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マーシャル『経済学原理』 を読む(まとめ、その1) [商品世界論ノート]

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   1 はじめに

 アルフレッド・マーシャル(1842-1924)はイギリスのロンドンで生まれ、マーチャント・テーラーズ・スクールをへて、ケンブリッジ大学に進んだ。父親はイングランド銀行の出納係をしていた。数学の才能に恵まれ、大学では倫理学を学び、徐々に経済学に興味をもちはじめたという。
 1879年に『外国貿易と国内価値の純粋理論』、1882年に妻との共著『産業経済学』を公刊、1885年にケンブリッジ大学の政治経済学教授に就任する。
 就任講演の一節はいまもよく知られている。
「経済学者は冷静な頭脳と温かい心を持たねばならない」
 1881年から執筆をはじめた『経済学原理』は1890年に出版された。1908年に健康悪化のため教授職を退く。しかし、その後も経済学の研究をつづけた。アーサー・セシル・ピグーやジョン・メイナード・ケインズはかれの弟子である。
 ケインズはマーシャルについて、『人物評伝』のなかで、こう書いている。

〈マーシャルは古来最初にして最大の、生粋の経済学者であり、初めてこの学科を、それ自身の基礎の上に立ち、科学的正確さにかけて物理学ないし生物学にも劣らぬ高い水準をもった別個の科学として樹立するために、その生涯を捧げた人であった。〉

『経済学原理』は原著で800ページ。1920年まで何度も改訂がなされた。馬場啓之助訳で1965年に東洋経済新報社から発行された日本語版は4分冊、合わせて約1300ページの大冊で、数学の付録もついている。
 全6編の内訳は以下の通り。

 第1編 予備的な考察
 第2編 若干の基本的概念
 第3編 欲望とその充足
 第4編 生産要因 土地・労働・資本および組織
 第5編 需要・供給および価値の一般的関係
 第6編 国民所得の分配

 マーシャル自身は1890年に出版された『経済学原理』を第1巻と考えていた。
 予定していた第2巻、第3巻はついに刊行されることがなかった。
 第2巻、第3巻は、産業と商業、金融の歴史と現状、それに将来について論じる予定になっていた。
 その構想の一部は、1919年刊の『産業と貿易』、および1923年刊の『貨幣、信用、および商業』に結実している。
 マーシャルは商品世界の仕組みを論述しようとした。自分の仕事をスミスやリカード、ミルの延長上にあると考えていた。
 マーシャルの体系には国家という重要な要因が欠落しているが、のちに弟子のケインズは、その欠落を補う仕事をすることになる。
 初版の序文で、マーシャルはこう書いている。

〈イギリスの伝統にしたがって、著者は経済学の職分は経済的事実を収集・整理・分析することであり、観察と経験から得た知識を応用して、種々な原因の短期および究極の結果はどうであろうかを判断することであるとの見解をとり、また経済学の法則は直説法で表示された諸傾向に関する命題であって、命令法による倫理的戒律ではないとの見解をとった。経済法則および推論は、良心および常識が実際的問題を解決し、生活の指針となるような規則をたてるにあたって活用すべき材料の一部にすぎないのである。〉

 ここでは政治的主張や倫理的戒律に一歩距離を置く立場が表明されている。一見もっともな主張や、強い上からの命令によって、経済を動かそうとしても、経済が思いどおりにならないことが多いのは、経済には経済なりの仕組みがあるためだ、とマーシャルは考えている。
 政治が経済に作用をおよぼそうとし、じっさいに作用をおよぼしたようにみえても、経済はその仕組みによって同時に反作用をもたらす。したがって、その仕組みを理解しないままに加えられた政治の作為は、長期的にはかえって災厄さえもたらすことがある。
 マーシャルは、そのことをよく理解していたといえるだろう。
 シュンペーターはマーシャルについて、『経済分析の歴史』のなかで、こんなふうに書いている。

