労働は価値の実体であり内在的尺度であるが、それ自体は価値を持っていない」。貨幣によって価値をあらわすのは、あくまでも商品であって、労働はそこに内在していると推察されるだけである。
 これにたいし、労働力は賃金であらわされる価値をもつ。つまり、労働力の価値とは賃金のことである。
 マルクスは労働の価値と労働力の価値とを区別しなければならないという。
 マルクスによれば、労働力の価値は、ある時代の一定の生活水準において、労働者を再生産するのに必要な(いい換えれば、労働者の生活を維持するのに必要な)諸商品の価値によって規定される。
 賃金は時間や出来高によって計算される。さらに国によって賃金はちがうが、これは各国の生活水準がことなるからである。この点は、現在のグローバル資本主義の課題といえるだろう。
 そのあたりを踏まえながら、マルクスはいよいよ資本の蓄積過程に焦点を移し、資本主義の動学モデルをつくろうとするのである。
 そのモデルをつくるにあたって、マルクスは商品が市場で価値どおりに売れること、産業資本家が単独で剰余価値をすべて手に入れること、海外との貿易を捨象することを前提とした。これは現実には、ほとんどありえない想定なのだが、基本モデルには、こうした思い切った単純化が必要なのである。
 資本は商品が売れて循環しなければ消滅してしまう。その点、資本の基本図式は、単純循環、すなわち単純再生産ということになる。
 ハーヴェイによれば、「労働者が諸商品に価値を凝固させ、貨幣賃金を受け取り、その貨幣を諸商品に費やし、自分自身を再生産し、そして次の日には仕事に戻り、諸商品により多くの価値を凝固させる」。資本主義的生産過程においては、そうしたくり返しがつづく。
 資本家は最初の資本にたいしては所有権をもっている。ところが、剰余価値が次第に資本に転化していくようになると、その資本は元はといえば、労働者の生みだした剰余価値なのだから、本来なら資本の所有権を失うはずなのに、それをずっと保持する。いっぽうの労働者は、剰余価値をつくりだしているにもかかわらず、まるで自分自身を支配する手段、すなわち資本を生産している。これが、マルクスの考え方である。
 さらにいえば、労働者は労働過程においてだけではなく、市場でも家庭でも「資本の付属品」になっている。その点、単純再生産、資本の生産過程のくり返しにおいて決定的な問題は、階級関係としての資本─労働関係が再生産されているということだ。「それは、労働者が自分の労働力を売って生きていくことを絶えず強要し、資本家が労働力を買って自らを富ますことを可能にする」。つまり、資本をもつかぎり、資本家は永遠に資本家であり、資本をもたぬかぎり、労働者は永遠に労働者である。
 ここで資本主義のモデルは、単純再生産から拡大再生産へと拡張される。成長なき資本主義がありえないとすれば、この拡大再生産モデルこそが、資本主義の本筋ということができる。
 その過程は、次のように進行する。
 資本家は労働者のつくりだした剰余価値を領有する。その剰余価値の一部は資本家の享楽のために消費されるが、それ以外の部分は資本として再投資される。資本家が関心を寄せるのは、貨幣形態における社会的権力を蓄積することだ、とハーヴェイはいう。競争が資本家の投資行動をかきたてている。
 古典派経済学は、資本家による追加投資を資本家の節欲によるものと解説した。だが、かれらが手にした剰余価値は、そもそも労働者の剰余労働によって生みだされたものだ。資本家は事業を存続させるために、資本の蓄積を余儀なくされているにすぎない、とマルクスは古典派を批判する。
 何はともあれ、資本は成長のための成長、蓄積のための蓄積を求めて、あらゆる手立てを尽くす。賃金コストをできるだけ下げるというのもそのひとつである(たとえば非正規労働者の導入、海外への工場移転)。不変資本(原材料など)の節約も考えられる。さまざまな工夫による生産性向上なども、そうだろう。資本には途方もないフレキシビリティと機動性がある、とハーヴェイは指摘する。
 それでは、資本の蓄積は労働者階級にどういう影響をもたらすのだろうか。
 剰余価値が拡大再生産に投じられるときには、ふたつのモデルが考えられる。
(1)労働者を追加雇用し、生産を拡大する。人手不足になれば、賃金はある程度上昇することも考えられる。だが、それにも限度がある。資本は利潤率が低下するのを嫌うからである。
(2)機械を導入して、生産性を上げ、「規模の経済」を実現する。機械化が進展すれば、資本の集積と集中が進むことになるだろう。
(1)は技術変化がない場合で、(2)は技術変化がある場合である。
 資本主義は概して、機械導入による生産性向上の方向を選ぶ、とマルクスは考えた。その場合、総資本の大きさにくらべて、労働需要は相対的に減少する。労働人口は相対的に過剰となりやすい。そうなると、いわゆる産業予備軍が発生する。多くの労働者が失業し、貧困におちいる。
 賃金の動向は、産業予備軍の膨張と収縮によって規制される。しかも、「この相対的過剰人口の存在は、たいていの場合、雇用されている労働者の過度労働をもたらす」と、ハーヴェイは追記する。
 資本はつねに技術的ないし組織的なイノベーションにより、労働力のだぶつきを維持し、それによって労働力市場をコントロールする、とマルクスは考えている。
 ここでマルクスは、相対的過剰人口を3つの形態に分類している。
 ひとつは「流動的過剰人口」。これは何らかの事情で仕事から投げだされ、次に雇用されるまで、失業期間を何とか生き延びている人びとをさす。
 もうひとつは「潜在的過剰人口」。農村地帯の過剰人口で、まだプロレタリア化されていない人びとである。
 そして3番目が「停滞的過剰人口」。マルクスによれば「浮浪者、犯罪者、売春婦など、要するに本来のルンペンプロレタリアート」からなる貧民層で、「孤児や貧困児」も含まれる。どちらかというと、マルクスはこれらの人びとに冷淡だった。
 19世紀後半のイギリスでは、失業者は悲惨な状況に置かれていた。とりわけイングランドのアイルランド移民はみじめだった。民族、宗教による差別が、貧困の泥沼を生みだしていた。
 マルクスは、資本主義的蓄積はプロレタリアートの窮乏化をもたらすという帰結に達する。それは現在では、ほとんど支持されていない結論である。たしかに、現在の労働者はかつてにくらべれば、ずっと豊かになった。雇用も満たされ、貧困にあえぐことも少なくなり、個人消費のほとんどを支えている。
 だが、ハーヴェイは近年の新自由主義について、こう指摘することを忘れていない。

〈新自由主義のプロジェクトは、資本家階級の上層における富のますます増大する蓄積と剰余価値のますます増大する領有へと導いた。……[そして、この目的を追求するために、資本家階級は労働者の]賃金を引き下げ、労働者を駆逐する技術変化によって失業を生み出し、資本主義権力を集中させ、労働者組織を需給の市場調整機構を妨げるものとして攻撃し、外部委託と海外移転を進め、世界中から潜在的過剰人口を動員し、[国内の]福祉水準を引き下げた。これこそが、新自由主義的「グローバリゼーション」が真に意味することであった。〉

 プロレタリアートの窮乏化法則はあやまりだった。しかし、資本によるあくなき貨幣権力の追求はいまもつづいている。

機械制大工業──ハーヴェイ『〈資本論〉入門』を読む(10) [商品世界論ノート]

