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政府の関与をめぐって──ミル『経済学原理』を読む(15) [経済学]

 政府には経済社会にたいする責任がある。しかし、なかには政府が関与すべきではない分野がある、とミルはいう。
 外国産の商品を禁止、ないし抑制して自国産業を保護するという考え方もそのひとつである。ミルはそもそも外国の商品が輸入されるのは、それによって国内の労働と資本が節約され、消費者の利益となるからだという。この点、ミルは自由貿易主義の立場をとっている。
 それでも国民生活や国防の観点から保護主義が提唱されやすいのもたしかである。イギリスでは穀物法や航海法がそうした保護主義のあらわれだった。だが、それは一時の、とりわけ戦時の例外とみるべきである。どの国にとっても、長い目でみれば、保護主義より輸出入の自由のほうがはるかに得るところが大きい、とミルはいう。
 保護関税が弁護されるとすれば、それは新興国において、新たな産業を育成しようとしている場合にかぎられる。だが、それも国内の生産者が一定の訓練水準に達するまでの期間である。
 外国の影響力を排除して、排他的に植民地を囲いこもうとする政策もまちがっている。ミルはあくまでも自由貿易を擁護するのだ。
 政府による利子規制にも、ミルは懐疑的だった。いまでは法的に利子率の最高限度を定めるやり方がとられるようになっているが、競争社会において、需要と供給を無視して法的に無理やり利子率を定めるのは、むしろ弊害を生みやすい、とミルは述べている。
 政府が商品の価格(とりわけ食料品価格)を人為的に安くしようと介入することもまちがっている。およそ供給が不足する場合には、だれかがその消費を抑制するほかないのだ。
 ここでも商品の価格は、需要と供給の動きにまかせるべきだ、というミルの考えがみてとれる。政府のやれることは消費の節減を推奨すること、あるいは不要な消費を禁止することくらいにとどめるべきだと述べている。
 いっぽう政府は、生産者や商人に独占権を与えて、商品価格を高く維持しようとすることがある。だが、競争の制限は、習慣に安住し改良を遅らせる傾向がある。特許の場合を除いて、政府は企業による独占を認めるべきではない、とミルは考えていた。
 政府はまた、労働組合の結成を禁止してはならない。労働組合によって、労働者は労働時間の短縮や賃上げを要求することができるようになる。賃金が労働にたいする需要と供給によって決まることは否定できないが、労働者の待遇改善は常にめざすべき方向であり、そのためには労働組合の存在が欠かせない、とミルは思っていた。
 そして、とりわけ重要なのは、たとえ政府を批判する内容であっても、政府が意見の自由、討論の自由を認めることである。精神の自由こそが、国の繁栄の源だ、とミルは強調する。
 はたして政府の干渉はどこまで許容されるのだろか。
 いかなる政府も、人間の自由と尊厳を犯すことは許されない。権力の影響力が拡大すれば拡大するほど、精神の自立性と人格の独立性を擁護維持する必要がある。
 とりわけ、民主主義社会においては、政治権力による干渉拡大の傾向を絶え間なく警戒監視することが重要になってくる、とミルは強調する。
 政府の活動が制限されるべき理由は、分業の原理にもとづく。政府が効率よく運営されるべきことはいうまでもないが、それ以上に、民間でおこなうべき事業は、民間にゆだねるほうが、はるかにうまくいくものだ。また政府が独占的に事業を営むよりも、競争にさらされて、切磋琢磨のうちに事業が運営されるほうが、社会の改良進歩にはるかに寄与する、とミルはいう。
 ミルはまた現代社会において重要なのは国民のひとりひとりが活動的な能力と実際の判断力を高めることであって、それによって公共心が広まり、統治者の暴走を牽制することができるのだとも指摘している。
「要するにレッセフェール[自由放任]を一般的慣行とすべきである」とミルは断言する。ところが、これまで政府はこの慣行をつねに侵害し、経済社会を恣意的に統制してきた。それにより、事業者は自由に自分自身の道を進むのを妨げられてきた、とミルは批判する。

 政府は自由放任を原則とすべきである。だからといって、政府は何の役割も果たさなくてもよいというわけではない、とミルはいう。
 たとえば、国民が何ごとにつけ判断力を高めるようにするためには、公正な中立な教育が必要になってくる。
 政府は国民への教育を保証しなければならない。いや児童や青少年にたいしては、むしろ教育を義務化する必要があるだろう。
 政府はまた、児童が過度な労働をさせられることのないよう、法的な規制をおこなうべきである。
 児童を家庭内の暴力から守ることも政府の義務である。
だが、女性を職場から排除しようとする動きに政府は荷担すべきではない。むしろ女性の社会的地位を改善するために、政府は女性がもっと容易に職に就けるように環境を整えるべきだ、とミルはいう。
 ミルはまた、契約はたとえ自由意思にもとづいて締結されたとしても、永久あるいは長期間にわたって、個人を束縛するものであってはならないという。じゅうぶんに根拠のある場合は、その契約を破棄することも認められるべきだとも述べている。それがあてはまるのは、とりわけ結婚においてである。
 経営面からみれば、一般的に国営企業よりも株式会社のほうがすぐれている。しかし、ガス会社や水道会社、鉄道会社などのように、それが公共性の強いものであれば、そのサービスにたいして国民が支払う料金は、強制的課税に近いものとなる。
 このような事実上の公共事業にたいしては、政府はその事業が一般の利益にかなうよう適切な監督と指導をおこなう権限を保留しなければならない、とミルはいう。
 労働時間に関しては、自由にまかせるのではなく、法律による定めを設けるべきだというのがミルの考え方だった。政府は積極的に労働者の保護と育成にあたるべきだと主張している。
 救貧法についても、ミルはその必要性を認めている。餓死しようとしている人、困窮している人には援助が必要である。ただし、援助に不当に頼ることはできるだけ防止しなければならないという。救貧法の適用は、個人の勤勉および自立精神をうながすものでなくてはならない。
 植民事業については、単に人口の過剰を緩和するという観点からだけではなく、生産力の移転と創出という観点から考慮されるべきだという。だが、植民は、むしろ国家の事業として計画されねばならない、というのがミルの考え方だった。
 ここで想定されているのは、オーストラリアやニュージーランドなどへの植民である。本国はこうした植民地への移民を手助けするとともに、その植民地の発展を監督する義務がある、とミルは考えている。
 ほかに政府がおこなうべき事業として、ミルは科学的な探検の航海や灯台の設置、大学での研究支援などを挙げている。道路や港湾、運河、灌漑の整備、病院、学校の設置など私的個人では実行しえない分野の事業についても、政府の役割は欠かせない。
 こう述べている。

〈良き政府は、個人的努力の精神が少しでも認められるなら、それを奨励し育成するかたちでの助力を惜しまないものである。良き政府は、自発的な事業を妨げたり邪魔したりするものを取り除き、必要とあらば、あらゆる便宜や指示、助言を与えることに努める。政府は民間の努力を抑圧することなく、それを助けるために、実現可能な場合は予算措置を取る。またこうした努力を引きだすために、報償や勲章といった制度を活用することもあるだろう。〉

 要するに、政府は自由な経済活動を妨げず、むしろそれを積極的に奨励しつつも、公共的福祉の増進をめざして努力すべきである、というのがミルの考え方だったといえるだろう。

経済社会にたいする政府の責任──ミル『経済学原理』を読む(14) [経済学]

 前回につづき──といっても、だいぶ間があいてしまったのだが──第5篇の「政府の影響について」を読んでいる。
 まず国債について。
 政府の歳入を租税ではなく国債でまかなうのは、はたして正当なのだろうか。
 いうまでもなく国債の発行は常態化すべきではなく、戦争など特別の事態にかぎられるというのが、ミルの考えである。
 それが特別の事態にかぎられるのは、国債には弊害があるからである。
 最悪のケースとして考えられるのは、国債の発行によって、民間の生産資本の一部が国に吸収され、その結果、労働者の雇用機会が奪われることである。このような事態はできるだけ避けなければならない。
 とはいえ、国債の購入が外国資本、ないし余剰資本によってなされる場合は、労働者の雇用、ないし賃金に悪影響を与えることはないだろう、とミルはいう。その場合は、国債は資本の剰余分を吸収することになり、利子率を上昇させることもない。
 しかし、ナポレオン戦争中、実際に利子率が上昇したのをみれば、イギリスではいわゆるクラウディングアウトが生じていた。生産資本が不足していたのだ。つまり、それは労働者の犠牲によって戦争が戦われたことを意味する、とミルはいう。
 その場合でも、国債の発行が正当化されるとすれば、その理由は戦費を課税によって調達することにたいして、国民の嫌悪感が強いというだけである。
 国債が剰余資本によってまかなわれる場合は、人びとの生活水準の低下を招くことはない。むしろ、それが兵士の給与にあてられることによって、労働者階級の所得を上げることもあるだろう。
 だが、それはいつまでもつづくわけではない。というのも国債は、国民の将来の収入を抵当として、国家によって借り入れられたものであり、それはいつか返済されなければならないからだ、とミルは論じる。
 国債が将来の世代に負担を残すことはまちがいない。しかし、それが現在の世代を超えて利益をもたらすものであるならば、将来の世代がその一部を負担するのもやむをえないだろう、ともミルはいう。
 とはいえ、国債はむろん償還されなければならない。それは国家の責任でもある。だとすれば、それはどのようにしてなされるべきだろうか。
 一挙に償還する方法と、徐々に償還する方法とが考えられるだろう。
 国債を一挙に償還するのはほぼ不可能である。というのは、その場合は、一度切りとしても財産課税や、国有財産の処分をおこない、国債の償却にあてなければならない。それはかなり荒っぽいやり方となるだろう。
 それでは徐々に償還する場合には、どのような手立てが考えられるだろう。
 国債償還のために歳入の剰余をもつことが、不必要な租税を賦課するより望ましいのはたしかである。
 しかし、国家が剰余収入をもつのがつねに正しいというわけではない。こうした剰余収入が永続的な性格をもつものならば、むしろ対象となる税を段階的になくすことを検討したほうが、納税者にたいする圧迫を減らすことになる。
 それよりも自然に税収が増えるような方策を探ることで、国債償還の道筋をつけることがだいじだ、とミルは考えていたようにみえる。
 国債はどの国にとっても大問題である。いずれにしても、ナポレオン戦争で発行した巨額国債の処理にイギリス政府は無責任ではいられなかった。安易な増税に走らず、懸命に取り組んでいたことを指摘しておいてもよいだろう。

