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『不道徳な見えざる手』を読む(4) [商品世界論ノート]

 自由市場に利点があることは著者(たち)も認めている。だからといって、それを称賛するわけにはいかない。欠点もあるからだ。
 新しいアイデアが新しい商品(製品やサービス)を生み、消費者の選択肢が増え、そのなかで利潤を生むものが、商品として生き残っていく。
 商品の広がりには、資本や技術(発明)、それに労働生産性の上昇が関係してくる。
 商品が拡大すれば、経済成長につながる。
 しかし、どんな発明(新商品)も、すべてすばらしいというわけではない。「一部の発明にはよい点だけではなく悪い点もある」と、著者はいう。
 たとえばフェイスブックは、人びとに交流の場を提供する。だが、それに振り回されてしまうことはないだろうか。
 自分の記事を投稿すると、どれだけ「いいね!」がもらえるかが気になり、それが少ないといらだったりする。
 そのうち、フェイスブックで「いいね!」が多くもらえるように、情報を集めたり、記事を書いたり、友達を増やしたりするようになる。
 そうこうするうちに、すっかりフェイスブックづけになってしまっている。
 どっぷりつかってしまうのは、携帯やパソコンテレビだっておなじだろう。
 最近は、いろんな制度が発明される。
 たとえば、日本の大学入試センター試験(それを受けるにはおカネがかかるのだから、りっぱな商品だ)。
 こうした入試のためのランキング制度が、はたしてすばらしいのか、大いに疑問の余地がある。
 高いランキングを獲得した者は「自己満足」するかもしれない。
 だが、その副作用は大きい。
 次は依存症の話。商品には依存症がつきものだ。
 たとえば、たばこ、酒、ドラッグ、ギャンブル。
 たばこの害がいわれるようになったのは1950年代になってからだ。たばこを吸うのは、長いあいだ、かっこいいことと思われていた。
 紙巻きたばこ機が発明されたのは1880年代だ。
 はじめ、紙巻きたばこの消費量はさほどでもなかった。それが次第に増えて、なかには一日じゅう、たばこが手放せない人がでてくる。
 それにともない、肺がんの死者も増えていった。
 たばこと肺がんの関係については、因果関係が明らかにされた。しかし、長いあいだ、たばこ会社は、たばこでがんが生じることは証明されていないと反論していたものだ。
 たばことがんをめぐる論争は、50年にわたりつづけられた。
 いまでは、アメリカでも日本でも、オフィスや公共の場での喫煙禁止はあたりまえとなった。
 喫煙が有害であることに疑問の余地はない。
 しかし、たばこ会社はいまでもたばこを宣伝しつづけている、と著者はいう。
 アルコールの害もひどい。ところが、酒はたばことちがって、少しなら、からだにいいとされている。
 この少しがくせものだ。
 アルコール依存に悩む人は多い。
 深酒は人格を変え、人を傷つけ、健康を損ない、人生を台無しにする。
 ビールやワイン、その他の酒の生産者、小売店、レストランは、もちろん酒の需要がもっと増えることを願っている。もっと多くの人に、飲酒の習慣が広がることに期待を寄せている。だから、酒税を上げることには反対だ。
 飲酒運転にたいする罰則は、さすがに強化された。
 アメリカでは飲酒年齢を21歳に引き上げる動きもある。それでも、市場で酒が容易に入手できることが、飲み過ぎてしまう人をつくっている、と著者は嘆く。
 次に紹介されるS&L(貯蓄貸付組合)は、日本ではなじみではないので、さほど詳しくみる必要はないかもしれない。ごく簡単にすませるつもりだが、まったく無縁というわけではない。
 かずかずの金融商品は、最近になってつくられたものが多い。
 アメリカ人はS&Lに小口のおカネを預け、家や自動車を買うための融資を受けていた。そのS&Lが1986年から95年にかけ、危機におちいった。
 S&Lの歴史はアメリカ版不動産バブルの歴史と重なる。ファイナンスの異常な突出とその瓦解。そして、多くの人がそれに振り回された。
 1970年代、80年代以降、アメリカでは企業乗っ取りが盛んになった。
 ジャンク債を通じて、レバレッジド・バイアウトをおこない、ちいさな会社が大きな会社を買ってしまうのだ。
 マイケル・ミルケンは80年代に、ジャンクボンドの帝王として知られるようになった。ミルケンは格付けが低く、配当の高いジャンクボンド(ハイイールド債)に投資して、大きな利潤をたたきだした。
 このあたりの仕組みは、しろうとのぼくにはよくわからない。ミルケンが注目されたのは、このジャンクボンドの収益を利用して、企業乗っ取りをはじめたことだ。
 乗っ取りは既存の無能な経営者をたたきだし、企業を繁栄に導くという意見もある。だが、そのいっぽうで、有能な経営者を追い出し、従業員の労働条件を悪化させることだって考えられる。
 1989年、ミルケンはインサイダー取引と脱税幇助の疑いで逮捕された。
 ミルケンは、たしかにジャンクボンドをつくりだし、企業買収を推し進めた。だが、それによって、資産バブルを引き起こし、あげくのはてに経済を破壊する疫病を生み出したのだ、と著者は論じている。
 疫病の蔓延を防ぐには大胆な対応が必要になってくる。
 1929年のウォール街大暴落への対応は、あまりにも小規模で遅かった。
 これにたいし2008年の大暴落にさいして、世界の金融当局と中央銀行はすぐさま介入した。それによって、少なくとも世界はふたたび暗黒時代におちいらないですんだ。
 金融崩壊が起こりそうなときは、すばやい公的介入が必要だ、と著者は断言する。
 自由市場は危険市場でもある。しかし、それでも自由市場が存続しているのは、いっぽうでその危険に対処しようとする人びとがいるからだ、と著者はいう。
 たとえば、自動車や飛行機は危険な商品だ。それでも、その安全を守るために、常にさまざまな工夫がこらされ、現在にいたった。
 それは、すべての商品に関していえることだ。
「自分が買う財やサービスや資産の品質を自分で計測できるとき──あるいはそうした品質を性格に格付できて、人々がその性質や格付を理解できているとき──みんなはだいたい期待どおりのものを手に入れられる」。
 それは、商品(財やサービス)を選ぶときの最低基準だ。
 しかし、そのためには、商品の安全性が確保されなければならない。
 暴走しやすい自由市場にたいし、安全性というブレーキをかける人びとが存在することによって、はじめて自由市場は──言い換えれば現代社会は──はじめて存続可能になる、と著者はいう。
 著者は、そうしたブレーキ役のひとつとして、たとえば食品医薬品局(FDA)や国立標準技術研究所を挙げている。
 国立標準技術研究所は商品の標準化、格付け、認証などの仕事をおこなっている。ほかにも、商品の安全性を確保するための機関が多々設けられている。
 こうした標準化と安全性のシステムがあってこそ、商品ははじめて安心して使用できるものとなるのだ。
 アメリカでは消費者団体の総合組織、消費者連合(CFA)が大きな役割を果たしている。こうした団体は、商品の価値や安全を守るうえで欠かせない、と著者はいう。
 全米消費者連盟(NCL)は、1899年にフローレンス・ケリーによって創設された。この連盟が、商品だけではなく、商品を生みだす工場の労働条件も検査して、その検査に合格した製品だけに「白ラベル」を発行する仕組みをつくりだしたことは画期的だ、と著者は高く評価している。
 アメリカには消費者からの苦情を受け付けるベタービジネスビューロー(BBB)という組織もある。日本でいえば、消費者センターのようなものだろう。
 業界のなかにも、業界の規範を守るための団体が存在する。各地の商工会議所もビジネス倫理を推進する役割を果たしている。
 政府や裁判所、議会の責任が大きいことはいうまでもない。政府と裁判所は法にもとづいて、詐欺やフィッシング、不当行為、経済的被害などに対処しなければならない。議会はまた、新たな経済的問題に対処するために新たな立法をおこうなう重要な責務を担っている。
 最近は規制緩和の議論が盛んである。規制はたしかに制約を加える。しかし、全体としてみれば、公共のためになっているという意見も見落としてはならない、と著者はいう。規制はなくせばよいというものでもないのだ。
「私たちは、道徳コミュニティは不可欠であり、その中に個人行動の自由市場が置かれるべきだと論じたい」
 著者はそう述べている。
 自由市場は、その市場をチェックし、暴走を阻止する装置があって、はじめて成り立つ、と著者は考えている。

明代中国の市場とその繁栄──『消費の歴史』から [商品世界論ノート]

 オックスフォード版『消費の歴史』から、クレイグ・クルナスの論文を読んでみた。
 学術的な部分は省略。おもしろそうなところだけを、つまみぐいする。
 中国明朝(1368-1644)の11代正徳帝(武宗、1491-1521、在位1505-21)は評判の悪い皇帝である。変わり種といってよい。外国のエキゾチックな女たちや、怪しげな僧、悪い飲み友達をひきつれて、行軍と称し国内遊覧を繰り返していた。とうぜん、政務はおろそかになった。
 奇妙な逸話が残っている。それは正徳帝が城内で、商人の格好をして臣下にものを売り歩いたというものだ。
 明代の中国は士農工商秩序のうえに成り立っていたといわれる。だが、その表向きの階層とは別に、商業活動は活発だった。

姑蘇繁華図.jpg
[姑蘇繁華図から]

