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いくつかの基本用語──マーシャル『経済学原理』を読む(5) [経済学]

 断続的に読み進めている。われながら集中力のないことには、あきれるほかないのだが、いまのような刺激の強い時代には、興味があちこち移るのもいたしかたない。しかし、いつかは全体をまとめなおしたいと思っている。
 またマーシャルの「原理」に戻ってきた。
 第2編で、マーシャルは経済学の基本用語を定義するところからはじめている。きょうは、それをごく簡単にまとめておく。
(1)富
 富は財からなるといってよい。
 財は物質的なものと非物質的なものに分類することができる。非物質的なものは、主に人的なものである。
 ここでマーシャルは「自由財」という用語をもちだす。それは自然によって与えられ、だれもが自由に利用できる財のことである。しかし、現在のように、経済が発展してくると、「自由財」という概念は、再検討の必要が生じている。
 それはともかく、ある人の富は、私有権をもつ物質的な財と、人的関係(契約や権利)にもとづく非物質的な財からなる。つまり、個人の富は「物質的ならびに人的な富」からなる、とマーシャルはいう。
 だが、人は私有していない財からも便宜を得ている。すなわち、自然環境や社会環境(軍事的安全保障や道路、水道、ガス、社会福祉なども含む)からである。
 自然環境はともかくとして、社会環境は私有されない「公共財」とみなすことができる。こうした公共財は国民の公有財産だが、音楽や文学作品、科学的知識や発明も、ある面では公共財にちがいない、とマーシャルはいう。
 したがって、国富は個々人の富の総計から成り立っているわけではなく、むしろそれ以上のものである。それは世界の富に関してもいえる。世界の富は、それぞれの純国富を合計したものではない。たとえば大洋が地球全体の富であることを考えれば、世界の富は国富の総計よりも大きい、とマーシャルは論じている。
 財は価格であらわすことができる。そして、マーシャルは、価格とは貨幣で表現された財の交換価値にほかならないと注記している。
 なにはともあれ、私有財産にとどまらず、公共財の大きさに富の豊かさの尺度を求めたところに、マーシャルの真骨頂があるといえるだろう。

(2)生産、消費、生活水準
 人間は物質をつくりだせない。つくれるのは効用だけだ。「別のことばでいえば、かれの努力と犠牲によって物質の形態としくみを変化させて欲求の充足によりよく適合するようにするだけなのである」と、マーシャルはいう。
 農民や漁民や職人が効用をつくりだすように、八百屋や魚屋や家具商などの商人も商品を移動し、配置することで効用をつくりだしている、とマーシャルは主張する。商人が不生産的とはいえない。マーシャルによれば、生産とは効用をつくりだすことにほかならないからだ。生産的労働と不生産的労働をめぐる議論はばかばかしいという。
 いっぽう、人間が消費するのも効用だけである。家具にせよ何にせよ、消費によって、人はその物質自体を消尽しているわけではなく、商品の効用を使用し、味わっているにすぎない。
 財は人の欲求を直接満たす消費財(たとえば食品や衣服など)と、間接的に欲求を満たす生産財(道具や機械)に分類することができる、とマーシャルは述べている。
 労働とは、なんらかの効用を生みだすことを目標にしてなされる精神的・肉体的活動を指す。したがって、労働はだいたいにおいて生産的活動であり、召使いの労働とてけっして不生産的ではない。
 生産の目的は消費である。そして、消費は生産を促す。そのような消費がなされることを、マーシャルは生産的消費と名づけている。
 かつて必需品とは、生活を維持するのに必要かつ十分なものを指していた。だが必需品の水準(言いかえれば生活水準)は時と場所によって異なる。その水準を下げることは、多くの損失をもたらす。
 マーシャルは現在(20世紀はじめ)のイギリスにおいても、通常の農業労働者、あるいは都市の未熟練労働者が、次のような必需品(生活水準)を満たせるようにすべきだと述べている。
 それは、数室つきの住宅、下着とあたたかい衣服、清浄な水、肉と牛乳と茶をふんだんにとれる食事、一定の教育と娯楽、主婦が育児と家事を適切におこなえる自由時間というものだ。さらに慣行として、ある程度の嗜好品も必需品だとしている。
 労働を神聖視せず、消費を重視し、生活水準の上昇をめざすところに、マーシャル経済学の性格がにじみでている。

(3)所得、資本
 貨幣経済において、所得は一般に貨幣形態をとる。
 いっぽう、所得を得るために、企業は資本を必要とする。資本は工場や建物、機械、原材料、従業員への支払い、営業上ののれんを確保するためなどに用いられる。
 企業の純所得は、粗収入から生産経費(原材料費や賃金など)を控除したものである。個人営業の場合も、この考え方は成り立つ。
 純所得から借り入れの利子を差し引いたものが純収益となる。純収益が得られない場合、企業は営業の続行を断念するだろう、とマーシャルは書いている。この純収益は利潤と呼ばれる。
 企業の年間の利潤は、年間の経費にたいする収益の超過額である。また、資本に対する利潤の比率は利潤率と呼ばれる。
 企業活動には、さらに地代(レント)が発生する。これは土地などの自然要素の借り入れにたいして支払われる費用である。加えて、機械など人工の設備にたいする借り入れ(レンタル)にたいしても、費用が発生するが、これは地代と区別して、準地代と名づけよう、とマーシャルはいう。
 次にマーシャルは資本の中身に立ち入り、これを消費資本と補助(手段)資本に分類している。消費資本とはいわば賃金にあたる部分である。これにたいし、補助資本は労働を補助する材料、すなわち原材料や道具、機械、建物から構成される。
 いっぽうで、資本はJ・S・ミルが提案したように、運転(流動)資本と固定資本に分類することもできるという。賃金や原材料から構成される運転資本が1回ごとにその役割を終えるのにたいし、機械や工場などから構成される固定資本は、その耐用期間に応じて、商品をつくりだす。
 さらにマーシャルは、実業家の観点からだけではなく、社会的視点から所得について考察する。
 所得とは資産を利用することによって得られる報酬であり、それは一般に貨幣所得のかたちをとる。
 生産の3要素は土地、労働、資本であり、そのそれぞれが資産だと考えられる。したがって、地主は土地、労働者は労働、資本家は資本を資産として利用することによって、それぞれの所得を獲得する。その所得は地主なら地代、労働者なら賃金、資本家なら利潤というかたちをとるだろう。
 こうした所得(純所得)を総計したものが社会所得、すなわち国民所得となる。国民所得は(年間の)富の流れ(フロー)をあらわす尺度である。
 マーシャルはこう述べている。

〈貨幣所得すなわち富の流れは一国の繁栄を計る一つの尺度となり、しかもこの尺度は、十分信頼できるものではないけれども、それでもある意味においては富のストックの貨幣表示額という尺度よりもすぐれている。〉

 マーシャルは現在でいう国民総所得、すなわち国民総生産の考え方を、はじめて導入したということができる。
 しかも、経済指標としては、国民所得のほうが国富よりもすぐれているとした。なぜなら、国民所得はすぐに消費できる財貨に対応しており、現在の豊かさの度合いを示す指標だからである。
 ここでもう一度整理しておこう。
 国富は富のストック、国民所得は所得の(1年間の)フローを示す概念である。
 国富は純資産の総計からなる。資産は不動産その他の財産、貯蓄、保有株などからなり、個人や企業、国家が所有する純資産を総計したものが国富となる。
 アダム・スミスの『国富論』は、国民の富をいかに増やすかを論じた著作とみることもできる。しかし、じっさいにスミスが強調したのは、資本の役割についてだった。だが、スミスの時代には、国富と国民所得のちがいがさほど意識されてはいなかった。
 マーシャルは国民所得こそが主な経済指標であると主張することで、経済の新たな目標を示した。かれにとっても、資本が重要であったことはまちがいない。資本は需要と供給に応じて、資産のなかから取りだされる。だが、マーシャルにとって、資本の目的は、単に企業(資本家)の所得を増大させることではなく、国民所得全体を潤すことだったのだ。
 そのことは、最初に強調しておいてもよいだろう。

経済法則──マーシャル『経済学原理』を読む(4) [経済学]

 資料を集め、整理し、解釈し、それをもとに推論をおこなう。それはほかの科学と同じように、経済学でも用いられる手法だ、とマーシャルはいう。帰納と演繹はどちらも欠かすことはできない。
 ときには、新しい事実を確認することも、既知の事実の推論を吟味しなおすことも必要になってくるだろう。
 科学的分析からは法則が導かれる。その前提となるのは、きわめて精密な条件である。
 人間の行動は多様で、不確かだから、そこから精密な命題をとりだすのはむずかしい。とはいえ、人間行動の傾向についても、何らかの命題はとりだせるはずだ、とマーシャルは考える。
 マーシャルによれば、経済法則は次のように定義することができる。

〈経済法則、すなわち経済的傾向に関する命題は、その主要な動機の強さが価格によって測定できるような行為に関連したところの社会法則なのである。〉

 経済にからむ人間行動は、価格によって左右される傾向があり、ある条件のもとなら、一般にこうなると予測される命題が経済法則として取りだされることになる。
 ただし、経済法則は道徳からは切り離されているし、それが人間的に正しいとはかぎらない、とマーシャルはいう。
 しかも、経済法則は一定の条件のもとにしか成り立たないから、それはあくまでも仮説というべきものである。
 さらに、「経済的な分析と推論とはひろく適用されうるものであるが、それぞれの時代それぞれの国はそれに固有の課題をいだいており、社会状態が変動するたびに新しい経済学説の展開が要求される」。
 経済学者はどのようなテーマを取り扱うべきか。
 これについても、マーシャルははっきり書いている。

〈富の消費と生産、ならびに分配と交換、産業と交易の組織、金融市場、卸小売外国貿易、および雇主と従業員の関係──これらを、とくに現代においてうごかしている原因はなんであるのか。これらすべての運動はたがいにどのように作用し反作用しあっているのか。これらの究極の傾向は即時の傾向とどうちがうのか。〉

 経済全体の仕組みと流れを理解することが経済学の目標とされている。そこには何らかの経済法則がはたらいている。さらに、マーシャルは時間の概念を導入し、長期と短期の動きを射程にいれていたことがわかる。
 ほかにも、価格と欲求の関連、富と福祉の関連、生産性と所得の関連、経済自由と独占、租税が社会にもたらす影響などといった問題もある。
 経済学は理念からではなく現実から出発する、とマーシャルはいう。
 ただし、現実は単に肯定されるだけではない。それは変更可能なものとして措定される。
 ここでマーシャルはイギリスの当面する問題として、つぎのような課題を挙げている。
 経済自由を展開するにあたって、その効果を促進し、その弊害を抑制するには、どのようにすればよいか。
 分配の平等化は望ましいにちがいないが、そのさい経済的指導者の活力をそぐことなく、貧しい人びとの所得を増大させるには、どのようにすればよいか。
 労働者がより高レベルの仕事をおこなえるようにするために、どのような教育をほどこすのがよいのか。
 文明生活に欠かせない公共的活動は、どのようなやり方で充実させていけばよいのか。
 個人や会社の業務にたいする政府の規制はどの程度まで認められるのか。
 経済学はこうした社会的生活にかかわる問題についても、一般的な指針を出せるよう努めねばならない、とマーシャルはいう。ただし、その方向性が政治的価値観にゆがめられてはならないことはいうまでもない。
 経済学者には知覚と想像力、理性が求められるが、とりわけ重要なのは、問題の所在を探る想像力だ、とマーシャルは強調する。
 たとえば、失業を減らし、雇用を安定化させるためにはどのような対策をとるべきか。こうした問題を検討するさいにも、経済学者はあらゆる経済知識に加え、力強い想像力をはたらかせることが必要である。
 最低賃金の増加が、雇用者、労働者、産業にあたえる影響を考察する場合も、広い知識と想像力、そして時に批判力が必要になってくるだろう。それは、その他の経済問題を検討するさいも同様だ、とマーシャルはいう。
 ところで、マーシャルがユニークなのは、経済学者には同情心がだいじだとしていることである。それも「とくに同じ階級のものばかりでなく、他の階級のものの境遇に身をおいて考えてみることのできるような非凡な同情心」が必要だと述べている。これも一種の想像力にはちがいない。
 マーシャルは経済自由に力点を置いた。そして、その経済自由を実現する鍵は、産業組織(企業ないし会社)のあり方にあると考えていた。それが、どのようなあり方なのか、いまは問わない。
 だが、マーシャルにとって、経済自由が反社会的な独占を意味していなかったのはたしかである。かれはまた、「全民衆の福祉こそ、すべての個人的努力および公共的政策の究極の目標」だと考えていた。財産権を廃止すべきだという主張にたいしては懐疑的だった。そうした主張にたいしては、「慎重で柔軟な態度をとるのが、責任ある人間のなすべきことだ」と述べている。
 こうした論及のなかから、かれの経済自由がどのようなものであったかを、ある程度推察することができる。

経済学とは何か──マーシャル『経済学原理』を読む(3) [経済学]