 機械制大工業は手工業とマニュファクチュアのなかから発生する、とマルクスは書いている。
 機械といえば、まず思い浮かべるのが技術のことだ。機械は技術の結晶にちがいないからだ。
 技術のもたらす影響は幅広い。技術は単に人間と自然との関係を変えるだけではない。生産様式や社会的関係も変えていく。世界にたいする見方や、日々の暮らしの細部にまで、技術は影響をおよぼす可能性をもっている。
 もちろん、技術が社会の水準をすべて決定するというわけではない。逆もまた真であって、社会や自然、日常生活の状態が技術を生みだしていくともいえる。
 資本主義が本格的にはじまるのは、技術を基礎にした機械制大工業によってであるといっても、あながちまちがいではないだろう。
 だが、マルクスは、機械は労働を軽減するために使用されるのではないと述べている。あくまでも、機械は生産性を上昇させることによって剰余価値をより多く生産する手段として用いられるのだ。
 機械と道具の大きなちがいはどこにあるのだろう。道具は人間によって使われる。これにたいし、機械は動力(19世紀においては、とりわけ石炭)によって動く。すると、人間はまるで機械の道具のようになっていく。
 機械が登場すると、工場内では機械を中心として生産過程が再編されていく。いっぽう機械にたいする需要が増えるために、機械製造業が独立した生産部門となっていく。
 機械が発達していく過程を、マルクスは「マニュファクチュアが機械を生産し、大工業がこの機械を用いて、それがまず捉えた諸部門で手工業とマニュファクチュア制度を廃絶する」と論じている。
 産業革命の時代、機械が導入された分野としては、たとえば紡績業がある。糸を紡ぎ、布を織り、漂白や捺染や染色をする過程が機械によっておこなわれるようになる。
 紡績業の発展は、運輸・通信手段の変革をもたらす。さらに、機械製造業や製鉄業の発達を促した。エンジニアリングと機械製造は密接に結びつき、機械は資本主義的生産様式になくてはならない技術的基礎となった。
 ところで、資本家は機械を市場で購入しなければならない。マルクスは機械の価値は毎年、定額償却されて、商品の価値に移転すると考えている。
 一定量の商品をつくるさいに、機械を用いるより労働力を用いたほうが安くつくとすれば、何も機械を導入する必要はない。だが逆に、たとえ高価でも機械を購入することで労働が節約され、大量の商品をつくりだすことが可能になるなら、資本家は機械の導入をためらわないだろう。
「資本家が機械を使用する限界は、したがって、機械の価値と、機械によって取って代わられる労働力の価値との差額によって定められている」と、マルクスは書く。
 それでは、機械の導入は労働者にどのような影響をもたらすだろう。
 機械はかつての熟練労働を駆逐し、不熟練の女性と子どもの雇用を容易にした、とマルクスはいう。
 とりわけ、女性の雇用は、賃金にたいする考え方を根本から変えていく。それまで賃金は労働者本人だけではなく、その家族を養う生活費とみなされていた。だが、だんだん個人にたいする賃金と考えられるようになるのだ。
 女性が労働力に加わることで、賃金は抑制されていく。そのいっぽうで、たとえ個人の賃金は減ったとしても、家族の総賃金は、働きに出る女性が増えるにつれて、上昇していく傾向が生じる。その動きが加速するのは、20世紀後半になってからだろう。そして、それまでの家事労働は軽減が求められるようになり、家庭のなかに商品化の波が進展していくことになる。
 さらに機械が労働者に与える影響として、マルクスは労働時間の延長と労働強化を挙げている。
 資本家は、機械の効率を上げるため、1日のうち、できるだけ長時間、機械を動かそうとする。また、技術が急速に発展する時代においては、新しい機械が次々と登場して、前の機械はすぐに陳腐化する。すると、資本家は機械をフル稼働して、早く元をとりたいという誘惑にかられるだろう。
 そのしわ寄せは労働者にやってくる。機械の導入によって、労働時間は延長されがちとなる。さらに24時間、機械をフル稼働するとなれば、交替勤務制(シフト制)がとられることになるだろう。
 ハーヴェイは「労働日の延長を緩和するはずであった機械は、実際には労働日をさらに延長させる必要性を刺激する」と述べている。
 いっぽう機械は作業工程の速度と連続性を決定する。そのため労働者は、たとえば組み立てラインの流れ作業に自己の動きを合わせなくてはならなくなる。チャップリンの『モダンタイムズ』が描いたように、労働者はあたかも機械の付属品であるかのように扱われる。そのことが労働強化をもたらすことはいうまでもないだろう。
 次にマルクスが焦点を合わせるのは、工場の内部である。
 ハーヴェイによると、マルクスが工場のモデルとしたのは、マンチェスターの巨大綿工場であり、さまざまな作業所が集まるバーミンガムの工場地帯ではなかったという。シリコンバレーはどちらかというとバーミンガム型に近い。その点、マルクスによる工場のとらえ方は一面的であることを踏まえておかなければいけない、とハーヴェイは注記している。
 それはともかくとして、マルクスは熟練労働が機械に取って代わり、労働者が機械の助手になるというところから工場の描写をはじめている。

〈手工業やマニュファクチュアでは労働者が道具を用いるが、工場では機械が労働者を用いる。前者では労働者から労働手段の運動が起こり、後者では機械の運動に労働者がついていかなければならない。マニュファクチュアでは、労働者たちは一つの生きた機構の諸部分となっている。工場では生命のない機構が労働者たちから独立しており、労働者は生きた付属品としてそれに合体される。〉

 工場においては、労働者は資本家の専制的支配に従属させられる、とマルクスは論じる。その労働者を監督するのが、工場を管理する専門的な「労働者の小集団」である。
 19世紀のはじめ、機械の導入は熟練労働者からの抵抗を呼び起こした。ラッダイト運動と呼ばれる一連の機械打ち壊し暴動が発生する。だが、機械自体を打ち壊すことに、マルクスはさほど共感をおぼえていない。むしろ、機械がもたらす影響に注目している。労働節約型の技術革新は、失業と雇用の不安をもたらすのだ。現在のハイテク技術化のもとでも、事情は同じだろう。
「機械は、それが導入された産業で必然的に人々を仕事から駆逐する」と、マルクスはいう。過剰になった労働力は他の産業で吸収されるかもしれない。しかし、そのさいにも、深刻な労働力移動の問題が生じる。労働者はたちどころに新たな労働環境に適応できるだろうか。
 資本主義的生産様式のもとでは、機械は労働者に抑圧的に作用することをマルクスは強調している。
 さらに機械は過剰生産をもたらす。商品はいままでより多くさばかれなければならなくなる。そのためには市場の開発が必要となり、国内市場だけでなく外国貿易を拡大していかなければならない。さまざまなインフラ整備(通信・交通機関の発達)が求められるだろう。
 ハーヴェイは「地理的拡張と長期的投資(とりわけインフラ投資)が資本主義の安定化にとって決定的な役割を果たす」ようになると論じている。
 機械の導入によって生じた過剰労働力はどこに吸収されるのだろうか。新しい産業が起こって、新たな雇用が発生するならともかく、どこにも吸収されないで、産業予備軍(失業者)として残りつづけることも考えられる。
 ここでマルクスは1861年の国勢調査を示している。それによると、当時、イングランドとウェールズでは、工場労働者が約104万人、鉱業労働者が約57万人、そして召使い階級が121万人いたことがわかる。このほかには、もちろん農業労働者がいたはずで、数としてはそれがもっとも多かったはずである。
 ここで注目すべきは、地主(貴族)や資本家に雇われている召使い階級がじつに多いことで、それはアダム・スミスのいう不生産階級にあたる。とはいえ、召使い階級は、いまでいうサービス産業従事者とも考えられる。ただ、現在のように産業の形態をとっていなかったというだけの話である。
 ハーヴェイは、われわれは製造業からサービス産業へのシフトが過去半世紀に生じたと思いがちだが、じっさいにはサービス部門はけっして新しい部門ではなかったと述べている。当時も、失業者の一部はサービス部門に流れていたはずである。
 ここで、ハーヴェイは「資本主義的生産様式は、地理的・時間的な置きかえを通じて過剰資本問題を解決する社会的必要性がある」と論じている。資本主義は構造的に過剰資本を発生させる。だが、それはグローバル投資、ないし将来への投資というかたちで解消されなければならないというのである。
 こうした資本の動きは景気循環をもたらす。機械の導入は景気循環とからんでいる。そして、景気の波に応じて、労働者は「排出」されたり「吸引」されたりする。マルクスは資本主義につきものの、過剰資本と過剰生産にともなう景気循環の波が、労働者の雇用を不安定にし、ついには、その生活をどん底に突き落とすととらえていた。
 マルクスの時代は機械制大工業がまだ主流ではなかった。手工業や家内工業、マニュファクチュアが多く残っていた。マルクスはいずれ機械制大工業が産業の中心になるだろうと考えている。しかし、ハーヴェイは国内でも国外でも、産業の階層化や生産工程の多様性はその後も存続したとみる。資本はかならずしも機械化にこだわらず、できるだけ安い生産工程を求めて、世界じゅうを飛び回るのだ。
 ところで、イギリスの工場法に規定されていたのは、労働者の労働時間だけではなかった。そこには、保健や教育に関する規定もあった。
 資本はいつでも解雇できる単純労働者を必要とする。しかし、ハーヴェイにいわせれば「フレキシブルで適応能力を持ち教育された労働者」も求めていたのである。
 大工業にとっては、これまでの家族労働の域を離れた、新しい労働力が必要だった。「資本は労働の流動性を必要とし、したがって、古い温情主義的で家父長的な厳格さを粉砕しながら、労働者を教育しなければならない」と、ハーヴェイはいう。家族から離れて、労働が社会的に組織されることが、近代の商品世界のもっとも大きな特徴なのかもしれない。それによって、人のあり方も社会のあり方も、これまでとは大きく変わっていく。
 マルクスは最後に大工業と農業の関係についてもふれている。
 大工業の発達は農村を分解し、農民の一部を賃労働者に変えていく。
 都市化の進展とともに、農業は次第に資本主義化していく。
 マルクスはいう。