 明代の文人、文徴明(1470−1559)の著書をみても、交易と商品、繁華、商人の活動をたたえる文章が数多く残されている。
 文徴明は名門の出身で、商都、蘇州に生まれた。
 文徴明は官人として正徳帝にも仕えた。科挙に合格しなかったため、その地位は低かったが、詩書画にたくみで、『武宗実録』の編集にも携わった。
 武宗とは正徳帝のこと。明代から中国では一世一代の元号が用いられるようになった。そのため正徳年間を治めた武宗のことを正徳帝と呼ぶ。
 それは天皇裕仁を昭和天皇と呼ぶのと同じだ。
1500年ごろの明代は、世界のほかのどの国より物資が豊富にあふれていた。その時代の墓の副葬品からは、家の模型や絵画、書、本、家具、貴金属、織物、陶磁器、工芸品、武器、道具などが出土する。
 景徳鎮は陶磁器では世界初のブランドだったといえるだろう。
 とはいえ、明時代の消費行動を知るためには、こうした出土品だけではなく、当時の文献や絵画も参考にする必要がある。
 中国の市場には、どのような商品が出回っていたのだろう。明代以前のものとしては、13世紀、14世紀のマルコ・ポーロやイブン・バトゥータの記録がある。ほかに北京を訪れた朝鮮人の記録も残っている。そこには、さまざまな色や模様、用途の繻子織物についての記録がある。そうした品物は南京や杭州、蘇州から取り寄せられていた。
 朝鮮では、中国に行けば、何でもそろうというのが合言葉になっていた。実際、弓であろうが、皿であろうが、飾り房であろうが、『三国志演義』であろうが、何でも買えて、朝鮮に持ち帰ることができたのである。
 明代の市場に消費とか消費者という概念を当てはめるのは、いささか時代錯誤かもしれない。とはいえ、ものが広く行き渡っているのは、世の中がうまく治まっている証拠にはちがいなかった。
 1500年ごろ、北京も南京も精華をきわめていた。そのころ描かれた巻物をみると、門の外でおびただしい数の商人が、さまざまな品物を並べて売っているのがわかる。
 そのなかには、文具や本、骨董、錠前などの金属製品、仏画、櫛、足袋、扇、手ぬぐい、衣服などが含まれていて、それらを買っている人も多い。
 その巻物に描かれているのは祭りの場面で、何かの行列を男たちが取り囲み、建物の上から女や子どもが、その様子を見物している。その建物も商店で、どんな商品が売られているかを示す旗も立てられている。それをみると、こうした商店では穀物や革製品、金細工や真珠などが売られているらしい。
 明では、こうした消費をムダで贅沢だと非難する声がなかったわけではない。明の文人、張瀚(ちょうかん)はこうした消費行動が社会秩序を乱すものだと述べている。
 人びとは富貴を重んじるようになり、それまでの禁令を無視して、男は錦に身を包み、女は金や真珠の飾りを身につけるようになったと嘆いている。
 范濂(はんれん)も風俗が昔より低俗になったと、かぶりものから髪形、衣服、食べ物にいたるまで、そのちがいをことこまかに指摘している。
 前代の弘治帝(1487-1505)の時代には、まだ農業が尊ばれ、衣服も簡素であったのに、若者たちがいまでは絹服ですらやぼったいという始末だ、と悲憤をあらわにする。
 こうした見方は、明代の文人のあいだで支配的だったようにみえる。贅沢を政治的繁栄のあらわれと考える見方はごくまれだった。
 しかし、陸楫 (りくしゅう、1515-52)は、むしろ近代風の考え方をしており、経済活動が盛んになるのはいいことであり、ひとりの人がカネを使えば、それが何人もの雇用につながると述べている。
 李日華(りじつか、リ・リフア、1565-1635)は1609年から1616年にかけ『味水軒日記』という日記を残している。李は江南の町に住んでいた地主階級の人物である。進士となったが、官僚としてよりも、文人としての評価が高かった。

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[李日華]

 その日記をみれば、明代のエリートの生活がどのようなものであったかが浮かび上がってくる。かれは骨董についても一家言があり、自分なりに骨董ランキングをつけている。
 もっともすぐれたものは晋唐時代の書であり、それに五代時代の絵画、南宋や元の絵画、秦漢以前の青銅器や紅翡翠、それからさまざまの翡翠や硯がつづく。楽器や刀剣、盆栽、書物もランキングされている。海外からの香料や宝物、茶と酒、山海の珍味、白磁や彩色陶器も紹介されている。それに、白飯と緑の野菜、布の上着と籐の杖とつづくのは、ご愛敬だ。
 明代においては、こうした事物、ならびに古典に通じていることが、エリート、すなわち知識人の条件でもあった。
 李日華の自宅には多くの訪問者があり、書画骨董をめぐって、さまざまな往来があった。また、自身も書物や木彫、サイの角、めのう、琥珀、硯を購入したり、その購入を検討したりしている。宝石を買おうとして、商人のもとを訪れたりもしている。庭石の購入も考えていたようだ。
 福建省のオウムを飼ったこともある。だが、このオウムは寒さのため死んでしまう。
李日華は海外との交流によって手にはいるめずらしい品物についても記録している。そのなかには、日本の漆製品や金属細工品、イスラム世界ないしヴェネツィアからもたらされたブルーのガラス器などの記述もある。広東からもたらされた大きな卵(龍の卵と考えられていた)についても記している。
 ただし、李日華が文化的に評価するものは、芸術品にかぎられていた。日記に記されているもののなかには、いわゆる日常的な商品はすくない。わずかにビロードなものか。とはいえ、漆塗りの長椅子や白ろうの急須にもこだわっていた。
 父親の誕生日のために、不老長寿の飾り付けをしたランタンを買っているのは、特別の日を祝うためだったろう。
 李日華は蘇州で茶碗を数多く買っている。町の閶門(しょうもん)に舟をつないでいたが、それは茶をたてる水を確保するためだった。かれは茶人であって、とりわけ水には気を配っており、みずからの茶室を味水軒と名づけている。
 食べ物や飲み物に愛着があったことは確かである。日記には、庭のみかんがうまかったとの記述もある。時に飲み過ぎて、二日酔いになることもあった。生活に困った様子はなく、多くの召使いや家来に囲まれていた。広い地所をもっていたにちがいないが、日記にはそうした資産についての記述はほとんど見当たらない。
 日記には何を買ったかは書かれているが、いくらだったかは記録されていない。あるとき秦の楽器を持ちこまれたが、それはどうも気にいらなかったらしく、すぐに返品している。優雅でなく粗野なものは嫌いなのだ。それは人にたいしても同じだった。
 こうした明代後期の市場と消費生活をどう位置づけたらよいか。さまざまな議論があり、この論文の著者も、それを事細かに紹介している。
 それは資本主義の前段階とみなすべきか。それともそれとは大きな断絶があるのか。同じ時代のヨーロッパと中国とではどんなちがいがあったのか。
 その論議に立ちいるのはやめておこう。
 明代後期の江南、とりわけ蘇州に思いをはせればよいのかもしれない。
 ちなみに、宮崎市定は、中国の知識人についてこう書いている(引用にあたっては多少読みやすく、表記を変更した)。

〈明代の文化はかえって官界遊泳に失敗して仕進に望みを絶ち、一介の市民として都会の塵の中に埋もれた、いわゆる市隠によって推進された。……もちろん宋代にも隠者はあった。……ただし中心からはみだしはしたが、それは反抗したためではない。しかるに明代においてはこういう隠者が文化の中心を占めていて、しかもそれが北京朝廷を背景としたエセ知識人の政治家と対立抵抗していたのである。〉

 おそらく李日華もそういう人物のひとりだったのだろう。
 そして、地位に恋々としているエセ政治家やエセ官僚が多いのは、今も昔も変わらないと思うのである。

『不道徳な見えざる手』を読む(3) [商品世界論ノート]