 ここでミルは政府の社会的役割について再確認している。
 最初に求められるのが、国民の身体および財産の保護である。それなくしては、社会秩序は維持できないだろう。だが、同時にミルは、ここで国民の身体と財産が、政府の恣意的な暴力によって左右されないようにすることが近代社会の原則だとしている。
 また政府による課税は、それによって国民の繁栄の源泉を奪いとってしまうほど重いものであってはならない。拙劣な課税、恣意的な課税は避けるべきであるというのも納得できる。
 法律・司法制度が整備されていない場合は、おうおうにして身体および財産は保護されないことが多い。法律が公正に適用されないのであれば、その国には不道徳と暴力がはびこることになる、とミルは指摘する。
 その意味で、国家が正しい法を制定し、それを正しく運用することがだいじになってくるのである。
 さすがにミルも『経済学原理』では、法について全般的に考察することは避けている。ここでは検討されているのは、相続法と会社法にかぎられているのだが、それを紹介しておくことにしよう。経済社会の公平性を保つには、国家と法の役割が欠かせないことが強調されている。
 まず、相続についてだが、ミルは相続の原則を次のように考えていた。
 相続は自由な遺贈によってなされるべきこと、誰であっても中位の自立生活に必要な額以上のものを相続によって受け取るのは許されないこと。さらに無遺言死亡の場合、財産は国家に帰属する。ただし、そのさい国家は子孫にたいして相応の生活援助をしなければならない(子孫のいない場合、財産は国家の所有となる)。
 ここで述べられているのは、相続は親から子孫にたいしてなされるものであって、親の意思が尊重されなければならないということである。さらに、相続の目的は、子孫が中位の自立生活を維持するのを助けることであって、子孫が働かないでも暮らせるほど贅沢な資産を残すことではない。最後に子孫がいない場合は、財産は国家に帰属することが明記されている。
 しかし、イギリスの現実がそうでなかったことも、ミル自身、承知していた。イギリスでは無遺言死亡の場合は、財産は長子にのみ相続されるのが一般的であり、フランスではすべての子どもに財産を平等に分割することが定められていた。こうした慣習は経済的というより政治的なものだった。
 この相続方法にしたがえば、イギリスでは大世襲財産をもつ土地貴族が存続し、大革命後のフランスでは貴族の復活を防ぐことが主要目的となる。だが、ミルにいわせれば、どちらの方式も弊害が大きいという。
 長子相続制の欠点は、長子以外の努力が報われないことにある。長子相続が守られるなら、大所有地の細分化が防げるという意見もある。しかし、ほんらい財産は才覚とはたらきによってつくるものだ、とミルはいう。
「より健全な社会状態というのは、少数の人によって巨大な財産が所有され、それがすべての人の羨望の的となっているような社会状態ではなくて、すべての人が獲得したいと思うある程度の大きさの資産を、最大多数の人々が所有し、かつそれに満足している社会状態である」と、ミルは論じる。
 またかりに大きな地所を保全することが必要だとしても、地所を分割せず共同で保有することも可能なのだから、長子相続制はやはり差別的なものだ。さらに、ミルは大土地所有者が一般に無思慮な浪費に走りやすいことも指摘している。
 さらに、世襲財産制は貴族の土地を固定化し、土地の売買をしにくくしている。そのため、より価値のある目的(たとえば産業的用途)のために土地を利用することができにくくなっている、とミルは当時イギリスでおこなわれていた長子相続制を批判するのである。
 だからといって、フランスのように相続財産を均分すればよいというものでもない。それは平等が公平とはかぎらないからである。親は子どものそれぞれの現状や家の将来を見極めて、適切な財産の移譲をおこなう遺贈の自由をもっているはずだ。
 相続法と相続税は、社会の将来を決めるうえでの重要な規範であって、国家のあり方とも密接にからんでいることを、ミルは指摘したわけである。
 次は会社法についてである。
 ミルは資本が少数の富裕な個人の手に独占される状態は好ましくないと考えていた。社会がごく少数の資本家と大多数の労働者に分かれている状態がいつまでもつづくべきではないとも思っていた。
 そこで、ミルは会社制度の発展に将来を託そうとした。一定の公開性という条件さえ満たせば、国の特別の認可を得なくても、だれでも会社(株式会社ないし合名会社)を設立できるようにすべきだ、とミルは論じた。
 しかし、1855年までイギリスでは国王の認可がなければ、会社を設立することができなかった。当時の株式会社といえば、だれもが思い浮かべるのが、東インド会社やイングランド銀行だった。
 東インド会社やイングランド銀行は、有限責任の特許会社である。会社は国王により特許を与えられるいっぽう、株主は会社の負債に対し出資額を超えて責任を負うことを免除されている。
 株主が有限責任とされるのは、もし無限責任を負わされるならば、会社に出資する人はまずいなくなり、そもそも会社が成立しなくなってしまう可能性が強かったからである。その代わり、会社が運営されるにあたっては、その状況が公開され、株主に報告されねばならない。それは会社の事業が冒険に走ることがないようにするためである。
 ミルは株式会社の自由な設立にあたって、国王の特許ではなく、経営内容の公開性を求めたのであり、そうした会社が増えることによって、いわば資本が万人のものとなることを目指したといえるだろう。
 これに付随して、ミルは大陸型の合資会社についてもふれている。
 合資会社では経営者が無限責任を負うのにたいし、その他の出資者は有限責任しか負わない。ただし利潤に関してはあらかじめの協定に応じて、その他の出資者も分け前にあずかる。このような会社はイギリスでは認められていなかった。
 合資会社のメリットは、経営者が自己資本よりもはるかに大きい額の資本を確保し、しかもみずからの経営権を手放さないですむことである。フランスなどでつくられたこうした会社は、すぐれた経営者がいれば、時として株式会社よりうまく運営しうることをミルも認めている。
 したがって、イギリスでも株式会社にとどまらず、合資会社の方式を認めてもよいというのがミルの立場だったといえるだろう。
 そして、会社の設立状況に関していえば、当時いちばんすぐれているのはアメリカのニューイングランドであり、ここでは世界のどこよりも多く会社が設立されている、とミルは指摘している。ここでは市が道路や橋梁、学校などを運営する公社をもち、銀行や工場は株式会社であり、慈善団体も法人組織であり、捕鯨船も乗組員の共同所有で、乗組員は航海の成功に応じて、報酬を受け取るようになっているという。アメリカは活気に満ちていたのだ。
 だが、これからは個人の資本家ではなく、会社こそが経済の基本単位になるとしても、会社が失敗することはないのだろうか。
 最後にミルが支払い不能に関する法律についてもふれるのは、たぶんに会社の失敗ないし破産を念頭においてのことだと思われる。
 古代の法は、支払いができなくなった債務者を苛酷に取り扱った。債務者は報復を受け、債権者の奴隷とされることもあった。
 しかし、近代にいたると人道主義的な緩和がなされ、債務不履行にたいして法律が寛大な態度をとることが多くなった、とミルはいう。破産になっても、たいていは債務者の財産を捕捉し、それを債権者たちのあいだで公平に分配するというかたちで決着がなされる。もちろん、そのさいにも投獄という処置をともなうこともある。
 しかし、ここでミルは債務問題についてはそれで終わりにすべきではなく、「法律のなすべきことは、不当な行為を予防することである」と論じる。
 それは人から預かった財産を、危険な投機、不注意かつ無謀な経営、個人的道楽などで、勝手に使用させないためである。こうしたやり方から生じた支払い不能の後始末を出資者に転嫁して、それで終わりとするのはまちがっている、とミルはいう。
 そうした事態を未然に防ぐためには、債務者が──つまり会社が──営業状態の全貌をオープンにすることがだいじであり、もし何かのトラブルが生じたときは、その理由が不正なものではないことを証明することが求められる。商業上の不正取引を防止するための法律の仕組みをミルは求めていた。
 公平な経済社会をつくるうえで、国家の果たすべき責任は重大である。この点で、ミルはスミスの夜警国家論を超えて、あるべき経済社会の推進と運営にしっかりした責任をもつ政府の確立をめざしていたといえるだろう。

税制をめぐって──ミル『経済学原理』を読む(13) [経済学]

 ミルの『経済学原理』はいよいよ最終篇(第5篇)の「政府の影響について」にさしかかっている。一度には読みきれないので、何回かに分けて紹介することにしよう。
 最初にミルは、政治は社会のどの分野にまで関与するべきかと書いている。政府はもっと活動領域を広げるべきだという意見もあれば、政府の活動範囲は限定されるべきだという意見もある。そこで、ミルはまず政府の役割を、必須のものと任意のものに分けて考えてみようという。
 どのような政府にも求められる政府の必須の役割とはなんだろうか。
 ひとつは、暴力や不正にたいする保護である。人は暴力や不正から守られなければならない。基本となるのは、身体、生命、財産の保護である。それは法によって定められ、警察や裁判所など(時に軍)によって実施されるだろう。
 さらに政府は社会的な便宜をはかるため、貨幣を鋳造したり、度量衡を規定したり、道路や港湾を整備したり、街の照明をおこなったり、堤防を築いたりしなければならない。これらは社会全体の環境整備にかかわる分野である。
 それ以外の政府の役割、すなわち「普遍的承認を受けている諸機能の境界を越えた」部分について、ミルはそれを政府の任意の(英語でいったほうがわかりやすければオプショナルな)役割と名づけている。それが、はたして干渉にあたるかどうかが問われるわけである。
 ところで、政府が一定の役割をはたすためには、その裏づけとなる収入がなくてはならない。その収入は、一般に課税によってもたらされる。
 そこで、ミルは課税の一般原理について考察する。
 アダム・スミスは(1)収入に比例した納税、(2)税の明瞭性、(3)決まった納入時期、(4)徴収の簡易性の4つを租税の原則とした。これを踏まえて、ミルもまた、公平な課税、公正な負担こそが税制の原理でなければならない、と論じる。
 だが、国家は、10倍の財産をもち、10倍の税を支払う者を、10倍保護しなければならないというわけではない。政府は財産の多寡にかかわらず、国民の平等な保護につとめなければならない、とミルはいう。
 また、政府はそれぞれの収入にたいし、一律に課税する方式をとってはならない。生活に必要な最低限の所得にたいしては非課税を旨とすべきであり、課税にさいしては、その分の控除がなされなければならない。
 富の不平等を緩和する措置として、当時、イギリスでは累進税を導入するべきだという意見が盛んになっていた。だが、これにたいし、ミルはどちらかというと慎重な立場をとっている。極端な累進課税は「勤勉と節約に対して租税を賦課する」ことになりかねない。「競争者たちのすべてを公平にスタートさせるように努力し、彼らと遅い者とのあいだの距離を縮めるなどということがないのが、競争者たちに対する立法の公平性というものであろう」と述べている。ただし、相続に関しては、一定額を超える相続財産にたいしては、その額に応じて、より高い税率を適用すべきだと主張している。
 あらゆる所得にたいして、厳密に一様の取り扱いをするのが、租税の原則である。一時的所得と永続的所得とで、課税方法のちがいがあってはならない。いっぽう、所得のうちから捻出される貯蓄への課税は避けなければならない、とミルはいう。二重課税になるからである。
 さまざまな細かい論議ははぶこう。ミルは、課税の公平という観点からいえば、「人々が所有するところに比例してこれに課税してはならない、費消しうるものに比例して課税すべきである」と論じている。財産にではなく、所得にたいして課税するというのが原則だった。
 例外として、ミルは努力なしに増加する地代には積極的に課税すべきだとしている。また、資本が豊富な国においては、場合によっては、資本にたいする租税も考えられるとしている。
 ミルは課税の原則について述べたあと、租税を直接税と間接税に分け、その両方の内訳と関係について論じている。
 いうまでもなく、直接税とは納税者が直接納める税金であり、間接税とは納税者が(業者を通じて)間接に納める税金をさす。
 そこで、まず直接税についてだが、ミルは直接税の例として、所得税や家屋税(固定資産税)を挙げている。そして、ミルは所得の源泉を地代、利潤、賃金に求め、それぞれを検討するところからはじめている。
 まず、地代にたいする租税は、全額を地主が負担し、国家はその税額を地主から徴収することになる。
 いっぽう、利潤にたいする租税は、利潤を取得する資本家が負担しなければならない。ただし、利潤率が下落し、資本の蓄積がほとんどなされない状態においては「利潤に対する租税は、国民的富に対してはなはだしく有害なものになる」ことを、ミルは認めている。利潤のうちから投資に回される分には課税してはならない。
 賃金は不熟練労働者か熟練労働者か、あるいは特権的な職業についているかどうかによってバラツキがある。とはいえ、労働者が所得に応じて、租税を負担することはいうまでもない。ただし、健康な生活を送るために最低限必要とされる額以下については課税してはならない、とミルはいう。
 以上、3つの源泉にたいする課税は、所得税と総称することができる。投資分は所得とみなさず、一定額以上の所得にのみ課税するのが、この税制の特徴である。所得税は「正義という点からすれば、あらゆる租税のうちもっとも欠点の少ないものである」と、ミルは書いている。
 もっとも所得に関しては、地代や賃金、年金などは捕捉しやすいのにたいし、一時的な利得や利潤から得られる所得については、本人の申告に拠らざるをえない。そのため、虚偽の申告や帳簿上の不正が生じる可能性を否定できない、とミルは注意をうながしている。
 家屋税は、敷地と建物にかけられる税金で、日本では固定資産税と呼ばれ、これも直接税の一種である。土地や家屋にたいする賃借料は、借地人ないし借家人の負担となり、地主または家主の所得として計上される。
 イギリスの家屋税は、1851年までは、家屋が有する窓の数にたいして課せられていた。それが廃止されたあと、イギリスでは土地と家屋の評価額に応じて、いわゆる固定資産税が課されることになった。これは現在の日本と同じである。
 次に、ミルの考察は間接税へと移る。間接税の代表が商品にたいする課税である。その内訳は、物品税、消費税、関税からなる。
 間接税は一般に商品価格の上昇をもたらす、とミルは指摘する。それが特定の物品にかぎられる場合は、特定商品の価格が上昇し、消費税のような商品全般に対する課税である場合は、物価全体が上昇する。
 注意しなければならないのは、間接税によって、業者が利潤を確保するために、商品価格を課税額以上に引き上げがちなことである。一般に、価格の上昇は需要を減退させる。それによって、生産の改良が阻害される側面も生じてくる点にも注意しなければならない、とミルはいう。
 必需品にたいする課税は、労働者階級の生活状態を低下させるか、そうでなければ(つまり、労働者の賃金が相応に上昇すれば)、利潤の減少をもたらす。したがって、租税の増大は「価格の騰貴を、および利潤の下落を早め、他方、同時に蓄積の過程を阻止し、あるいは少なくとも遅延させる」ことにつながりかねない、とミルは注意をうながしている。
 ミルは、十分の一税(教会税)という、イギリスの特殊な税制についても論じているが、それを検討するのはわずらわしい。専門家の領域にゆだねることにしよう。
 いっぽう、ミルのいう差別税は産業保護のための税制ということができる。たとえば、国内の商品生産を保護するために、海外からの輸入商品に高い関税をかけるというのも差別税である。その具体例が1815年から1846年まで施行された穀物法だった。こうした差別関税は、撤廃されるに越したことはない。経済的にみれば、それは生産改良を遅らせ、労働力を浪費させるからである。しかし、いっぽうで、ミルは穀物法が廃止されたとしても、いずれ穀物価格と地代は上昇するだろうとみていた。
 輸出関税と輸入関税は、いずれも商品の価格を上げ、需要を減退させる。それによって国際貿易がどのような影響を受けるかについて、ミルはさまざまなケースを挙げて検証している。だが、これについても、こまかく見ていく必要はないだろう。ミルは、二国間の保護関税が、双方の利得にとってマイナスとなる場合もあると指摘している。国際貿易については、別途、詳しい検討を必要とするだろう。
 さらに、ミルはその他の雑税として、印紙税や不動産取引税、広告税、新聞紙税、司法手数料、道路税、その他を挙げており、それらのうちには廃止するのが望ましいものも多いと述べている。
 興味深いのは、ミルが税制としては直接税と間接税のどちらがよいかを論じていることである。イギリス人は税を直接支払うという行為が嫌いだ、とも書いている。これはイギリス人にかぎらないだろう。そのいっぽう、イギリスでは間接課税は日に日に理解されるようになっているという。
 ミルの時代、イギリスではもはや直接税だけでは歳入をまかないきれなくなっていた。そのため間接税も導入され、さらに足りない分を国債でおぎなうかたちが恒常化していた。歳出のなかには浪費も多く、それを節約して教育などの公共サービスに回す必要性もミルは認めている。
 しかし、無駄を省きながら予算規模を増やすには、もはや間接税に頼る以外にないだろう、とミルは考えていた。直接税のうち、地代や相続にたいする増税はともかくとして、所得や不動産への税を強化することには、強い抵抗があった。
 ただし、むやみやたらに間接税を増やせばよいというものではなかった。物品にたいする課税は公平でなければならないし、生活必需品はできるだけ非課税とし、奢侈品には高率の税を課してもよい。間接税の原則は、生産者にではなく消費者に税の負担を求めることである、とミルはいう。
 ただし、間接税は直接税とちがい、水平的な税となる。「けだし比較的に税収の多い租税の対象となる物[たとえば、茶、コーヒー、砂糖、たばこ、アルコールなど]は、割合からいえば、富裕な人々よりも、むしろ社会の比較的に貧しい人々によって、より多く消費されるものである」と、ミルは書いている。
 ここで、ミルは弊害の多い内国消費税ではなく、対象を限定した物品税を勧めている。そのことは、「課税は、多数の物品の上に分散せず、むしろ少数の物品に集中し、それによって徴税費の増大を防ぎ、かつ干渉を受けて少なからぬ負担と困惑を感ずる事業部門の数を及ぶかぎり少なくすべきである」と述べていることからもわかる。
 関税については、保護関税となるのを避け、その国で生産できないものに限定して課税すべきである。また物品税は、密輸や脱税の誘惑をもたらすほど高率にしてはならない、とも述べている。
 税制についてのミルの論議は、いまでは常識に属するだろう。しかし、『経済学原理』(正確には『政治経済学原理』)が書かれたのが、江戸時代末期だったことを考えれば、イギリスにくらべ日本の国家体制が遅れていたことを、あらためて痛感しないわけにいかない(しかし、ほんとうに遅れていたのだろうか)。
 さらに、ミルの時代、すでに国家は軍事、治安だけではなく、公共サービス面での役割を果たすべきものと考えられるようになっていた。アダム・スミスの時代とは、国家の様相がだいぶ変わりつつあった。
 長くなったので、今回はこのへんでおしまい。
[諸事情が重なって、最近はいなかの高砂に帰ることが多くなり、ブログの更新もとどこおりがちです。ご了承ください]