〈読者はマーシャルにおいて、単に高性能の経済学の専門技術家、深遠な学識をもつ歴史家、説明的仮説の確乎たる形成者のみならず、なかんずく一個の偉大な経済学者そのものを看守されるであろう。経済理論の技法に関するかぎり、……彼は資本主義過程の動きをよく理解していた。ことに彼は、同時にみずからも実業家であった科学的経済学者を含めた、その他の科学的経済学者の多数そのものよりも、よりよくビジネス、ビジネス問題、およびビジネスマンを理解していた。彼は自らが定式化した以上にさえ深く経済生活の切実な有機的必然性をも感得していた。〉

 シュンペーターが、とりわけ評価したのが『経済学原理』第5編の「需要・供給および価値の一般的関係」の考察である。同時にシュンペーターは、マーシャルの本質は、晩年の『産業と貿易』と『貨幣、信用、および商業』を抜きにしては把握できないとも述べている。
 マーシャルにおいては、マルクスの把握とはことなる企業社会論、すなわち企業経営者やビジネスマン、消費者の理論が打ちだされているとみてよい。シュンペーターはそこにマーシャルの現代性をとらえたのだった。
 日本では近代経済学の体系は、主としてワルラスとシュンペーターを通じて導入されたといわれる。そして、そのあとケインズの時代がつづいた。どちらかというとマーシャルはさほど読まれなかったのではないだろうか。
 ぼくにとって、マーシャルの『原理』を読む目的は、商品世界の構造をより理解するためである。ここでいう商品世界とは、日常生活の基本が貨幣と商品によって成り立つようになった世界をさすとしておこう。端的にいうと、いまの世界では、おカネがないと暮らしていくのがむずかしくなっている。
 商品は古代から存在する。だが、それはいわば特別なものであり、だれもが日常的に利用するものではなかった。人がものを売ったり買ったりして生計を立てるようになったのは、人類史のうえでは、ほんのこの300年のことだとみてよい。
 言い換えれば、商品世界が成立するのは近代においてであり、その近代が本格的に幕を開けるのは19世紀になってからだ。しかも、ヨーロッパではじまった近代の波は、次第に全世界に押し寄せていった。
 近代の定義がはっきりと確立されているかどうかは知らないが、たとえば歴史家のノーマン・デイヴィスが『ヨーロッパ』で示している記述にしたがって、近代の特徴をいくつか並べておくことにしよう。
 ひとつは産業化である。産業化が進展するなかで、多くの人は農村を離れて、都会ではたらくようになった。さらに農業機械の発達は、労働人口の移動をうながすことになった。
 新しい動力源が開発されたのも近代の特徴といえるだろう。最初は石炭、ついでガス、石油、のちに電気が動力源として利用されるようになった。
 それはさまざまな技術と結びついて、機械化を進展させ、大きな建造物や大量の製品を生みだした。
 交通機関や通信手段の発展も見逃せない。鉄道が建設され、道路や橋も整備され、郵便や電信なども普及していった。
 産業面では鉄鋼業、綿工業、化学工業が発展し、外国貿易がさかんになった。
 紙幣が広く流通し、銀行や信用組合、保険会社などの金融機関が増えていく。
 だが、近代は不安定な時代でもあった。貧農は賃金労働者になり、消費者になったものの、失業の危機は常にそこにあった。資本家もまた不況の波をかぶると、倒産を免れることができなかった。
 都会には人があふれるようになり、道路や水道、交通、街灯などの公共設備がつくられ、病院や警察などの公共機関も設置される。それと同時に、貧富の格差やスラム街の惨状、犯罪などの社会問題が浮上するようになった。
 いっぽうで教育が普及し、大衆娯楽や観光旅行、スポーツ観戦などもはじまる。人びとはもはや無力な農民ではなく自由な市民になった。労働者のなかには階級意識が生まれ、新しく教育を受けた世代には国民意識が生まれた。
 近代はけっして順調に進んだわけではない、とデイヴィスは書いている。

〈休むことなく前進する近代化の様相をつぶさに述べていくと、あたかもその道はなめらかで、進むべき方向もはっきりしていたような印象をあたえがちである。しかし多分その印象は間違っている。前進する地域は敵意に満ち、障害物が大きくたちはだかり、思いもよらない事件が絶えず起こった。〉

