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橋本健二『新・日本の階級社会』をめぐって [時事]

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 日本には新しい階級社会が生まれている。
 1980年ごろから経済格差は徐々に広がり、2012年に日本の貧困層は2050万人にも達した。その原因は非正規労働者が増えたことであり、このことが未婚率の上昇をもたらしている。人びとは大きな格差の存在をはっきりと感じている。それどころではない。

〈現代の日本社会はもはや「格差社会」などという生ぬるい言葉で形容すべきものではない。それは明らかに、「階級社会」なのである。〉

 かつては「一億総中流」という言い方があった。しかし、いまでは「中流意識」が分解し、「中の下」を真ん中にして、「中の上」と「下の上」と「下の下」が増えている。階層意識がはっきり分かれてきているのだ。
 そのいっぽうで「格差拡大肯定・容認論」と「自己責任論」が浸透している。
 著者は2012年のデータにもとづいて、日本の階級構成を次の4つに分類している(就業者人口約6252万人、うち男性3676万人、女性2676万人)。

(1)資本家階級(254万人、4.1%)
(2)新中間階級(1286万人、20.6%)
(3)労働者階級(3906万人、62.5%)
(4)旧中間階級(806万人、12.9%)

 少し説明がいる。

 資本家階級とは、従業者が5人以上の経営者、役員、自営業者。
 新中間階級とは、専門・管理・事務に従事する被雇用者。
 労働者階級とは、専門・管理・事務以外に従事する被雇用者。
 旧中間階級とは、従業者が5人未満の経営者、役員、自営業者。

 を指している。
 最大多数を占める労働者階級は、さらに次のように分類できる。

(a)正規労働者(2193万人、35.1%)
(b)パート主婦(785万人、12.6%)
(c)非正規労働者[パート主婦以外](929万人、14.9%)

 世帯別年収について、ごく大雑把にみると、資本家階級は労働者階級の2倍、新中間階級は1.5倍、旧中間階級はほぼ同じという統計がでている。
 問題は労働者階級の内訳だ。男性でも女性でも、正規と非正規のあいだでは年収で2倍近くの格差がある。世帯年収をとっても、雇用形態が正規と非正規とでは、大きなちがいがある。
 著者はパート主婦を除く非正規労働者が、従来の労働者階級とも異質なひとつの下層階級を構成しはじめていると指摘し、それを「アンダークラス」と名づけている。
 問題はアンダークラスが拡大しつづけていることだ。現時点で、就業者人口の7人に1人がアンダークラスに属している。
 就業者数でみると、アンダークラスは527万人が男性、女性が402万人と、ほかの階級より女性の比率が高い(43.3%)。
 調査によると、その主な職種は、販売店員、総務・企画事務員、料理人、給仕係、清掃員、スーパーなどのレジ係、倉庫夫・仲仕、営業・販売事務員、介護員・ヘルパー、労務作業者などとなる。
 その過半数がフルタイムではたらいており、平均個人年収は186万円。平均世帯年収では343万円とやや高めになるが、世帯の24.1%は200万円以下の所得だ。
 そのためアンダークラスでは貧困率(平均所得の半分以下の割合)が38.7%にのぼり、とくに女性では48.5%に達し、さらに夫と離死別した女性となると63.2%となっている。
 平均資産総額(不動産を含む)は1119万円だが、持ち家がない人は315万円。資産がまったくない人の比率が31.5%を占める。

〈何よりもきわだった特徴は、男性で有配偶者が少なく、女性で離死別者が多いことである。……アンダークラスの男性が結婚して家族を形成することが、いかに困難であるかがよくわかる。……未婚のままアンダークラスであり続けた女性がかなりの数いる一方、既婚女性が夫との離死別を経てアンダークラスに流入してくるようすがうかがえる。〉

 結婚できないアンダークラスが増えているのだ。
 アンダークラスの仕事は、みずから構想して能力を発揮できる種類のものではない。昇進の可能性もほとんどない。退職金もない。健康状態に不安をかかえ、鬱におちいりやすく、孤立におちいりやすい。
 さらに、著者は日本の階級構造が固定される傾向があることを指摘する。つまり父親が資本家階級なら、その子どもも資本家階級に、新中間階級なら新中間階級に、労働者階級なら労働者階級になる割合が高いということだ。ただし、旧中産階級は別で、親の農業や自営業を継ぐ子どもの割合は低くなっている。
 いっぽう、新中間階級から労働者階級に移動する割合は少し増えている。かつては大卒者の多くが新中間階級になることができたが、いまでは就職状況によって、かならずしもそうとはいえなくなった。「いい大学からいい会社へ」という進路はもはや保証されていない、と著者はいう。
 統計によれば、若者は保守化し、排外主義的な傾向を強めているようだ。貧困を自己責任とみなし、所得再分配に反対する若者も多い。また「新中間層と正規労働者は、むしろ貧困層に対して冷淡であり、アンダークラスに対して敵対的であるように思われる」。
 しかし、格差を縮小させ、より平等な社会を実現することが必要だというのが著者の立場だ。
 格差の拡大と階級の固定化が望ましい社会とはとても思えないからだ。また、自己責任論が格差を正当化するイデオロギーなのは言うまでもない。

〈「努力した人が報われる」ことが必要であることはいうまでもない。だから非正規労働者として働くアンダークラスの努力は、報われる必要がある。〉

 賃金格差を縮小し、所得の再分配をはかり、格差を生む原因を解消しなければならない。経済成長や物価上昇率2%を目標とするより、そのことがよほどだいじなのだ。政治の役割は、病んでいる社会を少しでも改善することではないのか。
 著者はこれからの社会は「非階級社会」をめざすべきだという。

〈問題は、階級間に大きな格差があること、そして階級間に障壁があって、階級所属が出身階級によって決まってしまうことである。……[もし格差解消をめざす]諸施策が実現し、これによって階級間の格差が小さなものになり、また自分の所属階級を自由に選ぶ可能性が広がれば、階級というものの意味は、いまよりずっと小さなものになるだろう。〉

 きわめてまっとうな主張である。

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商店街の話 [時事]

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 新雅史(あらた・まさふみ)の『商店街はなぜ滅びるのか』を読んだ。著者は1973年生まれで、実家は北九州市の酒屋だったという。著者が東京大学の大学院にはいったころ、両親は酒屋をたたんで、近くにコンビニを開いた。まわりにあった多くの店は次々つぶれていた。

〈わたしの両親は、コンビニを経営できているだけ、恵まれているのだと思う。酒屋を廃業してそのまま行方が知れなくなった者、あるいはコンビニなどの新しい事業に手を出して自殺してしまった者は、わたしの地元だけでも何人もいる。〉

 なんだかせつない。
 でも、いまはほとんどシャッターの下りた商店街も、かつてはにぎやかな時代があったのだ。
 それは1960年代から70年代にかけてのことだ。
 当時、日本ではサラリーマンが増えていた。しかし、自営業者もまだ多かったのだ。農業者も含むと、その数は900万人。その多くが商店の経営主だった。
 そもそも商店街はいつごろできたのだろう。
 著者はその歴史を追っている。
 商店街はけっして古くからあったわけではない。それは20世紀初頭の都市化に応じて「発明」されたものだ。「商店街とは20世紀になって創られた人工物である」と著者はいう。
 第1次世界大戦後、離農者が増えて、都市に出て商売をする者が増えてきた。離農者はかならずしも工場労働者になったわけではない。町でとりあえず商売をしてみようという人が多かったというのだ。もちろん、町には昔からのしにせもあったわけだけれど。
 大正時代終わりには、百貨店や協同組合も生まれている。商店街は百貨店や協同組合と対抗するかたちで誕生した、と著者はみる。家族経営で資力も少ないさまざまな専門店を同じ場所に集めて、通りを整備すれば、客も集まるはずだ。そう考えて、商店街がつくられた。このあたりは、もっと実証研究が必要かもしれないが、商店街はいわば横に広がる百貨店だったという指摘はおもしろい。それは20世紀はじめに生まれた小売りモデルだった。
 商店街は都市の繁華街だけではなく、ちいさな町にもつくられていった。町づくりと商店街がセットになっていた場合もある。
 1935年ころから小売業者の組合は自主規制をはじめる。たとえば酒屋や米屋は一定地域に1軒だけと決められていた。
 1937年には百貨店法が成立し、百貨店の出店が許可制になった。1938年には酒類の販売が免許制になった。
 こうして大型店と商店街、小売店の規制と棲み分けがはじまる。