定常状態──ミル『経済学原理』を読む(12) [経済学]

 資本が蓄積されるにつれ、利潤率は低下し、いずれ資本が飽和状態に達する時点がやってくる、とミルは予想した。こうした事態を避けるには、政府が資本を吸収するか、資本を輸出するか、あるいは新たな機械の導入によって利潤率を高めるという方法をとる以外にない。
 だが、どの方法をとろうと、いずれ経済的進歩には、ひとつの終点が訪れる、とミルはいう。

〈そもそも富の増加というものが無際限のものではないということ、そして経済学者たちが進歩的状態と名づけているところのものの終点には定常状態が存在し、富の一切の増大はただ単にこれらの到来の延期に過ぎず、前進の途上における一歩一歩はこれへの接近であるということ、これらのことは、経済学者たちにより、非常に明瞭であったかどうかというちがいはあるが、ともかく必ずいつの場合も認められてきたことである。〉

 経済が終局的に定常状態に達することは避けられない。
 富の増加をめざして、経済は発展しつづけなければならないという考え方は、当時も一般的だった。これにたいし、ミルは富と人口の定常状態は、それ自体忌むべきものではないという見方を打ちだした。
「私はむしろ、それ[定常状態]は大体において、今日のわれわれの状態よりも非常に大きな改善となるであろう、と信じたいくらいである」とまで、ミルはいう。
 さらにミルは「互いにひとを踏みつけ、おし倒し、おし退け、追いせまる」といった産業社会の風潮には、まったく魅力を感じないとも述べている。
 富を獲得する道がだれにでも開かれ、だれもがカネ儲けに野心を燃やしている時代を否定するわけではない。

〈けれども、人生にとって最善の状態はどのようなものかといえば、それは、たれも貧しいものはおらず、そのため何びとももっと富裕になりたいと思わず、また他の人たちの抜け駆けによって押し戻されることを恐れる理由もない状態である。〉

 ミルはそういう。
 人間にとっては、戦争にエネルギーを費やすより、富の獲得に奔走するほうが、よほどましにきまっている。それでも、ミルは富裕者がさらに富裕になろうと奔走し、「有業の富裕者から無職の富裕者に成り上がるということが、なにゆえに慶ぶべきことであるか、私には理解できない」と断じる。
 それよりも、労働者層の給与が高く、生活に余裕があり、資本家が莫大な財産をもつことなく、人びとが荒々しい労苦を免れ、機械に振り回されずに、ゆったりと人生を楽しめるような社会のほうがずっといい、とミルはいう。
 資本と人口の定常状態は、人間的進歩の停止状態を意味するわけではない。むしろ、あくせくしないなかで人びとの文化や道徳は発展していくだろう。
 定常状態において、産業上の改良は労働の節約とのみ結びつく。このとき、科学者が自然のなかから獲得した知識と技術は、はじめて人類の共通財産となり、万人の分け前を増加させるのに役立つのだ、とミルは宣言している。
 第4篇の最後に、ミルは労働者階級の将来について論じている。
 ミルは、現代の課題は「総生産物がその分配にあずかる人たちの数に比較して相対的に増加すること」だと述べている。労働者の所得を上げるべきだと考えていたのである。
 当時、労働者にたいしては、上流階級による保護と下層階級の服従が相呼応するというとらえ方があった。そのいっぽう、労働者の自立を求める声も上がりはじめていた。ミルが後者の立場をとっていたことはいうまでもない。
 労働者の独立心を促すのは教育の力だ、とミルは信じている。それによって労働者は良識をもって行動するようになり、人口増は抑制され、「人口は資本および雇用に対し漸次逓減する割合を示す」ようになる。こうして労働者は自立し、女性の地位も改善されるだろう、とミルはとらえた。
 労働者はいつまでも服従に甘んじないだろう。「人類を雇用者および被雇用者という二つの世襲的階級に分けておくなどということは、永続的に維持しうるものではない」と、ミルはいう。
 さらにミルは「進歩向上の目的は……人間が従属関係を含まない関係において互いに他の人たちとともに、また他の人たちのために働きうるようにすることでもなければならぬ」と述べている。
 そして、そうした人間の対等な関係が、現在の抑圧的な仕事場とは異なる、労働者と資本家の共同組織、あるいは最終的には労働者どうしの共同組織を生みだすにちがいないと論じている。
 そこで、ミルはまず労働者と資本家の共同組織について紹介している。
 こうした組織では、利潤の何パーセントかが労働者に還元される。たとえば中国貿易をおこなうアメリカ船舶でも、イギリス・コーンウォールの鉱山でも、パリの家屋塗装業者でも、賃金に加え、労働者に利潤の一部が支払われるようになっている。これは一種のボーナスといってよいだろう。
 もっと進んだ例としては、ヨークシアの炭鉱で実施されているように、会社の3分の2の株を経営者が所有し、3分の1を職員と労働者が保有するといったケースもみられる。
 さらに、つづいて、ミルは労働者どうしの共同組織についても紹介するが、その前に、こんなふうに述べている。

〈いやしくも人類が進歩向上をつづけるとした場合に、結局において支配的となるものと期待されなければならぬものは……労働者たちがその作業を営むための資本を共同で所有し、かつ自分自身で選出し、また罷免しうる支配人のもとで労働するところの、労働者たち自身の平等という条件に則った共同組織である。〉

 翻訳がわかりづらいけれど、ここにはミルの社会民主主義的なビジョンが示されている。ミルにとって、社会主義とは国家と国家エリートによる経済の統制を指すわけではなかった。自立した労働者どうしの共同組織が広がり、それにもとづいて、国家が最大多数の最大幸福を支えていく体制こそが、ミルのいう社会主義なのである。
 だが、労働者の共同組織ははたして実現可能なのだろうか。成功し、繁栄している共同組織はいくらでもある、とミルはいう。あるピアノ製作工場は、当初は創立者のわずかの資金に加えて、貧しい労働者たちのわずかな資金をもとに発足した。だが、このピアノ工場は発展していく。
 仕事は厳しかったが、労働者たちはみずから定めた規則のもと仕事に励み、出来高払いではない毎月の賃金を受け取り、年末には利潤の一部が労働者にも分配された。それでも、このピアノ工場は、10年間のうちに資本が1000倍以上に増えるほど成長したという。
 さらに、イギリスでも、フランスでも、ドイツでも、イタリアでも、協同組合が成功を収めた事例は数知れない、とミルはいう。その詳細については省略するが、不必要に多い卸売や小売商の数を削減し、生産的エネルギーに大きな刺激を与えたのは、協同組合の功績だとしている。さらに、かれが強調するのが、協同組合運動による「社会の道徳革命」である。

〈社会の道徳革命は次のような状況をもたらすにちがいない。労資間の恒常的不和は緩和されるだろう。人間の生活も、相対立する利害のために闘う階級闘争ではなく、万人にとって共通な利益を求める友好的なライバル関係へと転換していく。労働の尊厳性も高まるだろう。労働階級のなかでは安定感と独立性が芽生える。各自の日々の時間も、社会的な共感や実際的な教養を学ぶ場へと変わっていくだろう。〉

 ミルのいわんとする道徳革命のイメージをつかんでもらえるだろうか。
 ミルは敏腕な個人の経営する会社のほうが、ときに共同組織、協同組合よりも、果敢に行動し、大胆な改革をなしとげることもあると認めている。共同組織や協同組合は、個人会社を排除するものではない。しかし、社会の進歩につれて、資本家の個人会社よりも、いずれ共同組織や協同組合が経済運営の主流になっていくだろう、とミルは信じていた。
 ただし、ミルは競争の役割を強調することを忘れていない。共同組織や共同組合どうしの競争があってこそ、生産上の改良にもつながるし、個々人の向上への努力も生まれるし、消費者の利益、ひいては勤労者階級の利益にもつながるとしている。
「競争は、進歩への刺激として、考えられうる最良のものではないかもしれないが、しかしそれは現在においては必要な一刺激であり、またそれがいつの日に進歩にとって不可欠なものでなくなるか、何びとも予見できない」と、ミルはいう。つまり、ミルは競争(切磋琢磨)なくして進歩なしと考えていたのである。それは経済が定常状態となっても、言えることだった。


産業の発展と停滞──ミル『経済学原理』を読む(11) [経済学]