 しかし、はっきり言えるのは、こうした近代化のダイナミズムを通じて、人びとにとっては貨幣が次第に経済生活の尺度となってきたことである。かつての貴族と農民に替わる中産階級と労働者階級の区別も、身分によってではなく、貨幣という尺度によってなされるようになった。
 マーシャルが考察しようとしたのは、こうした近代における経済社会がどのような流れのなかにいとなまれているかということである。
 マーシャルの研究は、むろん先人の業績を踏まえている。
 たとえば、その代表作と思われるものを思いつくままに、ざっと並べてみよう。

  アダム・スミス『国富論』1776年
  デイヴィッド・リカード『経済学および課税の原理』1817年
  トマス・マルサス『人口論』1798年、『経済学原理』1820年
  ジョン・スチュアート・ミル『経済学原理』1848年
  カール・マルクス『資本論』1867年
  アルフレッド・マーシャル『経済学原理』1890年

 そして、マーシャル以後も視野にいれるならば、われわれはマーシャルからも影響を受けたと思われる次のような著作もリストアップすべきだろう。

  ジョン・M・ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』1936年
  ヨーゼフ・シュンペーター『資本主義・社会主義・民主主義』1942年
  フリードリヒ・ハイエク『隷従への道』1944年

 この流れをみると、マーシャルはスミス、リカード、マルサス、ミル、そしてその後のケインズ、シュンペーター、ハイエクとつづく経済学の主流の中心となっていることがわかる。ここではマルクスだけが異質である。マルクスは終生、経済学批判の立場を貫いた。
 経済学のこの流れを意識しながらマーシャルを読むのは、けっして容易な作業ではないし、ぼくのような素人にはとても無理だ。だが、ともに近代とは何かを考えつづけた経済学者の群像のひとりとして、いまマーシャルを読んでみることは、それなりに意味があると考えている。

 2 経済の自由

『経済学原理』の「序論」で、マーシャルは「経済学は一面においては富の研究であるが、他の、より重要な側面においては人間の研究の一部なのである」と書いている。
 経済が人の日常生活に与える影響はきわめて大きい。経済活動をいとなむなかで、人はみずからの性格や行動パターンをも形成していく。
 所得に大小があるのはやむを得ないにしても、極度の貧困は「肉体的・知能的および道徳的な不健全さ」をもたらす、とマーシャルはいう。なぜ所得がちがうかはともかく、所得にちがいのある現実は認めなければならない。問題はしかし、極度の貧困が存在することであり、この問題は解決しなければならない。そうでないと、現在の経済の仕組みは維持できないだろうというのである。
 マーシャルの思考の底流には、当時盛んになりつつあった社会主義運動にどう対応していくかという意識が存在していたとみてよいだろう。

〈過重に働かされ、教育は十分にうけられず、疲れはてて心労にさいなまれ、安静も閑暇もないために、[人が]その性能を十分に活用する機会をもちえないというようなことは、甘受してよいものではない。〉