 日本各地で商店街がつくられるのは、どちらかというと戦後になってからだ。著者は1946年から73年にかけてが商店街の安定期としている。
 戦後、政府は零細小売商の保護政策に乗りだした。GHQによっていったん廃止された百貨店法は1956年に復活し、百貨店の新増設や営業時間に規制が設けられるようになった。
 1957年には中小企業団体法がつくられ、中小企業の権益が強化され、中小企業が大企業と交渉することも可能になった。消費者の利益を守るため消費者団体連絡会も結成されている。
 1959年には小売商業調整特別措置法(商調法)がつくられる。生協や購買会(企業が従業員の福利厚生のために設けた小売事業)の活動を規制し、零細小売商を守るための法律だといってよい。
 1962年には商店街振興組合法が施行され、政府から商店街に無利子融資や補助金が交付されることになった。これによってアーケードをつくったり、道幅を広くしたりする商店街の整備が進んだ。
 このころ登場したのが流通革命論だ。流通のムダを省いて、小売業の合理化をはかるため、スーパーマーケットを推進すべきだと訴えていた。
 その波に乗って登場したのが、ダイエーの中内㓛だ。1957年に大阪で創業したダイエーは、1972年には三越の売り上げを抜くところまで成長していく。価格破壊と流通革命が、かれのキャッチフレーズだった。
 中内は商店街の既得権破壊をめざしていた。スーパーの進出に危機感をいだいた商店街は反発し、政府にはたらきかけ、1973年に大規模小売店舗法(大店法)制定にこぎつける(百貨店法は廃止)。スーパーなど大型小売店の出店を規制するのが目的だった。
 とはいえ、スーパーは次第に増え、徐々に商店街の牙城を切り崩していた。
 1974年以降を著者は商店街の崩壊期ととらえている。
 セブンイレブンが第1号店をだしたのが1974年だった。それ以降、コンビニは全国津々浦々に広がり、その数は2016年段階で5万6000店以上にのぼる。フランチャイズ方式でコンビニを運営したのは大半が元小売業者だった。コンビニが増加するとともに、商店街の崩壊が加速されていったのは不思議でもなんでもない、と著者はいう。
 商店街を崩壊させたのは、もちろんコンビニだけが原因ではない。
 前に述べたように、1973年の大店法は、スーパーなど大型小売店の出店、増築を規制するものだった。大型店は地元の商工会議所の了解を得なければ、地域への出店を認められなかった。その大店法は1978年に改正され、規制の範囲は大規模店舗だけではなく中規模店舗にまで広げられた。
 にもかかわらず、流通戦争はむしろ活発化し、既得権を主張する商店街はその戦争に敗れていったのだといえる。商店街はけっきょく進出してくるスーパーに太刀打ちできなかった。零細小売商にできる対応策は、スーパーのなかに自分の店をもつくらいのものだった。
 日米間の大きな動きも、日本の流通に激しい変化をもたらした。
 1973年のオイル・ショックは高度経済成長を終わらせるきっかけとなったが、日本はオイル・ショックを貿易攻勢によってうまく乗り越え、強固な経済体制と福祉社会を維持しているかのようにみえた。
 だが、貿易赤字に苦しむアメリカはこれに反発し、1980年代半ばにいわゆる日米構造協議を開始する。
 アメリカ側はまず日本の流通システムが非効率だと指摘し、流通の規制緩和を求めた。とりわけ、ターゲットにされたのが酒類の輸入規制である。
 それまでウィスキーやブランデー、ビールなどの輸入酒には高い関税がかけられていた。アメリカ側はその関税を引き下げるよう求めるとともに、スーパーやデパートでも酒の販売を解禁するよう主張した。
 さらにアメリカは日本の社会資本を整備するよう求めた。具体的には、道路や空港などにもっと公共事業費をつぎ込み、その事業にアメリカ企業を参入させようとしたのだ。
 アメリカの主張する内需拡大の呼び声のもと、財政投融資が増大するのは1990年ごろからである。この資金が、地方では中心街から離れた国道アクセス道路に投入された。
 政府の資金は商店街のアーケードやコミュニティ・ホールなどにも投入された。だが、こうした融資は返済されなければならないものだった。その結果、それはかえって商店街の体力を奪うものになっていった。
 バブルのころからの公共事業は、小売業の環境を変化させてしまったという。
 かつての商店街は徒歩圏内に形成されていた。商店街の問題は、商店街が広い通りに面しておらず、駐車場も整備されていなかったことである。
 1980年代からは規制緩和が進んだ。
 大規模な小売チェーンが地方に進出しやすくなった。加えて、地方都市の商圏が郊外化していった。
 これは公共事業の拡大によって、地方の道路事業がすすんだためである。道路沿いの土地開発も進んだ。そこに収まったのが、大規模なショッピングモールだった。郊外なら大規模なショッピングモールも大店法の規制対象とはならない。
 商店街に大きな打撃を与えたのは、車での買い物を前提とした郊外のショッピングモールだけではない。著者はコンビニ化という生き残り戦略こそが、商店街を内側から崩壊させたと指摘している。
 1970年代の終わりからコンビニが急速に増えた理由は、イトーヨーカドーやダイエーといった大手小売資本が、大店法の規制にかからない小型店を増やそうとしたためだという。しかも、それを自力で展開するのではなく、フランチャイズ方式でおこなおうとした。本部にロイヤリティを払う方式のもとで、コンビニのオーナーとなったのは、地元の零細小売商、とりわけ酒屋が多かったという。
 小売商はコンビニを営むことで、新しい店舗を手に入れ、昔からの念願だった店舗と住居の分離をはたすこともできた。跡継ぎが店を継ぎたがらなくなり、店の売り上げも落ちてくるなかで、酒屋などの零細小売商にとって、コンビニの経営は絶好の選択であるように思えた。若者や主婦のアルバイトやパートを導入し24時間態勢でのぞめば、スーパーに対抗できるのも魅力だった。
 大店法は1983年、91年、93年と改正され、ますます規制緩和が進んでいた。大型スーパーはこれまで扱えなかった酒や米、魚介類なども売れるようになった。それに危機感をいだいた小売業者がコンビニに興味をいだくようになるのはとうぜんだったといえる。
 コンビニの登場によって、たばこ屋、酒屋、米屋、八百屋などの古い専門店はその存在意義を失っていった。
 コンビニは地域のよろず屋だった、と著者は書いている。車で買い物をする時代に、駐車場も整備されていない古くさい商店街は、かえって不便な存在となった。商店街が内部崩壊していくのもとうぜんだったといえる。
 ここで、著者はいささかコメントをはさんでいる。
 日本の労働形態が大きく変化したのは、バブル崩壊前後である。
 1985年のプラザ合意以降、日本の製造業は円高不況によって、その多くが工場を海外に移転するようになった。そのころ、自営業者層も規制緩和により分解しかかっていた。
 政府は製造業の労働人口が減るなか、雇用を確保するため、地方の公共事業を増やし、スーパーやコンビニの地方進出をいっそう促した。それによって増えたのが、建設業と小売・サービス業の非正規雇用者だったという。
 大店法などで規制しても、家族経営からなる商店街の排他的権益を守りつづけるにはしょせん無理があった、と著者はいう。
 かつては雇用と自営が労働力の両翼を支えていたが、いまは男性サラリーマンと主婦が労働力の中心となった。自営業が掘り崩されるなか、人びとは正社員に安定を求めた。だが、増えたのはアルバイト、パート、派遣社員といった非正規雇用だった。
 商店街の崩壊とともに、多くの地方が疲弊してしまったようにみえる。
 はたして地方を再生する道はあるのだろうか。
 著者は規制と給付を組み合わせることがだいじだという。社会保障などの給付だけでだめで、地域への規制も必要だという。地域を活性化するためには、地域社会の自律につながる規制を導入すべきではないかという。
 新しい商店街をつくることを考えてもいい。たとえば協同組合がみずから店舗を開くとともに、空き店舗を管理し、それを意欲のある若者に貸し出すこと。それによって、若者に起業の機会を提供することもできるのではないかという。
 コンビニやバーチャルな空間だけで地域社会の生活をささえることはできない。
「わたしたちは、地域をケアするためにどのようなコントロールが必要なのか、その点についてみんなで議論する時期がきているように思う」と、著者はいう。
 やはり元気な商店街がなければ町は活気づかない。そのためには、これまでとはまったくちがう発想が必要なのだろう。

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ならずもの国家その後 [時事]