〈資本主義的生産は、……人間と大地とのあいだの物質代謝を攪乱する。……それは土地の肥沃さが永続するための永遠の自然条件が作用するのを妨げる。〉

 とはいえ、ハーヴェイはマルクスが農業における技術的・組織的変化を、かならずしも否定していたわけではないという。「彼[マルクス]は明らかに、科学と技術の応用が進歩的意味を持ちうることを信じている」。問題はその手段をどのように応用するのが適切かということなのである。
 とはいえ、マルクスは農業の資本主義化については、さほどふれていない。これもまた重要な問題だと思うのだが……。

相対的剰余価値ないし特別利潤──ハーヴェイ『〈資本論〉入門』を読む(9) [商品世界論ノート]

 商品の価値は社会的必要労働時間によって規定されると、マルクスはくり返し述べている。ただし、生産性が上昇すれば、商品にかかわる社会的必要労働時間は減少する。
 いっぽう労働力の価値は、一定量の生活手段の価値に還元される。そこで、原理的にいえば、生産性が上昇して、物価が安くなれば、それに応じて賃金も下落することになる。
 生産性の上昇によって賃金が下落し、剰余価値が増加するならば、剰余価値率は上昇する。このようにして得られる剰余価値を、マルクスは相対的剰余価値と名づける。それが相対的なのは、生産性の上昇にともなう剰余価値だからである。
 ハーヴェイは、労働者の賃金上昇を抑えたできごとをいくつか挙げている。ひとつは、1846年の穀物法廃止にともない、輸入小麦が安くなり、賃金が下落傾向をみせたことである。もうひとつは、現在のように安い中国製品が普及して、賃金の上昇が抑えられたこと。こうした動きは経済界の動きにとどまらず、国家の経済政策なしには考えられない。国家の経済政策は、全体として資本家にも労働者にも大きな影響をおよぼすことになるだろう。
 とはいえ、個々の資本家が労働生産性を上げようとするのは、何も労働者の賃金を安くしようとするためではない。競争に打ち勝つためだ、とマルクスはコメントする。
 何人もの資本家が、たとえば1時間に同じような石鹸を10個つくっているとしよう。ところが、ここに革新的な資本家があらわれて、新技術を導入し、1時間に石鹸を20個つくるようになったとする。ここでは生産面において、シュンペーターのいう創造的破壊が生じたことになる。
 その石鹸が、しばらくのあいだ前と同じ価格で売れたとするなら、その資本家は特別利潤、すなわち特別剰余価値を得ることができる。こうした生産性の上昇にともなう特別剰余価値こそが、相対的剰余価値の原型である。
 次に生じるのは、需給の法則の作用である。石鹸の供給が多くなると、石鹸の価格は徐々に下落していく。すると劣った技術で、これまでと同じように石鹸をつくっていた資本家は駆逐されるか、新しい技術を導入する以外に生き残るすべはない。
 こうして、どの資本家も1時間に20個の割合で石鹸をつくるようになると、商品をつくるための社会的必要時間も半減し、石鹸の価格は新たな水準に下落することになる。その時点では、当初の特別剰余価値も消滅する。
「個々の資本家のあいだには飛躍的な技術革新への強力なインセンティブが存在する」とハーヴェイはいう。それは、競争にさらされている資本家が、ほかの資本家に先んじて特別剰余価値を求めようとするためだ。
 機械自体は価値を生みだすわけではない。機械の価値の一部(減価償却分)を商品に移転するだけだ。だが、機械は相対的剰余価値(特別剰余価値)の源泉となりうる。それは機械が生産性の上昇をもたらすからだ。
 ここにマルクスがあまり論じたがらない、ひとつの可能性が生じる。画期的な機械の導入によって生産性が上がると、資本家には特別剰余価値を得る可能性が与えられるが、労働者も賃金が同じだとすれば、物価の下落によって、生活水準が上昇する可能性が生じてくるのである。
 新技術の採用によって、剰余価値率(搾取率)はむしろ高まるかもしれない。そして、賃金が同じだとすれば、労働者の生活水準は上昇する可能性が生じる。これは、マルクスよりも、むしろリカードが強調したポイントである。
 ハーヴェイは、マルクスがこの点を論じなかったのは残念だったと述べている。しかし、現在の状況について、次の点を指摘することを忘れてはいない。

アメリカに関して特異なことは、過去30年間かそこらになってはじめて、労働者は生産性上昇から利益を得ることができなくなったことである。資本家階級はこの利益のほとんどすべてを領有した。これこそ、新自由主義反革命の何たるかの核心に位置することであり、それがケインズ主義的福祉国家期と決定的に異なる点なのである。〉

 生産性の上昇にともなう剰余価値の分配をいかにしておこなうかは、資本家と労働者の力関係だけではなく、国家の経済政策によって規定される。さらに、それは国全体の経済や国際経済のあり方にも関係してくるだろう。

 ところで、機械の導入による労働生産性の上昇を論じる前に、マルクスはまず、協業と分業の問題を論じている。それはどちらかというと機械制大工業以前の作業所や工場の組織形態としてとらえられているが、協業と分業の目的もまた労働生産性を引きあげることだった、とマルクスは指摘している。
 協業と分業は、いうまでもなく集団的な力を増大させる。
 マルクスは同じ生産過程、または関連する生産過程で、労働者が相並んでいっしょに労働することを協業と呼んでいる。協業の場においては、「集団力であるところの新しい生産力」が創造され、個々の労働者の生産効率を高める。
 協業において、マルクスがまず想定しているのは、問屋制度のもとで、作業所に労働者を集め、材料を与えて、労働者に作業をさせる場合である。ここでの労働は労働者の自主性にゆだねられており、商業資本家はできあがった商品を受け取るだけである。
 これにたいし、労働者が工場に集められて、作業をさせられる場合は、資本側の監督と圧力が強くなる。労働者集団は「産業士官や産業下士官[工場長や職工などの職制]」に指揮され、「単なる可変資本」として扱われる、とマルクスは記述している。そうした指揮下で、労働者は資本のもとに実質的に包摂されることになる。
 さらに、協業は資本が比較的多くの賃労働者を雇うことにつながる。「協業のない資本主義的生産様式を想像することは不可能である」とハーヴェイは記す。このことは協業が前近代的な問屋制手工業の段階にとどまらないことを意味している。
 次にマルクスは、マニュファクチュア(工場制手工業)のもとでの分業について考察する。マルクスが例に挙げるのは、馬車製造業で、ここでは同じ作業所のなかで、車輪、室内装飾、車軸などが別々につくられ、後で組み立てられる。これは垂直分業のケースである。これにたいして、別々の作業所で、さまざまな部品がつくられ、最終的にそれらが一工場に集められて、組み立てられる場合を水平分業と呼ぶことができるだろう。
 マルクスによれば、分業の特徴は「生産過程をその特殊な諸段階に分解すること」にある。かれが検討しているのは手工業の場合に限られているが、この工場において、労働者は「専門労働者」となり、「彼の労働力はこの部分的機能の終生変わらぬ器官にされてしまう」。
 分業のもうひとつの目的は、労働者がひとつの工程から別の工程に移ることによって生じる作業時間のロスをできるだけ減らすことである。とはいえ、同じ作業をつづけることが、かえって生産能率にマイナスとなりうることも、いっぽうでマルクスは認めている。労働効率の問題はなかなかむずかしい。
 ここで、ハーヴェイはジャストインタイムという現代の分業システムを紹介している。これはトヨタのカンバン方式生産方式としても知られる。それは生産工程間の仕掛け在庫を最少化しつつ、効率のよい生産の流れをつくりだすやり方である。このシステムの弱点は、災害などの攪乱的事態が発生した場合に、指示どおりに納品がなされなくなり、工程がストップしてしまうことである。だが、いずれにせよ、これをみると効率のよい分業という考え方が、マニュファクチュアにとどまらず、現代の工場でもいかされていることがわかるだろう。
 ハーヴェイにいわせれば、資本にとっては、効率的な時空間的生産システムをいかにつくりあげるかが大きな課題だという。それが分業の配置にかかっていることはいうまでもない。
 しかし、まだマルクスの時代は、機械と近代工業が発足したばかりの段階だった。技術革新の波は、企業のなかで内部化されているわけではなかった。
 マニュファクチュアが中心の時代においては、まだ労働の熟練度が生産工程を大きく左右していた。だが、分業によって工場の内部が配置されなおすと、かつての複雑な作業は個々の構成部門へと単純化されていくことになる。この単純化は一種の専門化として、これまでとはことなる特殊技能を養う面もあった。だが、マルクスはそれをどちらかというと全体的能力の喪失として、否定的にとらえているようにみえる。
 ここで、マルクスは分業について、もうひとつだいじな視点を導入する。それは、分業には工場内分業と社会的分業とがあるという考え方である。
 マルクスは工場内分業と社会的分業のちがいについて、こう論じる。