 貧困の研究は、経済学の大きな課題だ。
 貧困はなくさなければならない。「すべての人々が、貧困の苦痛と過度に単調な労苦のもたらす沈滞的な気分から解放されて、文化的な生活を送る十分な機会」を与えられなければならない。
 そのための条件をさぐることが経済学の目標のひとつだ、とマーシャルは断言する。
 歴史的にみれば、現代の産業生活、言い換えれば生産、分配、消費のスタイルが定着するのは、近代以降に属する。アダム・スミスの時代も、まだ産業革命ははじまっておらず、産業は農業と手工業が中心だった。
 現代の産業生活の特徴は、独立独歩と競争、共同と結合だ、とマーシャルは述べる。さらに「利己心ではなく、慎重さ」も見逃すわけにはいかないという。
 共同体のきずなは弱まったかもしれないが、家族のきずなが強まり、見知らぬ他者にたいする差別が減り、同情が増してきたのも、現代の特徴である。人間が以前にくらべて無情冷酷になってきたという証拠は見当たらないとも述べている。
 商取引についても、以前よりもはるかに「信頼にこたえようとする習慣と不正を退けようとする力」が強まった、とマーシャルは書いている。
 貨幣の力がそれほど強くない古代のほうが、人は安楽に暮らしていたという説をマーシャルは信じない。人びとの生活状態は、現代のほうがよほどよくなっている。
 競争を非難する人は多いが、競争があるからこそ、社会の活力と自発性が維持される。競争を規制すれば、一団の特権的な生産者が形成され、「有能なものがみずから新しい境遇を切り開いていこうとする自由を奪ってしまう」恐れがある。
 近代にたいする認識は、マルクスとはおおいに異なる。マルクスにとって、近代社会とはブルジョワ社会にほかならならず、ここでは資本家階級が労働者階級を搾取する体制ができあがっている。こうしたブルジョワ社会は否定されねばならない。
 マルクスは、労働者階級が権力を握り、生産者の自由なアソシエーションをつくるというビジョンを打ちだす。共産主義社会は階級がなく、私的所有のない(資産が労働者に還元される)平等な社会になると考えられていた。
 マーシャルも共産主義の信条を知らないではない。しかし、それには否定的だった。共産主義者は、理想社会のもとでは人びとが私有財産を放棄し、だれもが社会全体の福祉のために全力を尽くしてはたらくと主張する。だが、宗教的熱意にかられた小集団はともかくとして、ふつうの人間が純粋に愛他的行動をとりつづけるのは、ほぼ不可能だ、とマーシャルは断言する。
 むしろマーシャルが唱えるのは「経済の自由(Economic Freedom)」である。現代の産業生活を言いあらわすのに、これほど適切なことばはないと述べている。
 経済の自由が確立されるまでには、長い歴史を要した。しかも、18世紀末に、産業と企業の自由が解き放たれた当初は、多くの弊害をともない、その改革は冷酷で、荒々しさをともなうものとなった。しかし、それはほんらいの経済の自由がとる姿ではない、とマーシャルはいう。
 経済の自由は、「知性と決断力にとんだ精神が……忍耐強い勤労精神と結合」することによって花開く。そして「全国民が経済の自由の教説をうけいれるようになってはじめて新しい経済時代の夜明けが訪れた」のだ。身分制社会の時代は経済の自由がなかった。これにたいし、産業社会をリードする思想が経済の自由なのだ、とマーシャルはいう。
 マーシャルは共産主義ではなく自由主義の立場をとると表明している。その自由主義社会のもとでは、個々の企業と家計が経済の自由をもち、競争しあいながらも、相互信頼の関係を築いていくという。
 自由はやっかいな概念である。人は何をやっても許されるというのではない。法を守るかぎりにおいて、人は人権を認められ、自由に活動することができるというのが、近代における自由の概念だといってよい。信仰の自由、言論表現の自由も法によって保証されている。
 加えて、マーシャルは経済活動の自由を唱えた。それは企業家やビジネスマンが、新たな商品展開を求めて、リスクや不確実性にいどむ自由である。労働者にだって仕事先を選んだり、変えたりする自由がある。
 経済の自由は、とりわけリスクをともなう。法を犯すのはもちろん論外にせよ、資本や収入を失うというリスクがつきまとう。マーシャルが、経済の自由は競争の別名だといったのは、その意味である。経済の自由は経済のリスクと隣り合わせなのだ。
 いっぽうマルクスに言わせれば、近代における自由は、ブルジョワ的自由にかぎられている。労働者は資本の意思に縛られ、無理な仕事、長時間労働を強いられているではないか。労働者は自由に労働力商品を売ることができる。だが、それはそうしなければ生きていけないからだ。生産手段から切り離されているという点で、労働者は自由なのだ。労働者にとっての自由はフリー、すなわち無産者であることを意味する。