 ならずもの国家というのは1990年代末にはやったことば。アメリカが自分たちのルールにしたがわない独裁国家につけたレッテルだといってよい。当時、アメリカは、北朝鮮、イラク、イラン、アフガニスタン、リビアをならずもの国家と呼んでいた。
 アメリカはこれらのならずもの国家を、戦争や謀略で、徹底的に痛めつづけた。その結果、現在、旧来の国家体制を維持しているのは、北朝鮮とイランだけとなった。
 アメリカこそならずもの国家だという言い方がある。というのもイラク、アフガニスタン、リビアの体制を強引に倒したのはアメリカにほかならなかったからだ。そして、そのあとに残されたのは、荒廃と混乱、暴力、そして世界中へのテロの拡散だった。
 イランは2015年に欧米諸国・ロシアと、核物質の製造・蓄積を制限する核合意を締結することで、体制の存続をはかった。とはいえ、アメリカとの緊張関係はいまだにつづいている。
 北朝鮮はイランとは逆の方向をとった。核開発を推進し、アメリカを攻撃しうるミサイルをもつことで、その体制を維持しようとしている。
 北朝鮮が目標とするのは、アメリカに頭を下げさせることである。
「これまで、ならずもの国家、悪の枢軸などと北朝鮮を非難したのはまちがっておりました。これからはお隣の中国と同じように、ぜひ仲良くさせていただきたいと思いますので、どうぞよしなに」と言わせることである。
 だが、はたして、北朝鮮の思わくはそううまくいくだろうか。
 けっきょくISを生みだすことになったイラクでの戦争を後悔しているようにみえるアメリカは、いま北朝鮮と戦争したくないだろう。石油が豊富にあるイラクとちがい、戦争するメリットは何もない。加えて、戦争のもたらすリスクはひじょうに高い。
 いまや東アジアは核の海になった。
 中国、北朝鮮、ロシア、そしてアメリカの核の傘のもとにおかれている(つまりいつでも核を持ち込める)韓国、日本と並べてみれば、東アジアにはいったいどれほど核が充満していることだろう。それが、中東と東アジアのちがいである。
 東アジアでの戦争は、究極的には核戦争を招くことになる。それでも金正恩、ないしトランプは核のボタンを押すことを躊躇しないのだろうか。
 たとえ核戦争にいたらないまでも、戦争は北朝鮮を壊滅させるだけでなく、韓国、そして日本にも巨大な被害をもたらす可能性がある。
 経済制裁を強化して、北朝鮮がまいりましたというのを待つのが、アメリカや日本がとっている当面の作戦である。そして、北朝鮮が6カ国協議で、核開発をやめることに合意すれば、少なくとも北朝鮮の体制は維持され、各国との経済関係も修復されることになる。うまくすれば、アメリカとの平和条約も締結されるかもしれない。
 だが、北朝鮮が核開発をやめることはないだろう。なぜなら、それだけが、北朝鮮がならずもの国家として排除されるのを防ぐ唯一の手立てだからである。
 かつて吉本隆明は『「ならずもの国家」異論』(光文社、2004)のなかで、核拡散防止条約(NPT)の正当性に異論を唱えたことがある。

〈ぼくは、核拡散防止条約はおかしいとおもっています。公正にいって何がおかしいのかといえば、この条約が締結された時点で核を保有している国はそのまま核をもっていてもいいけれど、いま核をもっていない国はこれからも核を保有することはできない、それは許されないんだという点です。これはどうかんがえてもおかしい。そんなばかな話はないわけです。……
 核をもっていない国は今後とも核をもてないと決めるなら、その一方で、すでに核をもっている国はどんなかたちでもいいから次々に核を廃棄するというのでなければ公正ではありません。条約をつくったとき、核の不所持と核の段階的廃棄を同時に決めなければいけなかったのに、そうしなかった。国際問題ではいつも強いやつの主張が通ってしまいますから、アメリカやロシアのつごうのいいように決まってしまったわけです。そんな核拡散防止条約は根本的にいってとてもおかしいわけです。〉

 現在、NPT条約のもとで、核の保有を認められているのはアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5カ国である。しかし、条約に加盟していないインド、パキスタン、イスラエルも核兵器を所有している。またソ連が崩壊したときに、ベラルーシ、ウクライナ、カザフスタンの核兵器はロシアに引き渡されたとされるが、どこかの地域にひそかに流出した可能性もある。
 北朝鮮の核開発は、NPT体制にたいするあからさまな挑戦だといってよい。それはアメリカだけでなく、中国への反発でもあった。なぜなら、北朝鮮は同盟国である中国の核の傘にはいらないことを、身をもって示したからである。
 吉本がNPT条約を批判したのは、なにも北朝鮮の核開発を支持したわけではあるまい。まして、アメリカの前にちぢこまって、核の選択などできない日本を揶揄したわけでもないだろう。
 核兵器の広がりは、大国が力で押さえ込もうとしても、もはや不可能になっているのが現実であり、NPT条約に代わる新たな平和構想の枠組みを考える時期にきたのではないか、との感想を述べたまでである。
 現代人は底知れぬ核の不安のなかで、生きることを余儀なくされている。
 科学技術の進歩とともに、軍事技術の開発と広がりもとどまることをしらない。そのことに気が滅入る。いったんつくりだされた武器は、陳腐化されることで見捨てられることはあっても、どんどん効果的に人を殺傷する能力を高める方向に進んでいる。
 これはみずからを絶滅の淵に追いこまないではいられない人類の宿業なのだろうか。
 北朝鮮の核開発が、世界、とりわけ日米韓に脅威を与えていることはまちがいない。しかし、いまから13年前に、吉本はすでにこんなことを述べている。

〈日本国の一連の動きを見ていてよくないなと感じるのは、「北朝鮮問題」というものがあって、その北朝鮮問題をアメリカに片づけてもらいたいがために、アメリカにべったり同調しているように見えてしまうことです。北朝鮮の脅しが日本政府に対しても、日本の国民一般にたいしてもずいぶん効いているんだなと驚くほどです。
 でもぼくは、北朝鮮の脅しなんて危機でも何でもないとおもっています。北朝鮮もミサイル発射の構えを見せるし、日本のマスコミも危機だ危機だと煽るけれども、本当をいえばあんなのは何でもないことです。北朝鮮がいくら脅かしたり、ソウルや東京を火の海にしてやると広言しても、その程度で戦争が起こることはありません。太平洋戦争中の体験からしてもぼくはそうおもいます。あれは単なる脅しにすぎない。戦争なんかする気がないからああいっているだけのことです。〉

 メディアでこういう意見を述べると袋だたきにあうが、ぼくは卓見だと思う。
 いいことだとはけっして思わないけれど、北朝鮮の核開発は(中国の核開発と同様)、東アジアに奇妙な平和をもたらしている。ピリピリとした平和といえばいいだろうか。いままでは北朝鮮などさっさとつぶしてしまえと思っていたのに、少なくとも、北朝鮮とはそう簡単に戦争できないぞという気分が広がっている。
 だが、戦争の危険性がないわけではない。
 吉本はこう話している。

〈戦争というものは脅し程度のことからははじまりません。100パーセントはじまらないといっていい。戦争をはじめるなら黙って奇襲をかけるとか、いきなりミサイルを撃ち込んでくるとか、そういう方法をとるはずです。じぶんたちでできるかぎりの計画を練って、またあらんかぎりの武器を使ってまず攻めてきます。黙ってそうするはずです。それが戦争です。それ以外のやり方、たとえば演習するからそこをどいてくれとか、演習でミサイルを飛ばすとか、そんなことをいっているうちは戦争がはじまることは絶対にありません。
 いまの情況よりもっときわどいことにならなければ戦争ははじまらないし、また北朝鮮も戦争をできないだろうとおもいます。きわどいこととは何かといえば、それはアメリカが北朝鮮を正面の敵として扱い、アメリカ流の脅しを仕掛けたり、日本は日本で国民の多くが憲法改正に賛成して、自衛隊は海外で戦争をしてもいいんだという世論が出てくることです。〉

 吉本の懸念は、トランプ政権の登場や、安倍政権のもとでの新安保法制、「共謀罪」の成立、さらに憲法改正の動きなどで、いっそう深まり、より現実のものとなろうとしている。
 アメリカはいざ戦争となると、相手を叩きのめすまでやめないマッチョな国だ。まして戦争がアメリカ本土におよばないとなると、どんなこともやりかねない。吉本が心配するのは、日本の自衛隊がそんなアメリカとくっついて、北朝鮮と戦争するのではないかということだ。
 北朝鮮が侵攻してきたのならともかく、北朝鮮との戦争は避けるべきだ。
 北朝鮮は不幸な国だ。ぼくは北朝鮮が、いつか自由で、人権が守られ、開かれた豊かな国になることを望むけれども、それにはまだ時間がかかるかもしれない。あるいは、とつぜんの変化があるかもしれないが、それはわからない。
 しかし、戦争は解決にはならないということだけは主張したい。いまはピリピリした平和のなかで、さまざまな手立てをとりながら、じっと次の展開を待つしかないだろう。

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野口悠紀雄『日本経済入門』をめぐって(3) [時事]