 著者(たち)は「釣り(フィッシング)」の具体例をつぎつぎ挙げていく。
 今回はその3章から6章までを読んでみよう。
 まず広告業者の話がでてくる。
 広告業者は、どうやれば人びとが、この商品を買いたくなるかを常に探っているという。
 広告は人の心にはいりこむ「物語」をつくるところからはじまる。それは商品が人にもたらす奇跡をえがいたものだ。
 難聴の人に「簡単に聴力を回復できる」製品があると吹きこめば、難聴に悩む人はそれを買ってみようかと思うかもしれない。じっさいには、ほとんど効果がないとしても。
 さらに、広告は食品から飲料、石鹸、掃除機など、ありとあらゆる分野に広がっていく。広告キャンペーンに常にさらされていると、人びとの心のなかに、あれこれの商品のイメージが浸透していく。
 商品名もだいじだ。ここに紹介されているのはサンキスト・オレンジの場合だ。この商品名は、太陽(サン)にキスされるイメージに由来するという。いかにも健康そうなイメージだ。
 サンキストの販売戦略は、オレンジジュースにして飲むという新しいスタイルをともなっていた。ガラス製のジュースしぼり器やフルーツスプーンがあたるというキャンペーンも大当たりして、サンキストの売り上げは爆発的に伸びていった。
 そこにつくられていたのは、サンキスト・オレンジをジュースにして飲めば、たちまち元気になるという物語(神話)だといってよい。
 こうした物語はますます進化していく。それは新商品が新しいライフスタイルをつくるという物語だ。
 著者が例として紹介するのは、ロールスロイスやハサウェイシャツのコマーシャルだ。それは日本でもあてはまる。ぼくもレナウン娘がワンサカワンサカといえば、レナウンのファッションを思いだす。
 とはいえ、消費者が広告に警戒感をいだいているのもたしかである。消費者は広告の場面に登場する主人公が自分自身ではないことを知っている。
 それでも、広告業者はますます人の心をつかむ技法をみがきつづける。そのために、さまざまな統計が駆使され、ビッグデータも利用されることになる。
 広告の手法が用いられるのは、ビジネスの世界だけではない。アメリカの大統領選挙をみれば、そのことが痛感される。広告宣伝は、候補者のイメージを有権者の心に植えつける。それは日本の選挙でもおなじだ。
 著者は自動車の値段はぼったくりだと書いている。
 アメリカでの調査によると、とりわけ黒人の男女は白人よりも車の値段をふっかけられる傾向がある。それは黒人がたぶんはじめて車を購入するとみられているからだという。調査によれば、その額はほかの人よりも2000ドルほど高かった。日本では、ちょっと考えられない。
 販売員が勧めるのが、いろいろなオプションだ。たいしたことのないオプションをつけさせて、車の値段を引き上げる。
 もうひとつのくせ者が、下取り価格だ。下取り価格を上げることによって、高い車を買わせようとするのは営業マンのおなじみの手法。
 加えてローン契約がある。毎月の支払額が低いようにみえても、ディーラーは支払い月が増えれば増えるほどもうかる。アフターサービスやメインテナンスから得られる利潤も大きい。
 住宅もぼったくりの対象になりやすい。大多数のアメリカ人が、生涯で一度は家を購入する。だが、たいていが余分な費用を払っている、と著者はいう。そのひとつが不動産仲介手数料だ。購入価格の6%が基本になっているが、なかにはもっと多く支払ってしまう人もいる。
 登記費用もかかる。アメリカでは法律が改正される前、住宅ローン契約費用もとられていた。ローン自体の金利もばかにならない。
 クレジットカードは現金の場合より、ずっと人びとの消費をうながす、と著者は考えている。カードがあれば、高いものでもつい買ってしまうし、また量を多く買ってしまうことは、実験結果からも出ているようだ。
 クレジットカードの使用にたいして、店舗はクレジット会社に手数料を支払わなければならない。それでも、客にその手数料を請求しないのは、人びとがクレジットカード支払いのおかげで、知らず知らずのうちに消費額を増やしていることを店舗が知っているからだという。
 しかし、クレジットカードは個人破産の大きな原因となる。アメリカで個人破産が増えているのは、その多くが、クレジットカード濫用による負債のせいではないか、と著者はみている。
 ここで、話は政治の場面に移る。
 選挙にはカネがかかる。2008年のアメリカ下院選挙では、1人200万ドル以上かかったといわれている。上院選挙はもっと多く1人1300万ドル以上だった。それだけ宣伝に費用がかかっているわけだ。
 選挙においては、有権者は心理面でも情報面でもカモなのだ、と著者は書いている。つまり、いかに有権者を引きつけるかが選挙のすべてだ。
 議会で何が問題なのかを理解しているのは、ごく一部で、ほとんどだれもの人は何も知らない、と著者は断定している。
 たとえば、2008年の緊急経済安定化法は、リーマンショックを緩和する効果を発揮したのだが、その意味を知っていた人は専門家だけだった、と著書はいう。だが、はたしてその権限を政府にゆだねてしまっていいのか、疑問は残るとも述べている。
 ロビイスト、議員、選挙資金に関する問題も論じられている。
 アメリカには1万2000人のロビイストがいる。ロビー活動に費やされる金額は莫大だ。
 ロビイストの役割は、おもに企業、献金者と政治家を結びつけることだ。
 政治家には有権者向けと献金者向けのふたつの顔があるという。ロビイストはいわば献金者向けの顔を表沙汰にしない隠れ蓑になる。しかも、政治家の決定に影響を与える。
 ロビー活動がなくならないのは、それが費用以上に、企業にさまざまな利益をもたらすためだ。
 著者は、ロビー活動が政治と利益団体の癒着をもたらし、民主主義をおびやかしていると指摘することを忘れていない。
 アメリカで、食品や薬にたいする規制がなされるようになったのは20世紀はじめのことだ。へたをすると命を落としかねない危険な食品、インチキな薬があまりに出回っていた。
 しかし、21世紀になったいまも、食品や薬の安全性はけっして保証されていない、と著者は断言する。
 食品産業のつくりだす食品は、砂糖と塩と脂肪まみれだ。それが胃腸の病気や糖尿病を引き起こす要因になっている。
 製薬会社のつくりだす薬も、あやしいものが多い。
 ここで紹介されるは、関節炎の痛みを抑える夢の新薬とうたわれたヴィオックスだ。1999年にマーク社から発売された。
 それまでの関節炎の鎮痛剤は、胃腸障害をもたらす公算が大きかった。ヴィオックスには、そうした副作用がないと思われていた。
 だが、じつは、事前の実験でも、ヴィオックスには、たしかに胃腸障害は少ないが、深刻な血栓をもたらす可能性があることがわかっていたのだ。ヴィオックスを発売するマーク社は、にもかかわらず、盛大な販売活動に乗りだした。
 2004年にヴィオックスの売り上げは25億ドルに達する。だが、ヴィオックスが心臓発作を起こす可能性は現実のものだった。
 ある推計によれば、アメリカでヴィオックスにより心臓発作を起こし、死亡した人の数は2万6000人を越えるとされる。
 ヴィオックスは2004年9月末に発売中止となった。
 なぜ、はじめからヴィオックスの発売にストップをかけられなかったのだろう。
 米食品医薬品局(FDA)は、製薬会社のテストを信頼し、深刻な長期リスクをもつ薬を禁止できないのが実情だという。
 製薬会社は、医学雑誌を活用し、次に営業担当者を動かして、薬の売り込みをはかる。さらに医学シンポジウムを主催して、自社に好意的な関係者を集め、口コミによる薬の宣伝をはかるのが、通例のやり方だという。
 これに、だれもがひっかかる。
 長期的な副作用をもつ薬は、いまでも市場に出回っている、と著者はいう。
 もちろんそれは食品でも同じだ。アメリカ人が太っているのは、ポテトチップスのせいだとはいえないが、まるで関係がないわけではない。
「カモ釣りはいまや新しい形をとって、規制の定めた新しい範囲内で行われているのだ」と、著者は述べている。
 商品世界に、広い意味でのフィッシングのネタは尽きないようだ。
 次回は第2部の後半を紹介する。

『不道徳な見えざる手』を読む(2) [商品世界論ノート]

 実際の消費行動は、経済学教科書でえがかれているものとはちがう、と著者(たち)はいう。人びとはけっして合理的な予算配分をしない。そのため、月末になると、おカネのやりくりに苦労することになる。予想外の支出があると、まったくお手上げになってしまうのだ。
 アメリカでは、ほとんどの勤労所帯は1カ月分の貯蓄もしていないという(日本では考えられない)。月々の支払いができなくて、ローンに頼る人も多い。支払いが滞って、破産したり、家を強制退去させられたりする人も後をたたないのだという。
 1930年から2010年にかけて、アメリカ人の1人あたり所得は5.6倍になった。それなのに、貯蓄も余暇も増えていない、と著者はいう。疲れ切った主婦と貯蓄の欠如がアメリカの現実なのだ。
 その原因の一端は自由市場にある。自由市場は人びとがほしいものを生産するだけではなく、「そうした欲求を作り出し、企業が売りたいものを人々が買うよう仕向ける」のだ。
 自由市場は誘惑をつくりつづけることによって成り立つ。スーパーで卵や牛乳がいちばん奥に置かれているのは、そこに行き着くまでに店を全部見て回らせるようにするためだ、という指摘はおもしろい。レジの近くにキャンデーやガム、雑誌などが置かれているのも、ちゃんとした理由がある。
 スーパーの棚はマーケティングにもとづいて整理されている。クレジットカードも誘惑の元だ。「消費者を誘惑して買うように仕向け、お金を使わせるというのは、自由市場の性質そのものに組み込まれている」。したがって、この誘惑に打ち勝つには、かなりの自制を必要とする。
 この80年間に所得が何倍にもなったのに、人がかえって毎日あくせくしているのは、商品世界が「人々に多くの『ニーズ』を生み出し、さらに人々にそうした『ニーズ』を売りつける新しい方法も考案した」ためだ、と著者はみている。だから、所得が増えても、生活は苦しいのだ。
 ここで、著者は2008年の金融危機(いわゆるリーマンショック)の問題を取りあげている。
 評判マイニングと名づけられたフィッシングの手法が紹介される。ほんとうは腐っているかもしれない(価値のない)証券を、さも値打ちがあるかのように見せかけて(格付けして)買わせるというものだ。
 評判マイニングとは、評判を埋め込むこと。マイニングとは、そもそも地雷敷設を意味する。そして、それがいつしか化けの皮がはがれて、破滅をもたらす。
 1970年と2005年では、金融システムが一変したという。
 まず、投資銀行がおどろくほど巨大化した。もともと投資銀行とは、大企業の銀行であり、企業にアドバイスするのが仕事だった。
 たとえば、ゴールドマン・サックスは、かつてアドバイスの見返りとして、フォードのIPO(株式新規公開)の仕事を請け負っていた。信頼こそが不可欠だった。
 それが、現在は巨大帝国へと発展する。
 いまではゴールドマンは多くの事業に手を広げ、自社勘定で証券を取引したり、ヘッジファンドの管理をしたり、新しい派生商品をつくったりしている。
 巨額の流動資金をもつ大口投資家(銀行やマネーファンド、ヘッジファンド、年金基金、保険会社など)は銀行にではなく、投資銀行に資金を預け、その運用をまかせるようになった。
 格付け機関のムーディーズも、もともと地味な組織だった。
 それがいまや金融の羅針盤ともいうべき、債券格付けを決める会社へと成長した。1970年代からムーディーズは投資銀行から手数料を取って、格付けを決めるようになった。その結果、これから売りだそうとする債券の格付けをできるだけ高くすることが、ムーディーズの仕事になった、と著者はいう。
 ここから、ちょっとした手品がはじまる。
 投資銀行はだめな資産をパッケージにし、格付け機関はそれに高い格付けをつける。それがサブプライム住宅ローンで生じたことだ。銀行はこの住宅ローンを自分でもちつづけることなく、投資銀行に売り飛ばし、投資銀行はそれをさまざまなパッケージにして売りだした。その販売を促進するため、格付け会社は、この証券に高い格付けをつけた。
「派生商品パッケージに腐ったアボカドが入っていると認識されたのは、後になってからだ」と、著者は書いている。
 ゴールドマン・サックスは2006年の段階で、住宅ローン証券ブームのあやうさに気づき、空売りに転じた。それによって、2008年の大暴落による損害をまぬかれたという。だが、多くの投資銀行はそうではなかった。その代表がリーマン・ブラザーズだった。
 自由市場は荒海に似ている。それを越えて黄金郷に向かうのは、容易なことではない。

『不道徳な見えざる手』を読む(1) [商品世界論ノート]