 マルクスは、プロレタリア独裁をへて、社会主義における労働に応じての分配、共産主義における欲求に応じての分配にいたる道を構想した。国家ないし集団による生産手段の所有も提案している。
 問題は途中経過であるはずのプロレタリア独裁が共産党独裁と同義となり、それが固定され、教条化されてしまう可能性にマルクスが無自覚だったことである。
 ほんらいプロレタリア独裁は、近代の価値観を前近代に引き戻すものではなく、それをさらに超近代のものへと前進させる手段であったはずだ。ところが、マルクス死後に発生したスターリニズムによる独裁は、法の下での自由と平等、集会・言論の自由、結社の自由、三権分立、民主主義、人権といった近代が獲得した諸権利を否定する方向へと逆走していく。
 スターリニズムやファシズムといった国家社会主義(全体主義)は、反動的マルクス主義の二つの形態といってよいだろう。
 晩年のマルクスは、「たしかなのは、ぼくがマルクス主義者ではないことだ」と嘆くようになっていた。ドイツのげすな社会主義者が自分の仕事を政治的に利用することをマルクスは恐れていた。とはいえ、マルクスにもプラトンと同じように独裁への無意識な願望がなかったとはいえない。
 マーシャルのいう「経済の自由」も近代の産物である。それはブルジョワによる生産手段の独占を否定するマルクスにとっては、おそらくがまんのならない「自由」だったにちがいない。経済活動の自由は、ブルジョワの自由であって、プロレタリアートの抑圧をいっそう強めるイデオロギーにほかならないと憤慨しただろう。
 マルクスが求めるのは、労働者の権利である。労働者は搾取されてはならない。長時間労働を強いられてはならない。労働者の人権は尊重されなければならない。
 そこからさらに、マルクスは「労働力商品」そのものの否定をめざした。そのためには、労働者による生産手段の所有が実現されなければならない。企業や工場や農場は、そこで働く労働者のものだ。すると、とうぜん資本家は消えてなくなる。これを可能にするのは、プロレタリア階級による政治権力の掌握である。
 だが、この論理にはどこか乱暴なところがある。最大の問題は、マーシャルのいう「経済の自由」が否定されていることだ。
 人は法のもとで、商品を自由に生産(製造)し、販売(流通)し、購入(消費)することができる。人は私有財産をもつことができる。これが近代が獲得した「経済の自由」である。
 この自由は自己決定権を意味し、したがって競争とリスクにさらされているが、アダム・スミスは、この利己心があることによって、経済の「見えざる手」がはたらくことを示したのだった。
 マーシャルの主張には、中産階級寄りの視点がみられるかもしれない。しかし、マルクスが「経済の自由」を含む近代の諸権利を前提とし、それをむしろ発展させるかたちで、社会主義を構想していたら、現在われわれがいだくようになっている社会主義や共産主義のイメージも、ずいぶんことなっていたものとなっていただろう。だが、われわれがそれを自覚するのは、ロシア型マルクス主義、すなわちスターリニズムや毛沢東主義の崩壊をまのあたりにしてからだった。
 その意味で、マーシャルの「経済の自由」は、経済の実際を知らなかった革命家マルクスの主張に警告を発するひとつの重要な概念だったといえるだろう。
 商品、貨幣、資本、労働力の商品化、資本の回転と循環という方向に展開されるマルクスの『資本論』は、その根柢に商品世界の廃棄という動機を秘めていた。だれもが商品世界をあたりまえのように崇拝している。だが、それは歴史的につくられた社会関係にすぎず、それはいつか「自由な人びとの共同体」によって乗り越えられなければならない。マルクスはそんなふうに考えた。
 商品、貨幣、資本のない共産主義をめざすというマルクスから生じたメシア的革命運動は惨劇へと転換していった。その悲劇は貨幣の廃棄を唱えたロシアの革命理論家ブハーリンやプレオブラジェンスキーを、スターリンが権力闘争の過程で粛清し処刑したことにも象徴されている。
 にもかかわらず、マルクスが商品世界を批判的に検証しつづけた作業には意義があり、それはいまでもわれわれに大きな光を投げかけているといえるだろう。そのこともまた忘れてはならないことだ。
 マーシャルが社会主義をはねつけたというのはあたっていない。というのは、かれはよく自宅に労働運動の指導者を招いて、さまざまな議論をしながら、終末をすごしていたからである。
「実のところ、彼は知的見地を別にすれば、あらゆる面で(J・S・ミルと同様に)労働運動や社会主義に共感を抱いていた」と、ケインズは書いている。
 マーシャルは労働者の待遇を改善するという社会主義の経済的主張を取り入れていかないかぎり、資本主義が持続しないことを自覚していたといえるだろう。