 経済学の主な目的は、ビジネスの世界で活動する人間の行動を研究することだ、とマーシャルは述べている。そして、ビジネスに取り組む姿勢は、人さまざまだが、「それでもなお、日常の業務にとっては、その仕事の物質的報酬たる(貨幣)収入を得ようとする欲求こそが最も着実な動機」なのだ、と明言している。
 人の欲望は、直接には測定できない。しかし、500円だせば、たとえば、たばこを買い、お茶を飲み、タクシーに乗るなどの、どれかができる場合、人は時と場所に応じて、どれかを選択するだろう。
 つまり、貨幣を通じて、人は何らかの欲望を満たすことを期待している、とマーシャルはいう。その欲望は、自己の肉体的満足に向けられているとはかぎらない。他者に何かを与えることが喜びだとすれば、それもまたひとつの欲望にちがいない。
 しかし、いずれにせよ、その動機はともかく、経済学的にみれば、重要なのは何らかの欲望に裏づけられた貨幣の動きである。「経済学は貨幣による尺度の研究だけに終わってはならないが、それでもこの研究はその出発点ではあるのだ」とマーシャルはいう。
 貨幣のもたらす快楽や、それを失う苦痛は、時と場所、あるいは人によって異なる。同じ金額でも、所得の大小によって、快楽と苦痛の大きさは異なるだろう。しかし、それにもある傾向はみられる。統計で所得が同一の人を集め、均(なら)してみれば、貨幣による快楽や苦痛は、ほぼ同じ程度と推測することができる、とマーシャルはいう。経済学は統計学でもある。
 同じ10万円でも、それをもらったり、なくしたりした場合、貧しい人と金持ちでは、その意味は大いに異なる。しかし、両者とも、10万円より20万円のほうが、その満足度あるいは打撃は、より大きいといえるだろう。その点、数字の大小は、それなりに共通の意味をもっている。
 ビジネス社会で、日常生活の中心をなしているのは、生計の資を得ようとする部分だといってよい。人びとは貨幣を求めて行動する。それはけっして低級な行動ではなく、現代社会での一般的な人間行動である、とマーシャルはいう。
 貨幣は「一般的な購買力」であり、「物的富にたいする支配権」を得るための手段として追求される。それは、たしかに競争かもしれない。しかし、ビジネス社会は、正直と信頼があって、はじめて成り立つ、とマーシャルは論じている。
 さらに、貨幣を求める行動は、苦痛だとはかぎらず、大きな楽しみのもととなることも多い、と指摘するのが、いかにもマーシャルだ。なぜなら、ビジネスから得られる成果が、人の競争本能や権力本能を満たすからである。
「商工業者はその資産をふやそうとする欲求よりも商売がたきにうちかとうとする希望によってうごかされることが多い」と、マーシャルは書いている。
 こうした発言をみると、マーシャル経済学は心理学でもあることがわかる。
 さらにマーシャルはいう。
 人が職業を選ぶさいには、それなりの社会的地位が得られる職業を選ぼうとするだろう。人はまわりから協賛を得るとともに侮蔑を避けようとするものである。また人は、自分の生存中も死後も、家族をゆたかに暮らさせたいと思うものである。経済学は貨幣の動きを分析する学問にはちがいないが、貨幣所得の背後には、人びとのこうした行動があることを忘れてはならない。
 初期の経済学者は、個人の行動の動機にあまりに重点を置きすぎた、とマーシャルはいう。これからは共同事業や公共福祉、協同組合運動なども含め、社会生活全体を経済学の対象としなければならない。
 最後にマーシャルは、経済学とは何かについての暫定的な結論として、こう述べている。

〈経済学者は個人の行動を研究するが、それを個人生活よりも社会生活に関連させて研究するのであり、したがって気質や性格についての個人的な特殊性はほとんど問題としない。〉

 つまりマーシャルは、個人的な特性を捨象して、集団としての人びとに焦点を合わせ、かれらの貨幣取得努力や貨幣使用活動を考察することを、経済学の目線としたのである。
 そして、経済活動にはある程度の予測が可能だと考えた。たとえば、ある場所で事業をはじめるとして、人を雇う場合、その能力に応じて、どれくらい給与が必要かはおのずから決まってくる。また、何かの事情で生産が減った場合、価格がどの程度上がるか、また価格の上昇が生産にどのような影響を与えるかも予測することができる。
 経済学はこうした単純なケースから出発して、次にさまざまな産業の配置や遠隔地間の交易条件、さらに景気変動の影響、税の価格への転嫁などについても考察し、その動きを予測することもできる、とマーシャルはいう。
 経済学があつかうのは、理念化された「経済人」ではなく、ありのままの人間だ、とマーシャルはいう。人間は利己的であり、虚栄心や冷酷さをもつ反面、仕事をやりとげることに誇りをもち、家族や隣人、祖国のために自分を犠牲にすることもいとわない。そうした血と肉をもった人間を対象にするのだというのは、いかにもイギリス経験論に裏づけられた見解である。
 最後に、経済学は事実と記録にもとづき、検証に耐えるものでなくてはならないとも述べている。これも大いに心すべきことだ。

経済自由──マーシャル『経済学原理』を読む(2) [経済学]

 前回から間があいてしまった。
 前回は『経済学原理』を読むにあたっての心構えみたいなものを記してみたのだが、きょうからはいよいよ本文を読むことにする。
 といっても、マーシャルは悠々と論を進めており、本論にはいる前に、まず「予備的な考察」が長々とつづく。こちらは暇人なのだから、あせらずにのんびり読むことにしよう。
「序論」において、マーシャルは「経済学は一面においては富の研究であるが、他の、より重要な側面においては人間の研究の一部なのである」と書いている。
 経済が人の日常生活に与える影響はきわめて大きい。人は経済活動をいとなむなかで、みずからの性格や思考、感情を形成していく。
 所得に大小があるのはやむを得ない。しかし、極度の貧困は「肉体的・知能的および道徳的な不健全さ」をもたらす、とマーシャルはいう。

〈過重に働かされ、教育は十分にうけられず、疲れはてて心労にさいなまれ、安静も閑暇もないために、[人が]その性能を十分に活用する機会をもちえないというようなことは、甘受してよいものではない。〉

 貧困の研究は、経済学の大きな課題だ。
 貧困はなくしていかなければならない。「すべての人々が、貧困の苦痛と過度に単調な労苦のもたらす沈滞的な気分から解放されて、文化的な生活を送る十分な機会」を与えられなければならない。
 そのための条件をさぐることが経済学の目標のひとつだ、とマーシャルは書く。
 歴史的にみれば、現代の産業生活、生産、分配、消費の方法は、わりあい新しいものだ。その特徴はひと言では言い表せない。
 独立独歩と競争というのも、そのひとつの側面にすぎない。なぜなら、共同と結合もまた、産業生活の特徴だからである。さらに「利己心ではなく、慎重さ」こそ、現代の特徴になっている、とマーシャルはいう。
 共同体のきずなは弱まったかもしれないが、家族のきずなは強まり、またよその人びとにたいする差別は減り、同情が増してきたのも、現代の特徴である。人間が以前にくらべて無情冷酷になってきたという証拠は見当たらない。
 また、現代の商取引についても、以前よりもはるかに「信頼にこたえようとする習慣と不正を退けようとする力」が強まった、とマーシャルは書いている。
 貨幣の力が強くなる以前の古代のほうが、人は安楽に暮らしていたという作り話をマーシャルは信じない。人びとの生活状態は、現代のほうがよほどすぐれている。
 競争を非難する人は多いが、競争があるからこそ、社会の活力と自発性が維持されている面もある。競争を規制すれば、一団の特権的な生産者が形成され、「有能なものがみずから新しい境遇を切り開いていこうとする自由を奪ってしまう」恐れがある。
 協同社会の推奨者は、理想社会のもとでは、人びとが私有財産を放棄し、だれもが一般の福祉のために全力を尽くしてはたらくだろうと主張する。だが、宗教的熱意にかられた小集団を除いて、普通の人間が純粋に愛他的行動をとりつづけるのは、ほぼ不可能だ、とマーシャルは断言する。
 そのうえで、現代の産業的生活を言いあらわすには、競争という表現がいやなら、「経済自由」という言い方をしたほうがいいかもしれない、とマーシャルは提言する。
 この経済自由が確立されるまでには、長い歴史を要した。しかも、18世紀末に、産業と企業の自由が解き放たれた当初は、多くの弊害をともない、その改革は冷酷で、荒々しいものとなった。しかし、それはほんらいの経済自由の姿ではない。
 経済自由は、「知性と決断力にとんだ精神が……忍耐強い勤労精神と結合」することによって花開く。そして「全国民が経済自由の教説をうけいれるようになってはじめて新しい経済時代の夜明けが訪れた」のだ、とマーシャルは論じている。
 経済自由は身分制社会にたいする産業社会の思想を意味するが、自由という概念はなかなかむずかしい。しかし、いまそれについて拘泥するのは、やめておこう。
 いずれにせよ、ここで、マーシャルは社会主義ではなく自由主義の立場をとることを表明している。そして、その自由主義社会のもとでは、企業と家計が経済自由をもって、独立独歩のなか、競争しあいながらも、たがいに信頼する関係が築かれることが想定されている。

マーシャル『経済学原理』を読む(1) [経済学]

 例によって、ツンドク本の整理である。
 若いころに買った本がたまっている。
 友人にいわせると、買いこんだ本は5冊に1冊読めればいいほうで、読めなかった本は、ときどき本棚を眺めて、感慨にふければ、それでじゅうぶんだという。
 たしかに、そうかもしれない。
 しかし、引っぱりだしついでに奥付をみると、1979年8月20日の第14刷になっている。
 買ったのは少なくとも35年以上前のことだ。
 たぶん、あのころは経済学を勉強しようと思っていたのだ。
 しかし、サラリーマン生活の多忙にまぎれて、とうとう読まずじまいで、ここまで(人生の最終ラウンドまで)きてしまった。
 ツンドク本になってしまったのは、おそらく理由がある。
 いきおいこんで買ったものの、まったく歯がたたなかったのか、身過ぎ世過ぎにまかせて、興味を失ってしまったのか。それとも、買っただけで、読んだ気になってしまったのか。
 まあ、何はともあれ、身辺整理のつもりで、本棚からこの本(4分冊)をとりだしてみた。
 ざっと目をとおすだけにしても、はたして読み切ることができるか、はなはだ心もとない。それに、こちらは経済学のシロウトときている。
 学問的なレベルは期すべくもない。ただ、興味本位に読むだけである。
 訳者は馬場啓之助で、その解題によると、アルフレッド・マーシャル(1842-1924)はロンドンで生まれ、マーチャント・テーラーズ・スクールをへて、ケンブリッジ大学に進んだ。父親はイングランド銀行の出納係だった。数学の才能に恵まれ、大学では倫理学を学び、徐々に経済学に興味をもちはじめる。
 1879年に『外国貿易と国内価値の純粋理論』、1882年に妻との共著『産業経済学』を公刊、1885年にケンブリッジ大学の政治経済学教授に就任する。
 就任講演の一節はいまもよく知られている。
「経済学者は冷静な頭脳と温かい心を持たねばならない」
 1881年から執筆をはじめた『経済学原理』は1890年に出版された。1908年には健康悪化のため教授職を退く。しかし、その後も経済学の研究をつづけた。ピグーやケインズはかれの弟子である。
『経済学原理』は原著で800ページ。日本語の翻訳で約1300ページ。数学の付録もついている。
 構成は全6編。

 第1編 予備的な考察
 第2編 若干の基本的概念
 第3編 欲望とその充足
 第4編 生産要因 土地・労働・資本および組織
 第5編 需要・供給および価値の一般的関係
 第6編 国民所得の分配

 マーシャル自身は1890年に出版された『経済学原理』を第1巻と考えていた。
 予定していた第2巻、第3巻はついに刊行されることがなかった。
 第2巻、第3巻は、産業と商業、金融の歴史と現状、それに将来について論じるはずのものとなるはずだった。
 その構想の一部は、1919年刊の『産業と貿易』、および1923年刊の『貨幣、信用、および商業』に結実している。
 ぼく流にいえば、マーシャルは商品世界の仕組みについて論述しようとしたといえる。
 マーシャルは、自分の仕事をスミスやリカード、ミルの延長上にあると考えていた。そこには国家という重要な要因が欠落しているが、のちに弟子のケインズは、その欠落を補う仕事をすることになるだろう。
 初版の序文で、マーシャルはこう書いている。

〈イギリスの伝統にしたがって、著者は経済学の職分は経済的事実を収集・整理・分析することであり、観察と経験から得た知識を応用して、種々な原因の短期および究極の結果はどうであろうかを判断することであるとの見解をとり、また経済学の法則は直説法で表示された諸傾向に関する命題であって、命令法による倫理的戒律ではないとの見解をとった。経済法則および推論は、良心および常識が実際的問題を解決し、生活の指針となるような規則をたてるにあたって活用すべき材料の一部にすぎないのである。〉