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 この本はいたく評判が悪い。
 訳者あとがきによると、『エコノミスト』はこの本自体が詐欺みたいなものだと決めつけているし、『フォーブズ』もどうでもいい本とけなしているそうだ。
 さらに、肝心の訳者(山形浩生)も、最後にまるで次作に期待するほかないというような言い回しをしている。
 ひょっとしたら、だまされて買ってしまったか。
 そう思ったところで、後の祭りである。
 やれやれ。
 しかし、こちらはひまな年寄りだ。
 せっかく買った本をムダにすることはあるまい。
 著者はジョージ・アカロフとロバート・シラー。ふたりともノーベル経済学の受賞者だ。前に同じく共著で『アニマル・スピリット』を出版している。
 アカロフは現在の米連邦準備制度理事会(FRB)議長ジャネット・イエレンの配偶者でもある。
 となると、本書への酷評が多いのは、期待が大きすぎたということか。
 ぼく自身は経済学の専門家でもないし、経済とも縁のない人間である。だから、専門的な読み方はできない。せいぜい素人として、わかる部分だけ、つまみぐいするのが落ちである。
 まず、「まえがき」と「序章」を読むことにしよう。
 ここには本書のねらいと考え方、そして全体像が提示されている。
 著者はいう。自由市場は理想的なシステムではなく、ごまかしと詐欺に満ちている。しかし、自由市場に変わるシステムは見当たらない。
 だとすれば、ごまかしと詐欺に満ちた市場のなかで、消費者はどう身を守り、政府関係者はそれをどう規制し、ビジネスマンはそのなかでどうはたらけばよいのか。
 著者は、そのための倫理と行動を探ることを本書の目的と考えているようにみえる。
 自動車、電話、自転車、電灯はどれも19世紀末の発明だ。どれも現代の生活には欠かせないものだ。だが、そのころスロットマシンもつくられている。
 スロットマシンはギャンブル依存症を生み、さらにそれは現代のコンピュータ・ゲームへとつながっている。そうしたマシンは、人を中毒させるよう設計されているのだ、と著者はいう。
 なるほど、ギャンブル依存症かどうかはともかく、現代人がすくなくともゲームや携帯の依存症になっていることは、電車に乗って、回りの人が何をしているかをみてもわかる。
「自由市場は平和と自由の産物であり、人々が恐怖におびえていない時代に花開く」。著者はそのことを認めている。さらに「自由市場は人々のほしがるあれやこれやをもたらしてくれる」。
 だが、そのいっぽうで人を依存症におちいらせるものを生みだし、それによって人の時間とカネ、あるいは大げさにいえば、人生そのものを奪っているのだ。
 本書の原題はPhishing for Phools だ。Fishing for Fools と言い直してみればわかりやすいかもしれない。つまり「カモを釣る」というわけだ。Phool は造語だが、Phishing はすでに英語でも日本語でも定着している。すなわちフィッシング。パソコン詐欺でおなじみの手法だ。
 本書ではこのフィッシングがもうすこし幅広い意味で使われている。またフールの造語であるPhool が、数少ない「バカ」をさすのではなく、ほとんどすべての人にあてはまる「おバカ」をさしていることにも注目すべきだ。
 つまり、われわれはだれもがアホなものを買って、いや買わされて、充実した人生を送っている、いや送らされているというわけだ。
 Phishing for Phools は訳せば「カモを釣る」になるが、そのタイトルの含意は、カモになるなということではなく、われわれがくらしている商品世界の構造を考えなおしてみようというところにあるのかもしれない。
 消費者は習慣をすりこまれる。宣伝や情報にだまされやすい。いっぽうビジネスマンはカネもうけがすべてだ。こういうビジネスをしてはいけないと自制するビジネスマンは会社を首になる。これが現実だ。
 著者は人びとがぼったくられ、だまされやすい分野として、次のようなものを挙げている。たとえばクリスマスや結婚式葬式といった特別の日の出費、自動車や住宅などの購入、こんどはだいじょうぶといわれて引っかかる投資信託や株、健康食品や薬、それに食べだしたらとまらないポテチやコーラ、つい手がでるたばこやアルコール、などなど。
 そして究極のだましは、口車に乗せられて、よかれと思い、選挙で票を入れてしまう政治家。だまされたと気づいたときには後の祭り。当選した政治家は、頼みもしないことを勝手にどんどん推し進めている。
 ある、ある、と思わずうなずいてしまう。
 次に「序章」。
 ここには本書の考え方と、全体構成がざっと示されている。
 経済学教科書の考え方はめんどうなので、できるだけ省略したいのだが、著者が「釣り(フィッシング)均衡」なる概念を確立しようとしていることは指摘しておいてもよい。
 釣りがうまくいく(消費者がうまくひっかかる)と、特別利潤が得られる、と著者はいう。
 たとえば、シナボン社の特製シナモンロール。空港の待合所に出店するという戦略が功を奏して、大人気だ(日本でも東京駅や六本木センタービルに出店している)。
 トレーニングジムはいまでは大きな産業になっている。1回ごとに料金を支払うこともできるが、たいていは月額を銀行口座で落とすことが多い。しかし、たいていの人は費用に見合う回数だけジムに行っていない。
 また、人はかならずしも有益なものを嗜好するわけではない。くだらぬもの、不要なもの、余分なもの、奇妙なものを、つい買ってしまうのだ。つまり、うまくひっかけられてしまう。
 ところで、経済学といえば、いまでもアダム・スミスだ。
 各自がそれぞれ利益を追求しても、自由市場では「見えざる手」によって、経済は均衡する、とスミスは考えたという。そこから、政府は自由市場に干渉すべきではないという結論がでてくる。
 だが、はたして自由市場は先験的に正しいのか、と著者は疑う。
 自由市場には、ごまかしやだましの自由もある。また何でもかでも自由に売ってよいというものでもあるまい(たとえば人身売買)。それに人は、外部からの刺激に、たちまち影響される。簡単にだまされてしまうのだ。
 著者は自由市場神話なるものを大いに疑っている。
 本書は以下の3部からできている。

 第1部 釣り均衡を考える
 第2部 あちこちにある釣り
 第3部 自由市場の裏面

 釣りというのは、魚釣りではなく、フィッシング、つまりだましである。
 ここでは、人はなぜおカネに苦労するのか、リーマンショックとは何だったのか、広告と情報の役割、人びとはなぜ操られやすいのか、おカネを使わせるテクニック、自由市場と経済社会政策、などが語られることになる。
「釣り(フィッシング)均衡」という考え方は、一種のアイロニーで、自由市場が広義のフィッシングなしには成り立たないことを示すものだといえる。
 すこしずつ読んでいきたい。

商品世界論の構想 [商品世界論ノート]

[90歳の父が高砂市民病院に入院し、手術を受けたため、しばらくいなかの高砂(兵庫県)に帰っていました。読む本もないまま、つれづれにこんな一文をつづってみました。混乱したまま書いたので、文意がはっきりしないかもしれませんが、何はともあれ、ぼんやりと考えていることをまとめてみたものです。]

 朝、起きて、インターネットを開くと、いきなり広告が目に飛びこんでくる。それはパソコンの新製品を紹介するものであったり、車の宣伝であったり、聴くだけで英語がうまくなる商品の案内であったり、洋服の売れ筋の案内だったりする。新聞を開けば、これまた広告の山である。新刊書が出ているかと思えば、国内、海外各地の格安旅行のリスト、演劇やコンサートのチケット売り出しと、まことににぎやか。テレビだって負けていない。リモコンのスイッチを入れたとたんに、工夫をこらした楽しげなコマーシャルが次々と流れてくる。町にでたらでたで、コンビニやスーパーには、おどろくほどの量と種類の商品が、選択に迷うくらい、これでもかというくらいに並んでいる。
 世の中は商品に満ちあふれている。われわれは商品世界に生きているといってもいいくらいだ。しかし、そう口にのぼせた端から、この商品にあふれた商品世界とはいったい何なのかという疑問がわいてくる。
 そもそも商品は売られ、買われた瞬間から、商品ではなくなるといってよいだろう。とはいっても、きわめてまれなことながら、買った冷凍食品に農薬が混入していたり、化粧品で肌に障害がでたり、購入した電化製品がすぐに故障したりすることもあるから、そのときは商品の商品としての正当性が問われることになる。だから、生産者から消費者の手に移った瞬間から、商品は商品ではなくなるといっても、商品はその価値に社会的責任をもたなければならないとされている。
 それにしても不思議である。なぜ商品は消費者の手に渡ったときから商品ではなくなるのか。それは商品が、あっという間か、長持ちするかはともかくとして、たいていは消費されてしまうからである。もちろん最近はリサイクルという便利な仕組みがあって、完全に使用しつくされず、まだ使用可能な製品であれば、それを修復して商品として売りだすことも可能である。でも、野菜やパンのような食品ではそういうわけにはいかないだろう。なかには投機目的の美術品や金融商品のように、消費されることなく、ふたたび市場に出すことを前提にしているものもある。でも、たいていの商品は、買われたときに市場から消えていくものがほとんどだ。
 商品ははかなくも市場においてしか存在しない。ところで、ここで「市場」という言い方をしたが、市場とは何かというと、じつははっきりしない。かなり特殊な用語である。ふつうに用いられるのは「株式市場」とか「野菜市場」とかで、株式の場合は「しじょう」と読み、野菜の場合は「いちば」と読む。もちろん、歴史的には株式市場のほうが近代に属し、野菜市場は近世から発達した。市(いち)は古くからあった。市はもともと毎日ではなく、10日に一度とか月に二度といったように間隔をおいて開かれていた。ここでもちよられた品物が交換される。こうした市にもちよられた品物が商品の原型と考えていいだろう。
 株式市場や野菜市場の市場とちがって、経済用語として用いられる「市場(しじょう)」は、商品売買がおこなわれる場所全般を指す抽象語だといえる。だから、市場とは、われわれが日常の商品(時に高額品や金融商品)を買う店やスーパー、百貨店、モール、量販店、銀行証券会社、不動産会社、それに各地から集められた野菜や魚の相場を決める市場、株を取引する株式市場、外国と通貨を決済する為替市場など全体を抽象的に指す概念である。だから、市場一般というものは存在しない。あるのは商品が売り買いされる、さまざまな場所であり、それは成長したり、衰退したり、あるいは新規なものが登場したりして、どんどんと変化していく場所だといってよい。
 商品は市場で売買されるモノやサービスであり、商品が売買される場所が市場である。ここでいうモノとは、直接に使用される財であり、売買によって所有権が移転される生産物を指している。それには短期消費財や長期(耐久)消費財、あるいは半永久的な固定財が含まれる。いっぽう、サービスとは間接に使用される財であり、労働や便宜、知識などを対象とし、売買によって所有権が移転しない財を指す。一般に、売買された商品は、直接的(いわばモノとしての)ないし間接的な(いわば効果としての)財に転化するといえるだろう。
 市場で売買される商品は、生産と消費のあいだに存在している。
 これを図示すれば、

  生産→商品→消費

ということになるだろう。
 しかし、生産と消費のあいだに位置する有用物は、かならずしも商品になるとはかぎらない。なぜなら、みずから消費するためにみずから生産する場合は、市場における商品とはならないからである。
 この図からは、もうひとつだいじなことが指摘できる。それは市場に現われる商品からは、生産過程も消費過程も直接みることができないということである。たとえば、いま目にするのが、スーパーで売られているフィリピン産のバナナであるとしても、われわれはそれがどのように栽培され、どのように運ばれてきたかを知っているわけではなく、またそのバナナがどのように食べられているのかも、じつはよく知らない。セロファンに包まれて目の前に売られているバナナの来歴や行く末は、商品という姿のなかにはっきりと見えているわけではないのである。
 さらに言えば、商品はいくら見ばえよく商品として並べられていても、それだけでは商品としての要件を満たさない。商品が商品になるためには、もうひとつの流れが必要になってくる。
 それは、