〈社会的分業は、さまざまな産業部門の生産物の売買によって媒介されているのに対し、工場内のさまざまな部分的作業の関連は、さまざまな労働者の労働力が一人の資本家に売られることを通じて媒介されており、資本はこの労働力を結合労働力として使用する。マニュファクチュア的分業は、生産手段が一人の資本家の手中に集積されていることを前提しており、社会的分業は、多くの独立した商品生産者のあいだでの生産手段の分散を前提としている。〉

 マルクスによれば、そもそも社会的分業の発生は、都市と農村の分離からはじまる。そして、それが次第に諸商品の連関からなる商品世界を形成するにいたる。そこでは、多くの労働者がさまざまな商品を生産するために各産業に配置されている。
 これにたいし、工場内分業は、あくまでもひとつの商品をつくる生産過程において、労働者が諸工程に効率よく配置されていることを意味する。
 マルクスは、この工場内分業がどちらかというとマニュファクチュア時代の形態だとみているようだ。そして、それがある程度まで達すると、矛盾をきたし、ついに機械制大工業にいたるととらえる。しかし、前に述べたように、協業にせよ、分業にせよ、機械制大工業の時代にいたって、むしろより本格的に展開されるとみたほうがよいのではないだろうか。
 いずれにせよ、マクロレベルの分業とミクロレベルの分業という考え方はきわめておもしろい。これをどう有機的にとらえていくかは、現代社会を考えていくうえで、欠かせない視点といえるだろう。
 ところで、マルクス自身は、資本主義下における分業を否定的にみていたと思われる。かれは分業が精神労働と肉体労働の分離を促し、とりわけ肉体労働の断片化、奇形化、貧困化をもたらすとして、分業そのものに疑問を呈しているからである。これにたいし、共産主義は分業が止揚された社会として位置づけられることになるだろう。
 こうした労働者観には、どこか知識人の視線がまとわりついているような気がする。それでも、地主や資本家の立場を支持したマルサスやリカードとちがい、マルクスが労働者の視線から、経済の世界全体を根底からとらえなおそうとしていた点には、ただのサラリーマンだったぼくも共感をおぼえるのである。

労働時間の問題──ハーヴェイ『〈資本論〉入門』を読む(8) [商品世界論ノート]

 共産主義は正しいとは思わないが、ハーヴェイの解説を通じて、マルクスの『資本論』を読みなおしてみると、ずいぶんまっとうなことが書かれていると思わざるをえない。たとえば、労働者(サラリーマンもOLも)は、給料以上に会社ではたらかされるというのもそうだ。経済学の教科書には、こんなあたりまえのことさえ書かれていない。
 それで、暑いこともあって、だいぶ読みくたびれてきたのだけれど、ここで目移りしてしまうと、いつものように挫折しかねないので、もう少しがまんして、先に進むことにしよう。
 今回は労働日、いいかえれば1日で定められた労働時間の話である。
 商品の価値は、そこに社会的必要労働時間がどれだけ詰まっているかによって決まる、とマルクスは考えていた。
 労働力商品も同じである。労働力商品の価値は賃金で表示されるが、これもまた「ほかのどの商品の価値とも同じく、その生産に必要な労働時間によって規定される」とマルクスはいう。
 何だか頭がこんがらかってきそうである。労働力に支払われる賃金は、労働力を維持するのに必要な生活費と考えてもよいが、その生活費も生活に要する商品の総額、すなわち社会的必要労働時間の量によって規定されているというわけだろうか。要するに、賃金は、その時代に応じた最低限の生活費を基準としていると考えればよさそうだ。そして、アメリカや日本では、企業の利潤は増えているのに、賃金は増えていないというのが、この二、三十年の一般的傾向である。
 そこで労働日についてである。いくらタフマンだって、1日24時間は働けない。労働時間(労働日)には限界がある。それでも資本家はできるだけ労働日を長く延ばそうとする。これにたいし、労働者はマルクスのいうように「ノーマルな長さの労働日を要求する」。
 そのため、「資本主義的生産の歴史においては、労働日の標準を確立することは、労働日の制限をめぐる闘争として、総資本すなわち資本家階級と、総労働すなわち労働者階級とのあいだの闘争として現われるのである」。
 マルクスは、ここではもちろん労働者階級を支援する側に立っている。
 資本家ができるだけ労働日(規則で定められた労働時間)を延ばそうとするのは、それによってできるだけ多くの剰余価値を獲得しようとするからである。
 イギリスの工場法(1833年制定、その後40年にわたって何度も改正)は、国家が労働日を制限することによって「無制限な搾取への資本の衝動を抑制する」ものであった。それほど工場での労働者の酷使がひどかったのだろう。有能な兵士になりうる労働者を維持することは国家の利益でもあった、とマルクスは指摘している。
 といっても、1833年の工場法は、9歳未満の児童労働を禁止し、9歳〜18歳未満の少年労働を週69時間に制限するといったものにすぎない。
 工場法では、労働者の搾取と衰退を阻止するために、工場監督官制度がもうけられた。工場監督官は国によって任命され、工場に配置される。マルクスは『資本論』を執筆するにあたって、こうした工場監督官の報告を多々引用している。
 当時は12時間労働がふつうで、ときには16時間、繁忙期には30時間ぶっ通しで働かされることもあり、労働者の扱いがあまりにも乱暴だった。それは、ときに過労死をも招いた。
 労働者は標準労働日の制定を求めて立ち上がった。
 マルクスはこう書く。

〈[資本は]体力を回復し更新しリフレッシュするために必要な睡眠を……圧縮する。……資本は労働者の寿命を気にしない。資本が関心を持つのはもっぱら一労働日に働かすことのできる労働力の最大限だけである。〉

 労働者の長い闘いをへて、資本家は標準労働日の制定にしぶしぶ同意する。標準労働日の制定は資本家にとってもメリットがあった。というのも「労働力の耐久期間」が短縮されれば、その補填と訓練に多くの費用がかかるからだ、とマルクスはいう。労働力商品は長持ちしたほうがいいのだ。
 とはいえ、人口が常に過剰であれば、資本家は労働者の生活環境などおかまいなしに、労働者を使い捨てにできる、とマルクスはいう。「資本は、労働者の健康と寿命には、社会によって強制されないかぎり顧慮しようとしない」。
 実際、1847年の工場法改正でも、規制されたのは少年労働者と女性労働者の労働時間だけで、それも1日10時間というもの。
 いっぽうで、標準労働日の設定は、社会に時間というものを意識させることになった。
 ハーヴェイはこう述べている。

〈われわれは往々にして忘れがちだが、1時間という単位はおおむね13世紀の発明である。そして分と秒とが時間を測る共通の尺度となったのはようやく17世紀になってからである。……[われわれは]みなこの[時間]感覚を内面化するにしたがって、時間性に関するある種の思考方法に囚われるようになり、それに付随する諸慣行に囚われるようになる。〉