 ここでは政治にたいし、一歩距離を置く立場が表明されている。おうおうにして命令ないし戒律といった形態で経済を動かそうとする政治にたいし、経済が政治の思いどおりにならないのは、経済には経済の仕組みがあるためである。
 政治が経済に作用をおよぼそうとし、じっさいに作用をおよぼしたようにみえても、経済はその仕組みによって同時に反作用をもたらす。したがって、その仕組みを理解しないまま加えられた政治の作為は、長期的にはかえって災厄すらもたらすことがある。
 マーシャルは、そのことをよく理解していたといえるだろう。
 ところで、シュンペーターはマーシャルについて、『経済分析の歴史』のなかで、こんなことを書いている。

〈読者はマーシャルにおいて、単に高性能の経済学の専門技術家、深遠な学識をもつ歴史家、説明的仮説の確乎たる形成者のみならず、なかんずく一個の偉大な経済学者そのものを看守されるであろう。経済理論の技法に関するかぎり、……彼は資本主義過程の動きをよく理解していた。ことに彼は、同時にみずからも実業家であった科学的経済学者を含めた、その他の科学的経済学者の多数そのものよりも、よりよくビジネス、ビジネス問題、およびビジネスマンを理解していた。彼は自らが定式化した以上にさえ深く経済生活の切実な有機的必然性をも感得していた。〉

 シュンペーターが、とりわけ評価したのは『原理』の第5編「需要・供給および価値の一般的関係」の考察である。同時にシュンペーターは、マーシャルの本質は、晩年の『産業と貿易』と『貨幣、信用、および商業』を抜きにしては把握できないとも述べている。
 ここでは、マルクスの資本家と労働者の階級対立図式とはことなる企業論、すなわち経営者とビジネスマンの問題が考察されているとみてよい。シュンペーターはそこにマーシャルの現代性をとらえたのだった。
 日本では近代経済学の体系は、主としてワルラスとシュンペーターを通じて導入されたといわれる。そして、そのあとケインズの時代がつづいた。だから、どちらかというとマーシャルはさほど読まれなかった。
 ぼくがマーシャルを読むのは、学者的な興味からではなく、たまたま何かの拍子で、この本を買ってしまい、そのまま本棚に眠っていたからにすぎない。
 柳田国男の信奉者でもあるぼく自身は、商品世界に大きな懐疑をいだいている。とはいえ、渋沢栄一論で書いたように、日本の近代化に資本主義が貢献したことを認めないわけにはいかない。だが、それは矛盾した表記ではなく、ものごとのもつコインの裏表なのだ。
 マーシャルの『原理』を読むということは、商品世界の仕組みを理解し、それがもたらした裏面をも認識することにほかならない。そして、それは倫理的要請によってなされるのではなく、経済的・社会的・文化的事実を知ることにつながると考えている。
 そう書いてみたものの、この先ははなはだ心もとない。はたして、どうなりますやら。

ミル『経済学原理』 (まとめ) [経済学]


   1 はじめに

 ジョン・ステュアート・ミル(1806−1873)はロンドンに生まれ、3歳から父親で有名な評論家のジェームズから厳しく教育されて育った。3歳で、まずギリシャ語、8歳でラテン語、12歳で論理学、13歳からリカードの経済学を学んだという。ものすごい英才教育。しかし、本人はこれが負担だったようで、青年期にはノイローゼをわずらっている。
 17歳になった1823年に、父親の勤めていた東インド会社に入社し、次第に高い地位につくが、1858年に東インド会社が廃止されるとともに、退職した。
 東インド会社時代も著作をつづけていた。当時から名士だったといえるだろう。
 退職後はロンドンのウェストミンスター区から選挙に立候補して、保守党議員を破って、1865年から68年まで無所属の国会議員を務めている。人妻だったハリエット・テイラーとの親しい交際は、モラルにうるさいヴィクトリア朝時代の一大事件となった。ミルはのちにハリエットと結婚するが、彼女は早く亡くなる。ミルが女性の解放を唱えたのは彼女の影響が大きかったといわれる。そして、ミル自身も、ハリエットの墓のあるアヴィニョンに滞在中、感染症のため67歳で急逝する。
 自由主義者のミルは、功利主義を擁護した。功利主義といえば、最大多数の最大幸福という標語が知られている。代表的な著作に『論理学体系』(1843)、『経済学原理』(1848)、『自由論』(1859)、『功利主義』(1861)、『代議制統治論』(1861)、『女性の解放』(1869)、『自伝』(1873)などがある。
 ここで取りあげる『経済学原理』は1848年に出版され、1871年まで7回改訂されている。いまミルの『経済学原理』を読む人はあまりいないだろうが、この本は、マルクスの『資本論』と対照的に、経済学のテキストとして、当時大いにもてはやされたという。大英帝国全盛時代のこのテキストを読むことを通じて、われわれは19世紀後半に、商品世界の広がりがどのようにとらえられていたかを知ることができるだろう。
 ミルはマルクス(1818-83)とほぼ同時代人である。年齢としては、マルクスより、ひとまわり上。マルクスはほとんどミルを評価していない。リカードを読めばじゅうぶんだといっている。後世のシュンペーターも、マーシャルは評価しても、ミルは読まなくてもいいといわんばかりである。いまは見捨てられた存在といってよい。
 ここでは、ミルの経済学だけを取りあげるが、同時代に生きたミルとマルクスを比較することで、われわれは19世紀後半という時代を、複眼的にとらえることができるかもしれない。
 すべての人が幸福になれるわけではない、いまはともかく辛抱して、将来の進歩に期待するというのが、ミルの基本的な考え方だったようにみえる。それにたいして、もう辛抱できない、自分たちの世界をつくろうというのがマルクスの考えだったといえるだろうか。でも、これはあまりに浅薄なとらえ方かもしれない。先入観は禁物である。
 岩波文庫で5分冊となる本書のテーマは、5篇に分かれている。

(1)生産
(2)分配
(3)交換
(4)社会の進歩が生産と分配におよぼす影響
(5)政府のおよぼす影響

 けっこうな大冊なので、読むのに骨が折れそうである。でも、あまり厳密に考えないで、さっと眺めるというのが、学者ではないぼくの流儀だ。
 序論のなかで、ミルは、人が経済学に興味をもつのは、富に関心をいだいているからだと、実に率直に述べている。そして、まず富についての通念を批判する。
 それは、富とはカネだという考え方である。かつて、重商主義の時代においては、他国と競争し、外国貿易でより多く財貨を輸出して、カネを稼ぐことが奨励されていた。それは国内のビジネスでも同じで、より多くのカネを得ることが、経済の最終目的とされていたのである。
 たしかにカネがあれば、どんな品物でも購入できる。莫大な貨幣をもつということは、それだけ社会的な力を有するということでもある。しかし、よく考えてみれば、「貨幣は、貨幣としては、何ら欲望を満たすものではない」。それは便利な購買手段にすぎない、とミルは断言する。だから、貨幣(カネ)だけが富ではない。貨幣によって買うことのできる商品こそが富だというのが、ミルの理解のようだ。

富を定義して次のようにいうことができるであろう。富とは、交換価値を有するあらゆる有用または快適なものであると。あるいは、富とは労働または犠牲なしに欲するままの量において得られるもの[たとえば空気など]以外のあらゆる有用または快適なるものであると。

 これがミルによる富の定義である。あくまでも生産に重点が置かれている。
 しかし、富は歴史的にも地理的にも、場所によってちがいがあるという。
 狩猟生活では、獣皮の着物、粗末な小屋、その他いくつかの器や飾り物、武器となる弓矢や刀が、数少ない富であった。
 遊牧・牧畜生活の段階になると、有用な動物が馴化され、人びとは牛乳や乳製品、食肉によってくらすようになり、狩猟時代よりはるかに多くの富が蓄積されるようになる。
 この時代から農業状態への移行はけっして容易ではないが、人口と家畜の増加が土地の耕作をうながした。遊牧民と農民との争いがはじまるようになる。国家が誕生するのも、この時代である。
 古代ヨーロッパにおいては、植民と交易、遠征によって都市国家が繁栄する。やがてローマ帝国が広大な領地を築き、農奴制が生まれるが、ローマ帝国の崩壊後も、それが中世に引き継がれることになる。
 やがて農奴は解放され、生命および財産の安全が保証されるようになり、自由な農民が登場する。技術はたえず進歩し、社会の経済発展が確実なものになると、封建ヨーロッパは成熟して、商工業ヨーロッパへと移行する、とミルは記している。
 こうして近代においては、富が豊富に供給され、多くの食料が獲得され、人口も増大し、広大な植民地が形成されるようになったという。
 しかし、同じ近代工業社会といっても、その形態は国によってずいぶんことなる。富裕な国もあれば、貧しい国もある。農業のやり方、商業のやり方もそれぞれだ。
 さらに、アメリカにはいまだに狩猟社会が残っているし、アラビアや北アジアには遊牧社会があり、アジアの国々は以前と変わらないし、ロシアは封建ヨーロッパのままだし、加えて世界各地にはまだ未開民族がくらしている、とミルはつけ加える。諸国民の経済状態のちがいが、自然環境によってではなく、人間行動が原因で生じているのだとすれば、そのちがいがなぜ生じるのかを研究することが経済学の役割だ、とミルは論じている。
 そこで、生産と分配の法則、さらにそこから生じるいくつかの帰結を論じようというところから、本書はスタートすることになる。

   2 生産をめぐって

 生産には、まず労働と自然物が必要になる、とミルは書いている。
 自然物は労働を加えることによって、はじめて人間の欲求を満たすものとなる。その労働は単なる物理的な力にとどまらず、発見や加工など、さまざまな工夫をともなうことはいうまでもない。そして、人間の労働によってかたちづくられた生産物は、時に直接の自然物とは似ても似つかぬものとなって、社会にとりいれられることになる。
 ここで、注目すべき点は、生産物がつくられるさいに、ミルが労働だけを賛美するのではなく、自然力の偉大さを強調していることである。エコロジーの先駆者といわれるゆえんである。
 労働は自然を支配するかのようにみえる。しかし、じつは労働は自然物の内在的な力を引きだしているだけで、自然そのものを生みだしているわけではない、とミルはいう。労働に代えて、風力や水力、あるいは機械を利用する場合にも、そこには自然エネルギーが大いにかかわっている。
 つまり、すべての生産物は、自然の産物であるとともに、それにも増して労働の産物だということになる。そのどちらが優先しているという問題ではない。
 ただし、自然の恵みは場所によって、ちがいがある。土地にしても、水にしても、気候にしても、海や河川にしても、はたまた鉱物資源にしても、どれだけ人間に好都合なものが配置されているかは、場所ごとにことなる。こうした自然的要因が経済社会に大きな影響をもたらすことはいうまでもない。
 次に労働について考えてみよう。
 ミルはパンづくりを例にとる。
 最終的な消費物となるパンをつくるには、パン職人の労働が必要である。しかし、それだけだろうか。
 よく考えてみると、パンには小麦粉という材料がなくてはならず、さらに小麦粉ができるためには小麦が欠かせない。
 きわめて簡単に図示すると、

  パン←小麦粉←小麦

 ということになるだろう(もちろん、ほかにも材料が必要だが)。
 材料を製品に転化するための←にあたる部分の努力を、労働と理解することができる。
 しかし、この←は、実際には一直線ではなく、放射状に広がっているとみるべきである。たとえば、ひとつの農家のつくる100トンの小麦が、10の製粉所で小麦粉に加工され、100のパン屋に売られるというように。
 さらに、この製造過程には、補完的な部分も必要になるだろう。
 そもそも小麦をつくるには、農家自体の労働以前に、農場の建物や囲い、スキやクワなどの道具、溝の整備なども欠かせない。そのための材料もまた、どこかで生みだされねばならない。製粉所やパン屋にしたところで、素手で製品をつくるわけではなく、たいてい何かの道具を要するだろう。
 加えて「穀物を市場へ、また市場から製粉業者のもとへ運び、小麦粉を製粉業者のところからパン屋のもとへ運び、パンをパン屋から最終消費地へ運ぶ労働」、つまり輸送のための労働も必要となってくる。
 こうして、ひとことでパンといっても、そこには全工程でみて、最終的な商品がつくられるまで、ものすごい種類と量の労働が投入されていることがわかる、とミルはいう。
 そして、中間財・最終財、あるいは耐久財・消費財を問わず、生産物がとどこおりなくつくられるためには、労働を媒介として商品が連鎖する、商品世界のネットワークが形成されていなければならない。このネットワークは命令によってつくられたわけではなく、自然に生まれてきたものだ。人がそれぞれの場で働くことによって、つながっている社会のあり方を考えることが、ミルにとっても、経済学の目標だったのかもしれない。
 ここで、ミルは労働について、さらに詳しく観察し、その種類を以下のように8つに分類している。