 これまでみてきたように、日本経済はさまざまな問題をかかえている。なかでも深刻なのが高齢化問題と財政問題だ。
 きょうは、そのあたりを実際の数字でみていくことにする。
(8)高齢化問題
 高齢化にともない、医療介護制度が大きな問題になってきた。
 日本の健康保険制度は、社会保険(職域保険)と国民保険(地域保健)、後期高齢者医療制度の3本立てから成り立っている。
 2012年の日本の医療費の総額は40.8兆円。その負担割合は公費(国と地方)が15.9兆円、保険料が19.9兆円、患者の自己負担が4.8兆円となっている。
 GDPにたいする医療費の割合は2012年度で8.33%。その割合は1988年度の2倍になっている。高齢化にともなって、医療費が増加している。
 これに2012年の介護費8.9兆円を加えると、医療費・介護費は、すでにGDPの10%を超えている。
 著者は高齢者の自己負担率が低すぎることを指摘する。20歳から60歳までは医療費にくらべ、保険料と自己負担額のほうが多い。これにたいし、60歳を越えるとその関係が逆転し、年齢を重ねるとともに、保険料と自己負担額にたいし、医療費が圧倒的に多くなっていく。
 いま1人あたり年間医療費は、70歳を越えると60万円を超え、90歳を越えると100万円を超えるとされている。これにたいし、高齢者の保険料と自己負担額は低すぎる、と著者はいう。
 さらに65歳以上では5人に1人が要支援・要介護になっている。その保険給付額は2014年度で8.9兆円。そのうち半分が被保険者の保険料、残りの半分が公費で支払われている。その総額は今後、増大するとみられている。
 医療費と介護費のGDP比率は2025年度には13%近くになると予測されている。
 われわれ高齢者にとっては、つらい数字だ。
 これに加えて深刻なのが、年金問題だ。
 詳しい説明ははぶくが、著者はこのまま行けば、政府の説明とは異なり、2030年ごろに日本の年金制度は破綻すると断言する。
 これを避けるには、ふたつの方式が考えられるという。
 ひとつはマクロ経済スライドを強行し、経済指標にかかわらず毎年給付を0.9%減らしていくこと。それによって26年間で、年金の実質給付額を20%カットすることができる。
 もうひとつは年金支給開始年齢を徐々に70歳に引き上げること。こうした改革ができなければ、よほどの経済成長が見込めないかぎり、おそらく日本の年金制度は破綻するという厳しい見方を著者は示している。
 これも、われわれ高齢者にとってはつらい話だ。
 日本の財政も深刻な状況に置かれている。
 2016年の国の一般会計予算は、96.7兆円。そのうち33.1%が社会保障費にあてられている。社会保障費は1990年にくらべて、約3倍の32兆円となっている。
 1990年ごろから、税収は増えていない。予算のうち約3分の1を公債に依存するかたちとなっている。
 日本の財政は「債務残高がGDPの2倍を超えるなど、主要先進国と比較して最悪の状況」にある。
 消費税の引き上げがたびたび延期されるなか、財政の健全化は進んでいない。
 国債発行額や残高が多すぎると経済活動に支障をきたす。公債残高のレベルを適正に維持するためには、EU加盟基準でいえば(公債はGDPの60%に抑える)、消費税を27%に上げなくてはならない、と著者は指摘する。これは実際には不可能なことだ。
 とはいえ、いずれにせよ消費税の引き上げは必至だ。そのさい、著者は日本でもインボイス方式を導入して、合理的な税負担をはかるべきだと述べている。
 また、現在は日銀による国債大量買い入れにより、金利が低く抑えられているが、もし金利が上昇してくると、国債の利払い費が増大するという問題が生じる。最悪の場合は、国債をなかったものにするという事態も生じかねない。
 現在、日銀は異次元金融緩和によって、大量に国債を買い入れている。こうした状況をいつまでもつづけているわけにはいかない。「日本はいま、財政法第5条の脱法行為によって、財政ファイナンスに進みつつある」
 現在、問題は隠されているだけで、「この道が行き着く先がインフレであること」はまちがいない、と著者はいう。

〈本当に必要なのは、社会保障制度の見直しによって歳出の増加をコントロールすること、他方で生産性の高い産業を作って経済力を高め、それによって税収を上げることです。日本が抱えている問題を解決する手段は、この2つしかありません。〉

 ついでながら、著者は、法人税を引き下げたところで、国際競争力を高めることにはならないと指摘する。それは配当や内部留保を増やすだけで、賃金の上昇や投資に結びつかない。むしろ企業の社会保障費負担を軽減する方向をさぐるほうがいい、と著者はいう。
 こうして数字を並べていくと、日本経済の将来は暗いと思わざるをえない。唯一、展望が開けるとすれば、技術水準を上げることだという。
「企業のビジネスモデルを転換し、新興国とは直接に競合しない分野に進出することが必要」だという。
 そのためには製造業は、製品の企画や販売に集中し、生産は新興国でおこなうようなシステムをつくらなければならない。
 金融緩和によって、円安を誘導し、それによって景気を回復する方式は、弥縫策でしかない。
「生産性の高い新しい産業が登場するのでない限り、どんな施策をとっても、持続的な成長に結び付くことはない」からだ。
 技術開発面で、1989年に世界1位の座にあった日本は、いまや大きく後退している。IT革命の変化に日本はついていけなかった、と著者はいう。
 情報技術をもとにした新たなビジネスモデルを開発しなければならなかったのに、日本ではこの20年こうした企業が登場しなかった。日本では頭文字をとってGAFAと総称される、グーグルも、アップルも、フェイスブックも、アマゾンも生まれなかった。そのことが、日本経済停滞を象徴している、と著者はいう。
 さらに日本でユニコーン企業と呼ばれる次世代のIT企業が登場しないのは、規制緩和がなされていないためだ(規制緩和は加計学園などのためではない)。最後に、経済再活性化の原動力は、地方の創意工夫にある、と述べて、本書を終えている。
 技術開発による新産業といっても、現実はなかなかむずかしそうだ。それでも、政府発表をうのみにせず、日本経済の実情をしっかりと認識したうえで、どうにか先に進むほかあるまい。

野口悠紀雄『日本経済入門』をめぐって(2) [時事]