  消費⇒商品⇒生産

という別の流れである。
 前者が商品という財の流れだとすれば、後者は貨幣という財の流れである。
商品と貨幣は逆の方向に流れている。
 この流れのせめぎあいを、その中心である商品の側から眺めてみると、

  供給[→]商品[←]需要

という関係が成り立つ。
 そのため、アダム・スミスは、商品には使用価値と交換価値の二重性があると論じた。この場合、供給とは商品を生産することであり、需要とは商品を消費することだといってよい。
ところで商品が生産され消費され、また消費され生産されて、たえまなく新たな循環を繰り返すのは、人間が生きているかぎり、次々と新たな財を求め、財を費やすからにちがいない。しかし、それだけではない。生産する側の個人や家族、企業が、こんどは消費する側の個人や家族、企業に回るからである。もちろん、個人や家族、企業は同一の商品を生産し、同時に消費するわけではない。そんなことをすれば、そもそも商品が成り立たなくなってしまう。ここで消費されるのは、みずからの作りだした商品ではなく、別の主体の作りだした商品である。言い換えれば、個人や家族、企業は、他の主体が消費するための商品を作りだす。こうして商品世界においては、生産者と消費者は分裂していると同時に結合している。
 ここで、商品の成立する要件を考えてみると、だれでもがわりあい簡単につくれて、自由に楽しめるものがあるとすれば、それは商品にはなりにくい。たとえば庭に咲いている花を切って、花瓶にさしても、花瓶の花はそれ自体、商品とはいえないだろう。
 消費者、したがって需要サイドからみれば、商品とは、いまみずからが簡単につくりだせず、所有しているわけではないが、手に入れたいと切望する何かである。その商品を切望する理由は、それによってみずからの生活世界が改善されたり拡張されたりして豊かになると考えるからである。それがなければ飢えて死んでしまうという限界状態もあるかもしれない。しかし、そもそも人間の欲望はとどまるところを知らない。
 いっぽう、生産者、すなわち供給サイドは、消費者の欲望に応じて、次々と商品を生みだしていかねばならない。問題は商品には寿命があるということである。商品は期間の長短はあるにせよ、消費されることによって消滅していく。しかし、ここでいう「寿命」とは、商品それ自体の寿命のことである。新たな商品が、古い商品を駆逐してしまうのは、よくあることだ。そこで、生産者は、すぐに陳腐化してしまうという恐れをいだきつつ、次々と新たな商品を開発しようとする。
 以上についてまとめるなら、商品はそれだけで商品として存在するわけではなく、循環的な構造に支えられた関係性において存在するということである。本稿は、関係性としての商品を支える循環構造を明らかにすることをめざしている。しかし、それだけにとどまらず、商品世界の歴史をもとらえることによって、その起源や発展、あるいは成長や衰退をとらえ、さらには現状と将来についても言及したい。さらには、商品世界をめぐる思想や学説にも簡単にふれることができれば、もっけの幸いである。



資本主義のはじまりと終わり──ハーヴェイ『〈資本論〉入門』を読む(12) [商品世界論ノート]

 ハーヴェイの解説を通じて読む『資本論』第1巻は、いちおう今回で最終回ということになる。
 マルクスは資本の研究で画期的な業績をもたらした。しかし、マルクスにはもうひとつ、革命家としての顔があり、時折、かれの政治的な思わくが、分析の方向性をゆがめていると感じないわけにはいかない。もっとも、それはぼく自身が社会主義に懐疑的であることと関係しているのかもしれない。
 マルクスのえがく人間が画一的なのも気になる。かれはドイツからの亡命者としてロンドンで長く暮らした。現実の資本家や商店主、労働者をそれほど知っていたわけではなく、みずからも職につかず、書斎と図書館にこもって、ひたすら研究をつづけていた。
 その後の歴史にマルクスが与えた影響は大きい。だが、社会主義が成功を収めたとはとても思えないのだ。むしろ、それは壮大な失敗に終わったとみるべきだろう。その歴史をわれわれはふり返ってみる必要がある。
 にもかかわらず、現在『資本論』がふたたび脚光を浴びているのは、現代資本主義のもたらしている差別や貧困、現代文明の危機、グローバル資本主義への反発、国内外で頻発する対立や衝突、さらには人類絶滅への予兆が、われわれにそこはかとない不安感をかきたてているからではないだろうか。
 そのマルクスは、資本主義の将来をどのようにえがいていたのだろう。
 ハーヴェイはこう要約している。

〈[資本の]競争は常に独占をつくり出し、競争が激化すればするほど、集中への傾向は加速していく。……一方の極で[資本の側では]富の巨大な集積がつくり出され、他方の極の労働者階級にとってはますます多くの貧困、労働苦、堕落が生じる……〉

 マルクスの世界観によれば、資本家と労働者は絶対的な敵対関係にある。しかし、資本家と労働者は契約にもとづいて、相互に依存しあっているとみることもできるのではないか。その関係は、親和的とも敵対的とも決めつけられない。また、支配と服従の枠にも収まりきらない複雑な関係性を有しているのではないだろうか。
 労働者は労働過程において、労働を強制されているかもしれない。だが、いっぽうで労働に喜びを見いだしている場合もある。資本家は金儲けにちまなこになっているかもしれない。だが、いっぽうで社会に役立つ仕事をしたいと思っている資本家も多いはずである。
 そのあたりをすべて捨象して、マルクスは資本の体現者を資本家ととらえ、労働の体現者を労働者ととらえる。資本家は勝ち誇る支配者であり、労働者は苦痛にうちひしがれる被支配者である。
 そうした支配者は革命によって、打ち倒されねばならない。そして、その結果、資本は社会的に所有され、管理されることになる。
 それはひとつの考え方として、われわれは資本家と労働者の関係を、実際の歴史のなかから、いまいちど、たどりなおしてみるべきである。
 資本主義のはじまりを、マルクスはどのようなものとしてとらえていたのか。『資本論』第1巻の最終章、「本源的蓄積」において、マルクスは、資本家が最初にいかにして資産を築いたのか、そして、労働者階級はどのようにして形成されたのかを追求している。
 封建制から資本主義への移行は、けっして平和的なものではなかった。「現実の歴史では、征服、奴隷化、強奪、殺人が、要するに暴力が最も大きな役割を果たした」と、マルクスはいう。
 さらに、その過程で生じたできごとを、マルクスは次のようにえがく。

〈資本関係を創出する過程は、労働者を自分自身の労働の諸条件の所有から分離する過程、すなわち一方では社会の生活手段と生産手段を資本に転化させ、他方では直接的生産者を賃労働者に転化させる過程以外の何ものでもない。それゆえ、いわゆる本源的蓄積は、生産者と生産手段との歴史的分離過程以外の何ものでもない。〉

 マルクスは、資本が生産者から生産手段を奪い取り、かれらを賃労働者に変えてしまうことによって資本主義が発生したと論じている。資本の「本源的蓄積」とは「収奪の歴史」以外の何ものでもない。
 資本主義の発生過程は、貨幣が伝統的共同体を解体していく過程でもある。マルクスによれば、イギリスでは牧羊地をつくるため、15世紀末から16世紀にかけ、共有地(コモンズ)の囲い込みがはじまった。その後、1688年に名誉革命が発生すると、国王と貴族に加えて、高利貸までもが国有地を横領し、農民のプロレタリア化がさらに進行した。
 相次ぐ土地の私有化によって、多くの農民は土地から追放され、最終的に賃労働のシステムに組みこまれていった。
 いっぽう貴族が所有する農地では、土地管理人が借地農となって、地主である貴族に地代を払いながら、「農業革命」を遂行していく。借地農は農業労働者を雇用し、食料品を生産し、それを国内市場で販売するようになる。
 そのかん、輸出海港や農村地帯において、マニュファクチュアが発生した。マンチェスターやリーズ、バーミンガムなどは、かつてはちいさな村落にすぎなかった。そこに大きな工業地帯が発生する。
 奴隷貿易と植民地が資本主義の発展を支えていた。「ヨーロッパの外部で直接に強奪や奴隷化や殺人によって略奪された財宝が本国に流れ込んで、そこで資本に転化した」と、マルクスはいう。
 マルクスは資本がいかに暴力のなかから生まれてくるかを、これでもかというような表現でえがく。それはアダム・スミスの牧歌的世界とはまったくことなる、血みどろの歴史である。
 資本の本源的蓄積とは、つまるところ「略奪による蓄積」にほかならなかった。そうした略奪による蓄積は、グローバル化する現代世界においても引きつづきおこなわれている、とハーヴェイはいう。
 だが、それにも終わりはくる、とマルクスはいう。

〈[資本によってつくりだされた]この階級は絶えずその数を増していき、資本主義的生産過程の機構そのものによって訓練され結合され組織されていく。資本独占は、それとともに、そしてそのもとで繁栄したこの生産様式に対する桎梏になる。生産手段の集中と労働の社会化は、その資本主義的な外皮とは調和できなくなる地点に到達する。そこでこの外皮は爆破される。資本主義的私的所有の弔鐘が鳴る。収奪者が収奪される。〉