(1) 食糧をつくるための労働
 現在の労働を維持するためには、前もって労働者を養うための労働が必要になってくる。こうした労働をミルは「先行的労働」と呼ぶ。先行的労働がもたらすのは食糧などの必需品である。
(2)原料や材料をつくるための労働
 労働は食糧などの生産だけに向けられるわけではない。製品を生みだすには原料や材料が必要である。ミルは石炭や金属などの鉱物、木材などの建築資材、亜麻や綿花、羊毛、獣皮などの衣服素材を例に挙げている。そうした原料は、もちろん労働によってつくられる。
(3)道具や機械をつくるための労働
 人間は労働するにあたって、かならずといっていいほど道具や機械を利用する。しかも、燃料や材料がいわば使い切りであるのにたいして、道具などは繰り返し使用することができる。労働になくてはならない道具や機械をつくりだすのも、また労働である。
(4)労働を守るための労働
 ここでミルが想定しているのは、工場や倉庫、穀倉など、産業用・農業用の施設である。商品を製造するには生産設備や施設が必要で、その設備や施設をつくるには、多くの労働を要する。ミルはこれに加えて、軍人や警察官、裁判官の労働も、社会の治安を守り、産業を保護するために使われていると述べている。
(5)輸送や分配のための労働
 ここでの労働は、陸上・水上の運輸業者の労働、船舶や機関車などの運輸機関にかかわる労働、さらには水路維持や道路建設のための労働を指している。こうした労働は「生産された物を消費すべき人々へ近づけることに使用される」とミルはいう。もちろん、商人の存在も欠かせない。生産者と商人が同一の場合もなくはないが、ふつうは生産者から独立して、行商や小売商、卸売商、大商人などの階層が発達する。ミルはかれらのことを「配給業者階級」と名づけており、その役割は「生産者階級」のはたらきを補助して、生産者と消費者を結ぶことにあるとしている。
(6)人間のための労働
 これは人間を対象とする労働で、人間を育てるために、教育をおこなったり、病気を治療したりする労働を指している。教師や医師など、教育・医療関係者がこうした労働に従事しているわけだが、ミルはこうした労働は「社会がその生産的作業を完成する手段である労働の一部、換言すれば社会が生産物のために必要としたものの一部とみるべきものである」というような言い方をしている。商品世界を維持するには、働く人びとをケアするための教育や医療などの労働が欠かせないというのである。
(7)発明、発見のための労働
 近代はとりわけ発明・発見の時代であり、それにもとづく技術が近代の産業を支えていることはいうまでもない。発明・発見は精神労働とみられがちだが、肉体労働でもある、とミルは指摘する。逆に左官の下働きでも、それは単なる肉体労働ではなく精神労働でもあるというのがミルの考え方である。いずれにせよ、ニュートンの『原理』、ワットの蒸気機関、はたまた装飾家の仕事、学者の思弁、電磁電信機、航海術にいたる、あらゆる発明・発見は、一種の労働であって、こうした知的探索こそが、「高度に生産的な部分」なのだと、ミルは考えていた。
(8)農業、工業、商業のための労働
 ここでは産業が農工商の3つの部門に分類される。第1次、第2次、第3次産業といってもよいだろう。それぞれの産業における労働は、独自ではあるけれど、ばらばらではなく、他の部門と密接に結びついている。ひとつの部門が繁栄すれば、他の部門も繁栄し、またその逆もありうるという。ミルは、その例として、カロライナの綿花栽培業者や、オーストラリアの飼羊業者が、紡績業者や織物業者と共同の利害関係をもっていることを挙げている。
 ミルによる、こうした労働の分類は、かならずしもうまく整理されているわけではない。にもかかわらず、ミルは労働を分類することによって、近代の商品世界が、人びとの労働のつながりによって形成されていることを示そうとしていた。
 さらにミルは、生産的労働と不生産的労働という、アダム・スミス以来の伝統的な労働の分類についても言及する。
 はじめに、不生産的労働という言い回しは、非難や侮辱ではなく、単なる分類上の用語にすぎないと注意をうながしている。ミルによれば、不生産的労働とは、物質的生産を目的としない労働のことである。
 ここでもミルは労働が物質を生産するという考え方を批判している。労働は物質をつくりだすわけではなく、労働が生みだすのは効用にすぎないという。
 そのうえで、ミルは、生産的労働とは、富(生産物、商品)を生みだす労働だといってよい、と述べている。ミルによれば、富とは効用を有する物質的生産物のことである。商人や輸送業者の仕事も、広い意味では生産的労働の範囲にはいる。
 これにたいし、物質的富を創造しない労働は、どんなに有用であっても不生産的労働ということになる。
 ミルの挙げる例はおもわず吹きだしてしまうものだが、たとえば魂の救済にあたる宣教師の労働が不生産的だというのは、たしかにそのとおりかもしれない。僧侶がやたら多くて、生産に従事する人口が少なければ、たとえ僧侶の実入りが多くても、社会全体はかえって貧しくなるというあたりは、いかにもミルらしい。
 そして、この関係は消費についてもいうことができて、消費のなかにも生産の助けにならない消費があるという。ミルがその例として、シャンパンやワインを挙げているのは、ぼくにいわせれば少し抵抗がある。
 すると、労働にも、「生産的消費に対して物を供給するための労働と、不生産的消費に対して物を供給するための労働」とがあるということになる。これは生産的労働と不生産的労働との区別とは、また少しことなる区別である。
 少しややこしい。
 倫理的な問題ではないといいながら、やはり「不生産的」という形容詞は、やや分が悪いようだ。生産的労働と不生産的労働の区別がはたして必要なのかは、やや疑問である。
 とはいえ、ミルはここで助け船をだして、こんなふうに述べている。

しかしながら、豊かな国においてその年々の生産物の大部分が不生産的消費の需要を満たしているのを見て悲しむのは、大きな間違いというべきである。……大きな余剰があって、それをこのような目的に使用しうるということ、およびそれがこのように使用されるということは、まことに喜ぶべき事柄にほかならぬ。

 もっとも、余剰が不均等に分配され、一部の富裕層だけが不生産的な消費を享受しているとしたら、それは問題だ、とミルは指摘している。
 このあたりに、ミルの社会意識を感じ取ることができる。

   3 資本について

 ミルは生産をおこなうには、労働と自然力だけではなく資本が必要になってくると書いている。これはミルが資本主義の擁護者というわけではない。資本主義であろうがなかろうが、生産には資本が必要だというのである。
 資本とは何か。資本は即貨幣ではない。貨幣はそれだけで資本であるわけではなく、何かと交換されて生産に用いられて、はじめて資本となる、とミルはいう。建物や機械、原材料をそろえる資金、それに労働者を雇う資金も資本といってよい。
 つまり、資本とは、これから事業をはじめるにあたって、「新規の生産を営むための基金」だ、とミルは書いている。ただし、生産は「生産のための生産」を目的とするわけではないから、資本とは「新規のビジネスを営むための基金」と解釈したほうがよいだろう。
 資本家はその資本によって、さまざまな手配をし、目標である商品をつくりだして、ビジネスをはじめる。ミルは資本家が不生産的支出にではなく、生産的支出に資本を投じることに大いなる意義を見いだしている。
 次にミルは資産と資本を区別する。資産は資本の前提になり、資産の額は資本の額より大きい。
 資本とは商品をつくりだすための基金だから、いわばフローであり、これにたいし資産はいわばストックと考えられている。
 いずれにせよ、資本は豊富な資産のなかから生みだされる。そして、近代の特徴は、資本が生産基金として回転しつづけ、労働者を雇用するとともに、新たな商品を次々とつくりだして、みずからの存続をはかることにあるといってよいだろう。
 人類社会は、近代にいたるまで、商品に埋もれて生活する時代を経験してこなかった。
 資産家と資本家は重なることが多いが、ほんらいは異なるものだとミルはいう。工場を営んでいる資産家は、資本家だが、遊んで暮らしている資産家は資本家ではない。
 ところが、資産家が自分の財産を、農業家や工業家に貸して何らかの事業を営ませ、それによって利子を得たとすれば、その資産家は資本家になる。要するにここでは、商品の生産に結びつく基金が資本ととらえられているのである。
 次にミルは資本に関するいくつかの根本命題を挙げている。
 それを列挙してみる。

(1)資本なくして雇用はない。資本によって雇われる労働者は足りないときも余っているときもあるが、一般に資本の増加は雇用の増加、ないし賃金の増加に結びつく。
(2)資本は略取によってではなく貯蓄によって生まれる。消費を超える生産分の増加、すなわち利潤が資本を増やす源である。
(3)資本は商品をつくりだすために消費されるのであって、貨幣として退蔵されたものや蕩尽されたものは資本ではなくなる。だが、資本によってつくられた商品の価値は、利潤とともに償還され、それが資本の回転を保証していく。資本の増加は、社会や個人を豊かにしていくことにつながる。
(4)資本は保存によって維持されるのではなく、絶えざる再生産によって維持される。言い換えれば、生産過程に投入されなくなった資本は、いずれ消えてなくなってしまう。建築物であれ機械であれ、「各種の資本の大部分は、その性質上長き保存に耐えない」。いっぽう、天災や人災によって生じた災禍が、人口が減らないかぎり、すみやかに回復されるのは、資本が再生産能力をもつからである。
(5)資本は商品にたいする需要を見込んで労働者を雇用するのであって、それが見込めなければ、単に労働者を雇用することはない。しかし、労働者を雇用するのは、あくまでも資本であって、商品を購入する消費者ではない。したがって、資産家は奢侈品などへのムダな出費をやめて、資本を形成し、それによって労働者を雇用すべきである。労働者を救うのは国家の救貧法ではない。産業が発展し、労働者が雇用され、その賃金が上がってこそ、労働者の生活は豊かになる。

 これを読むと、ミルは経済を動かすのは資本であり、資本が持続し、蓄積されることによって、労働者の雇用も増え、生活世界に提供される商品も豊富になり、社会全体が豊かになっていくと考えていたことがわかる。貴族や資本家が奢侈な生活にふけるのは愚の骨頂だと思っていた。かといって、資本のための資本を礼賛していたわけではない。資本の意義は、労働者の生活を向上させ、より豊富に商品を生みだすところにあるとみていた。しかし、資本によって、社会が無限に豊かになるとも考えていなかったのである。
 ここで、ミルは資本を流動資本と固定資本に分類している。
 原料や賃金など、「生産においてただ一度の使用によって、その役目の全部を果たしてしまう」のが流動資本である。
 これにたいし、建物や機械、その他の生産用具など、生産過程において「多かれ少なかれ永続的な性格」と「耐久的形態」を備えているものが固定資本である。とはいえ、固定資本も消耗するから、日ごろの手入れや一定期間での更新が必要になってくる。
 商品は、流動資本と固定資本を組み合わせることによって生産される。そして商品の販売によって実現される価値は、流動資本の全額と固定資本の損耗分、それに利潤を加えた金額を満たすものでなければならないという。
 固定資本の増加が、流動資本を犠牲にしておこなわれる場合、具体的には機械の導入によって、労働者の雇用が抑制され、場合によっては労働者が解雇されるケースがあることをミルも認めている。
 しかし、それはしばしばあることではないという。
「なぜかといえば、固定資本の増加の割合が流動資本のそれよりも大きいというような国は、おそらくないからである」
 さらに「およそ改良というものは、それが社会の総生産物および流動資本を一時は減少させることがあるとしても、結局は両者を増大させる傾向をもつものである」と述べている。
 こうして、ミルは「機械の発明は労働者に結局利益を与える」という楽観的な結論に達する。マルクスの悲観とは対照的である。