 前回に引きつづき、日本経済の実態を数字で追っていくことにする。
(4)所得分配
 労働者の所得は賃金、資本家の所得は利子所得、配当所得、それに所有資産の価値増加分からなる。
 資本所得の営業余剰と雇用者所得の割合は、1955年に40%と40%だったものが、1995年には20%、55%となり、2000年以降はほぼ20%、50%で推移している。つまり、「長期トレンドでは、営業利益に対する従業員給与の比率は上昇」している。
 また日本の資本収益率は60年代には7%程度だったものが、70年代以降は4〜5%となり、90年代後半以降は3%程度になっている。とりわけ90年代前半以降は製造業の収益率低下がめだつ。資本収益率が低下したのは、新興国の工業化で、日本の製造業のビジネスモデルが時代遅れになったためだ。
 いっぽう日本の貯蓄率は1970年には30%を超えていたが、2012年には1%に低下した。その原因は、急速に高齢化が進んだためだ。貯蓄の取り崩しがはじまっている。
 ジニ係数でみると、日本では所得の不平等度が増している。格差を縮小するため、政策面でのさまざまな取り組みが必要だ、と著者は論じる。とりわけ、今後は資産課税が大きな課題になってくる。
(5)物価
 日本の消費者物価水準はほとんど輸入物価によって決定される。
 1990年以降の特徴は、新興国の工業化とIT革命によって工業製品の価格が大きく下落したことだ。いっぽうサービス価格は上昇している。その結果、80年代後半から、消費者物価はほとんど上昇せず、90年代末からマイナスとなることも多くなった。
 なお、現在の物価水準は1970年の3倍程度になっている。1970年と比べると、2008年までに工業製品価格は10分の1程度になったのにたいし、サービス価格は5倍程度になっている。
 工業製品価格が下落したのは、中国が工業化した影響が大きい。
 2008年のリーマンショックでも消費者物価はほとんど影響を受けなかった。むしろ、物価は上昇した。その原因は、原油価格が上昇したためであり、2014年以降、原油価格が下落すると、物価も下落している。
 ここから、著者は日本の物価は世界経済の条件によって外部的に決まる側面が強く、国内の需要減少が価格の下落(デフレ)を招いているという認識は誤りだと断定している。
 2013年以降の消費者物価指数をみると、2013年12月に物価は1.3%上昇している。これは景気の好循環がはじまったためではなく、円安の影響だ。このとき上がったのは電気代とガソリン代であって、そのほかの物価はほとんど上がっていない。
 円安が進むと輸入価格が上昇し、それによって消費者物価が上昇する。その結果、実質賃金が下落し、実質消費が低迷する。
 円安になると、輸出企業のドル建て利益は増加する。そのいっぽう、労働者の実質賃金は下落する。他方、政府も企業利益が増加するため、税収が増える。そのため、政府も企業も円安を歓迎するが、労働者にとって円安は歓迎すべきものではない、と著者は論じている。
 2014年秋には日本の輸入物価が大きく下落した。主な原因は原油価格の下落だ。資源価格の下落は日本に利益をもたらすはずだ。ところが、それを歓迎しない向きがあるのは不思議なことだ、と著者は首をかしげる。デフレ脱却というイデオロギーが、経済の見方をゆがめているという。
 原油価格の下落によって、2014年秋以降、物価は下落に転じた。ところが、ほんらいもっと下がってしかるべき物価が下がらず、原油価格の下落によって生じた利益は企業利益の増大と内部留保の拡大に回ってしまっている。
(6)金融政策
 2013年にはじまった異次元金融緩和政策は、円安をもたらしたものの、実体経済に影響を与えていない、と著者は論じている。
 1980年代までは、日本の金融は、家計の貯蓄が銀行を通じて民間企業の設備投資を支えるというかたちをとっていた。
 ところがバブル後の90年代になると、家計の資金供給が減るなかで、政府が公共投資を増大させ、その赤字を国債発行によって補うようになった。いっぽう企業は膨張した資産と負債を圧縮し、設備投資を減少させた。
 90年代半ば以降、家計の貯蓄率はさらに低下し、資金余剰幅が縮小する。他方、社会保障関連費が増大し、政府の資金不足は拡大した。
 長期金利(貸出約定平均金利)は1993年に4.5%を超えていた。それが95年には2%台、2001年には1%台になり、現在はほぼ1%になっている。
 短期金利は1990年にほぼ6%だったが、95年に1%、2016年10月には0.3%になっている。
 90年代の急速な金利低下は、消費者物価の低下を反映したものだという。金利の低下はほんらい経済に繁栄をもたらすはずだが、日本ではそうならなかった。不良債権問題の処理に加えて、新興工業国の工業化にうまく対応できなかったからである。
 2013年に日銀は異次元金融緩和措置を導入した。そのころ円安が生じ、株価が上昇したのは事実である。しかし、円安はそれ以前のユーロ圏の情勢変化によって生じたものだ、と著者はいう。
 円安によって企業の利益は増大した。とりわけ資本金1億円以上の輸出企業が大きな利益を得た。これにたいし、下請けや非製造業の利益はそれほど増えていない。しかし、輸出総量は増えなかったので、GDPは増大しなかった。いっぽう労働者の実質賃金は下落したため、実質消費は抑制され、実質経済成長率は低迷した。
 2013年の経済成長率が高かったのは(2.0%)、金融緩和のためではなく、公共事業の増加と、消費税引き上げ前の駆け込み需要で住宅投資が増えたためだ、と著者は書いている。
 さらに、金融緩和政策は、マネーストック(流通するおかねの残高)の増加をもたらしていない。
 日銀は2013年4月から年50兆円〜80兆円のペースで国債の買い入れをおこなっている。2016年段階で、その額は国債残高の34.9%(345兆円)となった(現在は40%、400兆円を突破)。
 しかし、マネーストックは、年平均で3.4%(3年間で89兆円)しか増えていない。異次元金融緩和で、国債をこれだけ買い入れているのに、この状態は「空回り」としかいいようのないものだ。
 異次元金融緩和は失敗した。それは資金需要がないためだ。金融を緩和しても(たとえマイナス金利にしても)、停滞した経済を活性化することはできない。それどころか、それはむしろ大きな悪影響をもたらしている、と著者は指摘する。
(7)労働力不足問題
 日本の労働力人口は。1950年代はじめには5000万人だったが、80年代には8000万人、95年には8700万人となった。だが、それ以降は低下がつづき、2014年には7800万人となっている。
 これにたいし、65歳以上の人口は、1975年には1000万人未満だったのに、80年に1000万人を超え、2012年には3000万人を突破し、2014年には約3300万人になっている。急速な高齢化が進んでいる。
 これからの問題は、総人口の減少よりも、年齢構成の変化だ、と著者はいう。生産年齢人口が減少しつづけるのはまちがいない。2015年の7700万人が、2060年には4400万人に減少すると予想されている。いっぽう高齢者人口は増えてくるから、社会保障面で深刻な問題が発生する。
 GDPにたいする社会保障費の割合は、2005年に4.0%だったものが、2010年には5.7%、2015年には6.2%に上昇している。この割合は今後も増えつづけ、現在の制度は破綻する恐れがある、と著者は指摘する。
 これにたいし、労働力人口は2030年には5683万人となると予想され、現在よりも1000万人減少する。これはたいへんな事態だ。
 高齢化にともない、医療・介護にたいする需要はまちがいなく増えてくる。75歳以上の人口は1960年に164万、80年で366万人だったが、2010年には1419万人にのぼり、2020年には1879万人になるとされている。それにともない、要支援、要介護の認定者は2012年に561万人にのぼっている。こうした人びとを介護するために多くの医療・介護従事者が必要になってくるのはいうまでもない。
 これからは人手の確保が大きな課題になってくる。出生率の上昇が容易ではないとすれば、外国から労働者を受け入れる以外にないだろう。根本的な発想の転換が必要になってくる、と著者は述べている。

野口悠紀雄『日本経済入門』をめぐって(1) [時事]

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 あえてうそとは言わないけれど、経済に関して、時の政府や日銀が自分に都合のよい数字(印象操作)を発表しがちなのは、みずからの実績をほこることで、その正統性を維持するためである。それは、いわゆる「大本営発表」になりやすい。
 ところで、ほんとうのところ日本経済はどうなのだろう。ここでも数字はうそをつかないという原理があてはまる。
 本書は実際の数字にもとづいて、日本経済のほんとうの姿を客観的にとらえてみようというこころみだといってよい。
 ぼく自身は現実の世界にうとい。毎日をのらりくらり遊びくらしている年寄りにすぎない。そんななまけものにとっても、日本経済の現状を知っておくのも悪くないだろう。もっとも、それはいいかげんな理解にとどまってしまうかもしれないが……。
 本書の「はじめに」で、著者はこう書いている。
「1990年代の中頃をピークとして、賃金をはじめとする日本経済のさまざまな経済指標が、減少・低下していること」は事実である。
 著者にいわせれば、その原因ははっきりしている。
「第1は、新興国の工業化や情報技術の進展といった世界経済の大きな構造変化に、日本の産業構造が対応できていないこと」。
「第2は、人口構造が高齢化しつつあるにもかかわらず、社会保障制度をはじめとする公的な制度が、それに対応していないこと」。
 ここから導かれる対策もはっきりしている。
「日本経済が抱える問題を解決するには、経済の生産性を向上させる必要がある」。しかし、政府は見せかけの金融緩和政策に走り、実体経済を活性化させるという、だいじな方策を怠っている、というのが著者の見方である。
 本書の趣旨は以上であきらかだが、以下、実際の経済データにもとづいて、日本経済の実態をみていく。
 例によって、いっぺんには読めないし、頭もついて行かないので、何回かにわけて、内容を紹介することにする。
(1)GDPの変化
 まず経済活動の指標としては、国内総生産(GDP)が知られている。
 詳しい説明は省くが、国内総生産は国内総支出(GDE)と一致する。そのため、一般に国内総支出もGDPと呼ばれる。
 需要と供給の関係についてはさまざまな議論があるが、「長期的には供給面の要因により経済成長が決まり、短期的な経済変動は需要の変動によってもたらされる」とみてよい、と著者は述べている。
 経済活動の主体は、企業と政府、家計、それに海外部門からなる。
 GDP(正確にはGDE)で最大の割合を占めるのが、民間最終消費支出で56.3%にのぼる(2015年)。これにたいし、民間企業設備が15.3%、政府最終消費が19.9%、公的固定資本形成が5.0%、これに輸出から輸入を引いたものを加えたのが全体のGDPとなる。
 名目GDPを物価の変化率で割ったものが、実質GDPとなる。
 ややこしい計算方法はこれくらいにしておこう。
 日本の名目GDPの年平均成長率は、1956年から70年にかけ、15.6%にものぼっていた。実質GDPでみても、その間の平均成長率は9.6%だった。また1960年から66年にかけ、日本人の1人あたり所得は約2倍に増えている。
 しかし、現在(2016年)の実質GDP成長率は年率で0.5%に落ちこんでいる。これにたいし、アメリカの成長率は2.5%程度、ドイツは1.5%程度になっている。先進国のなかでも、日本は停滞している。
 1人あたりGDPでも、日本の停滞ぶりがめだつ。国際通貨基金(IMF)の予測では、2020年にアメリカの1人あたりGDPは、日本の1.5倍になるとみられている。1990年の1人あたりGDPは、日本のほうがアメリカより多かったことをみれば、ここでも日本の停滞ぶりが目立つ。
 いっぽう、日本と中国の差は、急速に縮小している。2010年には中国は1人あたりGDPが日本の10分の1だったのに、2015年には4分の1になり、2020年には3分の1に接近すると予想されている。
(2)産業構造の変化
 1950年ごろまで日本の産業は、農業が中心だった。その後、製造業が中心になっていく。
 50年には全就業者数の49%が農林漁業関係者だった。それが65年には22%、60年代末には18%に減少した。
 いっぽう製造業従業者は50年には16%だったのに、60年代末には25%以上に拡大している。
 そのことをみても1950年代から60年代末にかけて、日本では急速な工業化が進んだことがわかる。
 鉄鋼の生産量は1950年から60年にかけ5.3倍に、60年から70年にかけ5.7倍に増加した。
 そのかん工業化にともなって、日本では都市化が急速に進んだ。都市部と農村部の人口比率は1950年に0.6、それが1965年には2.1となった。
 しかし、1970年代以降は、製造業が縮小し、非製造業が拡張していく。GDPに占める割合でいうと、70年には製造業が36.0%、非製造業が53.0%だったのが、80年度には29.2%と59.9%、2000年には21.1%と66.1%、2014年には18.5%と68.1%となっている。
 1970年とくらべると、製造業の比率は半減したと著者は述べている。
「製造業の相対的な比率は明らかに低下し、絶対値で見ても、製造業は停滞または縮小の過程にある」
 製造業が縮小した原因は、端的にいって、1978年の「改革開放」路線以降、とりわけ90年代半ばから中国が急速に工業化したためである。
 中国では、鉄鋼生産量が一挙に増えただけでなく、自動車、家電、IT分野でも新しい企業が誕生した。
 それによって、中国は「世界の工場」と呼ばれるようになった。
 さらに「中国メーカーは巨額の研究開発費を投じ、世界各国に研究拠点を設けて技術開発を進めており、技術的にも日本企業を凌ぎつつある」。
 加えて、80年代から90年にかけてのIT革命によって、情報処理コストと通信コストが劇的に低下したことも、製造業の生産方式に大きな変化をもたらした。
 それが「垂直統合」から「水平統合」へと呼ばれる変化である。たとえばアップルはこの「水平統合」によって、世界じゅうの企業が生産した部品を調達し、中国で製品の組み立てをおこなっている。
 重化学工業も組み立て製造業も、日本よりも中国のほうが、はるかに低コストでできるようになった。それにより、工業製品の価格は大きく下落する。
 低コスト競争をしても、日本企業は消耗するばかりで、中国に太刀打ちできなくなる。そのため、日本企業も中国をはじめ、海外に進出せざるをえなくなった。
 こうした世界構造の変化によって、日本の製造業の利益率は大幅に低下した。
 著者はかつてのような「輸出立国モデル」はもはや成り立たないと述べている。
 日本の製造業はすでに生産拠点の多くを海外に移転させており、海外市場に進出することで活路をみいだそうとしている。
 この傾向を逆転することはもはや不可能であり、日本は海外での利益を環流させて、経常収支の黒字を維持するほかない、というのが著者の見立てである。
 日本の長期停滞は、世界の構造が変わったことが原因であり、日本は産業構造を変えることによってしか、長期停滞を脱出できない、と著者は論じている。
(3)就業構造の変化
 日本の就業者数は1955年に4000万人、1968年に5000万人、1988年に6000万人を突破した。そして95年に6584万人のピークを迎え、その後は減少をつづけて、2016年には6444万人になっている。
 そのうち製造業の就業者は61年に1000万、70年に1400万人を突破したが、92年の1603万がピークで、その後、減少をつづけている。2013年の就業者は1033万で、全就業者の15.9%。これは卸売業・小売業の16.4%より少なくなっている。このことをみても、日本の中心産業はすでに製造業ではなくなっていることがわかる。
 いっぽう有効求人倍率は、リーマンショック後1を下回る状況がつづいていたが、2016年には1.41に上昇している。このことをみると、雇用情勢が好転したかのようにみえるが、実際には「有効求人数はほぼ頭打ちであり、有効求職者数の減少によって有効求人倍率が上昇しているという側面が強い」という。
 つまり、人手不足の原因は、労働力人口が減少したためなのだ。有効求人倍率の上昇は、かならずしも日本経済の好転を意味しない。
 また日本の賃金指数をみると、ピークは1997年の113.6で、その後、2000年には110.5、2012年には98.9まで下落している。1997年から2012年にかけ、経済全体で、賃金は低下傾向にあったことがわかる。
 さらに、このかんの特徴は、正規雇用が減少し、非正規雇用が増加したことである。正規と非正規とのあいだにはいちじるしい賃金格差が見受けられる。
 2015年、2016年の官製春闘では、賃上げ率はそれぞれ2.38%、2.14%の高水準となったが、春闘がカバーしない部門では、むしろ賃金は下落しており、全体としてみれば、賃金は上昇していないのが実情だ、と著者はいう。
 日本経済の実情を示す数字を、さらに見ていくことにしよう。