 第4篇にはいる。そのタイトルは「生産および分配に及ぼす社会の進歩の影響」となっている。
 これまで検討してきたのは社会の静止的・普遍的な経済法則だった。いわば、社会の時間を止めて、経済の仕組みを構造的にえがいてきた。しかし、経済は実際にはずっと前進し、変化している。そうした時間をともなう進歩の方向が、経済にどのような影響をおよぼしているかについて、これから検討してみたい、とミルは述べている。
 近代になって、自然にたいする人間の支配力はますます増大しつつある。科学技術の発展はめざましい。いっぽう国家の成長は、国民の生命財産の安全を守ることに寄与している。そうした事情を背景に、人びとのあいだでは勤勉と節倹が広がり、生産と蓄積の一大増加がみられるようになった、とミルはとらえている。
 近代社会の特徴は個々人の能力が向上したことではない。能力という点では、むしろ、未開社会の人間のほうが現代人よりまさっていたかもしれない。しかし、個々人の能力は劣っているとしても、近代においては、あきらかに共同活動の能力、協業の能力が増大した。その意味では規律と計画が近代社会の特徴であって、これからは株式会社や協同組合の普及に期待することができる、とミルはいう。
 さらにミルは、産業が発展している状況では「人口の増加が生産の増加を超過しはしないかと恐れる理由は、あまりない」と述べている。これはマルサスの原理を批判したものといえる。とはいえ、産業の進歩と人口の増大は、物価や賃金、地代、利潤に影響をもたらす。それを詳しくみていこうというわけである。
 産業の進歩は、一般に諸商品の価値に変化をもたらす。機械の発明や改良、生産工程の短縮などにより、生産費が減少し、貨幣価値が変わらないとすれば、諸商品の価格は下落する。さらに、通商や交易が拡大すれば、輸入品をより少ない費用で取得することも可能となるだろう。
 いっぽうで、ミルは農作物や原料については、生産費が増加する傾向があるという。ただし、それも一概にいえない。たとえば人口が増えて、食料にたいする需要が増えた場合、農業技術が一定ならば、収穫逓減の法則がはたらいて、食料価格は上昇するだろう。石炭や金属などに関しても、採掘が次第にむずかしくなり、価格が上昇することはありうる。しかし、農業や鉱業においても、技術改良をはじめ、開発や探索が進められれば、価格の上昇はある程度抑えられるだろう。
 さらに言えるのは、社会が進歩すると、市場が拡大され、それまで地域ごとに不均等だった商品の価格を均等化させるということである。たとえ、ある地域が食糧不足におちいったとしても、市場の拡大によって、それを解消することができるようになった。ある土地の不足分を他の土地の剰余分のなかから補うことが可能になったからである。
 穀物商人は投機業者として非難されがちだが、ミルは食糧の安定がはかれるのは、むしろ穀物商人のおかげだとして、かれらを擁護している。
 次にミルは産業発展と人口が、賃金や利潤、地代にもたらす影響について、さまざまなケースを挙げて考察している。
 以下、そのケースを列挙してみよう。

(1)人口は増加するが、資本と生産技術は停滞する場合
 この場合は賃金が下落し、労働者階級の生活状態が悪化する。賃金率が下落するので、利潤率は上昇する。いっぽう、人口の増加によって、食料はより多く必要となるので、食料価格は上昇し、借地農業家(貴族から土地を借りる農業経営者)はより多くの利潤を取得し、地主貴族に支払われる地代も上昇する。ただし食料価格の上昇によって、賃金の下落は歯止めがかかることも考えられる。
(2)資本は増加するが、生産技術と人口は停滞する場合
 この場合は賃金が上昇する。賃金の上昇によって、労務費が増え、利潤は減少する。労働者の生活状態は改善され、食料にたいする需要も増える。エンバクやジャガイモの代わりに、労働者はいまや小麦を消費するようになるかもしれない。すると食料価格は上昇し、それに応じて地代も騰貴する。
(3)人口と資本は均等に増加するが、生産技術は停滞する場合
 この場合、労働者の生活状態は変わらないが、人口増によって食料にたいする需要が増大し、食料価格は上昇する。地代も騰貴する。賃金もまた上昇するため、利潤率は低下する。ただし、資本は全体として増加しているため、利潤率が低下しても、総利潤は増加することもありうる。
(4)生産技術は進歩するが、資本と人口は停滞する場合
 ここでいう生産技術の進歩とは、画期的な機械の発明や生産工程の改良、さらには安価な外国商品の輸入などを指している。そのうえで、資本も人口も増加しないケースをミルは想定する。
 ミルの時代はまさに産業革命の時代だった。蒸気機関が産業の諸分野に応用され、力織機や紡績機械など、さまざまな機械が発明され、機関車や汽船など交通機関が発達するようになった。
 生産技術の進歩により、一般に商品の価格は低廉化し、消費者は利益をこうむった。農業技術も改善されて、少ない労働でより多くの食料を生産できるようになり、農産物価格も安くなった。こうした状況においては、地代は低下する。
 リカードは農業技術の急速な改良によって地主は不利益をこうむるという逆説を述べたとされているが、これは正しいとミルは論じる。地代が低下するからである。
 ただし、農業技術の改良によって、地代が現実に下落したことがないのは、それが急激におこなわれることがなく、だいたいにおいて人口が増加傾向にあるためだ、とミルは説明している。
 いっぽう、労働者の賃金は変わらないとしても、物価の下落によって労働者は利益を得る。労働者は食料をはじめ、より多くの商品を買うことができるようになる。人口が増えなければ、労働者の生活水準は上昇するだろう。だが、実際には、物価の下落によって、労働者の賃金も次第に下落し、資本の利潤は上昇していく傾向がある、とミルは想定している。
(5)生産技術、資本、人口がすべて増加する場合
 最後に検討されるのが、以上の3要素がともに上昇する場合である。
 農業上の改良が人口よりもすみやかになされるときは、賃金と地代は下落し、利潤は上昇する傾向がみられるはずだ。しかし、人口や資本の増加に比べて、農業上の改良は遅く、食料価格はほとんど下がることがない、とミルは論じている。
 そして食料価格が下落せず、にもかかわらず土地の改良や開拓によって、農業生産物の収穫量が増えるなら、地代は上昇し、地主階級の富裕化が進む。さらに、その場合は、労働者の生活費は増大し、利潤は下落する傾向がある、とミルは推測する。

 こうした5つのケースについては、さらに詳しい分析が必要だろう。だが、それはわずらわしいので省略する。
 それよりも、5つのケースを踏まえてミルが展開しようとするのは、利潤の一般的下落傾向についてである。
 ミルは、社会が進歩するにつれて、利潤は下落する傾向があると指摘している。だが、どうしてそうなのかは、これまでじゅうぶんに説明されてこなかったという。
 アダム・スミスは、資本が増加していくと、資本の競争が激しくなり、利潤が下落すると説明した。それは競争が物価を下落させ、実質賃金が上昇するためだ。しかし、ミルは物価が全面的に下落するのは、貨幣価値が下落する場合であって、資本の競争が物価全体を下落させるのではない、とスミスを批判する。
 価格の下落が生じるのは、大きな生産上の改善がみられる紡績や織物などの商品にかぎられ、それ以外はかえって物価は上昇しているというのが、ミルの論点である。
 ミルは利潤率の低下傾向について、次のように説明する。
 どの国においても、最低限の利潤率というものが存在する。それを決定するのは、ひとつは将来における利潤の見通しであり、もうひとつは資本の安全性である。利潤の獲得には危険性がともなうから、このふたつの要因は矛盾するといえる。しかし、利潤率はこのふたつの要因のバランスによって決まる、とミルはいう。
 貯蓄にはさまざまな動機があるが、資本を増加させるのは、貯蓄にほかならない、とミルはいう。とはいえ、貯蓄すること自体が危険であったり、貯蓄しても利潤(あるいは利子)がつかなかったりすれば、そもそも貯蓄(言い換えれば資本の蓄積)そのものが成り立たなくなってしまうだろう。
 したがって、資本が増大するには、最低限の利潤率が必要になってくるのだが、「社会的進歩は、その利潤の最低率なるものを低下させる傾きをもっている」と、ミルは断言する。
 一般に利潤率が低下するのは、ひとつに社会的進歩により社会の安全性が増し、投資の危険が減少したからである。第二に、人類が目前の事態だけではなく遠い将来に思いをはせることができるようになったことも理由に挙げられる、とミルはいう。つまり、投資に回る貯蓄額の増大が、かえって利潤率を押し下げる要因になるというわけである。
 そして、ある国がすでに大規模な生産力をもち、じゅうぶんな預金と資力をもつときには、その国の利潤率は最低に近づき、経済はまさに定常状態に落ち着いていく、とミルは述べている。
「資本の膨張は、もしもその限界が絶えず打ち開かれ、そしてより大きな余地がつくられてゆくのでなければ、間もなくその最後の限界に到達するであろう」と、とミルは論じている。
 そこでは、新たな資本のために収益のある用途を探すのが困難となり、「一般的過剰と呼び慣らされてきたところのものが発生し、いろいろな商品が生産されるが、売れずに残り、あるいは損失をもってのみ販売されるであろう」。
 資本が増加しても人口が増加しなければ、賃金は上昇し、利潤が下落する。いっぽう資本の増加とともに人口が増加したとしても、労働者が生活状態の低下に甘んじなければ、利潤は低下せざるをえない。そして利潤率が最低限に達すれば、資本の増加が一切停止する状態が訪れる、とミルはいう。
 だが、いっぽうで利潤率を最低限に押し下げるのを阻止する作用も存在する。
 ひとつにそれは、過度の取引と無謀な投資にもとづく資本の浪費である。この場合、資本は不生産的に消費され、何ら利潤をもたらさないまま、事業所が閉鎖され、労働者は解雇されることになる。こうした商業的反動は、好況から恐慌にいたる過程として周期的に発生する、とミルはいう。
 もうひとつ、利潤の引き下げを阻止する要因が、生産上の改良である。それは、労働生産性を上昇させるとともに、利潤率を高め、商品の低廉化をもたらす。
「生産上の改良というものは、ほとんどいかなる商品の場合でも、すべて停止状態に到達するまえに通過すべき空地をある程度まで広くする傾きをもつ」と、ミルは記している。
 さらに、諸外国から廉価な商品を輸入するという方法もある。それによって、労務費は引き下げられ、利潤率は高くなる、とミルはいう。イギリスでは、穀物条例の廃止がまさにそうした効果をもたらした。安い食料品を海外から輸入するなかで、人口が増大していけば、労働賃金は低下し、それによって利潤率は上昇する。
 最後に利潤率の低下を阻止する要因として考えられるのが、資本の輸出だ、とミルはいう。国内で得られる利潤よりも多くのものを求めて、資本は海外へと流出していく。国内から持ち去られた資本は、けっして失われてしまうわけではなく、海外でつくられた低廉な商品を国内にもたらす原動力になる。
「資本の輸出というものは、国内にのこる資本のための使用分野を拡大するうえに、大きな効力をもつところの要因となる」と、ミルは指摘している。
 しかし、利潤率を上げようとするこうした動きにもかかわらず、最終的に利潤率の低下傾向は収まらず、経済はどこかの時点で定常状態に達するというのが、ミルの見方なのである。
 次回はそのあたりをみていくことにしよう。

通貨、利子率、商業恐慌──ミル『経済学原理』を読む(10) [経済学]

 国際貿易論の補足として、ミルは通貨の変動が為替にもたらす影響について論じている。
 金銀の生産費は変化しうるし、金銀の需要も変化しうる。金属通貨の急激な増加は、物価騰貴をもたらす。それによって、輸入が輸出を超過することになり、為替が不利になって、貿易がふたたび均衡を取り戻すまで、金属貨幣が流出することになる。しかし、それは一時的なことだ。
 金属貨幣の代わりに、銀行券が大量に発行される場合も、急激な物価騰貴が生じ、金銀が大量に流出する。だが、この場合も、どこかで最終的には均衡が回復され、為替は平価に戻る。
 それでは、紙幣は発行すべきではないのだろうか。そうではない。紙幣の発行は、生産的資本の増加へとつながり、労働の賃金と資本の利潤をもたらす、とミルはいう。

〈したがって、紙幣をもって金属貨幣に代える制度は、いやしくも安全を害しない限度までは、いつもこれを実行すべきである。事実上ならびに一般国民の信念上、紙幣の兌換制を維持するのに必要とされるものよりも多量の金属通貨を保有すべきではない。〉

 金銀通貨は貿易の決済や、紙幣の安定性を保つために必要となるが、不必要にそれを増やす必要はなく、できるかぎり金銀通貨の代用として紙幣(銀行券)を利用すればよい、とミルは考えていた。
 とはいえ、銀行券が兌換紙幣であるかぎり、紙幣が金銀通貨に取って代わることはない。銀行券はいずれ金銀通貨に兌換されてしまうからである。だが、紙幣が不換紙幣である場合は、こうした問題はなくなる。一切の鋳貨(ただし小口の硬貨は別)が流通界から消滅したあとも、不換紙幣が貨幣として利用されるようになるだろう、とミルはいう。ただし、紙幣量の増加が物価高をもたらすことはいうまでもない。
 紙幣通貨のもとでは、金銀貨幣にもとづく真実の為替相場とは別に、減価した紙幣にもとづく名目の為替相場が生まれる。そして、そのもとで貿易がおこなわれ、最終的には金銀の移動によって決済がなされる。だが、信用の異常な拡張は、物価騰貴をもたらし、その結果、金が流出し、信用の収縮と物価の反落が生じ、経済的破局につながる要因にもなりうる、とミルは論じる。
 次に論じられるのは、利子率についてである。
 この問題にふれる前に、貨幣が貨幣を生み、利子は貨幣から生じるという考え方をミルが批判していることを指摘しておくべきだろう。
 こう論じている。