   4 生産性をめぐって

 労働、資本、自然が生産要因であることを論じたあと、ミルは生産性がどのように決まるのかについて考察をめぐらせていく。
 生産性を考えるうえで、最初に想定されるのは、自然の特典である。土地の肥沃度や気候、それに資源の豊富さ、地理的な位置などが、生産の促進に大きな影響をもたらす。
 次が労働のエネルギーである。ミルは怠惰を嫌い、人は「当面の仕事に熱心に秩序立って専念するという性質」を養うべきだとした。
 技能と知識も欠かせない。技能と知識が、道具や機械の発明と使用につながり、人間の活動効率を高めるからである。
 ミルは普通教育によって、民衆の知性や徳性が高まることを期待していた。それによって、人びとはたがいに信頼し、理解し、助けあえるようになるのであって、共同作業をおこなうさいには、こうした相互信頼が欠かせないと考えていた。
 さらにミルが重視するのは、社会の安寧である。社会において、人びとは安心して生活できねばならない。そのためには「政府による保護」と「政府に対する保護」が必要になってくる。人間社会において、生命、財産の安全と言論の自由は、守られなければならない最低条件であり、それを脅かす暴虐な政府は否定されねばならないということである。
 そのうえで、ミルは協業について論じる。
 協業とは労働の結合であり、協業が労働の生産性を増大させることはまちがいない。単純な協業は目に見えるが、複雑な協業は目に見えない。しかし、協業のネットワークはからみあうことで、最終的な生産物(商品)をつくりあげる、とミルはいう。
 中間的な生産の場は、ネットワークの結節点であり、そこで作りだされた生産物は市場を通して次のネットワークへと流れていく。
 そのネットワークは、農村の労働と都市の労働、ないし国内の労働と国外の労働を結びつける装置でもある。
 近代の特徴のひとつは、職業や職種の多様化だといってよいだろう。
 多様化といえば、工場内の分業が知られるが、これも協業のひとつの側面だといってよい。アダム・スミスが例に挙げたピン工場での分業をみるまでもなく、分業が労働効率を高めていくのは事実である。
 スミスは、その理由として分業が熟練の度合いを高め、時間の無駄を省くことを挙げたが、加えてミルは、分業が能力に応じた労働者の配置を可能にすることも見逃せないとしている。
 そして、市場の規模が大きくなると、断然、大規模生産が有利になってくる。大規模生産の場合は、多くの機械が必要になってくるし、それに応じて労働者を配置しなければならなくなる。
 雇用する労働者の数が増えると、それを監督する者がいなくてはならないし、仕入れ係や販売係、会計係なども任命しなくてはならない。
 大工場をつくるのは、商品の大量生産と大量販売を可能にするためである。そうしたシステムは、労働の生産性を高めていく。そして、小規模生産の事業所が何もしないのなら、大規模生産をおこなう大資本が、小資本を徐々に駆逐していくのは必定だ、とミルはいう。
 ミルの時代から、大資本をつくるには、小額の出資を集めて株式会社をつくるという方式が考えられるようになっていた。鉄道、郵船、銀行、保険などもそうした株式会社の分野だった。しかし、政府が頑固に特許会社を守りつづけている部門も残っていた。
 ミルによれば、株式会社の欠点は、労働者が仕事をさぼりやすいことと、金銭のムダな出費が多いことだ。しかし、有能な指導者がいて、会社内に適切なルールが確立されれば、その欠点は克服され、協同の精神が発揮されるだろうという。
 その結果、「もっとも能率が高くかつもっとも経済的な」株式会社が、個人経営会社を経済競争面で圧倒していくにちがいないとみていた。
 ただし、大資本による大生産制度が有効なのは、人口の多い繁栄している社会にかぎられるという。
 ミルは独占とカルテルの弊害も認識している。しかし、ガス会社や水道会社、鉄道会社などの場合は、経済効率を考えれば、これを公営事業とし、政府がそれを直接経営せずに「公共のためにもっともよい条件で営みうる会社または組合に全部移管すべきである」と考えていた。
 とはいえ、農業の場合は、工業とちがって、大農制がすぐれているとは、かならずしもいえない。その理由として、ミルは小農がそれなりの技術と知識をもち、しかも驚くほど勤勉であることを挙げている。
 これにたいし、大農の土地は、労働賃金を節約しなければならないため、それほど高度に耕作されることがない。
 どうやらミルは「穀物および糧秣については大農場の方がよいけれども、多大の労働と注意とを必要とする種類の耕作は、断然小規模耕作の方がよい」という方向に傾いていたようである。
 小さい地所や小農場においても、農業上の改良をおこないうること、そして農業の生産性を増加し、余剰食料を生みだし、それによって商工業部門にたずさわる非農業人口を養えるようにするところに、ミルは経済発展の方向性をみいだしていた。
 いずれにせよ、政治が社会の安寧を維持し、そのなかで人びとが、それぞれの場所において、生産性を高めるために日々工夫し、少しでも豊かな将来をめざしていくというのが、ミルの『経済学原理』の基本スタンスだったように思える。
 第1篇の生産論を閉じるにあたって、ミルはこんなふうに問題を提起する。

〈……[近代においては]勤労の生産物は通例増加の傾向をたどってきたのであった。けだし生産者たちが消費手段を増やそうと欲するからであり、また消費者の数も増加してゆくから、それに刺激されて、増加の傾向をたどってきたのである。このような生産増加の法則をつきとめること、生産増加の条件をつきとめること、生産増加に実際上限度があるかどうか、あるとすればそれは何か、ということをつきとめること──経済学においてこれほど重要なことはない。〉

 ミルは経済が発展し、生産が増加するかどうかは、生産の3要素、すなわち労働、資本、土地がどれだけ大きくなっていくかにかかっていると述べていた。
 そこでまず、労働の増加についてである。労働が増加するには、人口が増えなくてはならない。人類の増加力はほんらい無限だ、とミルはいう。
 しかし、人口の増加が妨げられるとすれば、生殖力の欠乏ではなく、別に要因がある。それは戦争と疾病、それに窮乏、飢餓である。
 窮乏にたいする恐れは、人口を抑制する原因となりうる。ヨーロッパでは19世紀前半から、食料と仕事が未曾有の増加を示したのにもかかわらず、人口増加の割合がそれまでより減少した。それは労働者階級が生活を守るため、家族数の増加を抑制したためだ、とミルはみる。
 いっぽう、資本はすべて貯蓄の産物であると書いている。人は将来の福利のために、現在の福利を犠牲にすることによって、貯蓄をなすことができる。
 そのため、浪費や奢侈、無分別や不摂生を避けるという心性が育たない場所では、貯蓄はなされず、資本は形成されないという。ミルはそうした例として、インディアンや中国人の場合を挙げている。ずいぶん人種的偏見に満ちたとらえ方だが、当時はそう考えられていたのだろう。
 ミルによれば、中国人は勤勉であるにもかかわらず、分別が足らない。中国人は資本を蓄積せず、生産技術に改良を加えることを怠っているために、社会全体が停止状態におちいり、(イエズス会神父の観察を借りれば)「その日暮らしに満足し、辛苦の生活をも幸福と考えている」。
 中国において、資本の増加が止まっているのは、中国人が「たいていのヨーロッパ国民よりも現在にくらべて将来をはるかに低く評価しているということを物語る」と、ミルはいう。
 これにたいし、ヨーロッパの国々の特徴は、自由職業の人びとや商工業階級の人びとのあいだで、すこぶる貯蓄精神が盛んなことだ。そして、ヨーロッパにおいては、貯蓄によって形成された資本の大部分が、事業に投下されることによって、国の富が急速に増加しているという。
 ミルは土地についても述べる。
 土地からの生産物の増加は、土地の広さがかぎられることによって妨げられる。とはいえ、地表の大部分は耕作され尽くしたとはいいがたい。
 すると、問題は土地の生産性ということになる。
 ここで、ミルはいわゆる収穫逓減の法則をもちだしている。さらに劣等地や土地の位置といった問題も挙げている。そうした土地から収穫を得るには、より多くの労働や資本が必要となるだろう。
 しかし、土地の改良は可能だし、それがなされれば、わざわざ劣等地を開発する必要もなくなり、収穫逓減の法則を一時停止させることができる。さらに農業上の知識や技術、発明がなされれば、農法を改良し、効率のよい(つまり労働と費用を減少させる)農産物生産が可能になるだろう。輪作や堆肥、新作物の導入、役畜の使用方法の改善(いまなら機械の発明)、輸送の改善など、いくらでも改良の余地はある。
 ここから、ミルは次のような結論に達する。

〈すべて分量に限りがある自然諸要因は、その究極の生産力に限りがあるのみならず、その生産力の極限に達しないよほど前から、すでに需要の増加分を満たすのに条件がますます困難となる。しかし、この法則は、人間が自然を制御する力が増加すれば、ことに人間の知識が増大して、その結果自然諸要因の性質や力を支配する力が増大すれば、停止せられ、あるいは一時抑制されるものである。〉

 もう一度、くり返していうと、ミルによれば、生産を決定づけるものは、労働(人口)と資本と土地(食料・資源)である。
 この3つがうまく結びつかなければ、豊かな生産物は生まれず、社会は貧しいままにとどまってしまう。
 たとえ、労働がなされていても、その成果が蓄えられず、社会が停滞したままで、人口だけが増大していくなら、資本不足と土地不足により、その社会はますます貧しくなっていくだろう。
 人間の生活が豊かになるためには、衣食住が満たされ、新たな生活用品が生みだされ、生活環境が整えられねばならない。それには、勤勉と蓄積が増進される社会体制が必要になってくる。
 勤勉と蓄積は資本を増加させ、それが知識や技術の増大とあいまって、生産性の拡大をもたらすとともに、新たな生活商品を生みだしていく。
 労働と資本と土地は相関関係にある。

〈時代のいかんを問わず、使用された労働に比べてその勤労の生産物が増加しているか、また国民の平均的生活状態が向上しつつあるか低下しつつあるか、ということは、人口が改良よりすみやかに増加しつつあるか、それとも改良が人口よりすみやかに進行しつつあるか、ということによって定まるものである。〉

 もし、一国の生活水準が低下しているとして、その低下を防ごうとすれば、外国から食料を輸入するか、または海外に移民するしか方法がない、とミルはいう。しかし、食料を輸入するにも、それには綿製品であれ金属製品であれ、なんらかの見返り商品が必要であり、移民や植民もはたしてどこまで現実的に可能な地域があるのかと考えれば、なかなか容易なことではない。
 いずれにせよ、いかなる社会もその時代の限界と壁にぶつかるのであって、それを突破するには、社会体制の改革と生産性の向上が求められる。そのなかでも資本がとりわけ大きな役割をはたすだろう、とミルは考えていた。
 ミルの考え方は漸進的かつ楽天的である。

   4 分配論の前提

 ここから第2篇「分配」にはいる。
 ミルははじめに、富の分配は人為的制度であり、社会の法律と慣習によって定まる、と書いている。
 現在の社会は私有財産制にもとづいている。しかし、19世紀半ばのミルの時代には、すでに私有財産制の全廃を唱える共産主義や、その制限を訴える社会主義の考え方が盛んになっていた。
 共産主義は、財産の共有と生産物の平等な分配をめざす。ひとつの村落共同体を想定すれば、こうしたシステムは可能だとミルは考える。
 こうした社会ができれば人は働かないという批判をミルはしりぞける。共産主義集団においては人びとの公共心が高まり、世論に導かれて公共のために尽くすという姿勢があらわれるかもしれないからだ。
 だが、問題は労働の割り振りである。ある人には紡績の仕事を、別の人には煉瓦積みをというような割り振りを、だれがどう決めるのか。時に、仕事を変えることも考えられるが、実際にはなかなかむずかしいだろう。共産主義はいまのところ観念上の存在にとどまっている、とミルはいう。
 だからといって、私有財産制は万全の制度ではない。それが征服と暴力によって生まれたことをミルは知っている。また私有財産制が不公平を拡大し、すべての人が完全に平等な条件でスタートすることをさまたげているのも事実である。
 私有財産制の原則は、努力すれば、そのぶん報酬が与えられるが対応するというものだが、それとてもまず公平が保たれて、はじめていえることだ。
 これにたいし、共産主義の問題は、はたして、この制度のもとで、人間の自由と自主性、いいかえれば完全な独立と行動の自由が保証されるかということだ、ミルはいう。

〈共産制には個性のための避難所が残されるか、与論が暴君的桎梏(しっこく)とならないかどうか、各人が社会全体に絶対的に隷属し、社会全体によって監督される結果、すべての人の思想と感情と行動とが凡庸たる均一的なものになされてしまいはしないか──これらのことが問題である。〉

 サンシモンとフーリエの「社会主義」はどうだろう。
 サンシモンは、選挙によって社会の指揮者集団を選び、その指揮者が人びとに、能力や才能に応じて仕事を与え、その業績に応じて、報酬を払うという方式を構想した。とうぜん、指揮者集団は、絶対的な権威をもたなければならない。
 これにたいし、労働者が組合をつくり、その組合がリーダーを選び、リーダーの指導のもとで、労働者が協同作業をするというのが、フーリエの社会主義である。仕事ができる人もできない人も、社会の成員には、最低限の生活保障が与えられる。そして、労働者は等級に応じて報酬を受け取る。住宅に関しても、同じ一棟の建物に住む権利が認められている。
 フーリエは労働を魅力あるものに変えようとしていた。ミルはフーリエの実験がうまくいき、私有財産制にもとづく産業組織とことなる制度が生まれることに期待を寄せている。しかし、それはまだ実験段階にとどまっているとみていた。
 当面、ミルは私有財産制にもとづく制度を改良し、そこに人びとが参与できる方向を目指そうとしている。
 私有財産制のもとでは、人は贈与または公正な契約によって得たものを、自由に処分してよい権利を有する、とミルはいう。労働者は資本家との契約によって賃金を獲得する権利を有するが、だからといって、新たな契約を結ばないまま、資本家の私有財産を侵害する権利はもたない。
 私有財産制の根本は、個人の所有権にあり、これは贈与の権利をも含む。だが、親族は自動的に相続権を有するのではなく、贈与はあくまでも親の権利だという。
 とはいえ、遺贈権は制限されなければならない。それによって、個人が労せずして、最高限度より以上の富を得ることがないようにし、それ以上の遺産は、公の用途にささげられなければならない、とミルはいう。しばしば財産の不公平を伴う私有財産制は、どこかで是正されねばならないものだった。
 また土地の所有権は、土地所有者が土地改良家である場合にのみ成り立つ、とミルはいう。そして、大地主である貴族の長子相続制を批判して、こんなふうに述べている。

〈何びとも、土地を作ったものはまだいないのである。土地は、本来、全人類の相続財産である。その土地を人に私有させるのは、まったく人類全般の便宜に出でることである。土地の私有がもしも便宜を与えないならば、その私有は不正である。〉