アベノミクスはムダな抵抗──水野和夫『国貧論』をめぐって(3) [時事]

 戦後経済で、大きな節目となったのは、何といっても1971年のニクソン・ショックだろう。このとき以来、世界は変動為替制に移行することになった。
 その後、日本経済は1980年代にバブル時代を迎える。
 そして、1995年からはゼロ金利となり、デフレ時代に突入する。
 著者は成長の時代、すなわち近代は1971年に終わったという立場を取っている。それ以降は、ポスト近代の時代である。
 1995年からの日本経済はゼロ金利、ゼロ成長がつづく。
 にもかかわらず2015年度の企業収益は過去最高を記録した。円安株高や人件費削減の影響が大きい。国内の売上高は伸びていない。
 これにたいし、実質賃金は97年をピークに下降している。
 大企業の利益が大きければ、底辺の人びとにもおこぼれがあるという、いわゆる「トリクル・ダウン」効果なるものはまったく実証されていない。
 ゼロ成長のなかでの分配のゆがみが、資本主義の成長神話を奇妙なかたちで存続させているのである。
 日銀はいまだに2%インフレに向けて、気合いを入れつづけている。
 著者によると、これはほとんど「おまじない」に近いという。
 こうしたおまじないや根拠のない確信が横行するのは、かつての大本営発表と同じで、資本主義が終焉を迎えつつあるのを認めない強がりである。
 しかし、何とかして資本主義を延命させようとすることが、けっきょくは事態をさらに悪化させていくことになる、と著者は考えている。
「時代の流れは政治家には変えられない」。時代のトレンドは、むしろいままでとはまったく逆なのに、時の政権は昔の傾向を復活させようとして、いわば時代に逆行する路線を取っているのだ。
 資本主義の延命策は、世界的に所得格差の拡大をもたらし、日本もその例外ではない。
 日本の家計貯蓄率はマイナスに転じ、そのいっぽうで、相続を通じての個人金融資産が増加している。それは民主主義時代以前のアンシャン・レジームへの逆戻りだ、と著者はいう。
 資本主義の終焉は、ほかにもさまざまな面で見ることができる。
 日本で人口が減少に転じたことも、そうしたあらわれのひとつだろう。
 いまでは原油価格が下落しても、景気の刺激に結びつかず、企業はその恩恵を内部留保と配当に回し、人件費をさらに削減する対策までとっている。
 原油価格の下落はBRICsなど新興国経済の停滞を意味している。そのことは世界全体の成長が終わったということを象徴している、と著者はいう。
 日本でも世界でも過剰資本があふれている。
 たとえば、日本ではチェーンストア(スーパーや量販店)の売り上げが1997年をピークとして、17年連続で下落しているという。
 そのいっぽうで、店舗面積は1997年以来、増え続け、いまでは1.5倍近くになっている。それなのに総販売額は25%近く減少しているのだ。これは店舗面積が過剰であることを示している。
 たしかにコンビニの販売額はやや持ちなおしている。それも2012年以来、1店舗当たりの売り上げは減少に転じている。それでも総売上高を伸ばすために、労働面では無理がつづく。一部既存店の不良債権化もはじまっている。
 スーパーやコンビニに、商品が所せましと並んでいるのをみても、製造業の供給力が過剰になっていることがわかる。
 現在の状況は、資本の生産性を悪化させても、設備投資をしつづけないと、企業が存続できない構造になっている。資本過剰だけが進行し、労働者はがまんを強いられる。
 そして、資本は労働者にがまんをさせながら、濡れ手に粟をつかむ時期を夢見るのである。
 過剰は膨大な「食品ロス」や「空き家」の多さをみてもわかる。
 世界の粗鋼生産量を見ても、過剰生産ぶりは想像以上である。
 資本の過剰を解消するのは容易ではない。かつては恐慌が、資本の過剰を暴力的に清算したものだ。だが、いまは国家の発動する金融・財政政策が、オブラートのように、それが爆発するのを防いでいる。それがゼロ金利、ゼロ成長をもたらしているともいえる。
 だが、そろそろ資本主義の終焉を認め、ポスト資本主義の時代を構想したほうが、ずっと前向きなのだ、と著者は提案する。アベノミクスは長い目でみれば「国貧論」なのだ。

明るい「新中世」──水野和夫『国貧論』をめぐって(2) [時事]