 暴力によってはじまった資本主義は、暴力(革命)によって終わりを迎えるというのが、マルクスの未来予想図である。
 はたして、そうだろうか。
 最後に、恐慌へと帰結する資本主義の危機を、マルクスがどのようにとらえていたのかを、ハーヴェイはまとめている。
 資本主義にはさまざまな危険因子が含まれている。
 たとえば、何らかの理由で、お金の支払いがとどこおるときもあるだろう。人を雇用しなければいけないのに、人が雇えない場合、原材料などが確保できない場合、労働者が雇い主の言うことをきかなくなった場合もピンチを招く。さらに、いちばんたいへんなのが、つくった商品がまるで売れなくなった場合である。資源が枯渇することもありうる。
 いっぽう、労働者にとって死活問題となるのは、技術的・組織的イノベーションによって、職を失う場合である。もちろん、勤めていた企業が倒産したときも、失業の危機に見舞われる。
 さらに資本主義につきものなのが、有効需要の不足である。それは過少消費恐慌を招く原因となる。ケインズのいう「流動性の罠」、すなわち貨幣の退蔵が、景気の悪化を招くおそれもある。
 資本は新たな需要をつくるため、つねに新商品を生みだし、新市場を開発してきた。新たな設備投資もおこたらなかった。市場を活性化するために、信用制度を拡張し、クレジットカード住宅ローンなどの導入もおこなってきた。
 資本が存続するためには、資本は常に拡張しつづけねばならない。
「資本主義が拡張しつづけるかぎり、資本蓄積のグローバルなダイナミズムを方向づけ統制する一種の中枢神経系統としての信用制度の役割はますます顕著なものになる」と、ハーヴェイは記している。そして、これに国家の役割が加わる。「国家権力と金融権力とのある種の融合が不可避なものとして立ち現われてくる」。こうして中央銀行は国家によってコントロールされる金融センターになっていく。
 しかし、こうした信用制度の拡充も、けっきょくは「略奪による蓄積」を補完するシステムにほかならない、とハーヴェイは論じる。
 資本主義はいったいどこまで行くつもりなのだろうか。資本主義が何かに追い立てられるように拡張をつづけるのは、いったん停止すれば、その先にはたちまち恐慌の深淵が広がっているからである。
 資本主義に代わる、もっと自由で平等な、お金に振り回されないですむ、もっと人間的な社会秩序は考えられないのだろうか。
 マルクスはこうした資本主義にたいし、「去って、社会的生産のより高い段階に席を譲れ」と叫んだ。しかし、その政治プロジェクトは大きな災厄を招いて挫折したあと、いまも未完のまま放置されている。

資本蓄積論──ハーヴェイ『〈資本論〉入門』を読む(11) [商品世界論ノート]

 労働力によるか、技術力によるかはともかく、資本がめざすのは、剰余価値を獲得することである。
 ここでマルクスは「集団的労働者」という概念をもちだす。集団的労働者とは、ひとつの資本(企業や会社といってもよい)のもとで、一連の商品をつくりだす労働者全体のことをさす。そこには、工場内だけではなく、宣伝やクレーム処理など、さまざまな部署に配置された労働者、さらには外注や下請けの労働者も含まれている。
 とはいえ、資本主義のもとで重要なのは、価値を生みだす商品だけなのであって、その意味で「生産的であるのはただ、資本家のために剰余価値を生産する労働者だけである」。資本にとっては、商品をつくりださない労働は、すべて不生産的なのである。
 マルクスによれば、剰余価値の大きさは、労働日(労働時間)の長さ、労働の強度、労働の生産性によって決まる。
 ここで、話はすこしややこしくなる。
「労働は価値の実体であり内在的尺度であるが、それ自体は価値を持っていない」。貨幣によって価値をあらわすのは、あくまでも商品であって、労働はそこに内在していると推察されるだけである。
 これにたいし、労働力は賃金であらわされる価値をもつ。つまり、労働力の価値とは賃金のことである。
 マルクスは労働の価値と労働力の価値とを区別しなければならないという。
 マルクスによれば、労働力の価値は、ある時代の一定の生活水準において、労働者を再生産するのに必要な(いい換えれば、労働者の生活を維持するのに必要な)諸商品の価値によって規定される。
 賃金は時間や出来高によって計算される。さらに国によって賃金はちがうが、これは各国の生活水準がことなるからである。この点は、現在のグローバル資本主義の課題といえるだろう。
 そのあたりを踏まえながら、マルクスはいよいよ資本の蓄積過程に焦点を移し、資本主義の動学モデルをつくろうとするのである。
 そのモデルをつくるにあたって、マルクスは商品が市場で価値どおりに売れること、産業資本家が単独で剰余価値をすべて手に入れること、海外との貿易を捨象することを前提とした。これは現実には、ほとんどありえない想定なのだが、基本モデルには、こうした思い切った単純化が必要なのである。
 資本は商品が売れて循環しなければ消滅してしまう。その点、資本の基本図式は、単純循環、すなわち単純再生産ということになる。
 ハーヴェイによれば、「労働者が諸商品に価値を凝固させ、貨幣賃金を受け取り、その貨幣を諸商品に費やし、自分自身を再生産し、そして次の日には仕事に戻り、諸商品により多くの価値を凝固させる」。資本主義的生産過程においては、そうしたくり返しがつづく。
 資本家は最初の資本にたいしては所有権をもっている。ところが、剰余価値が次第に資本に転化していくようになると、その資本は元はといえば、労働者の生みだした剰余価値なのだから、本来なら資本の所有権を失うはずなのに、それをずっと保持する。いっぽうの労働者は、剰余価値をつくりだしているにもかかわらず、まるで自分自身を支配する手段、すなわち資本を生産している。これが、マルクスの考え方である。
 さらにいえば、労働者は労働過程においてだけではなく、市場でも家庭でも「資本の付属品」になっている。その点、単純再生産、資本の生産過程のくり返しにおいて決定的な問題は、階級関係としての資本─労働関係が再生産されているということだ。「それは、労働者が自分の労働力を売って生きていくことを絶えず強要し、資本家が労働力を買って自らを富ますことを可能にする」。つまり、資本をもつかぎり、資本家は永遠に資本家であり、資本をもたぬかぎり、労働者は永遠に労働者である。
 ここで資本主義のモデルは、単純再生産から拡大再生産へと拡張される。成長なき資本主義がありえないとすれば、この拡大再生産モデルこそが、資本主義の本筋ということができる。
 その過程は、次のように進行する。
 資本家は労働者のつくりだした剰余価値を領有する。その剰余価値の一部は資本家の享楽のために消費されるが、それ以外の部分は資本として再投資される。資本家が関心を寄せるのは、貨幣形態における社会的権力を蓄積することだ、とハーヴェイはいう。競争が資本家の投資行動をかきたてている。
 古典派経済学は、資本家による追加投資を資本家の節欲によるものと解説した。だが、かれらが手にした剰余価値は、そもそも労働者の剰余労働によって生みだされたものだ。資本家は事業を存続させるために、資本の蓄積を余儀なくされているにすぎない、とマルクスは古典派を批判する。
 何はともあれ、資本は成長のための成長、蓄積のための蓄積を求めて、あらゆる手立てを尽くす。賃金コストをできるだけ下げるというのもそのひとつである(たとえば非正規労働者の導入、海外への工場移転)。不変資本(原材料など)の節約も考えられる。さまざまな工夫による生産性向上なども、そうだろう。資本には途方もないフレキシビリティと機動性がある、とハーヴェイは指摘する。
 それでは、資本の蓄積は労働者階級にどういう影響をもたらすのだろうか。
 剰余価値が拡大再生産に投じられるときには、ふたつのモデルが考えられる。
(1)労働者を追加雇用し、生産を拡大する。人手不足になれば、賃金はある程度上昇することも考えられる。だが、それにも限度がある。資本は利潤率が低下するのを嫌うからである。
(2)機械を導入して、生産性を上げ、「規模の経済」を実現する。機械化が進展すれば、資本の集積と集中が進むことになるだろう。
(1)は技術変化がない場合で、(2)は技術変化がある場合である。
 資本主義は概して、機械導入による生産性向上の方向を選ぶ、とマルクスは考えた。その場合、総資本の大きさにくらべて、労働需要は相対的に減少する。労働人口は相対的に過剰となりやすい。そうなると、いわゆる産業予備軍が発生する。多くの労働者が失業し、貧困におちいる。
 賃金の動向は、産業予備軍の膨張と収縮によって規制される。しかも、「この相対的過剰人口の存在は、たいていの場合、雇用されている労働者の過度労働をもたらす」と、ハーヴェイは追記する。
 資本はつねに技術的ないし組織的なイノベーションにより、労働力のだぶつきを維持し、それによって労働力市場をコントロールする、とマルクスは考えている。
 ここでマルクスは、相対的過剰人口を3つの形態に分類している。
 ひとつは「流動的過剰人口」。これは何らかの事情で仕事から投げだされ、次に雇用されるまで、失業期間を何とか生き延びている人びとをさす。
 もうひとつは「潜在的過剰人口」。農村地帯の過剰人口で、まだプロレタリア化されていない人びとである。
 そして3番目が「停滞的過剰人口」。マルクスによれば「浮浪者、犯罪者、売春婦など、要するに本来のルンペンプロレタリアート」からなる貧民層で、「孤児や貧困児」も含まれる。どちらかというと、マルクスはこれらの人びとに冷淡だった。
 19世紀後半のイギリスでは、失業者は悲惨な状況に置かれていた。とりわけイングランドのアイルランド移民はみじめだった。民族、宗教による差別が、貧困の泥沼を生みだしていた。
 マルクスは、資本主義的蓄積はプロレタリアートの窮乏化をもたらすという帰結に達する。それは現在では、ほとんど支持されていない結論である。たしかに、現在の労働者はかつてにくらべれば、ずっと豊かになった。雇用も満たされ、貧困にあえぐことも少なくなり、個人消費のほとんどを支えている。
 だが、ハーヴェイは近年の新自由主義について、こう指摘することを忘れていない。

〈新自由主義のプロジェクトは、資本家階級の上層における富のますます増大する蓄積と剰余価値のますます増大する領有へと導いた。……[そして、この目的を追求するために、資本家階級は労働者の]賃金を引き下げ、労働者を駆逐する技術変化によって失業を生み出し、資本主義権力を集中させ、労働者組織を需給の市場調整機構を妨げるものとして攻撃し、外部委託と海外移転を進め、世界中から潜在的過剰人口を動員し、[国内の]福祉水準を引き下げた。これこそが、新自由主義的「グローバリゼーション」が真に意味することであった。〉

 プロレタリアートの窮乏化法則はあやまりだった。しかし、資本によるあくなき貨幣権力の追求はいまもつづいている。

機械制大工業──ハーヴェイ『〈資本論〉入門』を読む(10) [商品世界論ノート]