 時間という感覚は近代の産物である。労働者は一定時間、工場やオフィスといった、ある種の空間にも閉じこめられる。そして時間と空間のなかで、労働規律の順守を求められるようになるのである。
 1830年代と40年代は、イギリスでは、これまでの地主貴族の支配にたいして、産業ブルジョアジーが政治的に立ち上がる時代だったという。1832年には選挙法が改正された。そんななか、地主(貴族)とブルジョアジーは政治的に対立するようになる。
 1840年代に工場法が改正されたのは、皮肉なことに貴族の力による。工場監督官が査察を強化するのもこのころで、社会変革を求めるチャーティスト運動もさかんになった。
 同じころブルジョアジーは穀物法廃止を訴えるキャンペーンをくり広げ、1846年には穀物関税が引き下げられることになった。そのねらいは、輸入穀物の値段を安くして、賃金を低く抑えることにあったという。
 そうしたさなか1848年には恐慌が勃発、ヨーロッパで革命運動が巻き起こった。イギリスでもチャーティスト運動がもりあがるが、政府はそれを厳しく取り締まった。
 だが、労働者の抵抗はつづく。1850年代には労働運動がくり広げられ、少年・女性にたいする10時間労働日の徹底が求められた。
 そしてイギリスでは1874年に再度、工場法が改正され、これによって週56時間(月曜から金曜までは10時間、土曜は6時間)の労働時間がようやく実施されることになる。
 このころになると、資本家の側もまた、不健康で不安定な労働力よりも、より短い労働時間で効率的にはたらく健康的な労働力のほうが、ずっと生産的であることに気づくようになった。
 マルクスは労働者が労働日の短縮を勝ちとるためには団結して闘わねばならないと論じている。
「公正な1日の労働に対する公正な1日の賃金」というのが労働者にとっての「ささやかなマグナカルタ」だ、とマルクスはいう。
 ハーヴェイによれば、資本主義の暴走を防ぐためにも、労働者の運動をある程度取り入れることが必要になってくるという。労働者がいなければ、資本主義は生き延びていけないのだ。労働者の権利を認めることで、資本家は自己破壊の道をひた走るのをやめることができる。
 現在も、賃金や労働条件と並んで、労働時間は大きな課題でありつづけている。だが、この30年間の新自由主義反革命によって、労働者を取り巻く環境はむしろ悪化している、とハーヴェイはいう。しかも、グローバリゼーションによって、世界の開発途上国に苛酷な労働慣行がばらまかれているのだ。
 だが、労働日が短縮されれば、剰余価値率が下がり、資本家の得る利潤も減っていくのではないか。資本家はそうした限界をどのように突破しようとするのか。それが次のテーマになっていく。

労働過程と剰余価値──ハーヴェイ『〈資本論〉入門』を読む(7) [商品世界論ノート]

 労働過程について、マルクスは「人間と自然とのあいだの物質代謝を媒介し、したがって人間の生活そのものを媒介するための、永遠の自然的必然性である」と述べている。
 人間は労働によって自然に働きかけ、人間界に自然を取り入れ、それによって継続可能な生活を築いていく。
 人間の労働が特徴的なのは、それが「合目的的」であることだ。つまり、人間は労働によって、何を実現しようとするのかを、あらかじめ知っている。そのため、労働には「多くの勤勉と自己規律」が必要になってくる、とハーヴェイは解説する。
 まったくの肉体労働、あるいは精神労働というものは存在しない。労働は多かれ少なかれ肉体=精神労働なのである。
 労働過程は3つの要素、すなわち「合目的的な活動ないし労働そのもの、その労働が働きかける対象、そして労働手段」にわけられる、とマルクスはいう。
 労働そのものについては、説明を加える必要もない。労働対象は大きくいえば自然だが、自然そのものと、原材料に分けることもできる。そして、労働手段は簡単な道具から複雑な機械にまでわたる。
 ここで、マルクスはとりわけ労働手段の重要性を強調し、「労働手段は、人間の労働力の発達の度合いを測るものであるだけでなく、労働がなされる社会的諸関係をも表示する」と述べている。
 複雑な機械は産業社会、あるいはポスト産業社会の象徴でもある。
 さらに、この3つの要素に加えて、作業場や道路、運河などの(さらに現代ではもっとさまざまの)インフラも、労働過程に必要な条件として加えてもよいだろう。
 労働過程は生産過程に重なる。だが、生産過程に投じられているのは、現下の生きている労働だけではなく、過去の労働でもある。
 過去の労働の典型は道具や機械だろう。道具や機械には過去の労働が閉じこめられている。しかし、過去の労働は生きている労働によってしか生き返ることができない、とマルクスはいう。機械は労働によって動かされることで、ようやく生産過程にはいりこみ、その威力を発揮することができる。
 以上は労働過程全般についていえることである。
 だが、資本主義のもとでは、労働過程は価値増殖過程としてあらわれる、とマルクスはいう。
 資本主義的な労働過程は、資本家が市場において、生産手段と労働力を手に入れるところからはじまる。
 労働者は資本家のもとで、資本家がつくりだそうとしている商品の生産に従事する。資本家はその商品を販売することで、剰余価値の実現をめざす。
 剰余価値、つまり儲けが得られないのなら、商品を生産する意味がない。
 労働過程では、死んだ生産手段と生きた労働とが合体されて、商品ができあがる。しかし、合体される労働は、あくまでも商品価値をかたちづくる「抽象的労働」として評価される。
 剰余価値を生みだすのは、資本家の「節欲」による投資、あるいは資本家の勤勉、さらには資本家の引き受けるリスクだという説をマルクスはことごとくしりぞける。
 問題は実際の商品の剰余価値がどのように形成されているかを、実際の生産過程において検証してみることである。
 ハーヴェイはマルクスの把握を、次のように要約する。

〈剰余価値は、労働が一日の労働日で諸商品に凝固する価値と、労働者が商品としての労働力を資本家に譲り渡すことで獲得する価値との差から生じている。労働者は要するに、労働力の価値を支払われ、それでおしまいであるのに対して、資本家は労働者を働かせることで、労働者に、彼ら自身の価値を再生産させるだけでなく、さらに剰余価値をも生産させるのである。〉

 平たくいってしまえば、資本家(会社)は労働者を給料分以上に働かせるということである。資本家がいくらごたくを並べたところで、資本家のもうけは、労働者を働かせるところからしか得られないということを、マルクスはぶっきらぼうに指摘したわけである。
 ただし、労働力が商品であるといっても、労働力商品の所有者はあくまでも労働者なのであって、資本家は労働者との契約にもとづいて、労働力の自由な利用をゆだねられるのだ。その契約のなかには、賃金や労働時間(マルクスの用語では労働日)の規定が含まれているだろう。
 ここでマルクスは資本主義的生産過程の特徴を、それが「商品」の生産を目的とし、「労働過程と価値増殖過程との統一」にあることを再確認している。
 そして、実際の労働過程においては、熟練労働と未熟練労働とが存在するのだが、「より高度な労働はつねに平均的な単純労働に」還元しうるとして、できるだけ労働を「平均的な単純労働」として、とらえようとしている。
 マルクスは資本を不変資本(c)と可変資本(v)に分類する。不変資本とは生産手段であり、そこには過去の労働が凝固している。その価値はつくられる商品に単純に移行する。
 不変資本には、原材料や機械の消耗費、燃料費などが含まれる。そのコストは、商品にそのまま上乗せされることになる。
 これにたいし、可変資本とは、労働者に支払われる価値、すなわち労働コストをさす。ハーヴェイによれば、可変資本が重要なのは、この「生きた労働」がなければ、「死んだ労働」が生き返ることもないからである。つまり、人が手を加えなければ、原材料も機械もそこに存在するだけで、商品に姿を変えることもない。
「労働が手を引いたら、資本価値が機械から最終商品へと移転しなくなり、不変資本の価値は減価するか完全に失われてしまう」と、ハーヴェイは記す。
 さらに可変資本の特徴がある。それは可変資本が賃金以上の価値、すなわち剰余価値(m)を生みだすということである。
 そこで、生産過程における商品全体の価値は、