〈貸付けにおいても、他のすべての貨幣取引の場合と同じように、私は、譲渡される貨幣は単に媒介物にすぎず、真に移転されるところのもの、取引の真実の対象は諸商品であるとみなしてきた。これは、大体において正当である。というのは、通常の成り行きにおいて貨幣を借り入れる目的は、商品に対する購買力を獲得することだからである。〉

 ここでも、ミルは貨幣が基本的には流通媒介物であるという立場を崩していない。
 ところで、以前ミルは、資本の報酬である利潤は、保険料と監督賃金、および利子に分けられると説明していた。とりわけ利子は、資本家の制欲にもとづいて貸し付けられた資本にたいする代償であって、利子率は貸付けにたいする需要と供給によって定まると述べていた。
 貸付けを求めているのは、事業家や商人だけではなく、政府や地主なども含まれる。これにたいし、貸し手となるのは、直接事業にたずさわらない資産家や貸付業者、銀行などである。これらが貸付資本にたいする需要と供給を構成する。とはいえ、資金の供給はほぼ銀行によって掌握されているから、基本的な利子率は銀行によって定められるだろう、とミルはいう。
 ただし、利子率は常に変動する。それは貸付資本にたいする需要と供給が常に変化するからである。一般に、投機が盛んな時期には利子率は低く、逆に反動期には利子率は極端に高くなる。
 こうした周期は商業恐慌から商業恐慌にかけて生じる、とミルはいう。実際、ミルの時代、恐慌は1825年、1837年、1847年、1857年、1873年と、周期的に発生している。恐慌後の不況も深刻なものがあった。
 景気が利子率を左右することはいうまでもない。しかし、それに加えて、新たな金鉱の発見、株式会社制度の発展、戦争、鉄道事業の計画なども、利子率に影響をもたらす、とミルは述べている。
 ところで、貨幣は資本のためにだけ求められるわけではない。債務の支払いのために用いられることもある。商業恐慌がはじまる前兆には、こうした現象がよくみられる、とミルはいう。
 パニックを終息させるには、銀行券の発行高を増やすほかない。それによって購買力が回復し、資本が修復されるのだ。
 そのとき、利子率は資本とだけではなく貨幣と関係してくる。銀行券の大量発行は通貨の減価をもたらす。貨幣の数量は、それ自体、利子率に影響するわけではない。問題は貨幣の変動が、利子率に影響することである。
 一般に通貨の減価は、利子率の上昇をもたらす。物価の上昇が、資本による資金需要を増大させ、それによって利子率が上昇するとみられるからである。ところが、いっぽうで銀行券の大量発行は、貸付金市場を膨張させ、利子率を引き下げる作用をもつ。
 つまり、利子率は資金の需要と供給によって決定されるとはいえ、それは通媒介物である貨幣の増減による「種々なる一時的攪乱」の影響を受ける、とミルはいうのである。その攪乱をもたらすものが、政府や銀行による金融操作にほかならなかった。
 次にミルは通貨の調節について論じる。
 当時、相次ぐ商業恐慌の弊害を避けるには、銀行券の発行高を調節するほかないという議論が盛んになっていた。
 イングランド銀行による銀行券の大量発行が、物価騰貴を招き、それが商業恐慌につながるという意見があった。これにたいし、もういっぽうの側は、銀行券発行の規律が保たれているかぎり、銀行券は何ら物価を引き上げるものではないと反論した。それによると、銀行券の発行が増加するのは、需要が増加するからであって、したがって、銀行券の発行を人為的に調整したところで、商業恐慌を避けることはできないというのである。
 ミルの立場はどちらかというと後者である。銀行が銀行券の発行を増やすのは、景気がよくなって、資金需要が高まるとき以外にない。だが、それは一時的なものである。銀行がみずからの意思にもとづいて、流通媒介物を増加させうるわけではない、とミルはいう。
 ところが、商品にたいする節度のない投機が発生して、銀行がその動きに荷担する場合は、銀行券が必要以上に発行されることがある。それによって、物価は騰貴する。そのとき投機者の動きがさらに活発になり、「投機をしなかった人たちまでも、従来よりもはるかに強く銀行から受ける前貸しに依存するようになる」。その結果、投機的価格の崩落が生じ、商業恐慌が発生するのである。
 こうした急激な商業恐慌を避けるために、1844年に通貨条例(銀行条例)がだされた。これによって、イングランド銀行が中央銀行として銀行券の発券を独占することとなった。すなわち、イングランド銀行が信用の膨張と収縮を調節する機関として登場したのである。
 イングランド銀行は、はたして信用の投機的拡大を早い時期に抑えることができるだろうか、とミルは問うている。銀行からの預金引きだしや、銀行の融資が止められないとすれば、信用の膨張を防ぐのは無理である。
 1840年代後半、イギリスでは鉄道投機によって景気が過熱し、穀物輸入によって金が流出していた。そこでイングランド銀行は1847年に金利を徐々に引き上げ、景気の引き締めをはかった。そのため、穀物輸入業者のなかには破綻するものもでてきた。イギリスではイングランド銀行を非難する声があがった。
 これにたいし、ミルは「新しい制度が旧制度に対して真実の進歩であることは否定し得ない」と認めたうえで、次のように指摘する。銀行の信用拡張は、景気拡大期にはかえって有害なものとなりうるが、恐慌時にはすこぶる有益なものである。恐慌のさいには、銀行券の増発が、恐慌の激しさを緩和することはまちがいない。
 ミルは「不当な投機とその反動の結果として生ずる商業信用上の間隙を埋めること」が銀行の大きな役割だとしていた。したがって、とりわけイングランド銀行が、恐慌を予防する手段として金融を引き締め、恐慌から抜けだすために金融を緩和する措置をとるのは、とうぜんと考えていた。
 しかし、貿易の決済にともなう金の流出を無理やり止めることはできない。ただし、準備金の枯渇と支払いの停止との恐れがないように、あらかじめ対策を講じておくことは必要だ。流出した金の大部分は、いずれ輸出商品にたいする支払いとして戻ってくるだろう、とミルはいう。
 ミルが信用の要としての銀行の役割が大きいこと、さらには景気変動に備えて銀行が規律を維持する必要があることに注意をうながしていたことはたしかである。だが、このあたりの論点を整理するのは、なかなかむずかしい。

国際貿易について(1)──ミル『経済学原理』を読む(9) [経済学]

 次のテーマは国際貿易である。
 たいていの国は国外からの商品の輸入を認めている。その商品は国内では生産不可能なものであったり、あるいは国外から輸入したほうが安かったりするためである。だが、輸入があれば、とうぜん輸出もなくてはならない。
 一般的にいえば、どの国も、自分たちの優越性がもっとも少ない物品を輸入し、自分たちの優越性が大きい物品に労働と資本を投入し、それを輸出に当てるのが得策だ、とミルはいう。これはリカードの比較優位説を踏襲したものといえよう。
 通商の利益は、世界的にみて生産力がより効率的に発揮される点にある。交易関係をもつふたつの国は、比較優位な商品を生産し、それを交換しあうほうが、国際的にみれば、より生産的である。それによって、両国が必要とする商品は、より潤沢となるだろう。
 ところが、国際貿易の利益を、市場の拡張に求める声は後を絶たない。これは生産者の主張であり、いわば重商主義のなごりだ、とミルは指摘する。
 だが、冷静にみれば、「ある国がその国自身の欲求を越えて輸出用の品物を生産するのは、何らその内在的必然性によるものではなくて、自国のために他のもろもろの物をととのえる最も低廉な方法として、そうするのである」と、ミルはとらえる。
 輸出するのは、輸入するためである。そして、「通商は、実際上、生産物を低廉ならしめる一方法」であって、輸入によって利益を受けるのは消費者にほかならない、とミルはいう。
 さらに、通商には経済的利益のほかに道徳的利益もある。それは諸国民の交流をうながし、世界の平和を保証する手段ともなる、とミルは論じる。
 次にミルが論じるのが、交易商品の国際価値についてである。
 商品の価値は生産費に依存するというのが、ミルのテーゼだった。ところが、輸入品の価値は、遠隔地での生産費に依存するわけではない。つまり、国際価値は、生産費の法則にはしたがわないというのだ。
 ここで、ミルは貿易が物々交換、すなわち一商品の他の商品に対する現物交換だと仮定する。すると、輸入品の価値は、その輸入品への支払いとして輸出される商品の価値にほかならないことがわかる。だとすれば、外国商品の価値は、国際的交換の諸条件に依存するのであって、そこでは需要と供給の法則が作用しているというのである。
 この考え方はひじょうにむずかしい。どう理解すればよいのだろうか。
 試みに、ひとつの例を挙げてみる。
 A国とB国のあいだで、たとえば次のふたつの商品が取引されているとする。

  100万円の車100台⇔100円の石油100万リットル

 この場合、車の生産費(利潤を含む)は80万円で、石油の生産費は80円だ。ミルがいうように、それぞれの商品価値は、生産費に一致しない。輸入品の価値は輸出品の価値によって、はかられる。この場合、国際的交換の条件は、車が100万円で、石油が100円ということになる。
 ところが、ここで需要が増大し、2商品間の貿易関係に変化が生じたとしよう。すると、たとえば、次のような事態が生じる。

  80万円の車150台⇔80円の石油150万リットル

 ふたつの商品の価値は、需要と供給の関係によって変化する。その場合、生産費はたとえば車が70万円、石油が70円となり、需要はそれぞれ50%増大し、貿易額は20%増大することになる。国際的交換の条件も変化している。
 ミルは、おそらく交易商品の国際価値は、両国の需給関係によって決定されると考えたのである。
 さらにミルは、この単純なモデルに、複雑な要素を加えていく。
 たとえば輸送費である。貿易に占める輸送費の割合は無視できない。輸送費が大きいと、貿易の利益は失われてしまう。したがって品質の低い食料品や工業製品は貿易の対象とはなりにくく、比較的高級な、あるいは産出困難な原料や食料品、工業製品だけが国際取引の対象となる。
 さらに、ミルは2国間、2商品という最初のモデルの価値法則を、多国間、多数商品の場合にも拡張している。2商品間で貿易が不均衡な場合も、多数商品のあいだで貿易の均衡を取り戻すことができる。この関係は多国間に拡張することができる。
 こうした国際価値の関係をミルは次のようにいいあらわす。
「ある国の生産物は、その国の輸出の総額がその国の輸入の総額に対し過不足なく支払いをなすのに必要とされるような価値をもって、他の国々の生産物と交換される」
 ここでは輸出と輸入とが、各国間の相互需要によって均衡するととらえられている。
 国際価値は生産費に一致しないとしたミルが次に論じるのは、生産上の改良が国際価値にあたえる影響についてである。
 輸出品にたいする生産上の改良(価格の低廉化)が、外国での需要を増加させることはまちがいないだろう。それは、たいていの場合、輸出国にとってだけではなく、輸入国にとっても利益をもたらす。それによって相互需要が拡大する可能性が強いからである。
 ミルの国際価値論は実際にはもっと複雑な事例で成り立っており、それは数学モデルで展開してしかるべきものだ。だが、数学の苦手なぼくとしては、それを省略し、ここでは、ミルが自由貿易を擁護する立場から、国際価値について論じているということを強調するにとどめよう。
 ここでミルは、特異な輸入商品として、貨幣の問題をとりあげる。貨幣の材料である金や銀などの貴金属は国外から輸入されていた。したがって、ここでいう商品としての貨幣とは貴金属を意味している。
 たとえばブラジルからイギリスに輸入される地金の量は、イギリスの需要に依存し、イギリス産の商品と交換されなければならない。そのさいも「外国における需要が最も大きい輸出品を輸出し、外国産諸商品に対するそれ自身の需要は最も小さい国において、[輸入商品の]価値が最も低い」という法則が成り立つ、とミルはいう。
 すなわち工業生産物のほうが、粗製生産物よりも、概して価値が高くなる傾向があるというわけだ。地金獲得の費用としては輸送費も必要になってくるけれども、いずれにせよ、イギリスが諸外国に比べ物価が高いのは、より小さい費用で貴金属を入手することができ、したがって、貨幣の価値が低いからだ、とミルは論じている。
 さらに、加えて、こうも述べている。

〈イギリスの商品に対する需要の増加なるものが、鉱業諸国における需要である必要は決してない。イギリスは、鉱業諸国へ向かって何ものをも輸出しなくても、もしもそれ以外の諸外国においてイギリスの財貨に対する十分に強い需要があり、これが迂回的に鉱業諸国からきた金銀をもって支払われるならば、やはり鉱業諸国から最も低い条件をもって地金を入手する国となるであろう。〉