 大貴族には批判的だった。社会の一般的利益(たとえば鉄道や道路)にとって必要な場合は、国家が一定の賠償を支払えば、地主の土地所有権を自由に処理できるというのが、ミルの考え方である。
 さらに、以下の所有権は認められない、とミルはいう。ひとつは他の人間を財産として所有する権利である(奴隷制は禁止されねばならない)。もうひとつは公職にたいする所有権である(公職の世襲は認められない)。その他の公的に認められない排他的特権も排除されなければならない。
 私有財産には一定の制限が設けられなければならない。そして、社会的に認められた私有財産制のもとで、土地および労働の生産物が3階級(地主、資本家、労働者)のあいだに、どのように分配されていくかを研究するのが経済学だ、とミルは述べている。
 しかし、ミルは同時に、この3階級がきちんと分かれているのは、イングランド、スコットランド、ベルギー、オランダくらいのもので、あとは同じ人がふたつ、ないし三つを兼用していることが多いとも述べている。資本家と労働者を兼ねる職人もいれば、地主と労働者を兼ねる小農もいる。そして、奴隷制のもとでは、自立した労働者はおらず、資本家がすべてを兼ねている。またアジアにおいては、国家が土地の所有権を握っているとも記している。
 ただし、工業が発達してくると、労働者を雇用する資本家と、資本家に雇用される労働者とが、はっきりと区別されるようになる。「一般に資本家は、指揮監督の労働よりほかの労働には携わらない」
 そこからミルは分配論を展開していくことになる。経済学の前提となるのは、あくまでも競争である。だが、現実には慣習の力が見過ごせない。そのため、慣習の問題を抜きにして、競争だけで経済のあり方を語るのは危険だという考え方をあらかじめ示している。

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政府の関与をめぐって──ミル『経済学原理』を読む(15) [経済学]

 政府には経済社会にたいする責任がある。しかし、なかには政府が関与すべきではない分野がある、とミルはいう。
 外国産の商品を禁止、ないし抑制して自国産業を保護するという考え方もそのひとつである。ミルはそもそも外国の商品が輸入されるのは、それによって国内の労働と資本が節約され、消費者の利益となるからだという。この点、ミルは自由貿易主義の立場をとっている。
 それでも国民生活や国防の観点から保護主義が提唱されやすいのもたしかである。イギリスでは穀物法や航海法がそうした保護主義のあらわれだった。だが、それは一時の、とりわけ戦時の例外とみるべきである。どの国にとっても、長い目でみれば、保護主義より輸出入の自由のほうがはるかに得るところが大きい、とミルはいう。
 保護関税が弁護されるとすれば、それは新興国において、新たな産業を育成しようとしている場合にかぎられる。だが、それも国内の生産者が一定の訓練水準に達するまでの期間である。
 外国の影響力を排除して、排他的に植民地を囲いこもうとする政策もまちがっている。ミルはあくまでも自由貿易を擁護するのだ。
 政府による利子規制にも、ミルは懐疑的だった。いまでは法的に利子率の最高限度を定めるやり方がとられるようになっているが、競争社会において、需要と供給を無視して法的に無理やり利子率を定めるのは、むしろ弊害を生みやすい、とミルは述べている。
 政府が商品の価格(とりわけ食料品価格)を人為的に安くしようと介入することもまちがっている。およそ供給が不足する場合には、だれかがその消費を抑制するほかないのだ。
 ここでも商品の価格は、需要と供給の動きにまかせるべきだ、というミルの考えがみてとれる。政府のやれることは消費の節減を推奨すること、あるいは不要な消費を禁止することくらいにとどめるべきだと述べている。
 いっぽう政府は、生産者や商人に独占権を与えて、商品価格を高く維持しようとすることがある。だが、競争の制限は、習慣に安住し改良を遅らせる傾向がある。特許の場合を除いて、政府は企業による独占を認めるべきではない、とミルは考えていた。
 政府はまた、労働組合の結成を禁止してはならない。労働組合によって、労働者は労働時間の短縮や賃上げを要求することができるようになる。賃金が労働にたいする需要と供給によって決まることは否定できないが、労働者の待遇改善は常にめざすべき方向であり、そのためには労働組合の存在が欠かせない、とミルは思っていた。
 そして、とりわけ重要なのは、たとえ政府を批判する内容であっても、政府が意見の自由、討論の自由を認めることである。精神の自由こそが、国の繁栄の源だ、とミルは強調する。
 はたして政府の干渉はどこまで許容されるのだろか。
 いかなる政府も、人間の自由と尊厳を犯すことは許されない。権力の影響力が拡大すれば拡大するほど、精神の自立性と人格の独立性を擁護維持する必要がある。
 とりわけ、民主主義社会においては、政治権力による干渉拡大の傾向を絶え間なく警戒監視することが重要になってくる、とミルは強調する。
 政府の活動が制限されるべき理由は、分業の原理にもとづく。政府が効率よく運営されるべきことはいうまでもないが、それ以上に、民間でおこなうべき事業は、民間にゆだねるほうが、はるかにうまくいくものだ。また政府が独占的に事業を営むよりも、競争にさらされて、切磋琢磨のうちに事業が運営されるほうが、社会の改良進歩にはるかに寄与する、とミルはいう。
 ミルはまた現代社会において重要なのは国民のひとりひとりが活動的な能力と実際の判断力を高めることであって、それによって公共心が広まり、統治者の暴走を牽制することができるのだとも指摘している。
「要するにレッセフェール[自由放任]を一般的慣行とすべきである」とミルは断言する。ところが、これまで政府はこの慣行をつねに侵害し、経済社会を恣意的に統制してきた。それにより、事業者は自由に自分自身の道を進むのを妨げられてきた、とミルは批判する。

 政府は自由放任を原則とすべきである。だからといって、政府は何の役割も果たさなくてもよいというわけではない、とミルはいう。
 たとえば、国民が何ごとにつけ判断力を高めるようにするためには、公正な中立な教育が必要になってくる。
 政府は国民への教育を保証しなければならない。いや児童や青少年にたいしては、むしろ教育を義務化する必要があるだろう。
 政府はまた、児童が過度な労働をさせられることのないよう、法的な規制をおこなうべきである。
 児童を家庭内の暴力から守ることも政府の義務である。
だが、女性を職場から排除しようとする動きに政府は荷担すべきではない。むしろ女性の社会的地位を改善するために、政府は女性がもっと容易に職に就けるように環境を整えるべきだ、とミルはいう。
 ミルはまた、契約はたとえ自由意思にもとづいて締結されたとしても、永久あるいは長期間にわたって、個人を束縛するものであってはならないという。じゅうぶんに根拠のある場合は、その契約を破棄することも認められるべきだとも述べている。それがあてはまるのは、とりわけ結婚においてである。
 経営面からみれば、一般的に国営企業よりも株式会社のほうがすぐれている。しかし、ガス会社や水道会社、鉄道会社などのように、それが公共性の強いものであれば、そのサービスにたいして国民が支払う料金は、強制的課税に近いものとなる。
 このような事実上の公共事業にたいしては、政府はその事業が一般の利益にかなうよう適切な監督と指導をおこなう権限を保留しなければならない、とミルはいう。
 労働時間に関しては、自由にまかせるのではなく、法律による定めを設けるべきだというのがミルの考え方だった。政府は積極的に労働者の保護と育成にあたるべきだと主張している。
 救貧法についても、ミルはその必要性を認めている。餓死しようとしている人、困窮している人には援助が必要である。ただし、援助に不当に頼ることはできるだけ防止しなければならないという。救貧法の適用は、個人の勤勉および自立精神をうながすものでなくてはならない。
 植民事業については、単に人口の過剰を緩和するという観点からだけではなく、生産力の移転と創出という観点から考慮されるべきだという。だが、植民は、むしろ国家の事業として計画されねばならない、というのがミルの考え方だった。
 ここで想定されているのは、オーストラリアやニュージーランドなどへの植民である。本国はこうした植民地への移民を手助けするとともに、その植民地の発展を監督する義務がある、とミルは考えている。
 ほかに政府がおこなうべき事業として、ミルは科学的な探検の航海や灯台の設置、大学での研究支援などを挙げている。道路や港湾、運河、灌漑の整備、病院、学校の設置など私的個人では実行しえない分野の事業についても、政府の役割は欠かせない。
 こう述べている。

〈良き政府は、個人的努力の精神が少しでも認められるなら、それを奨励し育成するかたちでの助力を惜しまないものである。良き政府は、自発的な事業を妨げたり邪魔したりするものを取り除き、必要とあらば、あらゆる便宜や指示、助言を与えることに努める。政府は民間の努力を抑圧することなく、それを助けるために、実現可能な場合は予算措置を取る。またこうした努力を引きだすために、報償や勲章といった制度を活用することもあるだろう。〉

 要するに、政府は自由な経済活動を妨げず、むしろそれを積極的に奨励しつつも、公共的福祉の増進をめざして努力すべきである、というのがミルの考え方だったといえるだろう。

経済社会にたいする政府の責任──ミル『経済学原理』を読む(14) [経済学]

 前回につづき──といっても、だいぶ間があいてしまったのだが──第5篇の「政府の影響について」を読んでいる。
 まず国債について。
 政府の歳入を租税ではなく国債でまかなうのは、はたして正当なのだろうか。
 いうまでもなく国債の発行は常態化すべきではなく、戦争など特別の事態にかぎられるというのが、ミルの考えである。
 それが特別の事態にかぎられるのは、国債には弊害があるからである。
 最悪のケースとして考えられるのは、国債の発行によって、民間の生産資本の一部が国に吸収され、その結果、労働者の雇用機会が奪われることである。このような事態はできるだけ避けなければならない。
 とはいえ、国債の購入が外国資本、ないし余剰資本によってなされる場合は、労働者の雇用、ないし賃金に悪影響を与えることはないだろう、とミルはいう。その場合は、国債は資本の剰余分を吸収することになり、利子率を上昇させることもない。
 しかし、ナポレオン戦争中、実際に利子率が上昇したのをみれば、イギリスではいわゆるクラウディングアウトが生じていた。生産資本が不足していたのだ。つまり、それは労働者の犠牲によって戦争が戦われたことを意味する、とミルはいう。
 その場合でも、国債の発行が正当化されるとすれば、その理由は戦費を課税によって調達することにたいして、国民の嫌悪感が強いというだけである。
 国債が剰余資本によってまかなわれる場合は、人びとの生活水準の低下を招くことはない。むしろ、それが兵士の給与にあてられることによって、労働者階級の所得を上げることもあるだろう。
 だが、それはいつまでもつづくわけではない。というのも国債は、国民の将来の収入を抵当として、国家によって借り入れられたものであり、それはいつか返済されなければならないからだ、とミルは論じる。
 国債が将来の世代に負担を残すことはまちがいない。しかし、それが現在の世代を超えて利益をもたらすものであるならば、将来の世代がその一部を負担するのもやむをえないだろう、ともミルはいう。
 とはいえ、国債はむろん償還されなければならない。それは国家の責任でもある。だとすれば、それはどのようにしてなされるべきだろうか。
 一挙に償還する方法と、徐々に償還する方法とが考えられるだろう。
 国債を一挙に償還するのはほぼ不可能である。というのは、その場合は、一度切りとしても財産課税や、国有財産の処分をおこない、国債の償却にあてなければならない。それはかなり荒っぽいやり方となるだろう。
 それでは徐々に償還する場合には、どのような手立てが考えられるだろう。
 国債償還のために歳入の剰余をもつことが、不必要な租税を賦課するより望ましいのはたしかである。
 しかし、国家が剰余収入をもつのがつねに正しいというわけではない。こうした剰余収入が永続的な性格をもつものならば、むしろ対象となる税を段階的になくすことを検討したほうが、納税者にたいする圧迫を減らすことになる。
 それよりも自然に税収が増えるような方策を探ることで、国債償還の道筋をつけることがだいじだ、とミルは考えていたようにみえる。
 国債はどの国にとっても大問題である。いずれにしても、ナポレオン戦争で発行した巨額国債の処理にイギリス政府は無責任ではいられなかった。安易な増税に走らず、懸命に取り組んでいたことを指摘しておいてもよいだろう。