  c+v+m

という表式であらわすことができる。
 そこから、次の点が確認できる。
 可変資本にたいする不変資本の割合はc/vで示すことができる。その割合が大きければ大きいほど、労働生産性は高い。
 剰余価値率はm/vであらわされる。この率が高ければ高いほど搾取の度合いは大きい。
 剰余価値と利潤が一致するとすれば、利潤率の数式はm/c+vとなる。不変資本が大きければ大きいほど利潤率は一般に低くなる。利潤率と剰余価値率は一致しない。剰余価値率が高くても利潤率が低い場合もあるし、逆に剰余価値率が低くても利潤率が高い場合もある。
 マルクスが問題にするのは、利潤率よりも剰余価値率(搾取率)のほうである。
 しかし、剰余価値率は実際に目に見えるわけではなく、あくまでも理論上の数字だ、とハーヴェイはいう。この時間までが賃金分の仕事で、それ以上は剰余価値分と分けるのは、事実上むずかしいからだ。
 剰余価値の存在は、あくまでも商品の価値が実現されて、その結果、生まれた利潤から想定されるにすぎない(しかも、実際には、生産資本の利潤は、ほんらいの剰余価値から商業資本の利潤や銀行資本の利子、さらには地代を引いた額になっている)。
 にもかかわらず、利潤の源泉となる剰余価値は存在するし、その剰余価値を生みだすのは労働時間なのである。この労働時間をマルクスは労働日と呼ぶ。資本家は決められた賃金のもとでの労働日をできるだけ長く定めることによって、より多くの剰余価値を得ようとするのである。
 以上、マルクスの考え方をごく簡単にまとめてみた。
 つづきはまた。

労働力商品──ハーヴェイ『〈資本論〉入門』を読む(6) [商品世界論ノート]

 また、のんびりと読書をつづける。
 といっても、毎日けっこう忙しく、それに老化現象も進行しているので、頭が回転しているのは、ごくわずかな時間だ。暑さもこたえる。
 資本は物自体をつくることを目的としているわけではなく、商品を動かすことによって、貨幣を増殖させることをめざしている、とハーヴェイはいう。
 したがって、貨幣の増殖を目的とする流通形態が、資本の基本図式となる。
 すなわち、前回の貨幣論で述べたように、その図式は

  G─W─G’(Gは貨幣、Wは商品、G’はG+△G)

によって、あらわされる。
 これは一見して、商人資本のモデルと同じである。
 だが、マルクスは流通過程から貨幣の増殖が生じるという発想をとらない。
 商人資本モデルは、ただちに産業資本モデルへと転換されるだろう。
 すなわち、ここでは、資本は商品をある場所から別の場所へと(需要のない場所から需要のある場所へと)移動させることによって増殖するわけではない。資本はみずから商品自体を生みだし、それによって貨幣の増殖をはかる力へと転換されている。
 近代とはまさに産業資本の時代だった。ここでマルクスは『資本論』の中心テーマである産業資本の構造分析へと立ち至ったのである。
 マルクスは商品流通が資本の出発点であることを認めている。
 前近代においては、資本の中心は商人資本と高利貸資本であって、産業資本ではなかった。その時代は、商品それ自身もたいして発達していなかっただろう。それでも、都市には商品が欠かせなかった。そして、やがて商品は農村をも巻きこんでいく。
 商人資本や高利貸資本が資本であったのは、それらが商品(や貨幣商品)の流通によって、貨幣の増殖をめざそうとする力(運動)だったからにほかならない。
 そのさい、資本は、投じられた貨幣を回収するだけではなく、貨幣の増殖分(△G)、すなわちマルクスによれば「剰余価値」の獲得をめざそうとしていた。
 マルクス自身の言い方によれば、こうだ。

〈価値はここでは過程の主体になるのであって、この過程の中で絶えず貨幣と商品という形態を交互にとりながらその大きさそのものを変え、原価値としての自分自身から剰余価値を突き放して、自分自身を増殖させるのである。〉

 これはまるで資本が自己運動しているかのようにみえる。
 だが、もちろんそうではない。その構造を動かし、その構造に動かされているのは、人間の営みである。
 ハーヴェイは、資本は「過程を進行する価値、過程を進行する貨幣」であって、「この同じ循環を絶えずくり返している」と述べている。
 問題は剰余価値がどこからやってくるのかということである。
 マルクスはW─G’の過程では等価交換がなされていると想定する。
 つまり市場交換からは剰余価値が生じない。
 商品は価値より安く買われているわけでもないし、価値より高く売られているわけでもない。
 いま、マルクスがとらえようとしているのは、商人資本と高利貸資本の時代ではない。産業資本の時代である。
 前近代の考察は捨象されている。しかし、マルクスならば、この時代においても、価値は流通過程において生じるわけではないと断言しただろう。商品の価値は生産された商品自体に帰属するからである。
 商人資本や高利貸資本は、商品の剰余価値からの分配を受けているにすぎない。なぜなら、商品そのものが存在しなければ、商人資本や高利貸資本もありえないからである。
 近代においては、商人資本は商業資本となり、高利貸資本は利子生み資本(金融資本)となって、産業資本に従属していると考えられている。
 ここで、剰余価値を生みだす資本の流通図式G─W─G’をもう一度思いだしてみよう。
「資本[剰余価値]は流通からは発生することはできないし、また流通から発生しないわけにもいかない」と、マルクスはいう。
 だとすれば、剰余価値が生まれる秘密は、G─Wの過程、つまり貨幣が商品を生みだす商品の生産過程のなかに隠されている、とマルクスは考えた。
 商品の生産過程においては、資本が労働力を活用することによって、商品を生みだす。
 労働と労働力を区別したマルクスの功績は大きい。資本は労働を買うわけではなく、労働力を買う。すなわち労働者を雇用するのである。
 そして、労働者を雇用した資本家は、その労働力を用いて、効率よく自己の目的とする商品づくりを実現しなければならない。
 マルクスは、こうした労働者の雇用を、「労働力商品」の売買ととらえる。つまり、労働者は自己の労働能力を「商品」として売りにだし、資本家はそれを「商品」として買い入れるというわけである。
 労働者は生産手段をもたない。もっているのは労働能力だけである。こうした労働者をマルクスはプロレタリアートと名づける。
「資本は、生産手段や生活手段の所持者[つまり資本家]が市場で自分の労働力の売り手としての自由な労働者に出会うときにはじめて発生する」と、マルクスは書く。
 しかし、労働力商品がほかの商品とことなるのは、ハーヴェイもいうように、それが「価値を創造する能力を持つ唯一の商品」だということだ。
 ここから剰余価値が生みだされる秘密があきらかになる。資本家は労働力を利用して商品、さらには剰余価値をつくりだしているということになる。
 労働者は賃金によって雇用される。そのことをマルクスは、資本家が労働力商品を購入するという言い方をする。
 だが、労働力の価値、すなわち賃金は、どのように決められるのだろう。労働力の価値とは、「労働力の所持者の維持のために必要な生活手段の価値」にほかならない、とマルクスは言い切る。
 そのことは、労働者が食べていけるかいけないくらいしか賃金をもらえないということではない。
 マルクス自身、「労働力の価値規定は、他の諸商品の場合とは違って、一定の歴史的・精神的[文化的]要素を含んでいる」と記している。したがって、「必要な生活手段の価値」は、歴史的条件、政治的条件によってさまざまだとみるべきだろう。
 とはいえ、労働者に与えられる賃金が無条件に上昇するとは考えにくい。それは、何とかその時代に生活していけるぎりぎりの所得を基本ラインとするよう抑制されるだろう。
 だが、何はともあれ、マルクスが明らかにしたように、近代は産業資本と労働力商品の登場とともにはじまるのである。
 ほとんどだれもが雇用されて生きていく時代がはじまったといってもよい。

貨幣論(2)──ハーヴェイ『〈資本論〉入門』を読む(5) [商品世界論ノート]

 貨幣の問題はむずかしい。
 ハーヴェイの解説によって、何とか『資本論』をかじってみる作業がつづいている。
 例によって、あちこち話題がとんでしまうのは、深く考えないまま、書き流しているためだ。
 前回は、貨幣が商品の価値尺度になることによって、貨幣として自立するという話だった。
 そして、貨幣が価値尺度になることによって、商品は商品として動きはじめる。つまり、商品は貨幣に取り替えられ、貨幣はまた商品に取り替えられるという流れが生じるのである。このとき、貨幣は流通手段となっている。
 マルクスはこの過程をW─G─Wという図式であらわす。
 Wは商品、Gは貨幣である。
 マルクスによれば、商品は貨幣を恋したう。
 だが、「まことの恋がなめらかに進んだためしはない」。
 商品が売れるかどうかは不確実である。これにたいし、貨幣の所有者は自分の欲求を満たしてくれそうなものを、自由に市場で選ぶことができる。
 貨幣を得るために、商品は常に工夫をこらさなくてはならない。