 いわゆるアベノミクスの登場以来、日銀は金融の「異次元緩和」を宣言し、貨幣発行額を一挙に増やした。その結果、市場が反応して、円安と株高を招来したことは周知のとおりである。
 しかし、日銀のめざした2%インフレは実現していない。
 そして、貨幣発行高が2000年に比べ4倍になったというのに、「GDPはピタリと500兆円あたりに貼り付いたまま上昇の気配はない」と、著者はいう。
 経済はどうみても飽和状態に達している。
 そんななか、実質賃金はむしろ低下し、経済格差が広がっている。
 長期的にみれば、資本主義は終焉を迎えつつある、と著者はいう。
 そのメルクマールとなるのは利子率である。日本では1995年以来、20年以上にわたって、事実上のゼロ金利政策がつづいている。
 金利がゼロということは、企業の利潤も低いということだ。
 グローバル化や金融商品の開発、電子空間の創出、労働市場の規制緩和など、さまざまな策をくりだして、資本主義は延命をはかっている。しかし、冷静にその実態をみれば、資本主義は末期状況にあるととらえるべきだ、と著者はいう。
 この先、資本主義はどのように終わっていくのだろう。
 著者は2つのシナリオを考えている。
 ハードランディングの場合。それは中国バブルが破裂するときだ。「世界の工場」としての中国が過剰生産能力をかかえていることはまちがいない。その輸出がかげり、過剰な設備投資が回収できなくなったときに、中国のバブルは崩壊する、と著者はみる。
 その影響はリーマン・ショックどころではない。そのとき中国が保有する米国債を手放したりすれば、ドル体制も崩壊する。株価は世界的に大暴落し、日本でも多くの企業が倒産し、失業者が増え、賃金も大幅な下落に見舞われる。日本の国家財政は破綻するだろう。そうなると、長期にわたる世界大恐慌がつづく。
 逆に、ソフトランディングの方途は考えられるだろうか。
 かつて資本主義と国家は、ギブ・アンド・テイクの関係にあったのに、いまでは「資本が主人で、国家が使用人のような体たらく」になっている。こうした事態を改善するには、せめてG20が連帯して巨大資本に対抗しなくてはならない、と著者はいう。
 法人税の引き下げ競争に歯止めをかけ、国際的な金融取引に税金をかけ、その税金を困難に見舞われた世界の地域に還元するようなシステムを構築しなければならない。
 いずれにせよ、その目標は徐々にポスト資本主義社会(ポスト近代社会)をつくることである。そこでは、「経済成長はしていないが、豊かな暮らしはいまここにある状態」(定常状態)が実現されるだろう。

 2001年の9・11米同時多発テロは、周辺から中心への、富の過剰なまでの「蒐集」にたいする抗議だった、と著者はいう。
 近代の秩序が揺らぎはじめている。
 いまは20世紀の「極端な時代」が終わりを告げて、「ゼロ成長社会=定常状態」をいかに構想するかが問われている。
 ゼロ成長社会では、投資は減価償却の範囲でしか発生しない。そして、消費だけが、基本的な経済循環をつくっていくことになる。
 日本の名目GDPは、1997年の524兆円をピークに2014年には485兆円まで縮小した。それでも1人あたりGDPはいまもアメリカ並みに4万6000ドルを保っている。
 問題は国レベルでの1000兆円を超える借金だ。しかも、いまでも毎年40兆円の財政赤字が発生している。
 いっぽう個人預金は増え、企業も資金余剰の状態がつづく。家計部門と企業部門の余剰は、年間40兆円発行される国債の消化に向けられている。
 国に1000兆円の借金があっても、日本には工場や店舗などの実物資産が1200兆円あり、個人の金融資産も1000兆円以上あるから、いまのところ国債は破綻を免れている。
 問題はいつまでも国債の発行を増やしつづけられないことだ。
 少なくとも基礎的財政収支(プライマリーバランス)をゼロにしなくてはならない。そのためには増税が必要であり、消費税も最終的には20%近くにまで引き上げなくてはならない。金融資産への課税や法人税の増税も考慮しないわけにはいかないだろうという。
 そして、すでにある国の借金1000兆円にたいしては、むしろ発想を転換して、日本のなかで豊かな生活サービスと安全を享受するための「出資金」と考えたほうがいいのではないかという。とはいえ、借金がこれ以上増えないようにすることがだいじである。そのためには、国民は甘んじて税金の負担を受け入れなくてはならないし、国は責任をもって、この借金を管理しなくてはならない。
 日本はある意味で、ポスト資本主義に向けて、世界の先頭を切っているともいえる。ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレは、定常状態の必要条件である。
 とはいえ、これからは名目GDPの減少を防ぎ、定常状態を維持することが重要になってくるという。
 著者はゼロ成長はネガティブだと批判する経済ジャーナリストにたいして、むしろ現在の状態はゼロ成長すらおぼつかないと指摘する。重要なのは、資本主義の成長路線から、いかに混乱なく撤退するかということなのだ。

 著者は資本主義と市場経済を区別して考えている。著者によれば資本主義とは「資本の自己増殖と利潤の極大化」をめざすものであって、「ゼロ金利・利潤率ゼロ」となっている現実から考えれば、資本主義は実際上、終わったとみるべきだという立場をとっている。しかし、資本主義は終わっても、市場経済も資本も残ると考えるのだ。
 資本主義はほうっておけば暴走する。それにたいしブレーキをかけたのが、スミスであり、マルクスであり、ケインズであった。ところが、ハイエクやフリードマンの新自由主義がもてはやされるようになって、ふたたびブレーキのきかない資本主義が動きはじめた。そのひとつの結末がリーマン・ショックであった、と著者は指摘している。
 資本主義は、現在、終わりを迎えようとしている。
 現在はじまっているのは、脱近代、すなわち新たな「中世化」ではないか、と著者はいう。
 日本の脱近代は、どのようなものとして構想されるだろうか。
 まず考えられるのが、東京一極集中の中央集権国家から脱却して、地方分権の実現に向かうことだ。そのために著者は現在の500兆円経済を5ブロックに分割して、地方の活性化をはかることを提案している。
 大学も地方大学を重視して、地方の若者が地元の国公立大学を目指すなら授業業を免除し、東京大学を目指すなら学費は倍にしたらいいと提案している。さらに企業が東京本社を引き払って、地元に戻るなら、法人税を割安にするなどの措置をとるべきだという。
 地方が中心になると、ナショナルブランドは無価値となり、リージョナルブランドが優先されるようになる。巨大総合スーパーは、近代の遺物であって、ポスト近代社会では地域特化型のスーパーが流通の中心となる。
 それまでの企業利潤は固定資本減耗分を除いて、人件費に振り替えられ、家計はその一部を金利ゼロで地方の金融機関に預ける。
 利子率ゼロの世界は配当もゼロであり、そうなると株式も債券と区別がつかなくなり、まさに東インド会社以前(つまり株式会社発生以前の)中世の世界に戻ることになる。
 だが、それはけっして貧しい社会ではないだろう。

 近代システムが行き詰まれば、中世のいいところを見習う必要があるというのが著者の考え方である。
 これからの世界経済はグローバル化に向かうのではなく、むしろブロック化の方向に進むと著者はいう。電子・金融空間によるドル支配から逃れるには、経済圏を極力閉じるほかない。それなのに、日本はいまだにドル世界基軸通貨の時代がつづくと思っている、と著者は批判する。
 これからは「よりゆっくり、より近く、より寛容に」の世界をめざさなくてはならない。利子率ゼロ(利潤率ゼロ)の世界は、むしろ資本が豊富な社会なのだ。そこでは、何も無理をしなくても、豊かさが手にはいる。
 利潤ゼロ、配当ゼロ、金利ゼロで社会は安定する。企業は固定資本減耗を確保すればよいのであって、利潤極大をめざさなくてもよい。無理やりの利潤確保は、人件費へのしわ寄せを招き、社会の荒廃を招くだけである。
「新中世」の世界は暗黒とはほど遠い、明るい世界だ。そうした世界を1世紀ほどかけて、ゆっくりつくりあげていけばよい、と著者はいう。そういう意味で、現在は「近世の秋」なのであって、そのなかで、きたるべき時代を構想していくのは、とても楽しいことだ、と著者は考えているようである。

水野和夫『国貧論』をめぐって(1) [時事]

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 いま日本の経済はどうなっているのか。
 アベノミクスはほんとうに道半ばで、これから日本経済は成長を回復していくのか。
 オリンピックがはじまると、こうした小うるさい話題もたちまち片隅においやられて、それはそれでけっこうなことだと思うのだが、孫の絵本を買いにいった書店で、たまたまこの本を見つけたので、ちょっと斜め読みしてみようかという気になって購入してみた。
 暑苦しいテーマになるかもしれないが、そのへんはご勘弁のほど。
 はじめに、近代の経済は成長だという話がでてくる。資本主義は利潤を求めて、どんどん膨張していく。
 しかし、その膨張にも限界があって、いずれ利潤が得られなくなる。無理やり膨張しようとすれば、経済全体が破裂しかねない。
 それでも経済が成長を求めるのは、資本主義の本性、いや人間の本性が金儲けしたいという欲にまみれているからかもしれない。
 本書によると日本経済の現状は苦しくなっている。
 実質賃金は1997年以降、年平均で0.79%下落している。とくにアベノミクスが採用されてからは、年1.4%減で最悪だという。これは消費増税に賃金の上昇が追いついていないことを示している。
 たしかに安倍政権が誕生してから、雇用は136万人増えた。しかし、その3年間で、正規雇用は5万人減少し、非正規雇用が162万人増えている。
 非正規でも、ともかく雇用が増え、家計の所得も増えれば、けっこうな話ではないかという見方もあるだろう。
 労働の規制緩和で、たしかに雇用者数は増加した。しかし、年収200万円以下の給与所得者は2013年で1119.9万人に達したという。
 ふたりで働いても、家計の余裕は生まれない状況になっている。
 現に、勤労者世帯の金融資産残高は、中央値でみると、2002年には817万円あったものが、2014年には741万円まで減少している。
 さらに、世帯あたりの純貯蓄残高(貯蓄−負債)でみると、その中央値は2012年のマイナス320万円から2015年のマイナス434万円へと、負債額が拡大している。
 生活水準の格差が拡大していることもわかるという。
 内閣府の調査でも、現在の成長戦略で恩恵をこうむっているのは、「上」の層で、「中の中」ないし「中の下」の人たち(8割にわたる中間層)は、今後の生活の見通しが悪化するとみている。
 個人の金融資産は2002年3月末に1417兆円だったのが、2016年には1741兆円に増加しているから、これだけみれば年率1.5%の増加率である。
 しかし、この間、勤労者世帯の貯蓄は、中央値でむしろ減少している。これは資産格差が拡大していることを示している。
 アベノミクスのもと、大企業の利益は、円安の影響もあって、3年連続過去最高益を更新した。
 株主資本利益率(ROE)も2012年度の4.1%から7.4%に増加したという。これは株主への配当が増えていることを示している。
 アベノミクスとは何なのか。
 著者はこう結論づけている。