   3 経済学とは何か

 経済学の主な目的は、ビジネスの世界で活動する人間の行動を研究することだ、とマーシャルは述べている。ビジネスに取り組む姿勢は人さまざまだ。「それでもなお、日常の業務にとっては、その仕事の物質的報酬たる(貨幣)収入を得ようとする欲求こそが最も着実な動機」だいう。

 人の欲望は、直接には測定できない。しかし、500円だせば、たとえば、たばこを買ったり、お茶を飲んだり、タクシーに乗んだりできるとすれば、人は時と場所に応じて、そのどれかを選択するだろう。
 つまり、貨幣を通じて、人は何らかの欲望を満たそうとする。その欲望は、肉体的満足を得ることだけに向けられるわけではない。他者に何かを与えることが喜びだとすれば、それもまたひとつの欲望であり、貨幣はそうした愛他精神を満たすために用いられることもある。
 経済学的にみれば、重要なのは何らかの欲望に裏づけられた貨幣の動きである。「経済学は貨幣による尺度の研究だけに終わってはならないが、それでもこの研究はその出発点ではあるのだ」
 貨幣のもたらす快楽や、それを失う苦痛は、時と場所、あるいは人によって異なる。それが同じ金額でも、所得の大小によって、貨幣に由来する快楽と苦痛の大きさは異なる。しかし、それでもある傾向はみられる。統計で所得が同じくらいの人を集め、平均してみれば、貨幣による快楽や苦痛は、ほぼこれくらいと推測することができる。その点、経済学は統計学でもある。
 同じ10万円でも、それをもらったり、なくしたりした場合、貧しい人と金持ちでは、その意味は大いに異なる。しかし、両者とも、もらったりなくしたりするのが10万円より20万円のほうが、その満足度あるいは打撃は、より大きいだろう。数字の大小は、それなりの意味をもっている。
 近代の経済社会で、日常生活の中心となるのは、生計の資を得ようとする部分だといってよい。人びとは貨幣を求めて行動する。それはけっして低級な行動ではなく、現代社会での一般的な人間行動である、とマーシャルはいう。
 貨幣は「一般的な購買力」であり、「物的富にたいする支配権」を得るための手段として追求される。貨幣を求める行動は、たしかに競争をもたらすかもしれない。しかし、その競争は単に人を押しのけるのではなく、正直と信頼があって、はじめて成り立つ、とマーシャルは論じる。
 貨幣を求める行動は、苦痛だとはかぎらず、大きな楽しみとなることも多い。ビジネスから得られる成果が、人の競争本能や権力本能を満たすためである。「商工業者はその資産をふやそうとする欲求よりも商売がたきにうちかとうとする希望によってうごかされることが多い」
 さらにマーシャルはいう。
 人は職業を選ぶさい、それなりの社会的地位の職業を選ぼうとするだろう。人はまわりから協賛を得るとともに侮蔑を避けようとする。また人は、自分の生存中も死後も、家族をゆたかに暮らさせたいと思うものである。経済学は貨幣の動きを分析する学問にはちがいないが、貨幣取得の背後には、人びとのこうした心理や行動があることを忘れてはならない、とも書いている。
 初期の経済学者は、個人の行動の動機にあまりに重点を置きすぎた、とマーシャルはいう。これからは共同事業や公共福祉、協同組合運動なども含め、社会生活全体を経済学の対象としなければならない。個人が国家や企業や団体に所属しながら経済活動をくり広げる時代がはじまっていた。
 マーシャルは、経済学を研究するにあたっての暫定的な方法として、こう述べている。

〈経済学者は個人の行動を研究するが、それを個人生活よりも社会生活に関連させて研究するのであり、したがって気質や性格についての個人的な特殊性はほとんど問題としない。〉