〈商品は、新しい労働様式の生産物であるかもしれず、それは、新たに生まれた欲求を満足させようとするか、新しい欲求をこれから自力で生み出そうとさえするかもしれない。……生産物は今日は一つの社会的欲求を満足させる。明日はおそらくその全部または一部が類似の種類の生産物によってその地位から追われるであろう。〉

 商品は貨幣によって、みずからの価値を表現する。しかし、その価値が実現されるためには、商品が貨幣によって購入されなければならない。もし商品がその価値を実現できなければ、最終的に商品は商品でなくなり、市場から脱落していくほかない。商品はそのため、その価値(使用価値と交換価値)を必死でアピールする。
 いっぽうの貨幣も商品を求める。なぜなら貨幣はそれ自体では、ただの紙切れやコイン、あるいは銀行口座の数字であって、味わうことも飲むことも遊ぶことも走ることもできないからである。
 その意味では、商品と貨幣は相思相愛の関係にある。こうして、貨幣を媒介としながら、商品の売り手は買い手となり、商品の買い手は売り手となって、商品世界がかたちづくられていく。
 つまり、W─G─Wは1回きりで終わるわけではない。それはいわばW1─G─W2─G─W3……とかぎりなく拡大する可能性をもつ過程であって、そこからはマルクスによれば「当事者たちによってはまったく制御されえない自然発生的な社会的連関の一つの全体圏」が生じてくるのだ。
 この全体圏を商品世界と名づけるならば、その世界は人間の生産能力と欲求の水準に応じて、どこまでも膨張していくことになる。
 しかし、その膨張はかならずしも順調に進むわけではなく、暴力的に切断されることもある。商品の売りと買いが、常に均衡するとはかぎらないからである。そこには、人の恋愛模様にも似て、商品と貨幣のややこしい関係が生じている。

〈別の誰かが買わなければ、誰も売ることはできない。しかし、誰も、自分が売ったからといって、すぐに買わなければならないということはない。〉

 それが極端にまで進むと、恐慌が生じる。
 これはケインズが「流動性の罠」と名づけた事態である。
 何らかのできごと(たとえば銀行が破綻したり、株価が大暴落したりするなど)が発生して、貨幣が流通過程から急速に退場すると、膨大な商品は行き場を失って立ち往生してしまう。
 ハーヴェイ自身も「もし急に世界の誰もが3日間クレジットカードを使わないことにしようと決めたら、グローバル経済全体が深刻な苦境に陥るであろう」と述べている。

 ところで、貨幣は金貨が1枚あれば足りるというものでもない。もしそうだとすれば、その金貨が自分のところに回ってくるまで、人は売り買いを控えなければならなくなってしまう。一定量の商品を流通させるためには、一定量の貨幣が必要になってくる。
 マルクスによれば、流通手段としての貨幣の量は「流通する商品の価格総額と貨幣流通の平均速度によって規定されている」。
 専門的な議論はさておく。
 このことは次のことを意味する。たとえば、クレジットカードや電子マネーなどによって、貨幣が代替され、貨幣の流通速度が速まれば、流通必要貨幣量は減ることになる。
 当初、貨幣には金や銀が用いられていた。しかし、国家が貨幣の鋳造権を把握すると、貨幣は金属自体の価値から離れて、国内では鋳貨や紙幣となり、さらに現在ではコンピューター画面上の数字へと移行する。
 現段階においては、世界貨幣は存在していない。1970年代に金とドルとの兌換が停止されて以来、国家ないし国家連合が貨幣を信認する変動為替制が敷かれるようになり、何かにつけ、国際通貨市場が激しく変動する状況が生まれている。
 このあたりは、さらに詳しい分析が必要になってくるだろう。
 しかし、いまは『資本論』を概説するにとどめよう。
 価値尺度や流通手段としての貨幣について論じたあと、マルクスは貨幣蓄蔵の問題へとコマを進めている。
 いまや商品の売り手は貨幣蓄蔵者になっている。
「貨幣蓄蔵に向けた衝動はその本性上無限である」とマルクスは書いている。
 商品の蓄積には限界がある。消費者があまりにも大量に商品を抱えこんだ結果は、ゴミ屋敷に行きつくしかあるまい。
 いっぽう、商品が売れない結果、生産者が大量の在庫をかかえてしまうこともある。だが、それはけっして望むべき事態ではない。生産者がめざすのは、大量につくられた商品が売れて、貨幣が蓄積されることである。
 ここで、突然だが、マルクスは古代の共同体と現代の共同体とのちがいを指摘する。それは現代の共同体が貨幣共同体だということである。そして、貨幣が商品の価値を表示し、流通させる手段だということを考えれば、その共同体は商品共同体でもある。
 無制限な貨幣の蓄積は、貨幣所有者の社会的権力の強大化をもたらすだろう。なぜなら、貨幣それ自体は富ではないが、それは富に転化する潜在的能力を有しているからである。
 蓄蔵された貨幣は、よほどの例外的事態が発生しないかぎり、いつでも商品に転化しうる潜勢力を有している。これにたいし、商品はいったん所有された以上は、それが手放されないかぎり、ふたたび流通過程に戻ることはない。
 商品と貨幣のちがいについて、ここで指摘しておきたいのは、商品は使用されねばならないが、そのさい人は商品のとりこになってしまうということである。貨幣とちがうのは、商品がそれぞれの有用性を備えていることだ。
 たとえば、家を掃除したり、車を運転したり、好きな番組をテレビや録画で見たり、携帯電話で友達と話したり、パソコンゲームをしたり、買い物をしたり、洗濯や料理をしたりというあたりまえの生活を想像してみよう。それは商品に囲まれた豊かな生活である。だが、ふとふり返ると、商品のとりこになった何という忙しい生活だろうと思うことはないだろうか。じつは、自分は商品を使っているようでいて、商品に使われてしまっているのではないか。
 さらに上には上がある。東京都内の豪邸に住みたい、フェラーリに乗りたい、もっとうまいものが食いたい、とそれこそ人の欲求には切りがない。貨幣と商品は密接に結びついている。商品=貨幣共同体は、ある意味では欲求のタガが外れた世界である。
 以上はふと思ったことで、『資本論』の展開とは、あまり関係がない。
 マルクスは貨幣の蓄蔵を論じたあと、支払い手段としての貨幣にふれている。この支払い手段というのは、商品にたいして、お金を払うということではない。そうではなくて、むしろ信用の問題だといってよい。貨幣は商品と同時に交換されるのではなく、商品にたいして後払い、または先払いされると想定されている。その意味で、貨幣には時間性が生じている。
 マルクスは、後払いの例として、農民が秋の収穫をあてにして、たとえば春先に商人から衣服を仕入れる場合を挙げている。この場合、農民は衣服をつけで買い、穀物が売れた段階で、その支払いをおこなう。
「売り手は債権者となり、買い手は債務者となる」。その清算はあとでなされることになる。
 いっぽう、先払いのほうはどうだろう。AはBにお金を貸す。Bはそれによって生活品を購入するが、働くことによって、先に借りたお金をAに返す。
 ここでハーヴェイは「もし初めよりも終わりのほうが多くの貨幣を返してもらうのでなければ、この形態の流通では私には何の利点もない」と論じる。
 つまり、いま生じているのは、前に示した図式を慣用すれば、こういうことだ(Gは貨幣、Wは商品)。

  G─W─G’

 ここでは、商品を目的とするのではなく、貨幣を目的とする流通形態が発生している。
 さらにハーヴェイは「より多くの貨幣を得るために貨幣が流通へと入るとき、資本が発生する」と論じている。
 貨幣の蓄蔵は需要不足をもたらし、不況を持続させる。いっぽう支払い手段としての貨幣からは、信用の問題が発生する。現代において、それはたとえば、ローンの過剰貸し付けをもたらすだろう。信用の膨張は、商品(たとえば住宅)の過剰供給に直結し、やがてバブルの崩壊とともに恐慌が発生する。
 貨幣と商品は相互依存しつつも、たがいに牽制しあい、破壊しあう、やっかいな関係性をかかえている。
 それはともかくとして、弁証法を駆使しながら(ぼくはその方法がかならずしも正しいとは思わないが)、ここでマルクスは、商品から貨幣が発生し、貨幣から資本が生まれるという地点に達したのである。