〈いま問わなければならないのは、「成長戦略」を誰のために実施しているかである。すでに3年経過して分かったことは、[アベノミクスが]家計でいえば生活の程度が「上」(1%)の人と資本金10億円以上の大企業のための「成長戦略」であるということである。〉

 アベノミクスのもと、金融政策ははたして成功を収めたのだろうか。
 年2%の物価上昇をかかげて黒田総裁が日銀に登場してから3年たった。しかし、年2%インフレの目標はいまだに達成されていない。
 2016年1月末に、日銀はマイナス金利の導入を決めた。
 日銀は、企業や個人の投資や消費を促し、景気の回復をはかるのが目的だという。
 しかし、著者はそこにむしろ恐ろしい意図を感じている。
 マイナス金利は、国民の資産を目減りさせながら、国の借金を減らすという作戦なのではないかという。
 ぼく自身もはたして1050兆円以上(GDPの2倍以上)に膨らんだ国の借金をこれからどうするのかが心配である。
 しかも、借金は増えるいっぽうである。国は借金を減らしていくつもりがあるのだろうか。それとも、さらにやけ食いをして、あとは野となれ山となれの心境なのだろうか。利子の支払いもあるので、このままいけば、借金の総額はあっというまに1100兆円を超え、1300兆円、1400兆円と膨らんでいくのだろうか。
 それとも、国は国民の金融資産は1700兆円あるから、もっと借金してもかまわないと考えているのだろうか。
 だが、いつか、その反動がやってくるはずだ。それが小さな波乱で収まるのか、それとも大津波になるのかはわからないが、ただではすまないはずだ。
 政府やエコノミストの人たちは、このあたりのことをどう想定しているのだろう。大本営発表と同じく、そのあたりのホンネはなかなか伝わってこない。
 日銀のマイナス金利導入が、景気対策というよりも、過剰資本と債務にたいする調整であることはまちがいない、と著者は述べている。

 長期的に見ると、本書のテーマは「資本主義の終焉」である。
「どの時代であっても資本主義の本質は周辺(フロンティア)から中心(資本家)という分割に基づいて富を周辺から中心に蒐集し、中心に集中させるシステムに変わりない」と、著者はいう。
 この中心集中システムによって、19世紀から20世紀にかけ、豊かさを独占してきたのが、欧米、日本など資本主義を採用してきた国々だった。それが、現在、揺らぎはじめている。
 もちろん、資本主義国の内部でも、格差はいうまでもなく存在する。資本主義というのは内外に格差をつくることで拡大していくシステムなのである。
 だが、そのシステムも終焉を迎えつつある。
 マイナス金利が象徴するのは「資本を最も効率よく増やすシステムである資本主義が機能不全に陥っている」ということだ、と著者は断言している。
 さらに、著者によれば、企業(株式会社)という存在もすでに時代遅れになっているという。企業は利潤率を最優先することで、経済の不安定要因をつくりだしている。さらには株主資本利益率(ROE)を重視する姿勢が、国民の資産格差を広げているのだ。
 ゼロ金利が示すのは、これ以上新規の投資をしても得られる追加利潤はゼロとという事態である。ところが、企業は利潤を確保するために、雇用コストをできるかぎり削減しようとする。そのことが、社会の分裂を大きくしていくのだ。
 デフレについて、著者は需要不足というより、むしろ中国を含めて世界規模で過剰設備の存在が背後にあると指摘している。
 企業はもはやガルブレイスのいうように「不確実性の源泉」から「社会秩序を乱す存在」になったとまで、著者は述べている。
「より速く、より遠くに」の合理性はもはや敗北した。21世紀は、「よりゆっくり、より近くに、より寛容に」の原理に沿った社会を構築していくべきだ、というのが著者の見解である。

伊東光晴『アベノミクス批判』を読む(2) [時事]

 アベノミクスによって長年続いた不況からの脱出をめざす、と安倍首相は威勢よくぶちあげた。そのためには、大量の国債を発行し、それを日銀が引き受けるという禁じ手を使うのもいとわなかった。
 いま日本経済は毎日カンフル剤を投与しなければ生き延びられない病人のような状態におちいっている。それで元気が戻ってきたかというと、そうではなくて、病人はやはり病人のままのようにみえる。
 円安だからといって輸出がものすごく伸びたわけでもない。株は上がったかもしれないが、それでもうかったのはごく一部の関係者くらいではないだろうか。
 それでも、もっとカンフル剤を打てと騒ぐ安倍首相は、いったい何を考えているのだろう。かつての経済成長をもう一度とでもいうのだろうか。
 前回につづいて、本書を斜め読みしてみる。
 著者はいまの日本はかつての日本とはちがうと断言する。
 生産年齢人口がプラスからマイナスへと転じているのだ。
「日本の生産年齢人口のピークは1995年であって、2010年までの15年間に7%減っている」。その傾向はこれからもつづく。
 だとすれば、長期的には自然成長率がゼロになるのは、とうぜんだという。
 そのいっぽうで、現在、労働条件は着実に悪化している。非正規労働者の割合が増え、賃金は低く抑えられ、所得格差が拡大している。
 生産年齢人口の減少は、必需品市場の縮小をもたらす。
 家電製品などの耐久消費財もすでに普及しつくしている。取り替え需要があるとしても、新規需要のような勢いはないだろう。
 乗用車にしても、国内市場は縮小している。
 住宅の空き家率は、ますます高まっている。「人口減少社会の下では、住宅需要の減少も時間の問題であろう」と、著者はいう。
 新しい技術進歩によって、新商品が生まれ、それが新たな需要を喚起する可能性はある。しかし、それも限界がある。もういいかげん、モノはあふれかえっているのだ。
 それでも有効需要を増やそうとすれば、あとは公共事業くらいしかない。国土強靱計画や2020年の東京オリンピックは絶好のチャンスだ、とエコノミストは騒いでいる。しかし、それはいっそうの国債累積と、挙げ句の果ての財政破綻をもたらさないか、と著者は危惧する。
 輸出が増大しても、いまは恩恵を受けるのは輸出企業だけで、それが全体にまで広がらない。1960年代には、輸出増が経済成長をもたらし、社会全体で賃金が上昇し、それが有効需要を増やし、さらなる成長と結びつくというプラスの循環がみられた。いまはそうした状況ではなくなってしまっている、と著者はいう。
 著者によれば、いま求められるのは「成長願望ではなく、成熟社会に見合った政策であり、人口減少社会に軟着陸するための英知であり、……財政が黒字になる構造改革と、……若年者に悲惨な生活を強いる派遣労働を禁止し、福祉社会を志向することである」。
 著者は日本の財政の現状をみると、社会保障関係費を減らすいっぽうで、消費税を引き上げざるをえないとみている。
 社会保障関係費は、年金、医療、介護、生活保護の4経費から成り立っているが、このうち減らせるのは年金だけだ。
 年金を減らす方法としては、年金支給年齢を65歳から70歳に引き上げること。ただし、そのためには、70歳まで働ける職場環境をつくらなければならない。
 いっぽうで、不公平税制の問題も相変わらず残っている。
 1990年代には法人税、所得税が引き下げられた。
 法人の7割が税金を納めていない。所得格差はますます広がる一方だ。
 労働政策も問題である。非正規労働者の割合が増えている。正社員になりたくても、正社員にしてもらえない非正規労働者が増えているのだ。その人たちの将来はいったいどうなるのだろう。不安が広がっている。
 25歳から31歳までをとると、非正規の比率は、1985年が男性3.2%、女性24.3%だった。それが2010年には男性13.3%、女性41.5%に拡大している。
 これが現実なのだ。非正規労働者の給与は正規労働者の3分の1といわれる。
「日本では、非正規雇用は、アルバイト、家計補助、定年後の人に限られるべきで、若い人であってはならない」と、著者は提言している。
 安倍政権になって、労働政策はどんどん後退している。このままいくと、正社員の割合はますます減りつづけるだろう。
 何かと経済成長を口にするアベノミクスはけっして人びとを幸せにしているわけではないのだ。いまは経済成長の幻想を追うよりも、解決しなければならない課題に、ひとつひとつ丁寧に目を向けるほうがだいじなのではないだろうか。