 ここにも、イギリスの産業にたいする自信のほどが示されている。
 ところで、ミルはここまで外国貿易を、いわば国家間の物々交換として記述してきた。しかし、貿易は現実には物々交換ではありえない。それは業者間の取引としてなされ、そこには貨幣での支払いが発生している。
 たとえば、ミルはイギリスの商人Aが、フランスの商人Bに商品を送り、BがAにお金を支払うという場面を想定している。
 そこでは

  A⇄B

という関係が成り立っている。
 ところが、ここにイギリスの商人Cが、フランスの商人Dから商品を受け取り、今度はCがDにお金を支払わねばならないとしよう。だが、この場合は、CがDに海を越えて、お金を支払う必要はない。
 その場合は

  A→B
  ↑ ↓
  C←D

というかたちで、国内で決済をすませればよいのである。
 つまりBはAからでなくてもCからお金を払ってもらえばよいし、DはCからではなくBからお金を払ってもらえばいい。だが、実際にAとC、あるいはBとDは直接顔をつきあわせるわけではなく、仲介業者に手数料を支払って、それぞれ為替手形にもとづいて支払いを受ければいいのだ。したがって、全体の貿易取引額にたいして、海外に送金される部分は差額部分だけとなる。
 現金による貿易の決済が必要になる場合は、為替手形を買い受けるさいに、プレミアム(追加価格の請求)が発生する。それは貴金属の運賃や保険料、その他の費用がかかるのを負担するためである。
 それぞれの国は独自の通貨をもっているのが通例である。そして、為替手形はそれぞれの通貨で決済されるから、通貨間のあいだで為替レートが生じることになる。為替レートとは「その国の貨幣がもっている、諸外国の貨幣を購買する力を意味する」と、ミルはいう。したがって、為替手形の決済は為替レートにもとづいておこなわれるが、最終的に貿易差額分は貴金属をもって清算されなければならない、とミルは論じるのである。
 現在のような変動為替相場がとられていない19世紀においては、おそらく為替相場の変動はプレミアムと貴金属貨幣の送付によって処理されていたにちがいない。その実態は、残念ながら、ぼくの知識の領域を超えている。
 ミルは支払差額の清算が貨幣によってなされていたことについても触れている。だが、それをみるまえに、交易についてのミルの考え方をもう一度確認しておこう。
 こう述べている。

〈交易というものは、実体および結果においては、すべて物々交換である。商品を貨幣と引き換えに販売し、その貨幣をもって他の財貨を購買する人は、だれでも、実際はこれらの財貨を彼自身の商品をもって購買するのである。〉

 ミルは自由貿易論者であるとともに、重商主義を批判する立場をとっていた。
 いま問題になるのは、交易によって支払差額が生じる場合である。その差額は貨幣(貴金属)によって支払われるから、それは金銀の流出につながり、通貨の量に影響をもたらす。そして通貨量の変動は為替レートや物価に影響し、けっきょくは輸出入の均衡が取り戻されることになる。これがミルの考える貿易収支の均衡プロセスとみてよいだろう。
 新製品の登場や生産方法の改善などによって、輸出入の均衡は常に崩れる傾向をもっている。だが、その都度、通貨量と物価が変動し、それによって貿易に均衡がもたらされるのである。
 貨幣は貴金属からなるひとつの商品であるというのが、(きわめて19世紀的な)ミルのとらえ方である。
 かれ自身はこう考えていた。

〈国際交易においても、通常の国内交易の場合と同じように、貨幣が商業にとってもっている意義は、ただ油が機械にとり、また軌道が運輸にとってもっているところの意義と同じであって、それは摩擦を減ずる方法にすぎないのである。〉

 こうして、流通を媒介する商品である貨幣の原料(貴金属)は、交易を通じて、原産地から各国に配分され、さらに各国間の貿易を決済する手段として再配分され、物価に影響をもたらしていくことになる。
 ちょっと長くなりすぎた。国際貿易論はもう少しつづく。

貨幣論──ミル『経済学原理』を読む(8) [経済学]

 貨幣は商品の価値をはかる共通の尺度であり、貨幣によって商品の価値は価格であらわされる、とミルは書いている。商品にとって何よりも大きいのは、貨幣が存在することで物々交換の不便が回避されることだ。
 だが、貨幣となりうるものはかぎられている。ヨーロッパでは、貨幣として金と銀が選ばれた。金や銀は携帯するのに便利であるだけでなく、隠匿するのも容易だった。また耐久性もあり、それなりの供給量もあった。金銀の価値は、アメリカの鉱山などの発見で大きな変動をこうむったことはあるものの、概して安定していた、とミルはいう。
 金銀からは貨幣が鋳造され、政府がそれを管理し、私人による鋳造は禁止された。たいていの場合、政府の保証は貨幣への信頼をもたらした。
 こうして貨幣の使用が慣習化すると、貨幣は所得の分配にも用いられ、また財産を評価する尺度ともなっていく。そこで、貨幣こそ富だという錯覚も生まれる。しかし、貨幣は商品を受け取ることができる「一種の切符ないし指図証書」であることを忘れてはならない、とミルはいう。とはいえ、商品を効率よく売買するには、貨幣がなくてはならないのだから、「貨幣よりも重要でないものは、本質的にありえない」ともいえる。
 その貨幣もまた価値法則にしたがう商品であって、その価値は「他の商品の価値と同じように、一時的には需要供給により、永続的かつ平均的には生産費によって決定される」と、ミルは論じる。
 ただし、貨幣の価値は、一般物価とは逆の関係にある。すなわち貨幣の価値が高ければ物価は下がり、それが低ければ物価は上がる。
 貨幣は流通を媒介する特殊な商品である。貨幣の供給は「世間の人たちが支出しようと思っている貨幣の数量」を意味し、貨幣の需要は「売りに出された一切の財貨」から成り立つ。
 ミルは何らかの事情で流通界にある貨幣の総額が2倍になれば、価格も2倍になるだろうという。逆の場合は、それとは反対の結果が生じる。すなわち、貨幣の価値は「その数量に反比例して変化する」。これが貨幣に特有の性質である。
 しかし、貨幣は財貨と対応して、同じ量が存在するわけではない。貨幣はくり返し支出され、回転している。したがって、貨幣の価値は、流通速度に依存する。流通速度が速ければ、貨幣の価値は低くなるし、流通速度が遅ければ、貨幣の価値は高くなる。
 もっとも物価に影響をもたらすのは、実際に財貨と交換される部分であって、退蔵されている貨幣は物価に作用しない、とミルは付記している。
 ここでまた、ミルは貨幣の価値を終局的に規定するのは「生産費」であるという命題をもちだす。金貨や銀貨などの鋳貨の価値は、材料である地金の価値に一致する。そして、地金の価値は生産費によって決定される。そして、貴金属の生産費が変化し、その数量が増加、あるいは減少する場合は、貨幣の価値も変化する。
 ミルは以上の記述をまとめて、「必要とされる貨幣の量は、一部は金の生産費に依存し、一部はその流通速度に依存する」という原理を立てる。
 流通媒介物として貨幣に用いられるのは、一般に金と銀である。大口の取引には金が用いられ、小口の取引には銀がもちいられる。ふたつの金属のあいだには一定の比率が設定される。たとえば1ポンドの金貨1枚は、シリング銀貨20枚と等しいというように。
 ただし、何らかの事情により、銀の価値が低下したり、逆に金の価値が上昇したりすることもあるだろう。その場合は、価値の変動にともなう、混乱も生じうる。だが、イギリスの場合は、金銀を法定貨とし、貨幣の鋳造権を国が管理することによって、複本位制を保つようにしている、とミルはいう。
 貨幣の代用物になるのが信用である。だが、最初にミルは、信用は無から資本を創造するわけではない、と注意をうながしている。自己資本ではない資本は、すべて他者の資本から控除されたもの、移転されたものにすぎない。だが、信用によって、資本は資本をより有効に利用する能力をもった人に移転される、とミルはいう。つまり、信用によって、遊資や浪費が避けられ、資本は生産活動状況におかれる。
 信用を仲介するのは銀行である。銀行は信用を通じて、一国の総資本を生産的資本として活用する役割を担う。しかし、それが不生産的消費に回されたら、資本としての機能は失われることになる、とミルは注意をうながす。
 いっぽうで信用は財貨にたいする需要を創造し、それだけ物価を高める力をもっている、とミルはいう。
 信用は貨幣から独立した購買力となりうる。その一例が為替手形だ。為替手形はもともと遠隔地における債務を支払う手段としてはじまった。それはたとえば6カ月後に清算されるが、6カ月を待たないで、銀行で割引決済してもらうこともできる。さらに手形が支払手段として用いられるならば、それは貨幣に代わって、新たな信用を生みだすことになる。こうして数多くの手形は、最終的に決済されるさいには、裏書きで埋めつくされているのが通例となる。
 信用が貨幣の代用物となるものとしては、ほかに約束手形や小切手などが挙げられる。約束手形は受取人または指図人に、一定の期日に一定の金額を払うことを約束するものである。これにたいし、小切手は指図証書にもとづいて、振出人の預金口座から持参人への支払いをおこなうよう、銀行に委託するものである。
 小切手があれば、いちいち現金を手渡さなくても、たがいの銀行口座上で金銭取引をすませることもできる。イギリスでは、ほとんど貴金属を利用しなくても、こうした信用上の道具によって、膨大な取引が処理されている、とミルは論じている。
 したがって、実際に市場で流通媒介物となっているのは、鋳貨に加えて、銀行券や手形、小切手を含む貨幣代用物なのである。ミルはこうした代用物が信用による購買力を形成し、それによって現金とあわせて、物価に影響をもたらすと考えている。なぜなら、それらは商品にたいする需要をつくりだし、その需要に応じて、商品の価格を引き上げるからである。
 需要の増加によって、商品価格が上昇しそうだという予測が生まれると、商人は在庫量を増やして、利潤をあげようとする。ところが、商品の量が増えすぎると、こんどは価格が下落しはじめる。とりわけ、信用が膨張する場合は、現金の裏づけがないまま購買が拡張されるため、物価ははなはだしく騰貴し、つづいて崩落する。
 その極端な事例が商業恐慌であり、その場合は、パニックと呼ばれる一般的な信用崩壊が発生する。商業恐慌の特徴は信用の収縮である。だが、その前にかならず異常かつ不合理な信用の膨張がみられる、とミルは指摘している。
 つまり、信用は取引を増加させ、それによって物価に影響をおよぼす。とりわけ物価を上昇させる要因としては、手形よりも銀行券のほうがより強力だ(当時はイングランド銀行だけでなく民間銀行も銀行券を発券していたことを知っておくべきだろう)。だが、投機的取引がなされる場合は、帳簿信用が急速に膨張することによって物価が騰貴する、とミルはいう。
 イギリスでは1844年の通貨条例によって、投機熱を防止するために、銀行券の発行高を人為的に制限する制度が設けられた。信用手段が最終的に鋳貨(金銀貨)ならびに銀行券に還元されるとすれば、実際にはいちばん市場で流通している銀行券の発行高の増減が、信用の増減を調整する手段となる。そのことはミルもみとめている。
 しかし、物価は貨幣(法貨)に依存するのではなく、購買(需要)に依存するというのが、ミルの考え方だ。すなわち、銀行券の発行が緩和されても、需要が多くなければ物価は上がらないし、逆に発行が制限されていても、需要が多ければ信用が膨張し、物価は上昇するのだ。
 ところで、紙片が貨幣代用物として通用することがわかると、安定した基盤をもつ政府は、次々と不換紙幣を発行するようになった、とミルは書いている。紙幣の価値は、その生産費ではありえない。兌換紙幣の場合は、金貨や銀貨との交換が保証されるが、不換紙幣の場合はそうではない。その額面はあくまでも政府が保証するものでしかない。
 政府は市場からすべての金銀貨を引き上げて、不換紙幣に置き換えることも可能である。その場合、政府は物価を際限なく引き上げながら、紙幣の数量を増加させることもできる。それはたいていの場合、災厄を招く、とミルは論じている。
 とはいえ、紙幣といえども通貨の安定性を保つことは重要である。金融危機が生じると、紙幣の過剰発行への誘惑が強くなるが、政府はそれにたいする歯止めをどこかでもうけなければならない。紙幣の兌換制を保証することは、たしかにその歯止めとなりうるが、それでは紙幣の発行高がかぎられてしまう。そこで土地などの財産を根拠として、紙幣の発行量を決めるという考えもでてくるが、土地そのものは金や銀以上に価値が変化しやすく、それを紙幣発行の根拠とするのは無理だろう、とミルはいう。
 いっぽう紙幣の増加が産業の発展を促進するという考え方もあるが、これは謬説だ、とミルは一蹴する。物価の騰貴は富の増加と同義ではないからである。むしろ、限度を超えた紙幣の増発は、一種の窃盗行為だとまで、ミルは言い切っている。それは発行者(政府)を利するだけで、通貨の所持者はむしろ通貨価値の下落(言い換えればインフレ)によって損失をこうむる。
 だから、紙幣の過剰発行は、事実上の租税と変わらない。また、一般的な物価騰貴は、生産者や商人にとっては、固定費負担の圧迫を軽減することになり、利益の源泉ともなりうる。しかし、これは債権者にたいする一種の詐欺に近い、とまでミルは述べている。
 ところで、偶然的な変動はあるものの、市場価値は生産費、言い換えれば自然的価値に収斂されていくというのが、ミルの持論だった。その収斂過程において、供給不足や供給過剰が生じるのは、大いにありうることだ。しかし、長期的にみれば、需要と供給は一致するのであって、一般的供給過剰状態は持続しない、とミルはいう。
 とはいえ、新たな欲求を呼び起こさなかったり、あるいは購入資力に欠けたりして、特定の物品が結果的に過剰生産をおこすことはありうることだ。だが、それもいずれは調整されていく、とミルは論じる。
 にもかかわらず、一般的供給過剰という考え方が広く信じられているのは、しばしば商業恐慌が発生するからだ、とミルはいう。
 恐慌が発生すると、大量の信用が突如として崩壊し、物価が極端に下落する。だが、商業恐慌は過剰生産によって生じるわけではなく、直接の原因は信用の収縮にある。したがって、恐慌の救済策は供給の削減ではなく、信用の回復にある、とミルはいう。ここでは、ミルは明らかにマルサスよりもセーの見解に沿っている。マルクスやケインズは、こうしたミルの見方に反発するだろう。とはいえ、リーマンショックなどの救済策として採用されたのは、どうやらミル流の施策だったようにも思える。