 つまりマーシャルは、個人的な特性を捨象して、集団としての人間の行動、あるいは経済人としての行動に焦点を合わせ、かれらの貨幣取得努力や貨幣使用活動を考察することを目標としたのである。
 そして、経済活動にはある程度の予測が可能だと考えた。たとえば、ある場所で事業をはじめようとして、企業家が人を雇う場合、その能力に応じて、どれくらい給与が必要かはおのずから決まってくる。また、何かの事情で生産が減った場合、価格がどの程度上がるか、また価格の上昇が生産にどのような影響を与えるかも予測することができる。
 経済学はこうした単純なケースから出発して、次にさまざまな産業の配置や遠隔地間の交易条件、さらに景気変動の影響、税の価格への転嫁などについても考察し、その動きを予測することをめざしている、とマーシャルはいう。
 経済学があつかうのは、理念化された合理的「経済人」ではなく、ありのままの人間だ、とも述べている。人間は利己的であり、虚栄心や冷酷さをもつ反面、仕事をやりとげることに誇りをもち、家族や隣人、祖国のために自分を犠牲にすることもいとわない。そうした血と肉をもった人間を対象にするというのは、いかにもイギリス経験論に裏づけられた見解である。
 最後に、経済学は事実と記録にもとづき、検証に耐えるものでなくてはならないとも述べている。これも大いに心すべきことだ。
 マーシャルの論述で印象的なのは、現在は人が貨幣を求めて動いている時代だというくだりである。それは近代のひとつの特徴だといえるだろう。人が貨幣を求めるのは、それが唯一、富に変換しうる財であるからにほかならない。アダム・スミスが論じたように、実質はただの金属片や紙切れである貨幣は即、富ではありえない。しかし、その貨幣を人が求めるのは、それが第一に商品を手に入れる手段となるからである。貨幣の広がりは、商品世界の広がりと連動している。
 商品は貨幣に恋こがれ、貨幣は商品を探し求める。こうして貨幣は商品世界を広げ、また商品世界は貨幣の広がり(それはクレジットカードや、電子マネーであってもいいのだが)を喚起するといった無限連鎖がはじまる。これが経済の自由がもたらす世界である。
ただし、この世界は安定的で、常に成長するとはかぎらない。経済には停滞や恐慌、インフレやデフレ、倒産や失業、経済格差の拡大がつきものであって、それは時に応じて、修正や変革を余儀なくされる。
 そこで、マルクスは『経済学批判』のなかで、こう論じている。

〈一つの社会構成は、すべての生産諸力がそのなかではもう発展の余地がないほどに発展しないうちは崩壊することはけっしてなく、また新しいより高度な生産諸関係は、その物質的な存在諸条件が古い社会の胎内で孵化しおわるまでは、古いものにとってかわることはけっしてない。だから人間が立ち向かうのはいつも自分が解決できる課題だけである。〉

 この発言はまったく正しい。実際、資本を基軸とする社会構成体は、現代にいたるまで、その姿をさまざまに変容させてきた。問題は、マルクスの構想する社会主義から共産主義にいたる道が、必然ではなく、あくまでもひとつの可能性でしかなかったということである。
 マーシャルが論じようとしているのは、近代の経済の成り立ちである。マルクスのように、それがいかに批判的に解体されねばならないかという観点は含まれていない。マーシャルはスミスのいう「見えざる手」が何かを明らかにしようとした。人が「経済の自由」のもと貨幣を求めてダイナミックに行動する社会が、なぜ社会として成り立ち、発展しうるのかをまず明らかにしようとした。そこにマーシャル経済学の意義(と限界)をとらえることができるだろう。

   4 経済法則

 資料を集め、整理し、解釈し、それをもとに推論をおこなう。それはほかの科学と同じように、経済学でも用いられる手法だ、とマーシャルはいう。帰納と演繹はどちらも欠かすことはできない。
 ときには、新しい事実を確認したり、既知の事実を吟味しなおしたりすることも必要になってくるだろう。
 科学的分析からは法則が導かれる。その前提となるのは、きわめて精密な条件である。
 人間の行動は多様で、不確かだから、そこから精密な命題をとりだすのはむずかしい。とはいえ、人間行動の傾向についても、何らかの命題はとりだせるはずだ、とマーシャルは考える。
 マーシャルによれば、経済法則は次のように定義することができる。

〈経済法則、すなわち経済的傾向に関する命題は、その主要な動機の強さが価格によって測定できるような行為に関連したところの社会法則なのである。〉

 経済に関係する人間行動は、価格によって左右される傾向があり、ある条件のもとなら一般にこうなると予測される命題が成立し、それを経済法則として取りだすことができるというわけである。
 経済法則は道徳からは切り離されているし、それが人間的に正しいとはかぎらない。しかも、経済法則は一定の条件のもとにしか成り立たないから、それはあくまでも仮説というべきものである。
 こうしたマーシャルの考え方は、その後の数理経済学の発展を促すことになった。しかし、それが現実離れした仮説を生みだしていったことも忘れてはならない。
 そのことを懸念してか、マーシャルはすでにこう釘を差すのを忘れていない。