 ここでミルは政府の社会的役割について再確認している。
 最初に求められるのが、国民の身体および財産の保護である。それなくしては、社会秩序は維持できないだろう。だが、同時にミルは、ここで国民の身体と財産が、政府の恣意的な暴力によって左右されないようにすることが近代社会の原則だとしている。
 また政府による課税は、それによって国民の繁栄の源泉を奪いとってしまうほど重いものであってはならない。拙劣な課税、恣意的な課税は避けるべきであるというのも納得できる。
 法律・司法制度が整備されていない場合は、おうおうにして身体および財産は保護されないことが多い。法律が公正に適用されないのであれば、その国には不道徳と暴力がはびこることになる、とミルは指摘する。
 その意味で、国家が正しい法を制定し、それを正しく運用することがだいじになってくるのである。
 さすがにミルも『経済学原理』では、法について全般的に考察することは避けている。ここでは検討されているのは、相続法と会社法にかぎられているのだが、それを紹介しておくことにしよう。経済社会の公平性を保つには、国家と法の役割が欠かせないことが強調されている。
 まず、相続についてだが、ミルは相続の原則を次のように考えていた。
 相続は自由な遺贈によってなされるべきこと、誰であっても中位の自立生活に必要な額以上のものを相続によって受け取るのは許されないこと。さらに無遺言死亡の場合、財産は国家に帰属する。ただし、そのさい国家は子孫にたいして相応の生活援助をしなければならない(子孫のいない場合、財産は国家の所有となる)。
 ここで述べられているのは、相続は親から子孫にたいしてなされるものであって、親の意思が尊重されなければならないということである。さらに、相続の目的は、子孫が中位の自立生活を維持するのを助けることであって、子孫が働かないでも暮らせるほど贅沢な資産を残すことではない。最後に子孫がいない場合は、財産は国家に帰属することが明記されている。
 しかし、イギリスの現実がそうでなかったことも、ミル自身、承知していた。イギリスでは無遺言死亡の場合は、財産は長子にのみ相続されるのが一般的であり、フランスではすべての子どもに財産を平等に分割することが定められていた。こうした慣習は経済的というより政治的なものだった。
 この相続方法にしたがえば、イギリスでは大世襲財産をもつ土地貴族が存続し、大革命後のフランスでは貴族の復活を防ぐことが主要目的となる。だが、ミルにいわせれば、どちらの方式も弊害が大きいという。
 長子相続制の欠点は、長子以外の努力が報われないことにある。長子相続が守られるなら、大所有地の細分化が防げるという意見もある。しかし、ほんらい財産は才覚とはたらきによってつくるものだ、とミルはいう。
「より健全な社会状態というのは、少数の人によって巨大な財産が所有され、それがすべての人の羨望の的となっているような社会状態ではなくて、すべての人が獲得したいと思うある程度の大きさの資産を、最大多数の人々が所有し、かつそれに満足している社会状態である」と、ミルは論じる。
 またかりに大きな地所を保全することが必要だとしても、地所を分割せず共同で保有することも可能なのだから、長子相続制はやはり差別的なものだ。さらに、ミルは大土地所有者が一般に無思慮な浪費に走りやすいことも指摘している。
 さらに、世襲財産制は貴族の土地を固定化し、土地の売買をしにくくしている。そのため、より価値のある目的(たとえば産業的用途)のために土地を利用することができにくくなっている、とミルは当時イギリスでおこなわれていた長子相続制を批判するのである。
 だからといって、フランスのように相続財産を均分すればよいというものでもない。それは平等が公平とはかぎらないからである。親は子どものそれぞれの現状や家の将来を見極めて、適切な財産の移譲をおこなう遺贈の自由をもっているはずだ。
 相続法と相続税は、社会の将来を決めるうえでの重要な規範であって、国家のあり方とも密接にからんでいることを、ミルは指摘したわけである。
 次は会社法についてである。
 ミルは資本が少数の富裕な個人の手に独占される状態は好ましくないと考えていた。社会がごく少数の資本家と大多数の労働者に分かれている状態がいつまでもつづくべきではないとも思っていた。
 そこで、ミルは会社制度の発展に将来を託そうとした。一定の公開性という条件さえ満たせば、国の特別の認可を得なくても、だれでも会社(株式会社ないし合名会社)を設立できるようにすべきだ、とミルは論じた。
 しかし、1855年までイギリスでは国王の認可がなければ、会社を設立することができなかった。当時の株式会社といえば、だれもが思い浮かべるのが、東インド会社やイングランド銀行だった。
 東インド会社やイングランド銀行は、有限責任の特許会社である。会社は国王により特許を与えられるいっぽう、株主は会社の負債に対し出資額を超えて責任を負うことを免除されている。
 株主が有限責任とされるのは、もし無限責任を負わされるならば、会社に出資する人はまずいなくなり、そもそも会社が成立しなくなってしまう可能性が強かったからである。その代わり、会社が運営されるにあたっては、その状況が公開され、株主に報告されねばならない。それは会社の事業が冒険に走ることがないようにするためである。
 ミルは株式会社の自由な設立にあたって、国王の特許ではなく、経営内容の公開性を求めたのであり、そうした会社が増えることによって、いわば資本が万人のものとなることを目指したといえるだろう。
 これに付随して、ミルは大陸型の合資会社についてもふれている。
 合資会社では経営者が無限責任を負うのにたいし、その他の出資者は有限責任しか負わない。ただし利潤に関してはあらかじめの協定に応じて、その他の出資者も分け前にあずかる。このような会社はイギリスでは認められていなかった。
 合資会社のメリットは、経営者が自己資本よりもはるかに大きい額の資本を確保し、しかもみずからの経営権を手放さないですむことである。フランスなどでつくられたこうした会社は、すぐれた経営者がいれば、時として株式会社よりうまく運営しうることをミルも認めている。
 したがって、イギリスでも株式会社にとどまらず、合資会社の方式を認めてもよいというのがミルの立場だったといえるだろう。
 そして、会社の設立状況に関していえば、当時いちばんすぐれているのはアメリカのニューイングランドであり、ここでは世界のどこよりも多く会社が設立されている、とミルは指摘している。ここでは市が道路や橋梁、学校などを運営する公社をもち、銀行や工場は株式会社であり、慈善団体も法人組織であり、捕鯨船も乗組員の共同所有で、乗組員は航海の成功に応じて、報酬を受け取るようになっているという。アメリカは活気に満ちていたのだ。
 だが、これからは個人の資本家ではなく、会社こそが経済の基本単位になるとしても、会社が失敗することはないのだろうか。
 最後にミルが支払い不能に関する法律についてもふれるのは、たぶんに会社の失敗ないし破産を念頭においてのことだと思われる。
 古代の法は、支払いができなくなった債務者を苛酷に取り扱った。債務者は報復を受け、債権者の奴隷とされることもあった。
 しかし、近代にいたると人道主義的な緩和がなされ、債務不履行にたいして法律が寛大な態度をとることが多くなった、とミルはいう。破産になっても、たいていは債務者の財産を捕捉し、それを債権者たちのあいだで公平に分配するというかたちで決着がなされる。もちろん、そのさいにも投獄という処置をともなうこともある。
 しかし、ここでミルは債務問題についてはそれで終わりにすべきではなく、「法律のなすべきことは、不当な行為を予防することである」と論じる。
 それは人から預かった財産を、危険な投機、不注意かつ無謀な経営、個人的道楽などで、勝手に使用させないためである。こうしたやり方から生じた支払い不能の後始末を出資者に転嫁して、それで終わりとするのはまちがっている、とミルはいう。
 そうした事態を未然に防ぐためには、債務者が──つまり会社が──営業状態の全貌をオープンにすることがだいじであり、もし何かのトラブルが生じたときは、その理由が不正なものではないことを証明することが求められる。商業上の不正取引を防止するための法律の仕組みをミルは求めていた。
 公平な経済社会をつくるうえで、国家の果たすべき責任は重大である。この点で、ミルはスミスの夜警国家論を超えて、あるべき経済社会の推進と運営にしっかりした責任をもつ政府の確立をめざしていたといえるだろう。

税制をめぐって──ミル『経済学原理』を読む(13) [経済学]

 ミルの『経済学原理』はいよいよ最終篇(第5篇)の「政府の影響について」にさしかかっている。一度には読みきれないので、何回かに分けて紹介することにしよう。
 最初にミルは、政治は社会のどの分野にまで関与するべきかと書いている。政府はもっと活動領域を広げるべきだという意見もあれば、政府の活動範囲は限定されるべきだという意見もある。そこで、ミルはまず政府の役割を、必須のものと任意のものに分けて考えてみようという。
 どのような政府にも求められる政府の必須の役割とはなんだろうか。
 ひとつは、暴力や不正にたいする保護である。人は暴力や不正から守られなければならない。基本となるのは、身体、生命、財産の保護である。それは法によって定められ、警察や裁判所など(時に軍)によって実施されるだろう。
 さらに政府は社会的な便宜をはかるため、貨幣を鋳造したり、度量衡を規定したり、道路や港湾を整備したり、街の照明をおこなったり、堤防を築いたりしなければならない。これらは社会全体の環境整備にかかわる分野である。
 それ以外の政府の役割、すなわち「普遍的承認を受けている諸機能の境界を越えた」部分について、ミルはそれを政府の任意の(英語でいったほうがわかりやすければオプショナルな)役割と名づけている。それが、はたして干渉にあたるかどうかが問われるわけである。
 ところで、政府が一定の役割をはたすためには、その裏づけとなる収入がなくてはならない。その収入は、一般に課税によってもたらされる。
 そこで、ミルは課税の一般原理について考察する。
 アダム・スミスは(1)収入に比例した納税、(2)税の明瞭性、(3)決まった納入時期、(4)徴収の簡易性の4つを租税の原則とした。これを踏まえて、ミルもまた、公平な課税、公正な負担こそが税制の原理でなければならない、と論じる。
 だが、国家は、10倍の財産をもち、10倍の税を支払う者を、10倍保護しなければならないというわけではない。政府は財産の多寡にかかわらず、国民の平等な保護につとめなければならない、とミルはいう。
 また、政府はそれぞれの収入にたいし、一律に課税する方式をとってはならない。生活に必要な最低限の所得にたいしては非課税を旨とすべきであり、課税にさいしては、その分の控除がなされなければならない。
 富の不平等を緩和する措置として、当時、イギリスでは累進税を導入するべきだという意見が盛んになっていた。だが、これにたいし、ミルはどちらかというと慎重な立場をとっている。極端な累進課税は「勤勉と節約に対して租税を賦課する」ことになりかねない。「競争者たちのすべてを公平にスタートさせるように努力し、彼らと遅い者とのあいだの距離を縮めるなどということがないのが、競争者たちに対する立法の公平性というものであろう」と述べている。ただし、相続に関しては、一定額を超える相続財産にたいしては、その額に応じて、より高い税率を適用すべきだと主張している。
 あらゆる所得にたいして、厳密に一様の取り扱いをするのが、租税の原則である。一時的所得と永続的所得とで、課税方法のちがいがあってはならない。いっぽう、所得のうちから捻出される貯蓄への課税は避けなければならない、とミルはいう。二重課税になるからである。
 さまざまな細かい論議ははぶこう。ミルは、課税の公平という観点からいえば、「人々が所有するところに比例してこれに課税してはならない、費消しうるものに比例して課税すべきである」と論じている。財産にではなく、所得にたいして課税するというのが原則だった。
 例外として、ミルは努力なしに増加する地代には積極的に課税すべきだとしている。また、資本が豊富な国においては、場合によっては、資本にたいする租税も考えられるとしている。
 ミルは課税の原則について述べたあと、租税を直接税と間接税に分け、その両方の内訳と関係について論じている。
 いうまでもなく、直接税とは納税者が直接納める税金であり、間接税とは納税者が(業者を通じて)間接に納める税金をさす。
 そこで、まず直接税についてだが、ミルは直接税の例として、所得税や家屋税(固定資産税)を挙げている。そして、ミルは所得の源泉を地代、利潤、賃金に求め、それぞれを検討するところからはじめている。
 まず、地代にたいする租税は、全額を地主が負担し、国家はその税額を地主から徴収することになる。
 いっぽう、利潤にたいする租税は、利潤を取得する資本家が負担しなければならない。ただし、利潤率が下落し、資本の蓄積がほとんどなされない状態においては「利潤に対する租税は、国民的富に対してはなはだしく有害なものになる」ことを、ミルは認めている。利潤のうちから投資に回される分には課税してはならない。
 賃金は不熟練労働者か熟練労働者か、あるいは特権的な職業についているかどうかによってバラツキがある。とはいえ、労働者が所得に応じて、租税を負担することはいうまでもない。ただし、健康な生活を送るために最低限必要とされる額以下については課税してはならない、とミルはいう。
 以上、3つの源泉にたいする課税は、所得税と総称することができる。投資分は所得とみなさず、一定額以上の所得にのみ課税するのが、この税制の特徴である。所得税は「正義という点からすれば、あらゆる租税のうちもっとも欠点の少ないものである」と、ミルは書いている。
 もっとも所得に関しては、地代や賃金、年金などは捕捉しやすいのにたいし、一時的な利得や利潤から得られる所得については、本人の申告に拠らざるをえない。そのため、虚偽の申告や帳簿上の不正が生じる可能性を否定できない、とミルは注意をうながしている。
 家屋税は、敷地と建物にかけられる税金で、日本では固定資産税と呼ばれ、これも直接税の一種である。土地や家屋にたいする賃借料は、借地人ないし借家人の負担となり、地主または家主の所得として計上される。
 イギリスの家屋税は、1851年までは、家屋が有する窓の数にたいして課せられていた。それが廃止されたあと、イギリスでは土地と家屋の評価額に応じて、いわゆる固定資産税が課されることになった。これは現在の日本と同じである。
 次に、ミルの考察は間接税へと移る。間接税の代表が商品にたいする課税である。その内訳は、物品税、消費税、関税からなる。
 間接税は一般に商品価格の上昇をもたらす、とミルは指摘する。それが特定の物品にかぎられる場合は、特定商品の価格が上昇し、消費税のような商品全般に対する課税である場合は、物価全体が上昇する。
 注意しなければならないのは、間接税によって、業者が利潤を確保するために、商品価格を課税額以上に引き上げがちなことである。一般に、価格の上昇は需要を減退させる。それによって、生産の改良が阻害される側面も生じてくる点にも注意しなければならない、とミルはいう。
 必需品にたいする課税は、労働者階級の生活状態を低下させるか、そうでなければ(つまり、労働者の賃金が相応に上昇すれば)、利潤の減少をもたらす。したがって、租税の増大は「価格の騰貴を、および利潤の下落を早め、他方、同時に蓄積の過程を阻止し、あるいは少なくとも遅延させる」ことにつながりかねない、とミルは注意をうながしている。
 ミルは、十分の一税(教会税)という、イギリスの特殊な税制についても論じているが、それを検討するのはわずらわしい。専門家の領域にゆだねることにしよう。
 いっぽう、ミルのいう差別税は産業保護のための税制ということができる。たとえば、国内の商品生産を保護するために、海外からの輸入商品に高い関税をかけるというのも差別税である。その具体例が1815年から1846年まで施行された穀物法だった。こうした差別関税は、撤廃されるに越したことはない。経済的にみれば、それは生産改良を遅らせ、労働力を浪費させるからである。しかし、いっぽうで、ミルは穀物法が廃止されたとしても、いずれ穀物価格と地代は上昇するだろうとみていた。
 輸出関税と輸入関税は、いずれも商品の価格を上げ、需要を減退させる。それによって国際貿易がどのような影響を受けるかについて、ミルはさまざまなケースを挙げて検証している。だが、これについても、こまかく見ていく必要はないだろう。ミルは、二国間の保護関税が、双方の利得にとってマイナスとなる場合もあると指摘している。国際貿易については、別途、詳しい検討を必要とするだろう。
 さらに、ミルはその他の雑税として、印紙税や不動産取引税、広告税、新聞紙税、司法手数料、道路税、その他を挙げており、それらのうちには廃止するのが望ましいものも多いと述べている。
 興味深いのは、ミルが税制としては直接税と間接税のどちらがよいかを論じていることである。イギリス人は税を直接支払うという行為が嫌いだ、とも書いている。これはイギリス人にかぎらないだろう。そのいっぽう、イギリスでは間接課税は日に日に理解されるようになっているという。
 ミルの時代、イギリスではもはや直接税だけでは歳入をまかないきれなくなっていた。そのため間接税も導入され、さらに足りない分を国債でおぎなうかたちが恒常化していた。歳出のなかには浪費も多く、それを節約して教育などの公共サービスに回す必要性もミルは認めている。
 しかし、無駄を省きながら予算規模を増やすには、もはや間接税に頼る以外にないだろう、とミルは考えていた。直接税のうち、地代や相続にたいする増税はともかくとして、所得や不動産への税を強化することには、強い抵抗があった。
 ただし、むやみやたらに間接税を増やせばよいというものではなかった。物品にたいする課税は公平でなければならないし、生活必需品はできるだけ非課税とし、奢侈品には高率の税を課してもよい。間接税の原則は、生産者にではなく消費者に税の負担を求めることである、とミルはいう。
 ただし、間接税は直接税とちがい、水平的な税となる。「けだし比較的に税収の多い租税の対象となる物[たとえば、茶、コーヒー、砂糖、たばこ、アルコールなど]は、割合からいえば、富裕な人々よりも、むしろ社会の比較的に貧しい人々によって、より多く消費されるものである」と、ミルは書いている。
 ここで、ミルは弊害の多い内国消費税ではなく、対象を限定した物品税を勧めている。そのことは、「課税は、多数の物品の上に分散せず、むしろ少数の物品に集中し、それによって徴税費の増大を防ぎ、かつ干渉を受けて少なからぬ負担と困惑を感ずる事業部門の数を及ぶかぎり少なくすべきである」と述べていることからもわかる。
 関税については、保護関税となるのを避け、その国で生産できないものに限定して課税すべきである。また物品税は、密輸や脱税の誘惑をもたらすほど高率にしてはならない、とも述べている。
 税制についてのミルの論議は、いまでは常識に属するだろう。しかし、『経済学原理』(正確には『政治経済学原理』)が書かれたのが、江戸時代末期だったことを考えれば、イギリスにくらべ日本の国家体制が遅れていたことを、あらためて痛感しないわけにいかない(しかし、ほんとうに遅れていたのだろうか)。
 さらに、ミルの時代、すでに国家は軍事、治安だけではなく、公共サービス面での役割を果たすべきものと考えられるようになっていた。アダム・スミスの時代とは、国家の様相がだいぶ変わりつつあった。
 長くなったので、今回はこのへんでおしまい。
[諸事情が重なって、最近はいなかの高砂に帰ることが多くなり、ブログの更新もとどこおりがちです。ご了承ください]