価格論──ミル『経済学原理』を読む(7) [経済学]

 ここから第3篇「交換論」にはいる。
 最初に論じられるのは、いわゆる「価値論」である。
 価値は使用価値(有用性)と交換価値(購買力)にわけることができる。
 ものの有用性(使用価値)とは「そのものがある欲望を満たし、あるいはある目的に役立つ能力のことである」とミルはいう。そして、そうした有用性をもつものが売買されるときに、商品としての交換価値が発現する。
 したがって、価値とは一般に交換価値を意味する。価値が貨幣によってあらわされた商品の価値が価格である。そこで、価値論は事実上、価格論に等しいといえる。
 商品と貨幣は対の概念である。商品は貨幣なくしては存在しないし、貨幣は商品なくしては意味をなさない。
 商品の価値の変化は価格の変化となってあらわれ、それは他の商品との関係に影響をもたらす。しかし、全般的な物価騰貴が生じている場合は、商品の価値が上昇しているわけではなく、貨幣の価値が下落しているのだ。
 また全商品のうち、半分が同じ価格で、残り半分が上昇している場合は、貨幣価値に変化のないときは、残り半分の価値が上昇していることを意味し、貨幣価値が下落しているときは、残り半分の価値が同じなのに、最初の半分の価値が下落していることを意味する。
 したがって、貨幣価値の変動と、一般商品の価値変動とは、いちおう区別して考えなくてはならない。その点、価値論と価格論はことなることも念頭においておく必要がある。しかし、貨幣価値が変動しないと想定すれば、価値論を価格論として理解してもよいのである。
 そのことを頭にいれたうえで、ミルの商品論=価格論に関する分析をごく簡単にみておくことにしよう。
 最初にミルは、あるものが価値(交換価値)をもつのは、それが何らかの用途(効用)をもつこと、さらにそれが獲得に困難を要することが前提になると述べている。
 いくら効用があっても、たちどころに手にはいるようなものは価値をもたない。つまり商品にはならない。
 逆に商品の価値が最大限にまで上昇するときは、購入者にとって、そのものが欲しくてたまらないのに、にもかかわらず、それがなかなか手にはいらない場合である。そのようなときには、商品の価値ははねあがる、とミルはいう。
 一般に商品の価値は需要と供給の関係によって決まるとされる。需要が多く、供給が少ないときは、価格は均衡に達するまで上昇する。反対に、需要が少なく、供給が多いときは、価格は均衡に達する場合まで下落する。それがふつうの説だ。ところが、ミルはこの説に疑問を投げかける。
 商品がなかなか手にはいらないのはどういう場合だろう。ひとつは古代の名画や彫刻、建築物など稀少な財の場合だ。次に供給がかぎられていて常に不足している場合。さらには追加の生産物をつくるのに、より多額の費用を要する場合などが考えられる。
 まず商品が絶対的に限られている場合、その価値は多くの需要を背景として、大きくはねあがる可能性をもっている。サザビーオークションを思い浮かべればよい。
 独占や自然条件などによって供給がかぎられる場合も、需要と供給の関係で、その商品価格は高くなるだろう。また供給の増加がきわめてむずかしい場合も、価格は上昇することになる。
 そのいっぽう、石油や石炭のように、簡単に供給を減らすことができないものについては、供給がだぶついて、価格は安くなりがちで、元の価格に戻るには長い時間がかかる。人口過剰のなかでは、労働(力)もそうした商品のひとつだ、とミルは述べている。
 しかし、ごく一般的な商品に関してはどうだろう。
 生産された商品には最低限の価格がある。それは生産費を満たし、通常の利潤を見込めるものだ。資本家は損失をこうむりながらも永続的に生産をつづけようとはしない。
 だが、ある商品がふつうの利潤率を超えて販売されているときには、その利得にあずかろうとして資本が殺到し、その供給が増大する。そのため、その商品の価格は下落し、けっきょく利潤率は均等化することになる、とミルはいう。
 したがって、利潤率が等しいとすれば、商品の価格は生産費をベースにして決まる。それをスミスやリカードにならって自然価値と名づけるなら、最終的に市場価値(価格)は自然価値と合致する、とミルはいう。
 つまり、限定的な商品はともかくとして、一般商品の価格は生産費をベースにして決まるというのが、ミルの主張だといってよい。新たな機械の導入によって生産費が下がれば、商品の価格も下がり、新たな課税によって生産費が上がれば、商品の価格も上がる。
 供給と需要の関係がはたらくのは、そのあとである。たとえば、生産費の下落により絹のハンカチの値段が半分になれば、多くの人はそれを何枚も買うようになるだろう。だが、霊柩車の価格が下がったとしても、霊柩車を追加で何台も買う人はいないだろう。だから、価格は供給と需要の関係によって決まるのではなく、生産費をベースとして決まる、とミルはいう。
 穀物法にもとづく課税によって小麦価格が上がったとしても、それは供給不足のためではない。小麦自体の需要が減るわけでもない。需要と供給は変わらないのに、政府の干渉により、小麦の価格だけが上昇する。とはいえ、食料のための支払いが増えれば、ほかのものにたいする支出はおそらく減ることになる。
 ミルは、たいていの商品の価格は、需要供給に依存するものではなく、逆に需要供給がその価格に依存するという。需要供給関係は一定期間、価格変動をもたらすだけで、一般商品の価格は、けっきょくは生産費に引き寄せられる、というのがミルの考え方である。
 そこで、生産費についてである。生産費は賃金道具(機械)や材料、建物の費用からなるが、それらはすべて「労働に還元できる」とミルはいう。「諸商品の価値は、主としてそれの生産に必要とされた労働の量に依存する」というのは、リカードの定言を踏襲したものである。
 ここで、ミルの議論は、商品の価値と価格のちがいをめぐって、錯雑をきわめるのだが、それにはあまり深入りしないことにしよう。
 注目すべきは、生産費のなかにミルが利潤を加えていることである。前に述べたように、ミルにとって利潤とは制欲や危険、監督といった苦労にたいする報酬を意味した。さらに、場合によっては、生産費のなかに税金が加わることもある。地代などが加わる場合もあるだろう。要するに商品の価格はこうした生産費からなるというのがミルの考え方の基本である。
 そのいっぽう、商品の価格は、かならずしも商品の価値と合致するわけではないという考え方もある。商品は最終的に価値によって判断されるのであって、価格によって判断されるわけではないという。さらにいえば、価値を決定するのは労働量なのであって、賃金や利潤、地代は価値にはいりこまないともいう。このあたりの議論は錯雑をきわめ、とてもむずかしいのでパスすることにしょう。
 最後に農作物の価格についてはどうだろう。当初、優良地のみが耕作されているとすれば、その価格は賃金と利潤からなる生産費によって決められる、とミルはいう。ところが人口が増えて、良好地、劣等地にまで耕作がおよぶようになると、農作物の価格は劣等地の生産費が基準となる。
 そして、そのさいに、優良地、良好地にたいする差額地代が発生するのである。これはきわめて単純なモデルにすぎないが、一般に「地代というものは、一切の特別の利得を地主に占有させることによって、種々なる農業資本の利潤を均等化する」と、ミルは指摘している。
 ほかに地代をもたらすものとしては、鉱山や漁場、さらには宅地が挙げられる。それらは希少性をもつことによって、優越した価値を有するのである。さらに地代に似たものとしては、特別利潤を生む「特許」のようなものが考えられるだろう。
 いずれにせよ、特別な商品、あるいは一時的な特別の事態を除いて、商品価格に需要供給の法則は強くはたらかない、とミルは考えた。そして、一般に商品価格を決定するのは利潤(すなわち資本の利得)を含めた生産費であると主張した。
 この矛盾したとらえ方は、のちに、ふたつの方向から批判されることになる。マルクスは剰余価値説によってミルを撃破し、ワルラスやマーシャルは需要供給理論を精緻化することによってミルの中途半端さを乗り越えていく。
 しかし、きょうはこのくらいで。孫のお守りでくたびれてしまった。

賃金、利潤、地代──ミル『経済学原理』を読む(6) [経済学]