 機械制大工業は手工業とマニュファクチュアのなかから発生する、とマルクスは書いている。
 機械といえば、まず思い浮かべるのが技術のことだ。機械は技術の結晶にちがいないからだ。
 技術のもたらす影響は幅広い。技術は単に人間と自然との関係を変えるだけではない。生産様式や社会的関係も変えていく。世界にたいする見方や、日々の暮らしの細部にまで、技術は影響をおよぼす可能性をもっている。
 もちろん、技術が社会の水準をすべて決定するというわけではない。逆もまた真であって、社会や自然、日常生活の状態が技術を生みだしていくともいえる。
 資本主義が本格的にはじまるのは、技術を基礎にした機械制大工業によってであるといっても、あながちまちがいではないだろう。
 だが、マルクスは、機械は労働を軽減するために使用されるのではないと述べている。あくまでも、機械は生産性を上昇させることによって剰余価値をより多く生産する手段として用いられるのだ。
 機械と道具の大きなちがいはどこにあるのだろう。道具は人間によって使われる。これにたいし、機械は動力(19世紀においては、とりわけ石炭)によって動く。すると、人間はまるで機械の道具のようになっていく。
 機械が登場すると、工場内では機械を中心として生産過程が再編されていく。いっぽう機械にたいする需要が増えるために、機械製造業が独立した生産部門となっていく。
 機械が発達していく過程を、マルクスは「マニュファクチュアが機械を生産し、大工業がこの機械を用いて、それがまず捉えた諸部門で手工業とマニュファクチュア制度を廃絶する」と論じている。
 産業革命の時代、機械が導入された分野としては、たとえば紡績業がある。糸を紡ぎ、布を織り、漂白や捺染や染色をする過程が機械によっておこなわれるようになる。
 紡績業の発展は、運輸・通信手段の変革をもたらす。さらに、機械製造業や製鉄業の発達を促した。エンジニアリングと機械製造は密接に結びつき、機械は資本主義的生産様式になくてはならない技術的基礎となった。
 ところで、資本家は機械を市場で購入しなければならない。マルクスは機械の価値は毎年、定額償却されて、商品の価値に移転すると考えている。
 一定量の商品をつくるさいに、機械を用いるより労働力を用いたほうが安くつくとすれば、何も機械を導入する必要はない。だが逆に、たとえ高価でも機械を購入することで労働が節約され、大量の商品をつくりだすことが可能になるなら、資本家は機械の導入をためらわないだろう。
「資本家が機械を使用する限界は、したがって、機械の価値と、機械によって取って代わられる労働力の価値との差額によって定められている」と、マルクスは書く。
 それでは、機械の導入は労働者にどのような影響をもたらすだろう。
 機械はかつての熟練労働を駆逐し、不熟練の女性と子どもの雇用を容易にした、とマルクスはいう。
 とりわけ、女性の雇用は、賃金にたいする考え方を根本から変えていく。それまで賃金は労働者本人だけではなく、その家族を養う生活費とみなされていた。だが、だんだん個人にたいする賃金と考えられるようになるのだ。
 女性が労働力に加わることで、賃金は抑制されていく。そのいっぽうで、たとえ個人の賃金は減ったとしても、家族の総賃金は、働きに出る女性が増えるにつれて、上昇していく傾向が生じる。その動きが加速するのは、20世紀後半になってからだろう。そして、それまでの家事労働は軽減が求められるようになり、家庭のなかに商品化の波が進展していくことになる。
 さらに機械が労働者に与える影響として、マルクスは労働時間の延長と労働強化を挙げている。
 資本家は、機械の効率を上げるため、1日のうち、できるだけ長時間、機械を動かそうとする。また、技術が急速に発展する時代においては、新しい機械が次々と登場して、前の機械はすぐに陳腐化する。すると、資本家は機械をフル稼働して、早く元をとりたいという誘惑にかられるだろう。
 そのしわ寄せは労働者にやってくる。機械の導入によって、労働時間は延長されがちとなる。さらに24時間、機械をフル稼働するとなれば、交替勤務制(シフト制)がとられることになるだろう。
 ハーヴェイは「労働日の延長を緩和するはずであった機械は、実際には労働日をさらに延長させる必要性を刺激する」と述べている。
 いっぽう機械は作業工程の速度と連続性を決定する。そのため労働者は、たとえば組み立てラインの流れ作業に自己の動きを合わせなくてはならなくなる。チャップリンの『モダンタイムズ』が描いたように、労働者はあたかも機械の付属品であるかのように扱われる。そのことが労働強化をもたらすことはいうまでもないだろう。
 次にマルクスが焦点を合わせるのは、工場の内部である。
 ハーヴェイによると、マルクスが工場のモデルとしたのは、マンチェスターの巨大綿工場であり、さまざまな作業所が集まるバーミンガムの工場地帯ではなかったという。シリコンバレーはどちらかというとバーミンガム型に近い。その点、マルクスによる工場のとらえ方は一面的であることを踏まえておかなければいけない、とハーヴェイは注記している。
 それはともかくとして、マルクスは熟練労働が機械に取って代わり、労働者が機械の助手になるというところから工場の描写をはじめている。

〈手工業やマニュファクチュアでは労働者が道具を用いるが、工場では機械が労働者を用いる。前者では労働者から労働手段の運動が起こり、後者では機械の運動に労働者がついていかなければならない。マニュファクチュアでは、労働者たちは一つの生きた機構の諸部分となっている。工場では生命のない機構が労働者たちから独立しており、労働者は生きた付属品としてそれに合体される。〉

 工場においては、労働者は資本家の専制的支配に従属させられる、とマルクスは論じる。その労働者を監督するのが、工場を管理する専門的な「労働者の小集団」である。
 19世紀のはじめ、機械の導入は熟練労働者からの抵抗を呼び起こした。ラッダイト運動と呼ばれる一連の機械打ち壊し暴動が発生する。だが、機械自体を打ち壊すことに、マルクスはさほど共感をおぼえていない。むしろ、機械がもたらす影響に注目している。労働節約型の技術革新は、失業と雇用の不安をもたらすのだ。現在のハイテク技術化のもとでも、事情は同じだろう。
「機械は、それが導入された産業で必然的に人々を仕事から駆逐する」と、マルクスはいう。過剰になった労働力は他の産業で吸収されるかもしれない。しかし、そのさいにも、深刻な労働力移動の問題が生じる。労働者はたちどころに新たな労働環境に適応できるだろうか。
 資本主義的生産様式のもとでは、機械は労働者に抑圧的に作用することをマルクスは強調している。
 さらに機械は過剰生産をもたらす。商品はいままでより多くさばかれなければならなくなる。そのためには市場の開発が必要となり、国内市場だけでなく外国貿易を拡大していかなければならない。さまざまなインフラ整備(通信・交通機関の発達)が求められるだろう。
 ハーヴェイは「地理的拡張と長期的投資(とりわけインフラ投資)が資本主義の安定化にとって決定的な役割を果たす」ようになると論じている。
 機械の導入によって生じた過剰労働力はどこに吸収されるのだろうか。新しい産業が起こって、新たな雇用が発生するならともかく、どこにも吸収されないで、産業予備軍(失業者)として残りつづけることも考えられる。
 ここでマルクスは1861年の国勢調査を示している。それによると、当時、イングランドとウェールズでは、工場労働者が約104万人、鉱業労働者が約57万人、そして召使い階級が121万人いたことがわかる。このほかには、もちろん農業労働者がいたはずで、数としてはそれがもっとも多かったはずである。
 ここで注目すべきは、地主(貴族)や資本家に雇われている召使い階級がじつに多いことで、それはアダム・スミスのいう不生産階級にあたる。とはいえ、召使い階級は、いまでいうサービス産業従事者とも考えられる。ただ、現在のように産業の形態をとっていなかったというだけの話である。
 ハーヴェイは、われわれは製造業からサービス産業へのシフトが過去半世紀に生じたと思いがちだが、じっさいにはサービス部門はけっして新しい部門ではなかったと述べている。当時も、失業者の一部はサービス部門に流れていたはずである。
 ここで、ハーヴェイは「資本主義的生産様式は、地理的・時間的な置きかえを通じて過剰資本問題を解決する社会的必要性がある」と論じている。資本主義は構造的に過剰資本を発生させる。だが、それはグローバル投資、ないし将来への投資というかたちで解消されなければならないというのである。
 こうした資本の動きは景気循環をもたらす。機械の導入は景気循環とからんでいる。そして、景気の波に応じて、労働者は「排出」されたり「吸引」されたりする。マルクスは資本主義につきものの、過剰資本と過剰生産にともなう景気循環の波が、労働者の雇用を不安定にし、ついには、その生活をどん底に突き落とすととらえていた。
 マルクスの時代は機械制大工業がまだ主流ではなかった。手工業や家内工業、マニュファクチュアが多く残っていた。マルクスはいずれ機械制大工業が産業の中心になるだろうと考えている。しかし、ハーヴェイは国内でも国外でも、産業の階層化や生産工程の多様性はその後も存続したとみる。資本はかならずしも機械化にこだわらず、できるだけ安い生産工程を求めて、世界じゅうを飛び回るのだ。
 ところで、イギリスの工場法に規定されていたのは、労働者の労働時間だけではなかった。そこには、保健や教育に関する規定もあった。
 資本はいつでも解雇できる単純労働者を必要とする。しかし、ハーヴェイにいわせれば「フレキシブルで適応能力を持ち教育された労働者」も求めていたのである。
 大工業にとっては、これまでの家族労働の域を離れた、新しい労働力が必要だった。「資本は労働の流動性を必要とし、したがって、古い温情主義的で家父長的な厳格さを粉砕しながら、労働者を教育しなければならない」と、ハーヴェイはいう。家族から離れて、労働が社会的に組織されることが、近代の商品世界のもっとも大きな特徴なのかもしれない。それによって、人のあり方も社会のあり方も、これまでとは大きく変わっていく。
 マルクスは最後に大工業と農業の関係についてもふれている。
 大工業の発達は農村を分解し、農民の一部を賃労働者に変えていく。
 都市化の進展とともに、農業は次第に資本主義化していく。
 マルクスはいう。

〈資本主義的生産は、……人間と大地とのあいだの物質代謝を攪乱する。……それは土地の肥沃さが永続するための永遠の自然条件が作用するのを妨げる。〉

 とはいえ、ハーヴェイはマルクスが農業における技術的・組織的変化を、かならずしも否定していたわけではないという。「彼[マルクス]は明らかに、科学と技術の応用が進歩的意味を持ちうることを信じている」。問題はその手段をどのように応用するのが適切かということなのである。
 とはいえ、マルクスは農業の資本主義化については、さほどふれていない。これもまた重要な問題だと思うのだが……。