〈経済的な分析と推論とはひろく適用されうるものであるが、それぞれの時代それぞれの国はそれに固有の課題をいだいており、社会状態が変動するたびに新しい経済学説の展開が要求される。〉

 経済学者はどのようなテーマを取り扱うべきか。
 これについても、マーシャルははっきり書いている。

〈富の消費と生産、ならびに分配と交換、産業と交易の組織、金融市場、卸小売、外国貿易、および雇主と従業員の関係──これらを、とくに現代においてうごかしている原因はなんであるのか。これらすべての運動はたがいにどのように作用し反作用しあっているのか。これらの究極[長期]の傾向は即時[短期]の傾向とどうちがうのか。〉

 経済全体の仕組みと流れを理解することが経済学の目標とされている。そこには何らかの経済法則がはたらいている。加えて、時間の概念、すなわち長期と短期の動きを射程にいれることもだいじである。
 ほかにも、価格と欲求の関連、富と福祉の関連、生産性と所得の関連、経済の自由[競争]と独占、租税が社会にもたらす影響などといった問題もある。
 経済学は理念からではなく現実から出発する、とマーシャルはいう。現実は単に肯定されるだけではない。それは変更可能なものとして措定されている。
 マーシャルはイギリスの当面する問題として、つぎのような課題を挙げている。
 経済の自由がくり広げられるにあたって、その効果を促進し、その弊害を抑制するには、どうすればよいか。
 分配の平等化は望ましいにちがいないが、そのさい資本家や企業家の活力をそぐことなく、貧しい人びとの所得を増大させるには、どうすればよいか。
 労働者がより高レベルの仕事をおこなえるようにするために、どのような教育をほどこすのがよいのか。
 文明生活に欠かせない公共的活動は、どのようなやり方で充実させていけばよいのか。
 個人や企業の業務にたいする政府の規制はどの程度まで認められるのか。
 経済学はこうした社会的生活にかかわる問題についても、一般的な指針を出せるよう努めねばならない、とマーシャルはいう。
 経済学者には知覚と想像力、理性が求められるが、とりわけ重要なのは、問題の所在を探る想像力だ、とマーシャルは強調する。
 たとえば、失業を減らし、雇用を安定させるにはどのような対策をとるべきか。こうした問題を検討するさいにも、経済学者はあらゆる経済知識に加え、力強い想像力をはたらかせることが必要である。
 最低賃金の増加が、雇用者、労働者、産業にあたえる影響を考察する場合も、広い知識と想像力、そして時に批判力が必要になってくるだろう。それは、その他の経済問題を検討するさいも同様だ、とマーシャルはいう。
 マーシャルがユニークなのは、経済学者には同情心がだいじだとしていることである。それも「とくに同じ階級のものばかりでなく、他の階級のものの境遇に身をおいて考えてみることのできるような非凡な同情心」が必要だと述べている。
 マーシャルは経済の自由に力点を置いた。それを実現する鍵は、産業組織(企業や組合)のあり方にあると考えていた。
 マーシャルにとって、経済の自由が反社会的な独占を意味していなかったのはたしかである。かれはまた、「全民衆の福祉こそ、すべての個人的努力および公共的政策の究極の目標」だと考えていた。財産権を廃止すべきだという主張にたいしては懐疑的だった。そうした主張にたいしては、「慎重で柔軟な態度をとるのが、責任ある人間のなすべきことだ」と述べている。
 こうした論及のなかから、マーシャルのいう「経済の自由」がどのようなものであったかを推察することができる。
 それが法のもとでの「経済の自由」であったことはいうまでもない。そして、それは産業組織がリスクと不確実性に挑戦する自由でもあった。だが、その自由は、「全民衆の福祉」につながるものでなくてはならない。国家や企業が労働者の人権を奪うようなことがあってはならない。財産権はとうぜん認められるべきだが、それも法によって一定の制約を受ける可能性はある。
 こうした「経済の自由」のもとで展開される経済社会の法則をさぐることを、マーシャルは経済学の目的と考えていた。
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