 2015年に、ことしはミルの『経済学原理』を読むぞと意気込んだのに、途中で挫折し、いまにいたった。買っても読まない本が多い。読んでも忘れてしまう本も多い。そうこうしているうちに、年月がたって、頭のなかはお花畑状態になってしまうのだろう。ともかく、最後の抵抗のようなものである。挫折しかかっているのは、たぶん、この本がややこしくて、読みはじめると、すぐ眠くなってしまうためだ。しかし、何とか踏みとどまって、せめてこの本の概要だけでも、自分なりにまとめておきたいと思った。
 今回は第2篇「分配論」の後半、賃銀、利潤、地代について取りあげる。
 まず賃金について。
 最初にミルは、賃金は競争ないし慣習によって決まると書いている。とりわけ重要なのは競争であって、労働市場での需給関係が賃金を左右する。それは言い換えれば人口と資本の関係だといってもよい。つまり、人手不足になれば賃金は上がるし、人が余れば賃金は下がるというわけだ。
 景気変動が賃金を左右する。景気が良くなれば賃金は上がるし、景気が悪くなれば賃金は下がる。また物価が高くなれば、賃金も上昇する。
 一般に、賃金は食料価格に順応する。リカードは、一般的賃金率は最低賃金率に近づく傾向があるとの説を唱えた。これにたいし、ミルは「最低」とは肉体的最低限ではなく、道徳的最低限と理解すべきだとつけ加えている。この道徳的最低限を多少なりとも向上させることが、最大多数の最大幸福をめざすミルの目標である。
 ミルの時代の19世紀半ば、労働者は長年にわたる窮乏生活に苦しんでいた。そこに、穀物法の撤廃により、小麦価格が少し安くなる。だが、必需品が安くなって、多少生活の余裕ができたときに、結婚をして子供の数が増えたりすれば、また労働者の生活は苦しくなり、人口増により賃金水準も元のように下がってしまうだろう、とミルは警告している。
 賃金が上昇するまれな例外は、たとえば19世紀半ばにみられたように、木綿工業が急速に発展し、若年労働者の雇用が急速に増えるといった場合である。実際、1850年代から60年代にかけ、イギリスでは賃金が上昇した。だが、それは「まれな、かつ一時的の事情」であって、人口が不足している植民地をのぞき、一般に人口が増加する場合、賃金は下落する傾向がある、とミルは論じている。
 ミルは、技術革新が一時的なものだと考えている。したがって、賃金が上昇し、資本の利潤が下落すれば、雇用が減り、人口との関係で、賃金は下落に転じるとみていた。つまり、ミルの賃金論は、もっぱら人口問題に帰着するといってよい。
 ヨーロッパのいくつかの国は、兵役義務や法律によって厳しい結婚条件を課している、とミルはいう。つまり、それによって人口増加を抑える工夫をしているというわけだ。
 中世のギルド(同業組合)でも、親方になるまで結婚できないという規則が設けられていた。職をもたず、独立の住居を手にいれていない青年は、イングランドでは結婚できなかった。ミルはこうした慣習を例に挙げて、それを復活したほうがよいと考えている。救貧税によって貧民を救おうとするのは、かえって人口の抑制策を台無しにしてしまうというのが、ミルの考え方だった。
 農村では人口が増えつづけていた。都市が成長し、工場労働者が増えているために、農村人口の増加分は多少なりとも吸収され、それによって農村部はかろうじて悲惨な目にあわずにすんでいる。
 だが、農業労働者の現状は、「寒心に堪えないものがある」。窮乏がよりよき労働者をつくりだすという神話をミルは信じない。適度な人口制限こそが、労働者の生活をともかくも維持する砦になると考えていた。
 それでは、低賃金を是正する手立てはないのだろうか。
 ミルは資本家と労働者の協議によって、法律で最低賃金を定めるという方式を提案している。競争を認めないわけではない。しかし、最低賃金を定めることで、雇用が減少するようでは元も子もないとも考える。
 だれもが「すべての貧しい人たちに職を与えるのは、富裕な人たちの、あるいは国家の義務である」と思っていた。そこで、ミルはできれば資本の増加、それが無理なら課税によって、社会全体の賃金基金を多少なりとも増やし、それによって、できるだけ多くの雇用を保証すべきだと唱える。
 だが、それには条件がある。しつこいくらいのくり返しになるが、それは人口の抑制である。「ひとは誰も生きる権利をもつ。しかし、他の人たちに養ってもらわなければならぬ子供を産む権利はだれにもない」とミルはいう。法的な規制(結婚規制や産児制限)によって、人口を抑制していかなければ、最低賃金も保証できなくなり、労働者階級の窮乏はますます深まるととらえていた。
 ミルはいわゆる1795年から1834年まで実施されたスピーナムランド法についても検討している。これは農業労働者の賃金不足分にたいし、教区が手当をだして補うという制度だった。のちにポランニーは、市場社会が進展すればするほど、悪魔の挽き臼にたいして、社会の防衛機能がはたらくのはとうぜんだと考えた。
 しかし、ミルは(リカードやマルサスと同様)、スピーナムランド法のような制度はかえって人口増殖をもたらし、賃金をさらに低下させ、国民全体を貧民化させるものだととらえる。ミルによれば、各教区レベルのスピーナムランド法が、1834年に、より限定的な国家レベルの救貧法にとって代わられたのは、とうぜんだったということになる。
 とはいえ、スピーナムランド法の廃止については、別の側面、すなわち大地主=貴族からのこの法律にたいする反発や、労働力の流動化促進を求める資本家側の要請といった背景も考えなければならないだろう。
 低賃金を補完するために、農業労働者に小さな地面を賃借りさせる「配付地制度」なるものを導入したらどうかという案もあった。これはさしずめ家庭菜園といったところだが、たしかに、このほうが教区からの手当より、よほどましではある。だが、もしすべての労働者が配付地をもつようになれば、それはやはり人口を増やすいっぽう労働者の低賃金を固定化させることになるのではないか、とミルは批判している。
 はたらいてもはたらいても生活に余裕がなく苦しい状態におかれている労働者の状態に、ミルは強い関心をもつと同時に、それをどうすればよいかわからないという無力感をいだいていた。人口を抑制し、資本を増加させ、雇用を拡大し、多少なりとも賃金を増やしていくというのが、ミルの考える唯一の手立てである。
 大地主や大規模借地農、資本家には慈善家が多いけれども、かれらはけっして労働者の自立、まして女性の自立を望んでいない、と鋭く指摘することも忘れていない。これにたいし、ミルがめざすのは、あくまでも労働者の自立、女性の自立である。
 ところが、いま労働者はどういう状態にあるか。
 こう書いている。

〈[労働者は仕事の奴隷として]生活必需品を得るために朝早くから夜半まで苦しい仕事に服し、この苦しい仕事によるあらゆる知的道徳的欠陥をそなえ、精神にも感情にも貯えというものがなく、彼らの食事と同じように粗末な教育しか受け得ないがゆえに無教育であり、一切の思想を自分自身で獲得するがゆえに利己的であり、公民および社会の成員としての関心も感情もなく、自分がもっていないものに対しても、また他人がもっているものに対しても、ひとしく正義に反するという気持ちを心のなかに燃やしている[嫉妬をいだいている]……〉

 こうした長々とうねるようにつづく文体が、ミルの文章の特徴である。それと同時に、すべてのことを説明し、すべての事態を改善へと導かなければならないという思いが、ミルには強かった。それが知識人の義務だと考えていたのである。
 ともあれ、ミルは労働者の状態が改善されることを願った。そのための救済手段として考えられるのが、ひとつに普通教育の普及だった。教育による知的訓練が、労働者の子弟の視野を広げ、将来の待遇改善への努力に結びつくことはまちがいなかった。
 もうひとつミルが唱えるのが、国内での移住、国外への移民である。かれは、こうした移動が、労働者に新たなチャンスをもたらすにちがいないと考えていた。
 なぜ職業によって賃金がちがってくるのかという問題についても、ミルは論じている。
『国富論』におけるアダム・スミスの有名な分類を引きながら、「一般的にきらわれている仕事は、通常の賃金よりも高い賃金が支給されるのでなければ、誰もこれを引き受けないであろう」と述べている。
 また弁護士の収入が高いのは、「1人が成功するかわりに20人が失敗するような[不確実性をもつ特殊な地位の]職業」だからだという。何年もの修業をへた熟練労働者の賃金が、仕事をはじめたばかりの不熟練労働者より高いのはとうぜんである。
 僧侶や文人、学校教師の報酬が思いのほか少ないのは、その数がやたら多すぎるためだという。文筆業の魅力は大きいが、アマチュアが容易に参入できることが、その報酬を押し下げているとも指摘している。
「現在の競争の中では、どの著作家も、著書によって生活する見込みをもちうる人はほとんどいず、雑誌や評論誌によって生活することも日増しに困難となりつつある」と書いているのは、ご愛敬というべきだろう。
 副業やアルバイトの存在も、賃金を引き下げる要因になっている。また女性が男子と同じように収入を得るのはけっこうなことだが、一家の主婦が生活のために外ではたらかなければならないというのは、「労働者階級の生活における永久的な一要素としてみると、決して好ましいことではない」とも述べている。
 ところで、女性の賃金が一般に男性の賃金より低い理由を、ミルは慣習あるいは先入見のせいだとしている。世間では概して女性の就職できる分野が少ない。そのため人員が過剰になって、賃金が押し下げられているという。
 内科医や外科医、弁護士といった自由職業の報酬は、賃金のように決められない。報酬が高いのは、それだけ世間からの信頼があついためである、とミルはいう。こうした信用は、競争の作用を緩和する要因ともなる。とはいえ、賃金に関しては、やはり信用は競争の作用ほど強くはたらかない、とミルは述べている。

 次に論じられるのが、利潤についてである。
 ミルによれば、利潤とは、生産物にたいする「資本家の分け前」にほかならない。
 資本家は生産の諸経費を前払いしたのち、できあがった生産物を自由に処分し、それによって剰余を得る。総利潤は、制欲にたいする報償、危険にたいする賠償、それに監督にたいする報酬(経営にたいする煩労)だ、とミルはいう。
 借り入れ資本の使用にたいして利子が支払われねばならない。一般に利潤率は利子率より高い。
 資本家が経営者に事業をゆだねる場合は、総利潤のなかから報償(監督賃金)が支払われる。保険料もまた、ここから支払われるだろう。
 したがって、利潤率は、少なくとも利子と監督賃金、保険料を満たすものでなければならない。加えて制欲にたいする報償と、危険にたいする賠償がいくばくなりとも満たされなければ、資本家は事業をつづける意欲を失ってしまうだろう、とミルはいう。そうなれば、資本は事業から引き上げられ、別の事業に投資されるか、不生産的に浪費されることになってしまう。
 さらに、ミルは、事業による利潤率のちがいについても述べている。
 小売商の利潤率は、卸売商や工業家の利潤率より高い。また火薬製造業者の利潤率も平均より高い。地域の小さな薬局や土建屋、雑貨屋の利潤率も高いが、が、それには地域での独占や、危険にたいする手当、それに少ない資本で稼ぎを得なければならないといった事情がある、とミルは説明する。
 そうはいっても、資本の利潤率は一般に均等化する傾向がある、とミルはつけ加える。
 総利潤のうち支払わねばならぬ利子は決まっている。利子率はもちろん変動するけれども、貨幣を借り入れた者にたいして、利子率は等しく作用する。
 ところが、総利潤は事業によって異なる。相等しい資本が同じ利潤をもたらすことは、まれである。とはいえ、資本は利潤の少ない事業から利潤の多い事業へと移動する傾向があるから、このかん自然に調整がなされ、それによって利潤率の均等化が生じる、とミルは説明する。
 事業家は好況時には金融業者から多くの資金を貸し付けてもらい、逆に不況時には借り入れを停止する。こうした景気変動による調整は、生産を需要に適合させるプロセスだが、こうした振り子の運動もまた、利潤率を均等化させる要因となる、とミルは論じている。
 さらに、大きな事業ほど、木材業のような小回りのきく事業よりも、安定していて、危険度が少ないが、平均利潤率は低いだろうとも述べている。
 利潤率が均等化するのは、競争のせいでもある。かつて、イギリスでは小売業の利潤率は50%にもなっていた。ところが競争が激しくなると、薄利多売の商人が増えてきて、その利潤率はかなり減った。それでも小売業は「仕事の分量に不釣り合いな数の人を維持している」と、ミルはいう。
 利潤は財貨の売買によって生じ、価格に依存するという考え方をミルは批判する。

〈利潤が生まれる原因は、労働が、それの維持に必要とされるところのもの以上を生産するということである。……利潤が生ずるのは、交換における付随的事項からではなくて、労働の生産力からであり、一国の一般的利潤は、いつの場合も、その労働の生産力が、交換が行われると否とにかかわらずつくるものである。〉

 つまり、資本家は所有する生産物を自由に処分することによって、前払いを回収するだけではなく、その超過分から利潤を得ているというわけだ。
 資本家はいっさいの前払いをおこなうことで、いっさいの生産物を自分のものとする。資本家の前払いは、賃金と材料、道具(建物を含む)から成り立っている。しかし、材料や道具も、つまるところ労働によって生産されたものだ。したがって、「最終生産物のうち、利潤にあらざるものは、すべて賃金の償還分」となり、資本家による前払いは、けっきょく労働賃金からなる、とミルはいう。
 したがって、利潤率は賃金に依存するというリカードの命題は正しい、とミルは断言する。利潤率は賃金が下落すれば上昇し、賃金が上昇すれば下落するのだ。
 ただし、ここでミルはリカードの命題に修正を加え、利潤率は労務費に依存するという命題を立てる。労務費は労働生産性を含む概念である。それは概念であるから、実際の金額ではあらわせない。労務費とは、賃金を労働生産性の割合で示したものといえるだろう。
 賃金が高くても、労働生産性が高ければ、それは賃金が低く、労働生産性も低い場合よりも、資本家により多くの利潤をもたらしうるのだ。
 ミルのこの知見は、資本家と労働者が共存共栄する可能性を示したものとして注目される。ミルは、労働生産性が上昇することによって、賃金が上昇し、同時に利潤も増大するという経済モデルを提示したのである。それはマルクスの解決法とは異なる、ひとつの方向性だった。

『経済学原理』第2篇「分配論」は、「地代論」で、しめくくりとなる。
 地代とは「土地の使用に対して支払われる代償」だ、とミルはいう。土地は多くの人がほしがっているにもかかわらず、所有者がこれを占有しているために、もしそれを買い入れることができない場合は、その土地を借りて、耕作なり事業なりをおこなわなければならない。そのさいに、代償として支払われるのが地代というわけである。
 しかし、どんな土地であってもいいというわけではなく、土地も肥沃度や利便性によって評価される。そして、より多く地代が生じるのが、優良な土地であることはいうまでもない。したがって、たとえ耕作したとしても、利潤はいささかも発生せず、労働者の食料をようやくまかなうだけの土地にたいしては、地代は発生しようがない。
 そこで、最劣等の土地を基準にして、その土地の収穫がもたらす資本利潤を超える超過分が地代となるといってよい。これはリカードの唱えた差額地代論と同じ見解である。
 ミルは地代についても、さらにこまごまとしたことを論じている。
 しかし、少しくたびれた。このあたりでやめておこう。
 いずれにせよ、ミルが労働者の生活改善を願いながらも、資本家や地主の存在を否定していないこと(だが、そのあり方は大いに改めるべきだとしていたこと)だけは認識しておく必要がある。