定常状態──ミル『経済学原理』を読む(12) [経済学]

 資本が蓄積されるにつれ、利潤率は低下し、いずれ資本が飽和状態に達する時点がやってくる、とミルは予想した。こうした事態を避けるには、政府が資本を吸収するか、資本を輸出するか、あるいは新たな機械の導入によって利潤率を高めるという方法をとる以外にない。
 だが、どの方法をとろうと、いずれ経済的進歩には、ひとつの終点が訪れる、とミルはいう。

〈そもそも富の増加というものが無際限のものではないということ、そして経済学者たちが進歩的状態と名づけているところのものの終点には定常状態が存在し、富の一切の増大はただ単にこれらの到来の延期に過ぎず、前進の途上における一歩一歩はこれへの接近であるということ、これらのことは、経済学者たちにより、非常に明瞭であったかどうかというちがいはあるが、ともかく必ずいつの場合も認められてきたことである。〉

 経済が終局的に定常状態に達することは避けられない。
 富の増加をめざして、経済は発展しつづけなければならないという考え方は、当時も一般的だった。これにたいし、ミルは富と人口の定常状態は、それ自体忌むべきものではないという見方を打ちだした。
「私はむしろ、それ[定常状態]は大体において、今日のわれわれの状態よりも非常に大きな改善となるであろう、と信じたいくらいである」とまで、ミルはいう。
 さらにミルは「互いにひとを踏みつけ、おし倒し、おし退け、追いせまる」といった産業社会の風潮には、まったく魅力を感じないとも述べている。
 富を獲得する道がだれにでも開かれ、だれもがカネ儲けに野心を燃やしている時代を否定するわけではない。

〈けれども、人生にとって最善の状態はどのようなものかといえば、それは、たれも貧しいものはおらず、そのため何びとももっと富裕になりたいと思わず、また他の人たちの抜け駆けによって押し戻されることを恐れる理由もない状態である。〉

 ミルはそういう。
 人間にとっては、戦争にエネルギーを費やすより、富の獲得に奔走するほうが、よほどましにきまっている。それでも、ミルは富裕者がさらに富裕になろうと奔走し、「有業の富裕者から無職の富裕者に成り上がるということが、なにゆえに慶ぶべきことであるか、私には理解できない」と断じる。
 それよりも、労働者層の給与が高く、生活に余裕があり、資本家が莫大な財産をもつことなく、人びとが荒々しい労苦を免れ、機械に振り回されずに、ゆったりと人生を楽しめるような社会のほうがずっといい、とミルはいう。
 資本と人口の定常状態は、人間的進歩の停止状態を意味するわけではない。むしろ、あくせくしないなかで人びとの文化や道徳は発展していくだろう。
 定常状態において、産業上の改良は労働の節約とのみ結びつく。このとき、科学者が自然のなかから獲得した知識と技術は、はじめて人類の共通財産となり、万人の分け前を増加させるのに役立つのだ、とミルは宣言している。
 第4篇の最後に、ミルは労働者階級の将来について論じている。
 ミルは、現代の課題は「総生産物がその分配にあずかる人たちの数に比較して相対的に増加すること」だと述べている。労働者の所得を上げるべきだと考えていたのである。
 当時、労働者にたいしては、上流階級による保護と下層階級の服従が相呼応するというとらえ方があった。そのいっぽう、労働者の自立を求める声も上がりはじめていた。ミルが後者の立場をとっていたことはいうまでもない。
 労働者の独立心を促すのは教育の力だ、とミルは信じている。それによって労働者は良識をもって行動するようになり、人口増は抑制され、「人口は資本および雇用に対し漸次逓減する割合を示す」ようになる。こうして労働者は自立し、女性の地位も改善されるだろう、とミルはとらえた。
 労働者はいつまでも服従に甘んじないだろう。「人類を雇用者および被雇用者という二つの世襲的階級に分けておくなどということは、永続的に維持しうるものではない」と、ミルはいう。
 さらにミルは「進歩向上の目的は……人間が従属関係を含まない関係において互いに他の人たちとともに、また他の人たちのために働きうるようにすることでもなければならぬ」と述べている。
 そして、そうした人間の対等な関係が、現在の抑圧的な仕事場とは異なる、労働者と資本家の共同組織、あるいは最終的には労働者どうしの共同組織を生みだすにちがいないと論じている。
 そこで、ミルはまず労働者と資本家の共同組織について紹介している。
 こうした組織では、利潤の何パーセントかが労働者に還元される。たとえば中国貿易をおこなうアメリカ船舶でも、イギリス・コーンウォールの鉱山でも、パリの家屋塗装業者でも、賃金に加え、労働者に利潤の一部が支払われるようになっている。これは一種のボーナスといってよいだろう。
 もっと進んだ例としては、ヨークシアの炭鉱で実施されているように、会社の3分の2の株を経営者が所有し、3分の1を職員と労働者が保有するといったケースもみられる。
 さらに、つづいて、ミルは労働者どうしの共同組織についても紹介するが、その前に、こんなふうに述べている。

〈いやしくも人類が進歩向上をつづけるとした場合に、結局において支配的となるものと期待されなければならぬものは……労働者たちがその作業を営むための資本を共同で所有し、かつ自分自身で選出し、また罷免しうる支配人のもとで労働するところの、労働者たち自身の平等という条件に則った共同組織である。〉

 翻訳がわかりづらいけれど、ここにはミルの社会民主主義的なビジョンが示されている。ミルにとって、社会主義とは国家と国家エリートによる経済の統制を指すわけではなかった。自立した労働者どうしの共同組織が広がり、それにもとづいて、国家が最大多数の最大幸福を支えていく体制こそが、ミルのいう社会主義なのである。
 だが、労働者の共同組織ははたして実現可能なのだろうか。成功し、繁栄している共同組織はいくらでもある、とミルはいう。あるピアノ製作工場は、当初は創立者のわずかの資金に加えて、貧しい労働者たちのわずかな資金をもとに発足した。だが、このピアノ工場は発展していく。
 仕事は厳しかったが、労働者たちはみずから定めた規則のもと仕事に励み、出来高払いではない毎月の賃金を受け取り、年末には利潤の一部が労働者にも分配された。それでも、このピアノ工場は、10年間のうちに資本が1000倍以上に増えるほど成長したという。
 さらに、イギリスでも、フランスでも、ドイツでも、イタリアでも、協同組合が成功を収めた事例は数知れない、とミルはいう。その詳細については省略するが、不必要に多い卸売や小売商の数を削減し、生産的エネルギーに大きな刺激を与えたのは、協同組合の功績だとしている。さらに、かれが強調するのが、協同組合運動による「社会の道徳革命」である。

〈社会の道徳革命は次のような状況をもたらすにちがいない。労資間の恒常的不和は緩和されるだろう。人間の生活も、相対立する利害のために闘う階級闘争ではなく、万人にとって共通な利益を求める友好的なライバル関係へと転換していく。労働の尊厳性も高まるだろう。労働階級のなかでは安定感と独立性が芽生える。各自の日々の時間も、社会的な共感や実際的な教養を学ぶ場へと変わっていくだろう。〉

 ミルのいわんとする道徳革命のイメージをつかんでもらえるだろうか。
 ミルは敏腕な個人の経営する会社のほうが、ときに共同組織、協同組合よりも、果敢に行動し、大胆な改革をなしとげることもあると認めている。共同組織や協同組合は、個人会社を排除するものではない。しかし、社会の進歩につれて、資本家の個人会社よりも、いずれ共同組織や協同組合が経済運営の主流になっていくだろう、とミルは信じていた。
 ただし、ミルは競争の役割を強調することを忘れていない。共同組織や共同組合どうしの競争があってこそ、生産上の改良にもつながるし、個々人の向上への努力も生まれるし、消費者の利益、ひいては勤労者階級の利益にもつながるとしている。
「競争は、進歩への刺激として、考えられうる最良のものではないかもしれないが、しかしそれは現在においては必要な一刺激であり、またそれがいつの日に進歩にとって不可欠なものでなくなるか、何びとも予見できない」と、ミルはいう。つまり、ミルは競争(切磋琢磨)なくして進歩なしと考えていたのである。それは経済が定常状態となっても、言えることだった。