貨幣論(1)──ハーヴェイ『〈資本論〉入門』を読む(4) [商品世界論ノート]

 先入観はいけないといいながら、どうしても先入観にとらわれてしまう。そのことは、あらかじめ告白しておいたほうがいいだろう。自身の見方が、誤った先入観にもとづくことがわかれば、それはそれでいいことなのだから。
 その先入観は弁証法についてである。弁証法とは何かといわれると返答に窮してしまうのだが、そのことはさておいて、ものごとの生成、変化、発展を論じる方法としては、弁証法がもっとも適しているとされる。
 こうしてマルクスも『資本論』において、商品から貨幣、資本へと生成する歴史的な経済過程を理論づけてきた。
 しかし、マルクスは大きくみて、資本主義もまた一過的な歴史だととらえており、その後には新たな人類史がはじまるのだととらえている。そして、マルクスにおいては、その後の人類史は共産主義へとつながっているはずだった。
 それでは資本主義はどう終わるのだろうか。弁証法の展開によれば、それは資本主義の発展とは逆の方向をたどるはずである。
 商品から貨幣が生まれ、貨幣から資本が生まれる、とマルクスは考えていた。だとすれば、その逆の方向はどうなるだろう。私的資本が廃絶されて、資本が社会化され、貨幣が廃止されて、商品が消滅するということになるのだろうか。
 われわれはソ連や中国での実験──レーニンや毛沢東は本気で共産主義を実現しようとしていた──を、せせら笑うべきではない。その経験は深刻に受け止められるべきものだ。
 いっぽうで資本主義の暴走に歯止めをかけようという動きもある。宇沢弘文が提唱した社会的共通資本の考え方や、ケインズも認めたベーシック・インカムの考え方なども、そのひとつだろう。これはプラグマティックな現実主義にもとづく発想である。
 弁証法は徹底している。それは妥協を許さないだろう。何が何でも資本主義の廃絶へと向かう。だが、革命と、政治権力の強制にもとづくシステムの廃絶がどのような事態を招くかは、なかなか想像もつかない。
 マルクスは『資本論』を執筆するさい、頭の片隅であったにせよ、貨幣が廃絶される日についても考えていたのではないか、という気がする。当面の課題は、商品から貨幣が生まれ、貨幣から資本が生まれる過程を弁証法的にとらえることである。しかし、それを先に向けて逆走するならば、いったいどのような光景が見えてくるのか。マルクスがそのことを考えなかったはずがない。
 ぼくが思うのは、ブラックホールにも似た弁証法のこわさである。問題は弁証法の恣意的・政治主義的適用にあるのかもしれない。それは弁証法という方法自体がまちがっているのか、あるいはその適用の仕方がまちがっているのか。いまのところよくわからない。
 そんな先入観をぼく自身がもっていることは認めなければならない。
 例によって、どうでもよい前置きが長くなりすぎた。
 ヘタな考えは脇において、引きつづき、ハーヴェイの本を読むことにする。
 今回は貨幣論である。

 市場の商品には価格がつけられている。しかし、その商品が値札どおりに売れるかどうかはわからない。それが実際に取引されるかどうかは、市場において決定される。
 その価格をあらわすのが、かつては金や銀などの硬貨だった。こうした貨幣が価値尺度として機能していたことはまちがいない。
 マルクスの想定では、取引される商品と貨幣には、共通の社会的必要労働時間が含まれている。したがって、たとえば16世紀にラテンアメリカから大量の金がもたらされたときなどには、金の価値が低下し、金にたいする商品の価格が上昇した。
 しかし、金や銀は早くから国家の貨幣制度のもとに取りこまれ、ポンドとかフランとかの名称をつけられ、法的に定められた計算単位となる。
「価格は、商品に対象化されている労働の貨幣名」にほかならないが、貨幣商品が名前をもつ貨幣になることによって、そこに含まれている社会的必要労働時間は、不透明になり、より隠蔽されてしまう、とマルクスはいう。
 それによって、価値と価格が分離する可能性が生じる。すなわち価格が社会的平均労働時間としての価値と同一ではなくなる可能性がでてくる、とマルクスはいうのだ。つまり、それによって、もともと素材そのものの価値で評価されていた貨幣商品が、貨幣自体へと移行していくのである。
 それでも、貨幣の価値が安定していれば、商品と貨幣のあいだで価値の不均衡が生じたとしても、商品どうしのあいだでは、バランスのとれた価格が成立することで、価値法則が貫徹する(つまり社会的平均労働時間にもとづく交換がなされる)と、マルクスは考える。
 そのことは、貨幣が商品価値自体から分離されても、いいかえれば商品と同一の社会的労働時間をもつ財でなくなっても、それが貨幣として信認されさえすれば、貨幣として成り立つことを意味している。
 マルクスは、貨幣が価格をあらわす財となることで、価値の制約を離脱することを示した。ここで重要なのは、貨幣が商品から分離されたことである。それによって、国家による信用の裏づけさえあれば、貨幣は金銀でなく、ただの紙幣であってもよくなる。
 つまり、こういうことだ。
 1000円のシャツを買うとする。そのさい、われわれは1000円札で支払うだろう。しかし、よく考えてみれば、お札自体は印刷された紙であって、そのコストは10円くらいしかかからない。
 ここでは、価値がことなるにもかかわらず、商品と紙幣のあいだに交換が生じていることになる。
 だが、受け取った1000円札で、1000円の本が買えるとしたらどうだろう。1枚の製作料10円の1000円札をはさんで、シャツと本が買われ、このシャツと本のあいだでは、同じ1000円の価値が実現されていることになる。
 これが、商品から分離されて価値尺度媒体に特化した貨幣の特異性である。貨幣は直接の価値から切り離される(極論すれば無価値となる)ことで、価格をあらわす媒体となる。
 現代では貨幣の進化はさらにすさまじい。それは紙幣やコインといった実物でさえなくなって、銀行預金通帳に記された数字になろうとさえしている。そしてカードさえあれば、ふだんの買い物ができる時代となった。さらには、ぼくにはよくわからないが、ビットコインなる仮想通貨までもが登場するようになった。
 しかし、すべては貨幣が価値から切り離されるところからはじまったのである。
 貨幣がなければ価格もないし、商品も存在しない。マルクスはそのことを示した。
 だから、マルクスはこう書くのである。

〈価格形態は、価値量と価格との、すなわち価値量とそれ自身の貨幣表現との、量的な不一致の可能性を許すだけではなく、ひとつの質的な矛盾、すなわち貨幣はただ商品の価値姿態でしかないにもかかわらず、価格がおよそ価値表現ではなくなるという矛盾を宿すことができる。〉

 これは金貨や銀貨が貨幣だった時代について述べられたものである。しかし、それは現代にいたるまでの射程を内包する言及でもあった。
 さらにつづけて、マルクスはこう述べている。

〈それ自体としては商品ではないもの、たとえば良心や名誉などは、その所持者が貨幣と引き換えに売ることのできるものであり、こうしてその価格を通じて商品形態を受け取ることができる。それゆえ、ある物は、価値を持つことなしに、形式的に価格をもつことができるのである。〉

 これもまたおどろくべき言及である。
 貨幣が価値から乖離することによって、こんどはほんらい商品ではありえなかったもの(たとえば良心や名誉)までもが、あたかも商品であるかのように扱われ、価格を通じて売買されるようになるというのである。
 マルクスは、これについて多くを語っていない。おそらく例外的な事態とみていたのだろう。
 マルクスにとって、商品の価値はあくまでも社会的必要労働時間によって決定される。
 しかし、価値から乖離した貨幣は、こんどはみずから商品を逆指名するようになるともいえる。マイケル・サンデルが述べているように、いまでは生命やスポーツなどもますます商品化され(スポーツのプロ化、生命保険や医療保険)、行列の代行業や謝罪ビジネスまでもが登場する時代になった。
 それらはすべて、価値尺度としての機能をもつ貨幣が登場したことからはじまるのである。
 ここまで書いたところで、くたびれてしまった。
 貨幣論は1回ではとても終わらない。

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