相対的剰余価値ないし特別利潤──ハーヴェイ『〈資本論〉入門』を読む(9) [商品世界論ノート]

 商品の価値は社会的必要労働時間によって規定されると、マルクスはくり返し述べている。ただし、生産性が上昇すれば、商品にかかわる社会的必要労働時間は減少する。
 いっぽう労働力の価値は、一定量の生活手段の価値に還元される。そこで、原理的にいえば、生産性が上昇して、物価が安くなれば、それに応じて賃金も下落することになる。
 生産性の上昇によって賃金が下落し、剰余価値が増加するならば、剰余価値率は上昇する。このようにして得られる剰余価値を、マルクスは相対的剰余価値と名づける。それが相対的なのは、生産性の上昇にともなう剰余価値だからである。
 ハーヴェイは、労働者の賃金上昇を抑えたできごとをいくつか挙げている。ひとつは、1846年の穀物法廃止にともない、輸入小麦が安くなり、賃金が下落傾向をみせたことである。もうひとつは、現在のように安い中国製品が普及して、賃金の上昇が抑えられたこと。こうした動きは経済界の動きにとどまらず、国家の経済政策なしには考えられない。国家の経済政策は、全体として資本家にも労働者にも大きな影響をおよぼすことになるだろう。
 とはいえ、個々の資本家が労働生産性を上げようとするのは、何も労働者の賃金を安くしようとするためではない。競争に打ち勝つためだ、とマルクスはコメントする。
 何人もの資本家が、たとえば1時間に同じような石鹸を10個つくっているとしよう。ところが、ここに革新的な資本家があらわれて、新技術を導入し、1時間に石鹸を20個つくるようになったとする。ここでは生産面において、シュンペーターのいう創造的破壊が生じたことになる。
 その石鹸が、しばらくのあいだ前と同じ価格で売れたとするなら、その資本家は特別利潤、すなわち特別剰余価値を得ることができる。こうした生産性の上昇にともなう特別剰余価値こそが、相対的剰余価値の原型である。
 次に生じるのは、需給の法則の作用である。石鹸の供給が多くなると、石鹸の価格は徐々に下落していく。すると劣った技術で、これまでと同じように石鹸をつくっていた資本家は駆逐されるか、新しい技術を導入する以外に生き残るすべはない。
 こうして、どの資本家も1時間に20個の割合で石鹸をつくるようになると、商品をつくるための社会的必要時間も半減し、石鹸の価格は新たな水準に下落することになる。その時点では、当初の特別剰余価値も消滅する。
「個々の資本家のあいだには飛躍的な技術革新への強力なインセンティブが存在する」とハーヴェイはいう。それは、競争にさらされている資本家が、ほかの資本家に先んじて特別剰余価値を求めようとするためだ。
 機械自体は価値を生みだすわけではない。機械の価値の一部(減価償却分)を商品に移転するだけだ。だが、機械は相対的剰余価値(特別剰余価値)の源泉となりうる。それは機械が生産性の上昇をもたらすからだ。
 ここにマルクスがあまり論じたがらない、ひとつの可能性が生じる。画期的な機械の導入によって生産性が上がると、資本家には特別剰余価値を得る可能性が与えられるが、労働者も賃金が同じだとすれば、物価の下落によって、生活水準が上昇する可能性が生じてくるのである。
 新技術の採用によって、剰余価値率(搾取率)はむしろ高まるかもしれない。そして、賃金が同じだとすれば、労働者の生活水準は上昇する可能性が生じる。これは、マルクスよりも、むしろリカードが強調したポイントである。
 ハーヴェイは、マルクスがこの点を論じなかったのは残念だったと述べている。しかし、現在の状況について、次の点を指摘することを忘れてはいない。

アメリカに関して特異なことは、過去30年間かそこらになってはじめて、労働者は生産性上昇から利益を得ることができなくなったことである。資本家階級はこの利益のほとんどすべてを領有した。これこそ、新自由主義反革命の何たるかの核心に位置することであり、それがケインズ主義的福祉国家期と決定的に異なる点なのである。〉

 生産性の上昇にともなう剰余価値の分配をいかにしておこなうかは、資本家と労働者の力関係だけではなく、国家の経済政策によって規定される。さらに、それは国全体の経済や国際経済のあり方にも関係してくるだろう。

 ところで、機械の導入による労働生産性の上昇を論じる前に、マルクスはまず、協業と分業の問題を論じている。それはどちらかというと機械制大工業以前の作業所や工場の組織形態としてとらえられているが、協業と分業の目的もまた労働生産性を引きあげることだった、とマルクスは指摘している。
 協業と分業は、いうまでもなく集団的な力を増大させる。
 マルクスは同じ生産過程、または関連する生産過程で、労働者が相並んでいっしょに労働することを協業と呼んでいる。協業の場においては、「集団力であるところの新しい生産力」が創造され、個々の労働者の生産効率を高める。
 協業において、マルクスがまず想定しているのは、問屋制度のもとで、作業所に労働者を集め、材料を与えて、労働者に作業をさせる場合である。ここでの労働は労働者の自主性にゆだねられており、商業資本家はできあがった商品を受け取るだけである。
 これにたいし、労働者が工場に集められて、作業をさせられる場合は、資本側の監督と圧力が強くなる。労働者集団は「産業士官や産業下士官[工場長や職工などの職制]」に指揮され、「単なる可変資本」として扱われる、とマルクスは記述している。そうした指揮下で、労働者は資本のもとに実質的に包摂されることになる。
 さらに、協業は資本が比較的多くの賃労働者を雇うことにつながる。「協業のない資本主義的生産様式を想像することは不可能である」とハーヴェイは記す。このことは協業が前近代的な問屋制手工業の段階にとどまらないことを意味している。
 次にマルクスは、マニュファクチュア(工場制手工業)のもとでの分業について考察する。マルクスが例に挙げるのは、馬車製造業で、ここでは同じ作業所のなかで、車輪、室内装飾、車軸などが別々につくられ、後で組み立てられる。これは垂直分業のケースである。これにたいして、別々の作業所で、さまざまな部品がつくられ、最終的にそれらが一工場に集められて、組み立てられる場合を水平分業と呼ぶことができるだろう。
 マルクスによれば、分業の特徴は「生産過程をその特殊な諸段階に分解すること」にある。かれが検討しているのは手工業の場合に限られているが、この工場において、労働者は「専門労働者」となり、「彼の労働力はこの部分的機能の終生変わらぬ器官にされてしまう」。
 分業のもうひとつの目的は、労働者がひとつの工程から別の工程に移ることによって生じる作業時間のロスをできるだけ減らすことである。とはいえ、同じ作業をつづけることが、かえって生産能率にマイナスとなりうることも、いっぽうでマルクスは認めている。労働効率の問題はなかなかむずかしい。
 ここで、ハーヴェイはジャストインタイムという現代の分業システムを紹介している。これはトヨタのカンバン方式生産方式としても知られる。それは生産工程間の仕掛け在庫を最少化しつつ、効率のよい生産の流れをつくりだすやり方である。このシステムの弱点は、災害などの攪乱的事態が発生した場合に、指示どおりに納品がなされなくなり、工程がストップしてしまうことである。だが、いずれにせよ、これをみると効率のよい分業という考え方が、マニュファクチュアにとどまらず、現代の工場でもいかされていることがわかるだろう。
 ハーヴェイにいわせれば、資本にとっては、効率的な時空間的生産システムをいかにつくりあげるかが大きな課題だという。それが分業の配置にかかっていることはいうまでもない。
 しかし、まだマルクスの時代は、機械と近代工業が発足したばかりの段階だった。技術革新の波は、企業のなかで内部化されているわけではなかった。
 マニュファクチュアが中心の時代においては、まだ労働の熟練度が生産工程を大きく左右していた。だが、分業によって工場の内部が配置されなおすと、かつての複雑な作業は個々の構成部門へと単純化されていくことになる。この単純化は一種の専門化として、これまでとはことなる特殊技能を養う面もあった。だが、マルクスはそれをどちらかというと全体的能力の喪失として、否定的にとらえているようにみえる。
 ここで、マルクスは分業について、もうひとつだいじな視点を導入する。それは、分業には工場内分業と社会的分業とがあるという考え方である。
 マルクスは工場内分業と社会的分業のちがいについて、こう論じる。

〈社会的分業は、さまざまな産業部門の生産物の売買によって媒介されているのに対し、工場内のさまざまな部分的作業の関連は、さまざまな労働者の労働力が一人の資本家に売られることを通じて媒介されており、資本はこの労働力を結合労働力として使用する。マニュファクチュア的分業は、生産手段が一人の資本家の手中に集積されていることを前提しており、社会的分業は、多くの独立した商品生産者のあいだでの生産手段の分散を前提としている。〉

 マルクスによれば、そもそも社会的分業の発生は、都市と農村の分離からはじまる。そして、それが次第に諸商品の連関からなる商品世界を形成するにいたる。そこでは、多くの労働者がさまざまな商品を生産するために各産業に配置されている。
 これにたいし、工場内分業は、あくまでもひとつの商品をつくる生産過程において、労働者が諸工程に効率よく配置されていることを意味する。
 マルクスは、この工場内分業がどちらかというとマニュファクチュア時代の形態だとみているようだ。そして、それがある程度まで達すると、矛盾をきたし、ついに機械制大工業にいたるととらえる。しかし、前に述べたように、協業にせよ、分業にせよ、機械制大工業の時代にいたって、むしろより本格的に展開されるとみたほうがよいのではないだろうか。
 いずれにせよ、マクロレベルの分業とミクロレベルの分業という考え方はきわめておもしろい。これをどう有機的にとらえていくかは、現代社会を考えていくうえで、欠かせない視点といえるだろう。
 ところで、マルクス自身は、資本主義下における分業を否定的にみていたと思われる。かれは分業が精神労働と肉体労働の分離を促し、とりわけ肉体労働の断片化、奇形化、貧困化をもたらすとして、分業そのものに疑問を呈しているからである。これにたいし、共産主義は分業が止揚された社会として位置づけられることになるだろう。
 こうした労働者観には、どこか知識人の視線がまとわりついているような気がする。それでも、地主や資本家の立場を支持したマルサスやリカードとちがい、マルクスが労働者の視線から、経済の世界全体を根底からとらえなおそうとしていた点には、ただのサラリーマンだったぼくも共感をおぼえるのである。

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